25 からっぽやみ魔王 プリムラの家で一休みする
「ふう、やっぱりプリムラの料理はうまいな。」
ひさしぶりのプリムラの手料理に舌鼓を打ったおれは、腹を撫でながら満足そうな顔で大声を上げた。
その感想にお茶を入れていたプリムラは、幸せそうな顔でおれを見つめる。
「そう言っていただけると、プリムラはうれしいです。」
「ほんと、プリムラの料理は世界一だよ。」
アウローラも空になった皿を名残惜しそうに見ながら喜びの声を発した。
「はい、旦那様、食後のお茶です。アウローラも。」
入れたお茶をおれとアウローラの前に出す。
そのプリムラの姿を食事中、ずっと見ていたシャーリーは信じられないというような顔をしていた。
「師匠のこんな姿、見たことない。」
呆れるような、羨ましいような、複雑な感情を見せるシャーリーにもプリムラは、入れたお茶を前に置いた。
「おいしかった、シャーリー?」
優し気に語りかけるプリムラに、シャーリーはドギマギする。
「いったいどうしたんだい?師匠。」
シャーリーが覚えているプリムラの姿とはかけ離れている。
プリムラは魔法に厳しく、料理に厳しく、掃除片付け整理整頓に厳しい師匠だった。
何度、死ぬような目にあったことか。
しかし、目の前にいるプリムラはまったくの別人だ。
「どうもしないわよ。おかしな娘ね。」
プリムラの微笑みにシャーリーは背筋が凍る。
「あたし、疲れたから先に寝るね。」
シャーリーが立ち上がると、そそくさと二階へ上がっていった。
「自分の部屋、覚えている。」
「覚えているよ。子供扱いしないでよ。」
シャーリーは頬を膨らませて、二階にある自分の部屋に引っ込んでいった。
入れ替わるようにメルダがやってきてテーブルの上の食器を片付け始めた。
「メルダ、ありがとう。これが終わったらあなたも休みなさい。」
「わかりました。プリムラ様」
メルダは重ねた食器を器用に運びながら奥へと姿を消した。
食事も終わり、他のふたりは自室に引っ込んだ。テレサはいまだに眠ったまま。
リビングにはおれたち三人だけとなる。
しばし、静かな時が流れた後、プリムラがおもむろに口を開いた。
「さて、先程の話になりますが。」
「そうだな。どうしたものか?」
「とにかく、その勇者のところに直接乗り込んだらどうですか?」
アウローラが直線的な発言をする。
「いや、さっきも言ったが、相手は勇者であり、国王だ。会ってくださいで会えるとは思えないが。」
おれが悲観的なことを言うと、アウローラが鼻息荒く言い返す。
「べつに断る必要もないでしょう。ご主人様が会いたいというなら、私が道を切り拓いて勇者の元へ連れていって差し上げます。」
相変わらずの力押しだ。
おれは深いため息を吐く。
「荒事はおれの趣味じゃあないと言ったろ。できれば穏便に事を進めたい。」
「しかし、その勇者もおとなしく元の世界に帰りたがるでしょうか?」
「どういうことだ?」
プリムラの疑問におれは首を傾げた。
「なんかその勇者、この世界で好き勝手やっているようじゃあないですか?」
その指摘におれはローデシャルや鮮血騎士団の連中が語っていた勇者の話を思い出した。
「そういえば、そんな話を聞いたな。」
「こんな片田舎にも伝わってきているから相当なものですよ。」
「そうか。じゃあ、おとなしく帰ってはくれないな。」
プリムラの指摘からおれは考え込んでしまう。
この世界で自分の思い通りに暴れ回り、あげくに一国の王様にまでなったんだ。そんなやつがおれなんかの言うことを聞くとは思えん。
下手すりゃあ、おれを返り討ちにしようとするかもしれん。
「う~ん、どうしたらいいんだ。」
おれは頭を抱えてします。
悩むおれの姿を二人は心配そうに見守る。
「とりあえず王都に行こう。道々考えればなんかいいアイディアも生まれるだろう。」
「じゃあ、今日は休みますか?」
プリムラが目をきらきらさせて提案する。
「そうだな。まずはゆっくり休んで、英気を養おう。」
「はい、じゃあ、お部屋にご案内します。」
プリムラが立ち上がると、おれの腕を取り、部屋に案内しようとする。その後にアウローラも続こうとした。
「アウローラ、あんたは別の部屋で休んで。」
「えっ、私もご主人様といっしょに休む。」
アウローラも反対側の腕を取る。
「だめよ。あんた、もう旦那様と楽しい夜を過ごしたんでしょ。」
プリムラがじっとアウローラを見つめると、アウローラは図星を差されたのか、目を背ける。
「今日は旦那様と500年分じっくりと楽しむんだから。」
なんか怖い。
そんな思いをよそにプリムラはおれの腕を引っ張り、アウローラから無理くりおれを引きはがすと、一緒に二階へと上がって行こうとする。
一人残されたアウローラは不満たらたらの顔でプリムラの背に言葉を投げかけた。
「私の寝る部屋はあるの?」
その質問に対しプリムラはちょっと考えるしぐさをすると、微笑みながら振り向いた。
「ごめん、部屋、全部埋まってたわ。」
いじわるそうな目でそう返す。
「なに、わたしに床で寝ろっていうの?」
「どこか適当なところで寝てちょうだい。おやすみ。」
勝ち誇った笑みを浮かべたままプリムラはおれを連れて、自分の部屋に入っていった。
階下で不満を残したアウローラは、傍らにあるイスにドカッと座り込んだ。
「もうプリムラったら。」
しばらく愚痴っていたアウローラは、言うだけ言うとすくっと立ち上がり、二階に上がって行った。
廊下に並ぶドアのひとつを開けると、遠慮なしにその中に入っていく。
そのころ、プリムラはおれを連れて自分の部屋に入った。
中はプリムラの性格をよく表していて、整理整頓がなされている。
大きな窓のそばにベッドが置かれ、片側には本やノートがびっしり並んだ本棚があり、反対側には書き物をするための机、中央にあるテーブルにはポットとカップが並んでいる。
「さあ、お座りください。旦那様。」
おれをベッドの上に座らせると、プリムラはその隣に座り、すぐに抱き着いてきた。
「なかなかいい部屋だな。」
「お城の部屋に比べれば質素なものです。」
「ここで毎日、料理の研究をしながらおれを待っていたのかい。」
「はい。ただ、ほしい材料や道具がなかなか手に入らず、難儀しました。それに…」
プリムラが急に下を向いた。
「どうした?」
「寂しかったです。」
と、いきなりおれを押し倒してきた。
「そうか。そうか。ごめんな。寂しい思いをさせて。」
おれがプリムラの頭をなでてやると、プリムラは頬を紅潮させ、おれに顔を近づけてきた。
「旦那様………」
潤んだ瞳で俺を見つめる。
こうなっては、かわいがってやらないと収まらない。
また、夜は更けていく。
日が昇り、窓から差し込む朝日に目覚めたシャーリーは、ベッドの端に自分がいることに違和感を感じた。
「あれ、あたし、こんなに寝相悪かったかな。」
と、寝ぼけ眼で起き上がると、となりに誰かが寝ている。
「あんた、だれ⁉」
「う、う~ん」
寝返りを打った人物を見て、更に驚いた。
アウローラがなぜかいる。
「なんで、あんたが隣に寝ているのよ。」
「朝からうるさいわね。」
めんどくさそうな声を出して、アウローラは二度寝しようとする。
「ちょっと、起きなさいよ。これ、あたしのベッドよ。」
「しょうがないじゃない。寝れるところ、ここしかなかったんだから。」
その言い分にシャーリーはあきれ顔になる。
「ここしかないって、他にも部屋はあったでしょう。」
「プリムラの部屋には入れないし、テレサとかいう病人の部屋で寝るわけにはいかないでしょ。」
「じゃあ、リビングで寝ればいいじゃあない。」
そっけなく言うシャーリーに、アウローラの顔が殺気立つ。
「私に対してよく言えるわね。」
アウローラの美しい目が鋭く輝く。そこへ現れたのはプリムラだ。
「うるさいわね。朝から。どうしたの⁉」
エプロン姿のプリムラは、腰に手をあてたまま二人を睨みつける。
「師匠、この人が私のベッドを占領するんです。」
「何言ってんの。ちゃんと半分残してたでしょ。」
シャーリーの訴えに、アウローラはあきれ顔で答える。
「二人ともさっさと起きて、下に降りて朝食を食べなさい。」
それだけ言うと部屋を出ていった。
「なんか、師匠、ピカピカしている。」
「そりゃ、昨日一晩、かわいがってもらったんだから。」
アウローラは羨ましそうな顔で、出ていくプリムラの背中を目で追った。
「うそみたい」
アウローラの言葉にシャーリーはまだ半信半疑だ。
「さあ、下に行きましょう。」
アウローラは布団をはがすと、起き上がり、さっさと階下へと向かった。そのあとをシャーリーが追随する。
「先に行っていて。テレサの様子を見てくる。」
そう言い残して、シャーリーは隣の部屋に入っていく。それを見送ってアウローラは階段を下りて行った。
テレサの部屋に入ると、テレサはすでにベッドから起き上がっていた。
「起きて大丈夫かい?」
「ああ、先生の薬でだいぶ良くなった。シャーリーの作ってくれた食事もよかったようよ。」
テレサは皺の寄った顔に少女のような笑顔を見せて答えた。
「それはよかった。師匠が朝食を用意しているけど、食べれる?」
「先生の作った朝食はひさしぶりだ。ぜひ、食べたい。」
少しふらつくがテレサは思ったよりしっかりした足取りで歩き始めた。それを見て、シャーリーが手を貸そうとする。
「あんたがこんなに親切にするなんて思わなかったわ。」
「何言っているの。いっしょに師匠に叱られた仲じゃあない。」
シャーリーも幼馴染に見せるような笑顔を浮かべ、テレサの介添えをする。
ふたりはゆっくりと階段のところへ向かった。
下ではテーブルを囲んで、おれ、アウローラが座っており、プリムラが料理の入った皿を並べている。そばにはメルダが甲斐甲斐しく手伝いをしていた。
そこへテレサとシャーリーが下りてきた。
「テレサ、起きてきて大丈夫?」
プリムラが心配そうに尋ねる。
その言葉を聞いてうれしそうに微笑むテレサは、
「ありがとう、先生。おかげですっかり良くなったわ。」
と元気よく答えた。
「そう、それはよかった。テレサ、座って。」
シャーリーに手伝ってもらってテレサは俺の隣に座る。その隣にシャーリーが座った。
「シャーリー、なに座ってんの。メルダの手伝いをしなさい。」
プリムラの叱責が飛ぶと、シャーリーは飛び上がるように立ち上がり、台所の方へ飛んでいった。
テーブルの上にプリムラ特製の朝食が並ぶと、おれは早速手を伸ばし、料理を次々と頬張っていった。
「たくさんありますから、一杯食べてくださいね。テレサはあまり無理しないようにね。」
やさしく語りかけるプリムラを見て、テレサは驚きと喜びで目を潤ませた。
「普段言わないようなことを言うから、テレサが泣き出したじゃあない。」
シャーリーが料理を置きながらからかうように言う。
「そんなんじゃあないわよ。」
強がりを言うテレサに、シャーリーとメルダは安堵し、暖かい微笑みを向けた。
「シャーリーもメルダも座って。一緒に食べましょう。」
リビングがおしゃべりで一杯になり、優し気な団らんが続く。
そんな中、プリムラがおれに向かって話しかけた。
「旦那様、それでこれからどうします?」
「そうだな。王都に向かうのは決まりとしてもそこからどうしたものかな。」
おれが考え込むと、それを見たシャーリーが問いかけてくる。
「王都にいくのかい。なにしに?」
「勇者に会いにさ。」
その返答にシャーリーは目を見開いて驚いた。
「勇者に会いに行くって、どうしてだい!?」
「どうしてって、会う用事があるからだ。」
その返答にシャーリーの顔は驚きから怒りに変わる。
「用事ってどんな用事だい?」
「それは……」
怒り顔のシャーリーに圧倒されておれは言い淀んでしまう。
「シャーリー、旦那様がどんな用事があろうとあなたには関係ないでしょ。」
横からプリムラが一喝した。
それを受けて風船がしぼむようにシャーリーは黙り込んだ。
「しかし、プリムラ様、王都に行くのはいいですが、多分捕まることになりますよ。」
「捕まるってどういうこと?」
プリムラが意味不明という顔をして首を傾げる。
テレサがメルダの言葉を引き取って続けた。
「先生はおとぎ話の魔女だからですよ。」
「えっ?」
テレサの言った意味も理解できていない。
「だってあの大司教は先生を捕まえに来たんですよ。それはつまり王国が先生を敵視しているということじゃあないですか?」
「あっ」
ようやっとテレサとメルダが言っている意味が理解できた。
おれも理解できた。
「つまり、このまま王都に行くと、有無を言わさず捕まってしまうということか?」
その懸念におれは考え込んだ。
捕まるということは、取り調べを受けるということか。
その取り調べに勇者が出てこないかな。
そうすれば苦労なく勇者に会える。
「これはチャンスかも。」
そうつぶやいた俺の言葉に一同が注目した。
「なに言ってんだい!捕まったらおしまいだろう。」
「そうです。すぐに処刑されてしまいます。」
「先生、ともかくここを離れて、どこかに逃げてください。」
三人が三人とも心配そうな顔で忠告してくる。
しかし、三人の言葉とは裏腹にアウローラとプリムラはどこか楽しげだ。
「捕まるっていうのもいいかも。」
「私を魔女呼ばわりしたやつの顔を拝むには、手っ取り早いかもね。」
プリムラの発言に三人が大きく口を開けた。
「顔を拝むって、そのまえに処刑されちゃうかもしれないぜ。師匠。」
シャーリーの心配はもっともだ。
「私を探していたんでしょう。だったら自ら顔を見に来るでしょう。」
「それに私と勝負したがっているやつもいるしね。」
「勝負ってなんだ?」
アウローラの発言におれは聞き返した。
「アンコロとかいうやつが私と戦って倒したいんですって。」
「初耳だぞ。それ。」
アウローラの返答に驚くおれの横でシャーリーがつっこむ。
「それ、アーロンじゃあないの?」
「そんな名前だっけ?」
アウローラはおれと仲間以外はあまり関心がない。
「黒竜と戦ってた時、割り込んできたよね。」
「そうね。そうだった。」
思い出し笑いをするアウローラを見て、シャーリーは薄気味悪そうに身を引く。




