表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

楓と陽子


 新学期がはじまって気持ち的には死んだまま私は中学校に登校して吐きそうになりながら階段あがって教室のドアを開ける。「おはよー」気軽に挨拶してくる楓ちゃんのことを不意にぶっ殺したくなる。おまえ美音ちゃんが死んだんだぞ天変地異が起こって世界がひっくり返ったんだぞなんでそんなに普通なんだよって怒鳴り散らしたくなる。でも表面上は「おはよー」って返すしかない。私と楓ちゃんはLINEで散々美音ちゃんのこと話してたから改めてその話はしなかったけれど、なんとなく周囲の会話に聞き耳を立てていたらやっぱりみんな美音ちゃんがばらばらにされて殺された話をしている。なんとなく居心地が悪い。

 そのうち陽子ちゃんがやってきて楓ちゃんと「みょんやばいよね」って私の隣で話し出して勘弁してほしかった。

「でもまあみょんえらそうだったしうち的にはちょっと清々(せいせい)したかも」

「は?????」

 私は顔を顰めて陽子ちゃんを思いっきりにらんだ。

 陽子ちゃんの肩がびくっと竦む。

「亡くなった友達のことそういうふうに言うのどうかと思うんだけど」

 大きな声で言う。真島陽子を見て、そのあと教室のみんなをぐるっと見渡す。

 一瞬の沈黙のあと誰か(多分佐藤さんだった)が「そうだよ、真島さんひどいよ」私に追随する。その雰囲気が伝播してみんなが陽子ちゃんを責め始める。私は教室ではとっくに美音ちゃんだった。大きな声でみんなを操ることができた。私は美音ちゃんの力を使ってこの頭も口も軽いバカ女の陽子ちゃんを絶対に磨り潰してやると決意を固める。ぽんぽんと誰かが私の肩を叩いて耳元で「やりすぎ」と囁いた。楓ちゃんだった。有無を言わせない調子の声だった。その声は私を鈴木美音ちゃんから教室の隅でぼっちやってた藤枝頌子ちゃんへと引き戻した。

「陽子、いまのはさすがに言っちゃダメだよ。謝りな?」

 楓ちゃんが促して陽子ちゃんが青褪めたままで「ごめん」と言ったから私はともかく周囲からの批難の声はいったん収まる。

「頌子、ちょっと放課後二人で遊びにいこっか」

 楓ちゃんが言う。私は狐につままれたみたいな気分になって頷く。モブキャラとしか思っていなかった楓ちゃんが急に実体を持って現れたみたいで私はびっくりしてしまった。これまでのっぺらぼうで棒人間だった存在が、急に私よりはすこし背が高くて肩幅がわりと広めでスカートの丈が妙に長い、意外と小顔できりっとしたかっこいい顔立ちをした大貫楓ってキャラクターへと変化していた。それは多分私がこれまで美音ちゃんしか見ていなくて楓ちゃんの存在をほぼ視界に入れていなかったからなのだが。

 始業式が終わったあとに私は楓ちゃんとファミレスに入ってドリンクバーとマンゴーのパルフェを頼む。

 楓ちゃんが食べながら「頌子ってみょんの“ぬいぐるみ”やってたでしょ」と言う。

 ぬいぐるみ? なんだそれ。と思ったがすぐになんのことを言ってるのかわかった。美音ちゃんがさみしいときに抱きしめられる都合のいい人間のことだ。

「なんで?」

「知ってるのか、って? 簡単だよ。あなたの前は私がぬいぐるみだったんだもの」

 ふうん。

 へえ。

 あ。

 そう。

「けっこう長いことやってたよ。あたしもみょんのこと好きだったから。でもきつくなってやめちゃった」

 楓ちゃんはあっけらかんとして言う。なんで見捨てたの? って問い詰めそうになったけど、まあわからないでもなかった。美音ちゃんの傷を見せられて私は泣いた。そんなふうに他人の傷を共有することは自分の心にもダメージを入れることにもなる。長く続けば疲弊していく。私もいつかやめたくなるときがきていたのかもしれない。

「陽子のこと、許してあげてよ。ほら、みょんってわがままなとこあったのは事実じゃない? 仲いい子を突然切ったり。あたしも陽子も随分振り回されたんだよ。あの場であの言い方は、頌子がかちんと来るのもわかるけどさ」

 しぶしぶ私は頷いた。

 それに、薄々気が付いていた。私に美音ちゃんの力は手に余る。表面だけをどれだけ近づけたところで、私はチーターみたいでしなやかで美しくて小学生の頃から自分の面倒を自分で見ていたタフな子供ではないのだ。いまくらいが潮時なのかもしれない。

 それからしばらく二人で美音ちゃんの話をしていた。私は聞かせてもらったことがなかったけど美音ちゃんはピアノがすごく上手でお父さんが音楽関係の人で美音ちゃんに期待をかけていたそうだ。でも一時期伸び悩んでそれでお父さんが激昂することが美音ちゃんの両親の離婚原因になったらしい。へえ。私の知らない美音ちゃんを知ってるのが羨ましかった。マウントを取り返すために私も美音ちゃんに化粧を教えてもらった話とかする。そのうちなんだか湿っぽくなってきて二人とも泣きそうになったので私たちは慌てて当たり障りのない話題に切り替えた。宿題のこととか新しく出来たカラオケボックスのこととかを一時間くらい話してから、ファミレスを出る。

「じゃ、また明日」

 楓ちゃんが言う。

 去り際に私は楓ちゃんの後ろ姿に訊いてみる。

「ねえ、美音ちゃんってみょんってあだ名、気に入ってなかったんだよ?」

 楓ちゃんが振り返ってにんまり笑って答える。

「知ってるよ」

 知ってて呼び続けてたのかよ。

 まったく悪い奴め。

 次の日になって私は陽子ちゃんに「昨日はごめん、あんなやり方するべきじゃなかった」と謝る。陽子ちゃんも「や、そもそもうちがまずかったから。ごめんね」もう一回謝って、どうにか教室の雰囲気は落ち着く。

 どうやら陽子ちゃんの方にも楓ちゃんから「仲直りした方がいいよ」って手が回ってたらしくて、私は陽子ちゃんと楓ちゃんのことをああこいつらってこんなやつだったんだなと思う。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ