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 美音ちゃんが見つかったのは夏休み終わりかけで。

 私がそれを知ったのはテレビニュースでのことだった。

「――区のマンションの一室で鈴木美音さん(14歳)の遺体が発見され、警察は殺人の疑いで三十八歳、無職の杉山健人容疑者を逮捕しました。警察は杉山容疑者が市内のファミリーレストランで知り合った鈴木さんを自室に誘拐・監禁し、殺害したとみて捜査を進めています。杉山容疑者は容疑を認めているとのことです」

 アナウンサーが聞きやすくてわかりやすいハキハキとした声で言ったせいで私は「鈴木美音」の名前を聞き違えることができなかった。

 ……は? え? は? ……え?

 私は朝ごはん食べてた椅子から立ち上がろうとして足がもつれて尻もちをついた。眩暈がした。意味わかんなかった。美音ちゃんが死んだ? 死んでた? テレビ画面には美音ちゃんの住んでるマンションの前の映像がくっきりはっきり映し出されているけれど私はまだ信じられなかった。テレビぐるみで世界がウソついてるんだと思った。私をターゲットにしたものすごいドッキリ企画が行われてるんだと思った。でも種明かしは全然されないままテレビは次のニュースを放送しはじめる。私は着替えて家を飛び出して美音ちゃんが住んでたマンションにいってみたら警察官のおじさんがたくさん来ていて出入り口を封鎖してて私は路上でがっくり膝をついた。まじか。……まじか。そんなことがありえるのか。しばらくそのままがっくりしてた私は警察官のおっさんに引っ張り上げられて日陰に退避させられる。おっさんが膝に氷をあててくれて気づいたのだけど私の膝は夏のくそ熱されたアスファルトに接地してて軽い火傷を起こしていた。

 近所のおばさんが美音ちゃんの遺体がどんなふうだったかを話していた。

 そのあとにネットやテレビでも集めた情報を総合すると、事件の概要は以下のようなものだったらしい。

 遺体発見の約一か月前の七月二十四日に杉山健人は美音ちゃんと同じマンションで二階にある自分の部屋に美音ちゃんを誘った。無防備でさみしがりやな美音ちゃんがほいほいついてきて杉山健人はそこでセックスしようとした。そしたら直前になって美音ちゃんが嫌がったから殴って黙らせて口を塞いだら加減を間違えて殺してしまった。車も免許も持っていなかった杉山健人は美音ちゃんを捨てる方法に困って問題を先送りにすることにした。ゴミにして捨てるにも美音ちゃんは大きいしまともな精神状態ではなかった杉山健人は美音ちゃんを食べて体積を減らそうとしていた。肉を削いで焼いて食べた。骨になった美音ちゃんを砕いてトイレに流した。が、まだまだ大部分が冷蔵庫に残りっぱなしになっていた。私だって美音ちゃんのハナはみずみずしいフルーツみたいだなと思ったことはあったけれどほんとに食べるやべえやつが半径5キロ圏内に住んでるとは思わなかった。教室では肉食の捕食者の美音ちゃんは外の世界では食われる側の存在だった。落としたらぱりんと砕ける繊細で美味しい飴細工だった。きっと底抜けに甘くてちょっぴり苦いキャラメルの味がしただろう。

 八月二十日に美音ちゃんの遺体を発見したのは杉山健人の母親 (六十歳)で、久々に息子の部屋を訪ねてみたら杉山健人は留守でご飯でも作ってあげようかと冷蔵庫を開けたらばらされた美音ちゃんが入っていた。杉山健人の母親はものすごい悲鳴をあげた。悲鳴を聞きつけた他の住民が集まってきてマンションの人たちは美音ちゃんを見つけて警察に通報したそうだ。私はそんな風にして裸の美音ちゃんがみんなに見られたのがなんかとても嫌だった。

 美音ちゃんが一か月も見つからなかった理由はマンションの玄関から「出てくるところ」が監視カメラに映ったが「帰ってくるところ」が映っていなかった。実際は美音ちゃんは監視カメラの設置されていない裏口から出入りしていたのだがなんかの行き違いで警察は「裏口は普段施錠されていて出入りすることができない」って錯覚していてマンションの中に美音ちゃんがいる可能性を考慮していなかった。ていうか警察はそもそも家出人の捜索なんか真面目にやってなかったのかもしんない。

 数日間ひたすら事件の情報を追っかけてた私も軽く頭がバグってた。

 寝ても覚めても事件のことを考えてた。

 無気力で虚脱した目をしたまま私は同じクラスの何人かの女の子たちと一緒に美音ちゃんのお通夜に出る。美音ちゃんの遺体は一応解剖に回されたらしいんだけど既にばらばらにされて半分くらい杉山健人の胃に収まって骨はトイレに流された美音ちゃんをこれ以上一体どう解剖するつもりなのか私は不思議に思った。美音ちゃんの棺はふつうのと違って顔が見れないようになっている。

 焼香をしながら思う。

(ねえ、美音ちゃん。私たちの人生に少女漫画的に稲光みたいに突然現れてピカッと光ってすべての苛みから救ってくれる人は出てこないんだよ。ねえ、出てこないんだよ?)

 随分長い私の焼香に後ろの人が焦れてる感覚があったから私は振り返っておじぎをして焼香席を離れた。そしたら前を通りかかった私を見て美音ちゃんのお母さん(愛花まなかさんというそうだ)が「みおん……?」と言う。え? あ、そうか。美音ちゃんの化粧をコピーして美音ちゃんみたいに服の皺を伸ばして背筋伸ばした私はよその人から見ても美音ちゃんにちょっと似てたのか。でも別に鏡見ても「ちょっと似てるかも?」程度で悪趣味ってほどでもないし見間違うほどでは絶対にない。さすがに通夜に故人とそっくりな顔して出てくるほど私はやばいやつじゃない。

 愛花さんもよく見ると私が全然別人であることに気づいたみたいで「あっ……ごめんなさい」軽く頭をさげる。「いえ、こちらこそ」愛花さんは私が思ってるよりも憔悴してみえた。目は赤くて腫れている。長いこと泣いてたらしい。

 あんなに愛してあげなかったのに。

 いまさらずるい。

 そんなのってひどい。



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