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みょん


 夜のファミレスでぼっちしてる美音ちゃんと本の相性は悪くなかったみたいで、美音ちゃんはすぐにGOTHを読み終わる。「結構おもしろかった」取り巻きの女の子たちに話して取り巻きの女の子達は美音ちゃんの薦める最新の流行に置いていかれるのがこわくてその小さくて薄い本を読む。「みょんはこれどこで知ったの?」、「頌子から聞いた」美音ちゃんがひょいひょいっと私を手招きする。

 そんなこんなで教室でぼっちやってた私はいとも簡単に美音ちゃんのグループに迎え入れられる。学校帰りにタピオカミルクティーを啜ったりするようになる。美音ちゃんの友達の陽子ちゃんと楓ちゃんと一緒にお喋りするようになる。私は美音ちゃんとおしゃべりするような友達ってきっとそこそこ特別な人なんだろうなと思ってたけど、高い声で喋って人を小馬鹿にして見下す以外はふつうに赤点ぎりぎりのバカだったし、よく見たら顔も十人並みで美音ちゃんみたいな素敵な着こなしができるわけでもなくて、私となにも変わらなかった。ちょっと幻滅。

 美音ちゃんは時々私を夜のファミレスに呼び出した。

 他の女の子のことも呼んでいたみたいだが多分私が一番頻度が高かった。その理由は簡単で私が「呼んだら来る」からだ。よくなついたわんこみたいに私は呼ばれるとどんな時間でも美音ちゃんの元に馳せ参じた。

 そのうちファミレスのあとに「うちいこ」美音ちゃんが言って私は時々美音ちゃんの家に上がり込むようになる。そこで一緒に勉強したり、本読んだりすることが許されるようになる。頼んだら化粧をしてくれて私は練習して少しずつ美音ちゃんの顔を自分にコピーすることの練度をあげていく。美音ちゃんの住んでるマンションはオートロックだったのだが裏口のカギがほぼ常時開いていて実質フリーパスで私は何度かその裏口から入った。美音ちゃんがよくいくファミレスに行くには裏口から出る方が都合がよくて美音ちゃんはマンションを出るときにもその裏口を使っていた。

 美音ちゃんの家で遊んでいたら誰か帰ってきて美音ちゃんが「お母さん」呟いてぴくんと身を竦ませた。その反応は私が美音ちゃんの万引き見た後に声かけたときのものと似てて私は「お?」と思う。お母さんが帰ってきてその反応はおかしくね。

 お母さんは玄関から廊下歩いて美音ちゃんの部屋のドアをノックする。「はあい」美音ちゃんがあまったるい声で返事をして少しドアが開く。そこには美音ちゃんが人を見下すときにつける上品な皺をそっくりそのまま刻んだ年齢を重ねたスーツ版の美音ちゃんがいる。

「だれかきてるの?」

 お母さんが部屋を見渡して私を見つける。

 その瞳になんの感情も浮かんでいなくて私はどきっとする。

「藤枝頌子です。お邪魔しております」

 私は軽く頭を下げた。

「あまり遅くならないようにね」

 とだけ言って美音ちゃんのお母さんがドアを閉めて、美音ちゃんは軽くため息をついて、挙動不審になって視線を彷徨わせる。青褪める。私をベッドに手招きする。ベッドの淵に座らせる。「あっち向いて」ドアの方を向かせる。ふわっといい匂いがした。やわらかい感触。私は美音ちゃんに背中側から抱きしめられていた。ええっ? と思う。なんで? が頭の中でぐるぐる回る。美音ちゃんの抱き方は恋人を抱くような(私は経験がないので想像でしかないが)やさしい感じじゃなくて、濁流に流されかけている人が生えてる木に一生懸命しがみついているような感じで、胸の下を締め付ける美音ちゃんの手は痛い。ファミレスのときから気づいてたけれど美音ちゃんは家庭的なトラブルを抱えていてそれをつらく思っている。たぶん美音ちゃんのお母さんはこわい人なんだろう。他人の私の前でそのこわさを見せない分別は持ってるけどその分別は虐待する親が見えるところは殴らないとかそっち系のものだ。プライドの高い美音ちゃんは泣かなかったけど私の背中に縋り付きながら泣きそうになってるのはなんとなくわかった。なでなでしてあげようかと思ってみじろぎしたら「動かないで」と美音ちゃんが言うので私はそのままぬいぐるみみたいにぼんやり座っていた。私の知ってる教室での美音ちゃんはチーターみたいにしなやかで強靭でタフで冷静でかっこよくて生命感に満ち溢れていて美しかったけれど、いま後ろにいる美音ちゃんは冷たくて脆くて飴細工みたいで落っことしたら粉々に砕けてしまいそうだった。

 ぽつりぽつりと美音ちゃんが話す。

「なに話しても疲れてるから明日にしてって言われちゃうんだよね」

 明日学校で遠足があるの。疲れてるから明日にして。

 今日こんなことがあったの。疲れてるから明日にして。

 読んだ本がおもしろかったの。疲れてるから明日にして。

 ねえ、お母さん。疲れてるから明日にして。

 それは便利な魔法の呪文みたいに美音ちゃんを遮る。必要なときはお金はくれる。だから困りはしなかった。けれど。

 私は、ああ美音ちゃんの魅力はなんでも親に頼らずに一人でやってきた得たもので、だから私達と違う雰囲気があるんだなと思う。

 私たちが親に相談したり一緒にやったりやってもらったりしてきたことを美音ちゃんは一人でやってきたんだ。遠足のお弁当を用意したり、友達と喧嘩したことを自分の中で整理したり、楽しかったことをしまい込んだり。

 夕食をファミレスで食べだしたのは実は最近のことでその理由は小学生の頃に同じようにしていたらネグレクトを疑われて児童相談所に相談がいったからなんだそうだ。だから美音ちゃんは長いこと自分でご飯を作って自分で食べていたらしい。ぽつんと一人で。私は疑いっていうかそれ思いっきりネグレクトじゃないの? と思う。児童相談所ってなんの役にも立たないのな。あとで調べたんだけれど「学校に行かせない」とか「着衣の汚れを著しい段階まで放置する」とか「病気になっても適切な治療を施さない」とかそういうレベルじゃないと立件して保護するのは難しいのだそうだ。自分で朝起きて学校いって洗濯して風邪薬買ってきてどうにかするタフな子供の美音ちゃんは児童相談所に保護されなかった。なんか悲しい。

 私は長いこと抱きしめられていて、時計が十一時回ってるのを見つめてようやっとうちに帰ることになる。

 美音ちゃんが両手を離したけれど放っておいたらあと一時間でも二時間でも二十四時間でも私を抱きしめていたかったように思えた。

 それでもやっぱり次の日に学校で見る美音ちゃんはチーターに戻っていてクラスの女の子と肩がぶつかってその子が持ってた紙パックのイチゴミルクが制服にかかって、表面上「べつにいいよー、だいじょうぶだよー」と優しい顔をしながら裏でブチギレて「あいつうざくね」取り巻きのみんなに言う。

 私たちは「そうだねーうざいよねー」調子をあわせて佐藤さんというその女の子を無視する。聞こえるように悪口を言う。足を引っかけて「ごめんねー」せせら笑う。正直、最高に気分がよかった。私は「あ、私いま美音ちゃんになってる!」と思った。美音ちゃんと同じ振る舞いをしてる。教室の女の子たちの生殺与奪を握っている。私は笑い出したかった。そしてそれができた。周りの女の子達がきゃははとよく響く高い声で笑っていたから同じように笑うことができた。

 学校から帰ったらお母さんに「あんまり遅い時間に出歩かないように」と釘を刺されたけど私はその場はハイハイ言っておくだけでまったく反省しない。何回か出掛けるうちについに堪忍袋の緒が切れたお母さんが「その子と遊んじゃいけません!」と禁止令を出して、私は逆ギレする。あんなに寂しそうな美音ちゃんを一人にしておくなんて。それはとてもいけないことで残酷なことだと思った。私とお母さんは盛大に喧嘩したけれど喧嘩したところで私の家ではご飯は出てくるし洗濯もしてくれる。ファミレスで一人で飯食ってて自分で服を洗濯してアイロンをかける美音ちゃんの家とは違ってて、不意にその差に気づいて私は美音ちゃんが憐れになって号泣する。

 突然目の前で号泣しだした私に戸惑いながらお母さんは私を抱きしめてぽんぽんと背中を叩いてくれた。美音ちゃんはさみしくてお母さんに相談したくて話しかけると「疲れてるから明日にして」って言われてしまう。美音ちゃんが泣いてても抱きしめてくれる人はいない。美音ちゃんがお母さんに相談できる明日はいつになってもやってこない。

 他人を勝手にかわいそうだって決めつけるのはよくないって教わったけどでもやっぱり私は美音ちゃんはかわいそうだと思ってしまう。



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