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わたし

 

 中学生のとき私は美音みおんちゃんになりたかった。

 美音ちゃんは背の高い女の子で目が大きくて目じりがちょっと低くて優しい顔立ちをしていた。鼻が小さくて口元はちょっと口角があがってていつだって微笑んでるみたいにみえる。手足がすらっと長くて私たちはみんな同じ学校の制服を着てるはずなのに美音ちゃんの着てる服だけは王様のための生地で仕立てた特別なものみたいにピカピカに輝いて見えた。みおんって名前もキュートだった。

 私はというと教室の隅で卑屈にびくびくしてるタイプだった。みんなが怖かったから髪を伸ばして眼鏡かけて目元まで隠して、壁を作っていた。肌が荒れやすくて右頬のそばかすがコンプレックスだった。いつも俯いていたから実際の身長以上に小さく見えた。頌子しょうこという名前が小難しく感じて苦手だった。私たちはあまりにも違った。

 美音ちゃんはクラスの中心にいてなんの不満もなさそうにけらけら笑っていてとても楽しそうに見えた。周りにはいつも人がたくさんいてほんとうに魅力的な人の周りはいつもこうなるんだなと存在するだけで私を圧していた。成績がいいし運動だってできる、ピアノが弾けてダンスの踊れる美音ちゃんにはできないことはなんにもなさそうだった。

 だから雑誌を立ち読みしている私に気づかずにコンビニに入ってきた美音ちゃんがサッと監視カメラの位置を確認して自分の背中とバッグで死角を作ってシリアルバーみたいなチョコレート菓子を盗んだのを見たとき、私はなんかの間違いなんじゃないかと思った。私は「あ、美音ちゃんだ」と思い雑誌を閉じてこっそり後ろをつけていた。

 美音ちゃんの家は、いつも持っているものとか化粧品とかからの推測に過ぎないが、別に貧乏ってわけじゃない。むしろ私達よりワンランク上の家庭を想像していた。お菓子程度買ってもらえないはずがなかった。充分なお小遣いを貰ってたはずだ。美音ちゃんは何食わぬ顔をして紙パックの飲み物をレジで清算してコンビニを出て行った。私は思わずあとを追いかけた。

「鈴木さん」

 声をかける。美音ちゃんが振り返った。バッグの内側についたポケットがシリアルバーで膨らんでいる。顔がぴくぴく震えて微かに動揺が浮かんでいて私は生まれてはじめて美音ちゃんに対して優越感を覚える。「見てたよ」見てわかるくらいに美音ちゃんが青褪めた。ああ、ほんとうにかわいいなぁと私はその顔を見て思う。美音ちゃんはすぐに表情を取り繕って「は? なにを」強がる。

「見てたよ」

 私は繰り返した。

 美音ちゃんが黙る。

 そのままくるっと私に背を向けて去っていく。

 で、次の日から怒涛のいじめが始まった。

 それは美音ちゃんからではなく周りの取り巻きの女の子からでわかりやすい無視やら、聞こえるように暗いだのきもいだのの悪口を私あてではないように言ったり、それからちょっと人の間を歩こうとしたら足かけられて転ばされかけた。変な噂を流された。一番笑えた「噂」の内容は私がおっさん相手にやりまくってるくそビッチだという話だ。私は男の子と手をつないだことすらなかった。

 私がよく読んでいる漫画だの小説だのに出てくるいじめって読者にわかりやすいように直接攻撃や“脱がせる”とかの大技を中心にしてるけど実際のいじめってこういうちっちゃい攻撃を無数に積み重ねてくんだよなぁ。(現実で大技を仕掛ける系のいじめをしてくるやつがいるならそいつはたぶんラリってる)

 美音ちゃんが優しく見えたのは顔だけだった。美音ちゃんはおそろしいこどもだった。昨日まで友達だった子を平然と無視し、それを周りの子供にも強制した。男の子とも仲がよくてそれとなく影響力を与えながら、決して自分に触れさせることはなかった。自分の魅力を知っていてその使い方もよく知っていた。彼女は教室の女王だった。彼女が「あいつコロして」と言えば私たちは嬉々としてそれに従ってそいつを袋叩きにして裏山に埋めていたかもしれない。(彼女は冗談だった、常識で考えればわかるでしょ?真に受けるなんて思わなかった。と言い逃れしてなんの罪にも問われない)

 そして私はこういう「ちっちゃい系の攻撃」は全然平気だった。慣れていた。私は幼稚園児の頃からいじめられっ子だったのだ。そういう子には二種類いる。「よりいっそう恐がるようになる子」と「麻痺してなにも感じなくなる子」だ。私は後者だった。後者になった。私はへらへらしてた。だって私は「見ていた」から。美音ちゃんの首ねっこ押さえた気になっていた。ほんとうのところ別にそんなことはなかったんだ(「美音ちゃんが万引きしてた」と言いふらしたところで大人も子供も私の言葉よりも美音ちゃんを信じる)けどたぶんクラスの誰も見たことない美音ちゃんのあの青褪めた怯えた顔を思い出すだけで私の溜飲はかなり下がったのだ。

 ある日、美音ちゃんが体育の授業中に突然ぶちぎれた。

「おまえなんなわけ!」

 悲鳴みたいなねじきれた声をあげて私の襟を掴む。大柄な美音ちゃんが小柄な私にそうしていると大型の肉食獣 (ライオンとかチーターとか。うん、美音ちゃんには肉食獣がよく似合う)が草食動物 (私の中のイメージではカンガルーなのだが自分を美化しすぎだろうか)に食いついているように見えた。怒っててもきれいな顔だなぁと思って私は美音ちゃんをまじまじ見ていた。慌てて先生が美音ちゃんを止めに入って私達は引き剥がされた。美音ちゃんは成績がよくて人望の厚い優等生だったから先生は「おまえ鈴木になにしたんだ」と私を問い詰めた。美音ちゃんはぶすくれて黙っていた。私はへらへら笑って「さぁ」と言った。


 なんなんだろうね?



 私がどういう人間なのかを説明するのは美音ちゃんがどんな人間なのかを説明するよりずっと難しい。私は美音ちゃんを憎んでいたし、愛していた。ぼこぼこに殴ってみたかったし耳元で好きだと囁いてみたかった。また、私を殴ってほしかったし、愛を囁いてほしかった。美音ちゃんに憎んでほしかったし、愛してほしかった。私は支離滅裂で意味不明な人間だった。でも愛ってそういう部分があるんじゃないかな。人を愛したらみんな頭おかしくなるでしょ。理屈じゃ説明できなくなるんだ。

 美音ちゃんがどんな子供だったのか説明するのは、いま(時系列的には十年ほどあと)の私にとってはとても易しい。

 美音ちゃんは愛されない子供だった。


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