ホットペップの手記(2)
2
現在俺たちは自分たちの言葉に文字を当てはめているだけにすぎない。だがバニトス語――と仮に表現する――は偶然か何なのか、俺たちの言葉に近いらしく、単語を見ればなんとなく読むことができる。だからもっと本が読みたい。ここにあるのは製鉄所運営に関する書類と百科事典のみ。せめて辞書と歴史書のようなものがあれば。探索の要項に入れておこう。
3
会議記録。……兵団長で行われた探索についての会議の概要。主な議題は他勢力との接触について。
城壁沿いに西へ移動していたチョコラ指揮下の斥候部隊が全員無事で帰還、往復二日。
同族で、金――ゴールド――の飾りを付けた集団を発見したとのこと。
「それはそれは美しかったそうです」
チョコラがやや羨ましそうに言う。
報告によると、彼らはテン、アマラという高原出身の夫婦をリーダーとし、西の区域に住み、ひたすら北へ向けて探検隊を出しているらしい。
城壁から先、北へ最も進出しているのは現在俺であり、その向こうは濃い霧と、永遠に続くと思えるような砂漠だ。バニトスの壁ははじめ城壁だと思われていたが、もしかしたらここはただの関所なのかもしれない。それにしては居住区が大きすぎるが。とにかく、これ以上北は不毛地帯が続く。また、我々も斥候を出しているが、北へ向かった者は全員が帰還していない。『何か』を求めて行くには危険だ。
「で、そのテンという奴は北で何か見つけたのか?」
という俺の問いに、チョコラは、
「何も」と短く答えた。
「北は何もないのか?」
「いえ、それがわからないのです。どうやら帰還した者が誰もいないそうで。しかしテンは、ただ『北へ』と言うのだそうです」
北へこだわる理由が全くわからず、少し頭を抱えた。
だが、とにかく新たな集団と接触したことは重要な出来事だ。しかもギャングのような暴力的な馬鹿どもではない。
「テンと協力したい。俺はこのバニトスで生きる覚悟ができているんだ。彼らも同じ気持ちなら、共にバニトスを発展させたいと思う。だからこそ知りたい、何故そいつは『北に何かある』とある種の確信のようなものを持っているのか」
「わかりました。使者を出しましょう」
チョコラが急ぎ退室し、他の者が探索状況を報告しはじめる。
クラール、北へ出した斥候、全員未帰還。
オート、居住区を探索するが収穫無し。
ストライド、東で一人の生産者を確保、自分で生産し自分で食う、という生活をしていたらしい。早速“仕事”を割り当てる。
4
強盗された武器に対し、ユハが取り戻してくるものの数が少ないことが判明。大きな問題が起きる前に、彼女を指導する必要がある。また、労働者に日々の集計も確実にするように指導。……まったく、俺たちは文字は知らなかったが数字は知っていたはずだ。どいつもこいつも怠慢で困る。
5
メモ。第三十一炉担当アーダ。生産者のため配置変更。
6
ユハの脱走
(別紙『手記3』に記載)
7
マリス死亡。アーダをはじめ、その他の生産者たちにはこのことは伝えない。一人一人に個室を与えて鎖に繋いでおくなんてできるわけがないし、そのような非道な行為を堂々とはできない。彼らは何も知らず、日々“簡単な仕事”として食糧を生産しつづけていてくれればいい。
が、マリスが言っていた、食糧生産を行うと代償として体に異常をきたす、というのは確かかもしれない。つまり生産者は使い捨てするしかないのか? またも食糧問題に目を向けなければならないのか。
8
予定。明日、テンの使者と会う。




