ユハの回想(5)
どさりと、カバンを置くというよりほぼ落とすような感じでやって、次にズボンや服にあるボタンをぽちぽちと外して、中から一本ずつ変な形の鉄器を取り出し、床に並べる。すると、身体がすごく軽くなる。文字通り軽量化したからだ。
もうこの“盗み返し”をはじめて何十回。やればやるほど、ギャングの警備は厳しくなる。
でもなんとか見つからずに済んでいる。それどころか、携帯している奴からこっそり盗む技なんかもできるようになっていた。
もちろん好きでそんな危険を冒しているわけじゃない。擬態は、心拍数が正常に戻ると少し遅れてゆっくりと解けていくことがわかっている。だから慣れ防止のため、敢えてスリルを求めた行動をしなきゃいけなかった。
ギャングの連中は、この時もまだ何が起きているのかわかっていない様子で、仲間内の所謂“手癖の悪い奴”に嫌疑を掛けているらしい。
そのまま仲間内で揉めていてくれ。私はそう願っていた。
翌朝一番にホットペップに報告だ。そう呟いて、自室のベッドに潜り込み、目をつむってここ最近の出来事を振り返っていた。
――余談だけど、この頃の私はホットペップ邸じゃなく、近所の労働者用の寮の一室を与えられていた。仕事の報告には手順があって、労働者の娘という体で私がホットペップ邸の見張りの人に適当な伝言をする。ホットペップが伝言を受け取ると、その日のうちに私の部屋を彼が訪問する。そこで奪還品の受け渡しが行われるというわけ。実に面倒! なんでこんな手順を踏むかというと、私が品物の奪還をしているっていうことを隠すため。ホットペップ以外の奴には私が透明になれることは内緒だからね。――
鉄工所で次々と生産される鉄器は、ホットペップが定めたレートで食糧と交換されている。
当時問題になるかと思われていた食糧危機は一切起きなかった。
高原からの逃走時の人口はざっと見積もって百人あまり。それから、リーンドールの連中が森や高原を荒らしているのか、日々難民は増えている。
いずれも彼らは荷車などに少量の食糧を詰め込んでくるだけで、そう長くは持たないはずだった。実際、誰もがそれを予測していたし、ホットペップもカンパニー兵団を作った当初は、交代で高原へ赴き、狩りで食糧を調達することを覚悟していた。
けど、そんなことをせずとも、今やホットペップ邸の倉庫は食糧で溢れ、別の建物を食糧庫に使うほどになっている。食糧の内訳は様々だが、圧倒的に干し肉が多く、次に果実の割合が高かった。麦は少ない。
バニトスで誰かが、採集か狩りによって食糧を生産しているのだろうか。農耕なんかも始めているかも。とにかく、これほど出所不明の食糧が溢れていることは、うれしいことだけど同時に奇妙でもあった。
今はいい。だけど、今後もずっと食べ物に困らないという保証がない。
鉄工所は鉄の生産能力はあるけど、食糧の生産能力は皆無だ。いつ起こるかも知れない食糧問題はホットペップの最大の懸念だった。
「食糧生産の出来る土地を探せ」
この命令は鉄工所稼働当初から、ホットペップが住民に向けて出していたものだけど、未だにそういう場所は発見されていない。
居住区は舗装されきってるし、鉄工所は生産には過酷な土地だ。
でも、食料を確保している人物は間違いなくどこかにいる。必ず保護し、農耕や畜産が可能な土地を見つけなくては。
この時はもう、ここへ来てから、早いもので一年が経とうとしていた。けど、まだ城砦の半分も探索できていない。南側――私たちが入ってきた門のところ――以外の城壁にぶち当たってもいない。一体どれだけ広い場所なのかわからないこのバニトスは、天候も悪いし、負のマナがすさまじく、いくら食糧が豊富にあっても野外での長時間の活動が困難だった。
それでもこの頃から、軽い武装の斥候が編成されて、街の探索を行うようになった。
こんなことができるのも、ホットペップの資本――といってもこの頃は食糧――に余裕が出てきたからだと思う。
斥候は十人が一組となって、鉄工所を中心に放射状に散った。定期的に報告に戻ってくるらしいんだけど、実際、全員が無事には戻っていないと思う。斥候についての情報は公にはされてないから、噂程度にしか知らないわけだけど、一度、補充だかなんだかで、好待遇で住民から志願者を募っているのを見たことがある。
想像に過ぎないけど、結構な規模の探索だったはず。それでもホットペップは鉄工所の人々に命じ続けていた。「食糧の生産者を探せ」と。
生産者を探せ?
違和感を感じた。私だからこそそれを感じられたのかもしれない。ホットペップの目標が“土地”から“人”になっていたんだ。
もしかしたら彼は、何かの秘密を握っているんじゃ?
どうしてそう思ったかって、それは、私には『異変』があったからだ。むしろ、今までこのことを疑問に思わなかったのが愚かだった。つまり、私だけにこんな変なことが起きているとは限らないということ。
目を覚ました私は『仕事』の報告のあと、ホットペップにそれとなく尋ねてみた。
「ホットペップさん、あの、私思ったんですけど~」
成果を検めていたホットペップが眉をぴくり、と動かして、目だけを私に向ける。
「なんだ?」
「私みたいな人が、他にはいないのかなって」
なんだか遠回しな聞き方をしてしまった。ホットペップは、返答を考えているのかなんなのか、すーっと鼻から大きく息を吸い込んで、ちょっと溜めて、
「・・・・・・お前のような人とは?」って大げさに息を吐き出しながら言った。
「だから、私みたいに擬態ができるとか」
「わからんが、少なくとも俺はできん。他にできる奴も知らん。もういいか」
ホットペップが立ち上がり、踵を返そうとした。
「待って、わかった! じゃあ聞きます。ホットペップさんは、何か、こう、『普通じゃありえない方法で食糧を作っている人がいる』と考えているんじゃ、と思って・・・・・・」
ホットペップが私を睨んでた。なんだよ、怖いなもう。
「・・・・・・ふん、なるほどな」
この時間を稼いでる感。何かを考えているのが明らかだ。
「面白い発想だ。それは確かに有り得る。その話は誰かにしたのか?」
「いえ、今が初めてですけど」
「よし。……お前でなければその発想には至らんだろう。素直に感心した、お前は頭がいい。早速その視点からも捜索をしよう」
めちゃくちゃ早口。でも、さすがはホットペップだ。すごく怖い顔で、しかも、“自分にはその発想はなかった”っていう体で話を進めるものだから、これ以上の追及をしにくくて何も言えなくなってしまった。
当たり前だけど、私には知る権利ってやつはなかった。いやまあ、この頃は“権利”なんて概念も曖昧だったんだけど。
ホットペップはとにかく隠し事をする。堂々と。斥候のことだってそうだし、噂では文字の解読も進んでるらしいけど、真相はわからない。
わからないから色々聞きたかったけど、怒られるんじゃないかと思ってできなかった。衣食住を世話してもらっていることもあって、なんだか気が引けたんだ。
でも、今回のことは今までのこと以上に知りたくて仕方なかった。




