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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅵ エンゼル・イン・アンダーランド
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Noah/* - 三者三様の後日談

 終業時刻直前のハンターズギルド《ユグド精肉店》で、受付嬢はその日も頭を抱えていた。


「…………。ナツキちゃん……えっと……これは?」

「100万リューズだよ」


 しれっとそう答えたのは、ちっちゃくてかわいい、背伸びしてようやく目が受付カウンターより上に来るような金髪幼女であり、受付嬢たちの心の癒しでありながら、最近頭痛のタネにもなってきた存在である。


「それは……分かる、けど」


 受付カウンターには、高額報酬の依頼でも滅多にお目にかかることのない、金貨百枚分、すなわち100万リューズの価値を持つ白金貨が、一枚無造作に置かれていた。


「えっ、と……依頼には、失敗した……のよ、ね?」

「うん。だから違約金を払いにきたんだ。問題は解決したけど、取引されてた物品は回収できなかったし、元凶も倒せなかったから……ごめんなさい。違約金、100万リューズだよね?」

「いや、それはギルドとしての違約金で……依頼遂行の失敗でナツキちゃんが支払わなきゃいけないのは、前金分の10万リューズだけよ?」

「そうなの? でもダインはボクが達成してくれると思って受けたわけだから……足しにしてくれると嬉しいな」


 そう言ってナツキは笑った。いつもの可愛い笑顔のようなのに、どこか不自然な気がしてならなかった。


「待って、そもそもこの白金貨はどこから……」

「あ、そうだ。これもダインに渡してくれる?」


 カチャ、カチャ。

 カウンターの下から小さな手が伸びてきて、丸い金属の板を二つ置いた。


 ……白金貨が、三枚になった。


「……ナツキちゃん!?」

「これで借金完全返済! やったよアイシャ!」

「は……はいです、すごいのです」


 目を剥く受付嬢を無視してナツキは後ろを振り返り、契約ドールのアイシャに向けて喜びを示した。

 対するアイシャはといえば、呆れたような心配するような慌てたような、不思議な表情でナツキと受付嬢を交互に見ていた。相変わらず表情豊かなドールだな、と現実逃避をし始め、慌てて首を振って雑念を追い払う。


「あのねナツキちゃん、たとえ失敗でも一応調査して分かったことは教えて欲しいんだけど」

「何も無かったよ」


 食い気味の即答だった。

 いや絶対何かあったでしょ!? というツッコミは、ナツキの無言のニコニコ笑顔に気圧されて、口から出てこなかった。

 アイシャにナツキの上司として見てきたことの開示命令を出すことはできる。何度かそれを使ってナツキの信じられない発言の裏を取ったこともある。しかし今回に限ってはそれは恐らくナツキの逆鱗に触れることになると、ナツキの笑顔を見て思った。


「……えっと、失敗扱いにしちゃうと、せっかく軍からの依頼なのにオペレーターランクも上がらないわけだけど……本当に失敗なのね?」

「ランクなんかよりずっと大事なものを、ボクは守りたいな」

「そ、そう……」


 ナツキの意志は固かった。事情に首を突っ込んだら殺される、そんな気さえした。その異様なオーラは、少なくともEランクオペレーターが発するものではなかったし、たった8歳の幼女が発するものでもなかった。

 チラリとアイシャを見ると、こちらを見つめて何かを恐れるようにぶんぶんと首を縦に振っていた。やめとけ、触れるな、と伝えたいようだった。


「はぁ……いいわ、ギルマスには伝えとくけど、後で問い詰められても知らないわよ?」


 根負けして溜息をつくと、ナツキはそれでいいのだ、とでも言うように笑顔で頷いた。

 自分は何も知らない、この白金貨をギルドマスターに渡せばそれで終わり、と気を取り直そうとして、


「あ、でもギルマス、明後日まで帰ってこないじゃないの……」


 しばらく300万リューズ相当の代物を預かっておかなければならないことに気づいてしまい、頭を抱える。


「あれ、ダインいないの?」

「今朝からヘーゼルちゃん連れて鉱石採取にね……忘れてた……」

「うぇっ、ヘーゼルさんもいないんだ」


 ヘーゼルの名前を出すと、ナツキは途端に何やらバツの悪そうな表情になった。ヘーゼルに用事でもあったのだろうか。


「というかギルマスがヘーゼルちゃんの用事に付き合ってるのよ。狩りのついでとか言って、何だかんだシスコンなのよね」

「またダインに変な属性が……まあいいや。じゃあ今日は帰るよ」


 ダインによろしく、と言ってアイシャと共にギルド本部を出ていくナツキは、何やら重そうな革袋を抱えていた。

 歩くたびにカチャカチャと音がして、その音はさっき2、3回聞いたものと同じ気がしたけれど、何も聞こえないフリをした方がいいと思った。

 ふとカウンターを見下ろすと、三枚の白金貨が「賢明な判断だ」と語りかけてくれるような気がした。



☆  ☆  ☆



 その日もリリムは、午後の診療を終えて《子猫の陽だまり亭》に来ていた。


「りりむー……」

「わっ、どどどしたのニーコちゃん」


 椅子に座って食後のジュースを飲んでいたリリムの足に、いつの間にか近くにいたニーコがぎゅっと抱きついてきた。

 それを見た他の客が悔しそうな顔でこちらを見てくるが、全常連客の中でニーコに最も信頼されているのはリリムであると、誰もが理解している。以前キールがニーコに勝手に服をプレゼントしたことで同じように抱きつかれ、問題になりかけたりしたらしいが、リリムが同じように非難されることはなかった。それだけの信頼と実績、関係をリリムは築いている自覚はあった。

 しかしそれでも、前ぶれなくいきなり抱きついてくるのは反則である。慌ててコップを取り落としそうになったが、辛うじて零さずカウンターの上に下ろすことに成功する。


「なつきとあいしゃ、まだー……?」


 ニーコはどうやら、二人がなかなか帰って来ず寂しがっているようだ。待ちきれないというように尻尾はふりふりと揺れていて、猫耳はぺたんと悲しそうに伏せられていた。


「調査が長引いてるのかもねぇ。フィルツホルンの外には出ないって言ってたし、もうすぐ帰ってくると思うよー。大丈夫、大丈夫」

「なぅ……」


 頭を撫でてあげると、細く柔らかい黄緑色の髪がさらさらと揺れた。

 しばらくそうしていると、リリムの脛に額を押し付けて何事かを考えていたニーコは、やがて不安そうな顔を上げて聞いた。


「なつき……にーこ、きらい?」

「へっ、どしたの急に……そんなことないよ、大丈夫だよー」

「でも……なつき、ずっとあいしゃといっしょ……にーこ、なかまはずれ……」


 それはどちらかというと、アイシャがナツキから離れられないのだ。それはアイシャがナツキの契約ドールであるからで、決してナツキがニーコよりアイシャを優先しているわけではない。


「あいしゃ、ずるい……にーこもいっしょに、あそびたいもん……」


 しかしまだ小さなニーコにそんなことは分からない。ナツキがアイシャと一緒に何度も出かけているのも、仕事と言いつつ二人だけでどこかで遊んでいるのではないか、と考えているのかもしれない。


「でもにーこ、あいしゃもすき……でもあいしゃもなつきがだいすき……だから……なぅ、にーこ、わかんない……わかんないの……」

「ニーコちゃん……っ」


 そっと抱え上げ、優しく抱きしめてあげると、ニーコはリリムの胸に顔を埋めてしくしくと泣き出してしまった。

 これはきっと、ニーコの初めての嫉妬だ。このままではナツキがアイシャに取られてしまうのではないかと不安で、しかし優しいニーコは自分がアイシャに対して良くない感情を抱きかけていることに困惑している。それをうまく表現できるほど、まだニーコは言葉を操れないのだ。

 ナツキが帰ってきたらそれとなく伝えてみようか、と思っていると、丁度玄関が開く音がした。


「っ! なつき……」


 ニーコはリリムの腕の中から飛び出すと、ぐしぐしと目を擦ってから、玄関の方へと駆け出して行った。


「なつき! あいしゃ! おかえいにゃさい!」

「うん、ただいま、にー子」

「ただいまです、ニーコちゃん」


 ナツキは重そうな革袋を抱えていた。報酬だろうか。


「に……ぅ」


 そのせいでぎゅーはしてもらえなさそうだと気づいたニーコは、しゅんと伸ばしかけていた両腕を落としてしまった。

 それを見たナツキはハッと目を見開き、


「っ、リリムさんこれ持ってて! にー子ほら、おいでー」


 慌てて目の前にいたリリムに革袋を押し付け、腕を広げた。


「なつき……なつきー!」

「ごめんねにー子、寂しかっ……あれ、目赤い? もしかして泣いてた……?」

「にっ!? にぁ、ないてにゃい!」

「にー子……ごめんね……」


 推しが推しと抱き合っている、眼福眼福。やはりあのナツキがニーコを蔑ろにするなんて有り得ないのである。《子猫の陽だまり亭》は本日も平和なり。


 ……そう現実逃避気味に頷きながら、リリムは内心めちゃくちゃ焦っていた。

 それはそうである。なぜなら――無造作に抱えさせられた革袋はずっしりと重く、中にはカチャカチャと音を立てる金属がたくさん入っていて、袋の口から覗くその輝きは眩い白金色だったのだから。


「な……ナツキちゃん、これは……?」


 逃避するにしきれず、冷や汗をだらだらと流しながら問うと、ナツキはニーコの方を向いたまま軽く答えた。


「戦利品。一億二千万リューズ」

「いっ!?」


 昨日聞いていた話では、成功報酬は100万リューズだったはずだ。借金が半分なくなるよ、と喜んでいたのを覚えているが、もはや借金返済どころではない額に目眩がした。

 ナツキは今、報酬ではなく戦利品だと表現した。そしてナツキが今日調査依頼で潜ってきたのはあの闇市(アンダー)だ。何だ、何か闇の深い大会に出場して優勝でもしてきたのか、あるいは宝くじでも当ててきたのか。


「えーっと……ナツキちゃん、これ……綺麗なお金かなぁ?」

「綺麗か汚いかで言うと、真っ黒だよ」

「だよねぇ!」

「でも手を汚したのはあっち、この額を()()として提示したのもあっち、これはボクの正当な権利……でしょ、アイシャ?」

「はっはいですっ」


 珍しく、アイシャがナツキに対して怯えているように見えた。一体何があったというのか。誠意とは……


「ナツキちゃん、何かヤバいことに足突っ込んでない? あたし、相談乗るよ……?」

「もう終わったことだよ、大丈夫」

「んんん、ヤバいことに足突っ込んだのは否定しないわけだ……いやほんと、あたしならほら、黒魔術でなんとかできるかもしれないし……」

「リリムさん……」


 ナツキはニーコの抱擁を解き、リリムの顔を見た。その表情にはえも言われぬ哀愁が漂っていた。どう考えても8歳の女の子が見せる顔ではない。


「世の中にはさ……知らないほうが本当に幸せなことがあるってこと、リリムさんは知ってるんだよね」


 その言葉に、思わず息を呑んだ。

 知っているとも。五年前、この世界の秘密の一端を垣間見てしまったリリムは、以降ずっとその記憶を消したいと願い続けている。誰にも言えないそれを、ただ一人抱え続けている。

 そのことをついこの間、感情に身を任せてギリギリまでナツキに話してしまった。それをナツキは覚えているのだろう。


「それでも知りたいって言うなら……リリムさんになら、話してもいいかな……ってちょっと思った」


 そう言ってナツキはふっと笑った。

 ナツキが今抱えているものも、その類なのだろうか。しかし――他人に話して少しでもナツキが楽になるのなら、その受け皿になる覚悟はあった。話したくとも話せない苦しみはきっと、ナツキの知人の中では自分が一番よく知っていると思ったから。


 でも、とナツキは続ける。

 一旦伏せられてから再度リリムに向けられたやけに穏やかな笑顔には、やはりその小さな体には似つかわしくない諦念が滲み出ていて、


「リリムさんはきっと闇市(アンダー)どころか世界を滅ぼしちゃうから……言えないや」


 そんな意味深な台詞だけを残し、ナツキはそれ以上何も喋ろうとしなかった。


 そんなことを言われて、はいそうですかと引き下がれるわけがなかった。自分が知っている「知らないほうが幸せなこと」以上に知るべきでないことなどあるわけがないと、世界を滅ぼすことになろうとナツキの苦しみを自分も背負ってあげなければと、翌日リリムは久しぶりに闇市(アンダー)へと潜った。


 しかし、黒魔術と恐れられるリリムの伝手をもってしても、手に入れられたのは「何か大きな事件があって、闇市(アンダー)が滅びかけた」という曖昧で断片的な情報だけであった。


 事件の詳細を探ろうとするリリムに対し、懇意にしている《酒場》のマスターは、例えラクリム湖の水を全て酒に変えて飲み干してもそんな情報は売れないし存在もしないと告げた。


 代わりに《古本屋》の場所の情報をリンゴジュース二杯で買い、闇市(アンダー)の極秘情報の全てを蒐集し保管しているはずの男を訪ねた。彼の弱みを握っているリリムは、情報の鍵である合言葉を用意せずともある程度の秘密を教えてもらえる立場にいる。しかし彼は、該当する情報は存在しないしこの世界のどこにも存在してはならない、合言葉も存在しないと、ただそれだけを無表情で告げた。

 どうせ無駄だから2000リューズでいいわよぅ、と呆れていたマスターの顔が蘇った。何が「でいい」だ、あの特大ジョッキは本当に売りたくない情報を求める客に出されるものだということくらい、リリムは知っている。


 それから違法ラクリマの情報ポータルである《裏庭》にも行った。貴族特区への抜け道を管理する《東屋》にも行った。ナツキに協力したはずの《同盟》の本部にも行った。そして誰もが口を揃えて「知らない」「帰れ」「死にたいのか」とリリムを拒絶した。


 何も進展がないまま、疲れてスラムの裏路地で休憩していたその時――


「動かないでください」


 全く気配にすら気付けないまま、細い指先がこめかみに突き付けられていた。

 

「……リモネちゃん?」

「ええ、みんなのアイドルリモネちゃんです……が」


 動くことはできない。一歩でも動いた瞬間にリリムを焼き尽くすことのできる力を、このリモネという少女は持っている。


「軍権のもとに忠告します。これ以上探ると、死にますよ」

「……。軍令なんかであたしが止められると思う?」

「こんなしょーもない事件で、あたしに()()()()()()()欲しいですね」

「…………」


 必要とあれば、リモネが()()()()()()()。それ即ち、首を突っ込むことが誇張抜きで死と同義であることの証明である――それをリリムは知っている。

 ゴクリと唾を飲み込むと、リモネは一つ小さな溜息をついた。


「とはいえ納得できないでしょうから、一つ、関連する情報をあたしの特権で教えてあげますよ」


 リモネはどこか疲れたような表情で、告げた。


「――昨晩から今日にかけて《塔》の下に交わされた契約の数は、およそ5000。つまり平時の百倍以上の契約が一夜にして結ばれまして、こちとらてんやわんやですよ。んで、そのほぼ全てが同一内容です。その内容は――」


 続く言葉を聞いて、リリムは調査を中止せざるを得なかった。

 当たり前だ。なぜなら元々事件など「なかった」のだから。


 そういうことに、なったのだから。



☆  ☆  ☆



 スーニャにとって、軍だの《塔》だの世界の危機だの、そんなことはどうでもよかった。でもギフティア部隊とかいうものに所属していれば軍は寝心地のいいベッドを用意してくれて、毎日三食それなりの食事を出してくれるので、他の場所にいるよりはいいかも。その程度の認識だった。

 軍や《塔》の人は皆スーニャの言うことを聞くけれど、スーニャのことは人間ではなく兵器として扱った。スーニャにはツノがあって体も冷たいので、確かに人間ではない気がした。それはどうでもよかったけれど、それが理由で他の人間と話したり遊んだりすることは禁止されてしまった。特に任務中は、兵器としての自覚を持って行動するようにと言われた。少し悲しかったけれど、わがままを言い過ぎるともらえるご飯が少なくなるので、そこは妥協することにした。

 任務というのは、時々大きくて邪魔な動物が現れるので、それを消してくることだ。それは面倒くさかったけれど、ちゃんと消してくればご褒美にちょっとおいしい料理が食べられるので、嫌ではなかった。


 最近、いいことがあった。任務から帰る途中、人間の女の子に出会って、友達になったのだ。それは本当はダメなことだったけれど、その女の子は抜け道を教えてくれた。兵器ではなく人間のフリをして、任務中ではないフリをして話せばいいのだと。女の子はナツキという名前で、アイシャというドールを連れていた。


 いつもはAブロックの昇降機を降りたところで迎えの聖騎士が待っていて、そこで眠らされて宿舎まで運ばれるのだけれど、その日はそれをやめて、人間の女の子に街を案内してもらった。そこは見たこともない珍しいものがいっぱいで、とても楽しかった。

 最後に女の子は、スーニャをご飯に誘ってくれた。それはきっと美味しいに違いないと、ついていこうとして――気づいたら、スーニャはいつもの宿舎にいた。


 夢だったのかと思っていたら、聖騎士のエルヴィートがやってきて、面倒くさいお説教が始まった。なんとスーニャの記憶は夢ではなくて、エルヴィートは無理やりスーニャを眠らせてここまで連れてきていたらしい。スーニャを誑かした無礼な小娘に与える制裁を協議中だが、スーニャもなぜホイホイついていったのか、などと言っていた。このうるさい人間は一体何を言っているのだろう、と思った。

 よく聞いてみると、なんとエルヴィートは剣をナツキの首に突き付けて、逆らえば殺すと脅したらしかった。聖騎士はなんだか他の人間より偉いらしいので、ナツキとアイシャはきっととっても怖かったはずだ。だからスーニャは怒った。とりあえずエルヴィートの腕と足を折って動けなくしておいて、聖騎士の会議場に行って全員を地面に縫い付けて、宣言した。今度ナツキやアイシャを怖がらせたらもう仕事を手伝ってあげない、ご飯もベッドもいらない、と。


 宿舎に戻ると、エルヴィートは緑色の光に包まれていた。せっかく動けなくしたのに、誰かが回復薬で治してしまったようだった。

 まあそれならそれでいい、治った足でちゃんと責任をとってもらおうと思った。ナツキの住んでいるお店を調べて、一番美味しい料理を買ってきてもらうことにした。これで昨日の続きができると思った。


 エルヴィートを送り出してから、ふと、変な気持ちになった。自分はナツキやアイシャと一緒にご飯が食べたかったのであって、一人で食べても意味がないのではないか、それでは美味しくないのではないか、と。食べるものは同じなのに、そんなことがあるだろうか。

 それを確かめたくて、スーニャは宿舎を抜け出した。もう任務は終わったのだから、次の任務が指示されるまではいつもどおり自由にしていいのだ。そう、たとえば人間のフリをして貴族特区の外に出たって、何も問題はないはずだ。それをナツキ達は教えてくれた。

 けれど普通の人間にはツノがないから、本で読んだ透明人間のフリをすることにした。エルヴィートはテンシのカゴとかいうもののおかげでとても早く動けるので、スーニャもちょっと空間を飛ばしていった。


 エルヴィートはなんと、またナツキをいじめていた。ナツキの「カゾク」――とても大切な人を連れて行こうとしていた。ちゃんとごめんなさいさせようとしたのに、テンシのカゴで窓から逃げ出してしまった。本当に困った人間である。

 ナツキとアイシャ、そしてナツキのカゾクのニーコと一緒に、「グラタン」という料理を食べた。それは軍で食べるどんな料理よりも美味しかった。やっぱりナツキたちと一緒だからかと思ったけれど、そもそもその料理は「温かい」という時点で全く違う食べ物だった。単純に比較するには実験の試行回数が足りないと思った。


 また食べに行く、と約束したはいいけれど、スーニャはお金を持っていなかった。いくらスーニャとて、外で食事をするには普通はお金が必要であるということくらい知っていた。お金を手に入れるためには仕事をする必要があるということも、もちろん知っていた。

 けれどそれはきっと、軍の人には怒られそうな気がした。なぜだかは分からないが、バレたらまたエルヴィートが長くてつまらない話を聞かせてくるだろうな、と思った。


 だからスーニャは、なるべく貴族特区から遠い場所を目指した。しかし遠くなればなるほど人々はあまりお金を持っていなさそうになっていった。

 これでは仕事でお金をもらえそうにない、どうしようか、と思っていたその時、ボロ屋だらけの中で一つだけ大きく立派な建物を見つけた。その一番上に行ってみると、たくさんお金を持っていそうなおじいさんが、高そうな椅子に座っていた。


「それでね、スー、とうめいにんげんをやめて、おしごとないですかー、ってきいたのー……そしたらおじいさん、これをくれてー……なつきががんばってるところをこっそりとってきてー、って……」

「………………うん」


「だからね、スーがんばった……『かめら』、つかうのむずかしかったけど、れんしゅうしたよー……」

「………………そっか」


「おじいさん、おかねー……えっと、『おこづかい』? いっぱいくれた……だからスー、ごはんたべにいけた……。でもー……きのう、おじいさんに、もうおてつだいはおわりだー、っていわれちゃった……」

「………………そうだね」


「ごめんね、なつき……いまもってるおかねだとー、あといちねんくらいしか……ごはんたべにいけない……」

「………………」


 そう、今日はそれを報告しに来たのだ。これからもずっと来ると約束したのに、それを守れなくなってしまったから。ちゃんとごめんなさいをしようと、朝一番でナツキたちの部屋に飛んできたのだ。

 ナツキも悲しいみたいで、頭を抱えながらスーニャの話を聞いてくれた。アイシャもなんだかすごい複雑な顔をしていた。ニーコはまだ生まれて間もないラクリマみたいで、よく分からないって顔をしていた。


「で……でもね、スー、またおしごとみつけるー……そしたらまたおかね、もらえるから……」

「スーニャ」


 ぽん、とナツキが両手をスーニャの肩に置いた。


「ボクがおごってあげるから……お金なんて気にしないで、いつでもおいで」

「……! ほんと!?」

「うん、だから……もう、スラムでお仕事を探すのは、絶対にやめよう。ね?」

「うん……! なつき、だいすき……!」


 スーニャは心から喜びを感じた。

 お金が必要ないなら、めんどくさいお仕事なんてする必要はないのだ。誰が好きこのんで労働などするものか。


「うぅ……スーニャは悪くない……スーニャは悪くないんだ……!」


 ナツキが何かを呟いていた気がしたけれど、うきうき気分のスーニャがその意味を考えることはなかったのだった。



第6話、終わりです。気づけばもう40万字……

第1章の終わりまであと(たぶん)2話なのです。


2021/3/13追記:

第7話、9割方書き上がってるんですがちょっと今後のプロットと相談しつつ調整中です。少々お待ちください。


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