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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅰ サードライフは突然に
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Lhagna/τ - 想い出の温度

 惑星ラグナ、ヴィスタリア帝国。

 勇者パーティの少女、転生者トスカナ=Q(クィノーテ)=ユーフォリエは、エクセルやペフィロと共に、いつものテーブルを囲んでいた。

 今日は昨日の陽気とは打って変わって曇天。しかも風が強い。帝城の気候魔術師が毎朝出している予報によれば、昼過ぎには風は止みそうだが午後のにわか雨に注意、ということだった。


「うぅ。寒いです」

「カナには辛そうだね……どこか屋内に移った方がいいかな?」

「いえ……大丈夫です。慣れないと、ですから」


 エクセルの魅力的な提案を断り、代わりに薄いマナの膜で身体を覆った。

 トスカナが転生前に暮らしていた母星、シルヴァールは、ラグナと比べると暑い星だった。そのせいなのか、自分の体温は他のメンバーやラグナ人に比べるととても高いらしい。

 転生してパーティを結成してすぐ、俺の世界での友好の証だ、と言われてナツキに手を握られたときのことを思い出す。――大きくて、優しい手。でも、なんでこんなに冷たいのかな。……なんて思っていたら、向こうは逆に熱すぎると感じたらしく、ぎょっとした顔ですぐさまもう片方の手を額に当てられた。その後丸一日、パーティ総出で健康極まりないトスカナの無駄な看病が行われたのは、今となっては笑い話だ。

 体温の違いくらいならお互いに知っておけば問題はない。しかし母星との気候の違いはどうしようもなかった。同緯度で見ると、ラグナの夏はだいたいシルヴァールの冬と同じくらいの気温になる。今は夏の終わり、トスカナには少し厳しい寒さになってくる時期だ。


「む? トスカナ、もしかしてきみ、今年の冬はヴィスタリアで過ごすつもりなのかい?」

「そのつもりです! これから毎年、去年みたいなことしてもらうのは大変ですし。わたし、がんばります!」


 意外そうに聞いてくるペフィロに、決意を語る。去年は大変だったのだ。


 転生してからこれまで、冬は二回あった。

 一昨年の冬は、魔王城への旅路の途中だった。常に身体を魔法で温めていないとまともに動けず、一日が終わる頃には魔力切れで疲労困憊で、毎日他の4人とぎゅうぎゅうおしくらまんじゅう状態で野宿をした。それがあまりにも申し訳なくて、いかに効率的に身体を温めるかを本気で試行錯誤した結果、魔法の扱いが飛躍的に上手くなったのだが。

 そして去年の冬は、学院の計らいで赤道に近い他国に留学していた。勇者パーティの他のメンバーと違って自衛手段に乏しいトスカナを心配して、ナツキがついてきてくれた。というか、他のメンバーもみんな付いてきてくれようとしたのだが、お国の事情的に勇者パーティをなるべく国外に出したくないとかで、付き添いは一人までと上から制限がかかったのだ。勇者の政治利用はやめてほしいものである。


 ナツキを「せんぱい」と呼び始めたのはこの時で、――ナツキに対する恋心を自覚したのも、この頃だ。


 赤道の真下であっても、トスカナにとっては冬は寒かった。勇者のことをよく知らない他国の少年少女たちは、場違いな厚着のトスカナを異端視し、いじめにまで発展しかけた。もともと気が弱く、言い返すこともできなかったトスカナをナツキは庇い、現地の子供達を根気よく諭してくれた。

 今も身につけているオレンジ色のマフラーは、いじめっ子たちに引っ張られてダメになってしまったスカーフの代わりに、ナツキが現地調達した毛糸で編んでくれたものだ。何でも、特別な素材を編み込んで作ったんだとか。

 トスカナの名前がナツキの世界の文字で刺繍された、少し不格好な夕焼け色のマフラー。どんな分厚いコートよりも、温かい。

 ……そういえば、特別な素材って何だったんだろう。聞きそびれちゃったな。


 思い出のマフラーに手を触れ、去年のあれこれをもんもんと思い出していると、ペフィロがいつになく心配そうな顔でこちらを見た。


「無理しないほうがいい。世界の差、種族の差というものは、努力で埋められるものではないだろう?」

「心配してくれてありがとうございます、ペフィロちゃん。でも大丈夫です。わたしだって一年間ちゃんと、空調魔法の勉強してきたんですから!」


 生まれの差という大きな溝を、埋め立てることはできないかもしれない。でも、橋をかけることはできる。

 一人では届かなくても、分かり合える仲間たちが助けてくれる。ならわたしは、頑張れる。


「トスカナ……きみはそこまで……」

「あ、でも……もしまた魔力切れになったら、凍え死んじゃう前に、その……助けてくれますか?」

「……うん、いいともさ。二年前みたいにぼくを抱いて眠るといい」

「あはは、ちょっと恥ずかしいですね」


 自分の体温をある程度操れるというペフィロは、いつも凍えるトスカナの腕の中で、湯たんぽ代わりになってくれた。その両脇にナツキとエクセルもくっついておしくらまんじゅう状態を作ってくれたわけだが、実は彼らも半ばペフィロやトスカナの高い体温による温もりを求めて寄ってきていたと言うのは、後から知った話だ。

 あれ、でも、あの状態に、もし今、なったら……


「二年前の再現と言うなら、僕とナツキのハグも必要かな? ……おっと、僕はお邪魔かい? 少し寂しいね」

「もう、エクセルっ!」


 ナツキはまだ来ていないが、もし物陰から聞かれていたりしたらどうするつもりなのだと憤慨する。

 ……いや、いずれはこの気持ちも、伝えなければならないのだけど。


「そういえば……せんぱい、遅いですね?」


 いつもならとっくに来ている時間だ。


「確かに、珍しいね。ナツキが来ないなんて」

「彼は教師になったそうじゃないか。質問攻めにでも遭っているんじゃないかい?」

「ありそうだね。練気術の基礎講義だっけ。どれ、冷やかしに行ってみようか」

「もうエクセルったら、邪魔するのはよくないですよー?」

「ふむ。そう言いつつ、きみも席を立っているようだが?」


 ペフィロに言われて気づく。……完全に無意識だった。


「あぅ……だって、講義中のせんぱいって、その……」

「かっこいい? 惚れ直しちゃう? うんうん、意外な一面ってやつだね」


 口に出せなかったことを代わりに何もかも言われて、顔から火が出るかと思った。


「なっ、ななに言い出すんですかエクセルっ、そそ、そんなんじゃないんですっ、違いますからぁ!」

「はいはい。顔が真っ赤だよ、カナ」

「うぅ、エクセルがいじわるです……」


 膨れていると、ペフィロがじっとこちらを見つめてきた。


「やはり、きみは彼のことになると途端に分かりやすくなるね」

「ふぇっ? そ、そうですか……?」


 そんなつもりは無かった。顔に出ているんだろうか。

 ふにふにと頬をつまんでみるが、それで分かるわけもない。


「そりゃあペフィ、それが恋ってやつだからね。そのもどかしく甘酸っぱい気持ちは、ときに――」


 恋。

 具体的に言葉にして言われると、まだ……恥ずかしい。

 つらつらとトスカナの恋心について勝手に語り出したエクセルに、反射的に杖を向けていた。


「う~~~っっ!!」

「ん? ――あいたたたたっ、ちょ、カナ、照れ隠しの束縛魔法やめて! 痛い痛い、っていうか、関節極めるの上手くなったねえ!?」

「もう、エクセル、もうっ!」

「ギブ、ギブギブ! ごめんごめん!」

 

 束縛を解く。エクセルは何度懲らしめても懲りない。練習してもいない関節技が上達しているのは大体彼のせいだ。


「恋か。ぼくも概念としては知っているよ。きみにとって彼が特別なそんざ――おや?」


 ペフィロが何かに気づく。


「きみたち、やめたまえ。どうやら来客のようだよ」


 そう言われて初めてトスカナとエクセルも、テーブルの前でおずおずと様子を伺っている少女がいたことに気づいた。


「ふぇ、お客さん……ええっ!?」

「おや、ずいぶん珍しいお客様だ」

「やあ、騒がしくてすまないね、殿下。ぼくたちに何かご入用かな?」


 そうペフィロに促された幼い少女――お供も連れずに現れた帝国第一王女、リシュリー=エルクス=ヴィスタリアは、そこにいる勇者パーティ三人の顔を見回し、やがてしゅんとして、


「ナツキ様は……いらっしゃらないのですね」


 そう、不安げに呟いた。


 ちょうどナツキが不在の時に、タイミング悪く王女様がナツキを探しに来た。ただそれだけの話。

 なのに何故か、ひどく胸騒ぎを覚えた。何かもう、取り返しのつかないことが起きてしまったような――そんな予感がして。


 いつの間にか、ぽつ、ぽつ、と雨が降り始めていた。


残された他の勇者たち。彼らの話も、ちょくちょく挟んでいきます。

時間軸は本編と必ずしも一致しません。


【特に使わないメタデータ:平熱】

ナツキ(青年):36.5℃

トスカナ:45.0℃

エクセル:32.5℃

ペフィロ:気分次第

ゴルグ:38.0℃


ナツキ(幼女):37.0℃

にー子:37.5℃

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