修行
午後は帰って《子猫の陽だまり亭》の看板娘業をこなし、いつも通りアイシャとにー子と三人で風呂に入った。アイシャに羞恥心が芽生える様子は依然として無い。
「このまま大きくなったら困るよねえ……」
桶に入れたお湯を頭から被るアイシャを見ながら呟く。今はまだ起伏の無い幼児体型だが、いずれ体が成長しても心がそのままだったりしたら、目のやり場に困る。
それに不埒な連中にアイシャが騙されかねないのも問題だ。ラクリマだって忌印を除けば人間と同じような体なのだから、人権が無いのをいいことに成長したラクリマを狙う者もいるはずだ。自分の邪な欲求を満たすための人形として――
「……あれ、でも成長したラクリマって見たことないな」
やはり戦闘兵器として消費されてしまうせいで、寿命が極端に短いのだろうか。
そんなことを考えていたら、ふと一緒に湯船に浸かるにー子と目が合った。大きな二つの瞳が、ぱちくりとナツキの顔を映す。
「にぅ?」
「にー子……にー子もアイシャも絶対、幸せにしてやるからな……」
「しゃーわせ? にーこ、しゃーわせっ」
お湯をかき分け、にー子がぎゅっと抱きついてきた。
「ぎゅーは、しゃーわせなの。りりむいってた! なつきも、しゃーわせ?」
「にー子っ……うん、ボクは幸せ者だよ……にー子もアイシャもすくすく元気に育ってくれれば、もっと幸せ」
「にぁ!」
濡れた頭を撫でてあげると、同じ色の尻尾が嬉しそうにパシャパシャと水を叩く。それに気を取られていたら、ぴと、と背中に何かがもたれかかってきた。
「わたしも……ナツキさんのおかげで、幸せなのです」
「わ、アイシャ……」
いつの間にか湯船に入ってきていたアイシャが、後ろから抱きついていた。ぶにぷにしたにー子とは違う、少し骨ばった細い体だ。
「でもナツキさん、わたしはもう成長しませんですよ?」
「え?」
何言ってんだ、と振り向くと、アイシャは少し寂しそうに眉を下げていた。
「ラクリマは……調整された時点で、体の成長が止まるです」
「っ!? そんなこと……」
あるわけない、と言いかけて、アイシャがそんな嘘をつくわけがないと気づく。……本当のことなのだろう。成長を止めることに何の意味があるのかは分からないが――あるいは感情を抜くために必要な措置なのか。
「そう、なんだ……」
ドールが皆成長を止められているのだとすれば、幼い子供の姿しか見たことがないのも納得だ。しかしそれなら、ドールの年齢は見た目からは判断できないということになるが――
「え、じゃあアイシャ今、何歳?」
「わたしが調整されたのは六年前なのです。煌水晶から生まれ落ちた年は分かりませんですが……成長度は8なので、精神年齢は大体14歳、です」
「じゅ……じゅうよん!?」
14歳。リモネちゃんと同じで、トスカナの一つ上。
あまりに予想外の数字に驚くと、アイシャはきょとんとなり指を折って確認し始めた。
「……? わたしはエク年代のラクリマで、今年はセスの年……聖暦496年なのです。合ってるです」
ダインが教えてくれたラクリマの命名規則だ。ミドルネームは「発掘年代」、すなわち調整され《塔》に登録された年の下一桁を表す。アイシャの「エク」は0に対応し――なるほど、その規則に何の意味があるのかと思っていたが、名前でそのドールの精神年齢、あるいは運用年数を測れるようになっているというわけだ。
「そのあたりは一応ダインから聞いてたけど、成長が止まるとは思ってなかったから……そっか、14歳か。どうりで思考回路がしっかりしてるわけだ」
「なのですか? 自分ではよく分からないのです……」
にー子やスーニャを撫でてあげた後にアイシャにも手を伸ばしたら慌てて拒絶されたのも、だからなのかもしれない。
「あ、でも、成長度は見た目で決まるです。ラクリマはふつうニーコちゃんみたいに成長度5くらいで生まれるですから、本当の年齢はだいたい9歳くらいだと思うです」
「なぅー?」
何か問題があると思ったのかそんな補足が入り、名前に反応したにー子が顔を上げた。
「いや、重要なのは精神年齢だよ……ボクも20歳だしね。ごめんアイシャ、これからはあんまり子供扱いしないように――」
……ん? 14歳?
「え、待って。つまりボク、毎日14歳の女の子とお風呂入ってるの……?」
「えっと、そうとも言えるです?」
「14歳ならそこに問題意識を持とうよ!?」
「……?」
ナツキの背中にぴったり抱きついたまま、何か問題でも、とアイシャは首を傾げた。問題しかない。仮にトスカナに知られでもしたら、見た目がお互い幼女とかそんなことは関係なしに緊縛正座で半日説教コースだ。それくらいナツキにだって分かる。
「なぅー、にーこも! にーこもいっしょ!」
「はいです、ニーコちゃんも一緒なのです。これからもずっと一緒にお風呂です」
「にぁ!」
会話について行けないにー子が不満げにナツキを見上げ、アイシャがそれに答えた。いや、これからもずっと一緒にお風呂なわけあるか――
「……あの、ところでナツキさん……わたし、もっとナツキさんの役に立ちたいのです」
「ひへっ、な、何っ?」
気が動転しているところに突然真剣なトーンで囁かれ、声が上擦ってしまった。ついでに耳元にアイシャの温かい吐息がかかり、背筋がざわつく。
「わたし……ナツキさんにたくさん助けてもらったです。なのに全然何も返せてませんです」
「そ……そんなこと、ないよ。アイシャが元気でいてくれることが一番の贈り物だよ」
「でもさっきナツキさん、ニーコちゃんやわたしが成長してくれればもっと幸せ……って言ったです。でもわたしはもう体は成長できないのです……」
「いや、それはごめん、知らなくて――」
「どうすればナツキさんにもっと恩返しできるです? わたし、ナツキさんのためなら何でもするです。この身体全部、ナツキさんのために……」
「その体勢でそんなこと言うんじゃありません!」
べったりナツキに後ろから張り付くように抱きついていたアイシャの腕を振りほどき、前に張り付いているにー子ごとぐるりと振り向く。顔に水がかかったらしいにー子から「なぁーぅ!」と抗議の鳴き声が上がる。すまんにー子、今それどころじゃない。
「あのねアイシャ、ボクは前世が男でっ、――」
恩返し云々の前にまず貞操観念を、と改めてアイシャの顔を見上げ――言葉に詰まった。
アイシャはきっとナツキの言うことが理解できず、きょとんとしているだろうと思っていた。しかし実際に振り返ったナツキの視界に入ったのは――見捨てられて途方に暮れたような表情で立ち尽くす、今にも崩れ落ちてしまいそうな儚い立ち姿。
……貞操観念は、また今度だ。
「あのねアイシャ、ボクは見返りを求めてアイシャを助けたんじゃないよ?」
「分かってるです……でもわたしが、ナツキさんの役に立ちたいのです」
ぎゅっと拳を握り、アイシャは俯いた。
「今回の依頼も、ナツキさん一人だってきっと全部解決できちゃうです。わたしが一緒にいる意味がないのです……」
その言葉にふと、今朝アイシャと依頼掲示板を見ていたときのことを思い出した。この村なら案内できるから、と遠出依頼を勧めてくれたのは――自分にしかできないことで仕事の役に立ちたい一心でのことだったのではないか。
「……あ」
しかしナツキはそれを断り、自分の伝手で解決できそうな割の良い依頼に飛びついた。……それは、アイシャの助けなど必要ないと告げているに等しい行為なのではないか。
「ごめんアイシャ……ボク、アイシャのこと何も考えずに……」
「え? ち、違うです、何言ってるです? ナツキさんは何も悪くないのです」
アイシャは全く意味が分からないと言うように首を振った。
「いや……一緒に戦おうって、対等な友達であろうって言ったのはボクなのに、アイシャは守るものだって認識が抜けてなかった」
「ナツキさんはわたしに練気術を教えてくれてるです! それなのに全然できてないのはわたしで……わたしがダメダメなのです」
違う。今アイシャに習得させようとしているのは、アイオーンの回路を塗り替えて寿命が吸われないようにする方法だ。身を守る術であり、戦うための力ではない。
……よし、ならば。
「アイシャ、ボクの弟子になってくれない?」
「ふぇ!? いきなり何を……え、えと、あの……わ、わたし、ナツキさんとはお友達のままでいたいですっ」
「なんかボク振られたっぽい感じになってるけど、そうじゃなくて」
立ち上がり、困惑に揺れるアイシャの瞳を見据える。
置いてけぼりのにー子がナツキとアイシャを交互に見上げて首を傾げたが、真剣な雰囲気に何かを感じたのか、そのまま何も言わずに肩まで湯船に沈んだ。ごめん、にー子。あとでいっぱい構ってあげるから。
「友達は友達のままだよ。つまりね、ボクの持つ練気術の知識を全部、師匠としてアイシャに伝授したいんだ」
「練気術の、知識……」
「そ。練気術ってさ、術者が一人じゃ意味がない術が結構あるんだ」
「……!」
その筆頭がアイシャも知る《念話》術だ。声を出さずに会話するために必要だが、練気術を使えない側は受信することしかできない。アイシャが使いこなせるようになれば、隠密系の任務はグッと楽になるだろう。
「それに、練気術ってまだまだ発展途上の魔法体系なんだよね。気の力ってすごいポテンシャルがあって、ボクもボクの師匠も、前世ではずっとその研究をしてたんだけど……毎週のように、いろんな人がいろんな新しい術を編み出すんだ」
それは既存の術の発展系だったり、そもそも考え方から全く新しい気の操り方だったりする。研究者だけではない、学生や一般人によって生み出された術もごまんとある。あちこちで新たな術が生まれる度にゴルグやナツキ達練気術研究者がそれを解析し、理論的な解説、再現手法と共に記録するのだ。
「特に初学者――つまりなんの経験も偏見もない人が生み出す術は、今まで全く知られていなかったような理論の始まりになることも多いんだよ。だからもしかしたらアイシャも、ボクの知らないすごい術を閃くかもしれない」
既存の術に慣れすぎて感覚が凝り固まってしまっているナツキやゴルグ達熟練者には、もう全く新しい術を生み出すことは難しいのだ。そう伝えると、アイシャは意外そうに目を瞬かせた。
「言い換えれば……ボクが前世でやり残した研究に付き合ってくれない? ってお願いでもあるかな。……うん、これはボクの秘密を知ってる人にしか頼めないし、アイシャが手伝ってくれるならすごく嬉しいよ。どうかな?」
「弟子になるです」
清々しいまでの力強い即答だった。
「えっと、誘導したのはボクだけどさ、もうちょっと悩んでも」
「わたし、ナツキさんの役に立ちたいです」
アイシャの目はキラキラしていた。
「……修行の道は高く険しいよ?」
「望むところなのです」
アイシャの目はメラメラと燃えていた。
「……ボクのことは師匠と呼ぶように」
「はい、ししょー!」
「ごめん、今のは冗談。……じゃあうん、よろしくね、アイシャ」
「頑張るです!」
とにかく、悩みは解消してあげられたようで何よりである。
……と思っていたら、張り切っていたアイシャが突然しゅんと眉を下げてしまった。
「だめです……ナツキさん、わたし、まだ自分の『根源の窓』も見つけられてませんです」
アイシャが自分で自分の根源の窓にアイオーンを繋げる試みは、今のところ成功していない。そのような基礎にも躓いているのに弟子なんて、と思っているのだろう。
「あー、それなんだけど……一発で見つけられる修行法があるって言ったら、やる?」
「そっ、そんなのあるですか!? 何で教えてくれなかったです?」
二年前、何の魔法の素養もなかったナツキが、ゴルグの「指導」の下たった一日で身体強化までできるようになった修行法が……あるにはあるのだ。ただ、
「えーと……ボクがもう二度とやりたくない修行法だから……かな……」
ラグナで過ごした二年間、消し去りたい記憶ナンバーワンの座をついぞ譲らなかったあの地獄を、アイシャに味わわせたくない。そう思い、広く採用されている真っ当なやり方で練習を重ねていたのだが、アイシャは「謎の声」に回路展開を植え付けられたこともあっていろいろとイレギュラーなのだ。もしかすると普通の方法では上手く行かないのかもしれない。それに自分が大変だったからと言って、選択肢を与えないのは不誠実だ。
そう考え切り出したわけだが、既に後悔していた。そんな選択肢を与えられて飛びつかないわけがないのだ。
「ナツキさんも乗り越えた修行なのです? じゃあわたしも頑張るです!」
「いや、その……後悔するよ? 他人に見られたこと……特にその場にボクがいたことを、後になって、多分アイシャの場合数年後くらいに、めちゃくちゃ後悔するよ?」
「ナツキさんと一緒にいたことを後悔するなんて、あり得ないのです!」
修行の性質上、その詳細な内容を事前に説明すると効果は半減してしまう。結果どうしてもぼんやりした忠告になってしまっているのが心苦しい。
「今すぐやるです! どうすればいいのです?」
「今すぐ!? いや、できないことはないけど……せめて服を着た方が……」
「どうしてなのです?」
「…………いや、他の人たちから遠い分、風呂場の方がまだマシか……」
風呂場はメインの建物から離れた裏側にある。今は宿泊客もおらず、ナツキたちを邪魔しにくる者はいない。
ちらり、不思議そうな顔でアイシャとナツキを見上げるにー子に目を向ける。
「にー子」
「にぅ?」
「先に上がって部屋に戻ってて」
「なぁぅー!?」
仲間外れ許すまじ、とにー子の尻尾が逆立った。それをどうにか宥めすかし、今度ナツキの分のおやつを全てにー子に献上することを条件に、お怒りのにー子を退散させることに成功する。
「ニーコちゃんに見られたらダメなのです?」
「ダメ。情操教育に良くない」
「じょーそ……? よく分からないのです……けど、ニーコちゃんがかわいそうなのです。はやく終わらせて帰るです」
さあ早く、とアイシャはやる気に満ちた真剣な表情でナツキを見据えた。
「じゃあ始めるけど……先に謝っとく。ごめんね、アイシャ……」
「ふぇ?」
手のひらをそっとアイシャの左胸、心臓の真上に添える。他人の魂に干渉する際は脳か心臓に近い場所が適しており、細かな作業は心臓の方がいい。
少しふに、と柔らかい感触を意識的にシャットアウトする。……先程の話の流れでこう言ってしまうとアレだが、アイシャの体が成長してなくてよかった。うん。
とくん、とくん、と穏やかな鼓動が指先に伝わってくるのを感じながら位置を微調整していると、アイシャは不思議そうに首を傾げた。
「何してるです?」
「準備だよ。あと……立ってられなくなると思うから、座ろうか」
「ふぇっ、い……痛いです?」
「痛くはないよ」
大きな風呂桶の中、不安がるアイシャを安心させるように、そっと身体を横抱きに支える。
そう、痛くはない。痛くはないのだ。ただ――
「心の準備はいい?」
「は、はいですっ」
手のひらに伝わる鼓動が早くなる。その脈に合わせて気の力をより合わせた糸を何本もアイシャの気の循環路へと差し込んでいき、魂の場所を探る。
「んっ……」
他者の気の力が侵入したことで、アイシャの身体がピクリと震えた。
「あのね、魂は体のどこか特定の一箇所にあるわけじゃないんだ。気の力は血の流れみたいに身体中を常に巡っていて、その概念的な中心にある大きな渦に守られた部分のことを、魂って呼んでるんだよ」
「それは、この間、聞いたです……んっ、ナツキさ、ん、今、何してるです? なんかっ、変な感じして……」
「まだ準備中だよ。……根源の窓は、その渦の中心の裏側にある。気の循環路に流れる気の力はみんな、根源の窓から流れ出して根源の窓へと帰っていく……要は根源の窓は、気の力を循環させるポンプなんだ。心臓と同じようにね」
アイシャの気の循環路の中心を見つけ、その周囲に細工をした気の糸を並べていく。なるべくそっと動かしてはいるが、その都度アイシャはピクリと震え、小さな声を漏らす。全身の毛を逆撫でされるようなぞわぞわした謎の感覚に苛まれているはずだ。
「んぁ、それも、聞いたのです、けど、よく分からな……っ、んっ、ぅ、ナツキさん、やっぱりなんか変なの、です……」
「大丈夫だよ」
ぎゅっと目を閉じて耐えながら、何かの異常ではないかと確認してくるアイシャだが――正直、「なんか変」で済んでいることが驚きであった。二年前、この時点でナツキは謎の感覚に大いに笑い泣き叫んでいたのだ。
どうやらゴルグは相当雑に準備を進めてくれやがったんだな、と二年前の師に怒りを覚えるが――しかし本当の地獄はまだこれからだ。
「で、そのポンプの口を広げて、余分に気の力を引き出して操るのが練気術。ここまでは前に教えたけど、覚えてる?」
「は、はいなのです……んっ」
「はい、準備完了。さてアイシャ、よく聞いて。今の状況を説明するよ」
アイシャの体内での気の糸の操作を止める。ここから先は聞き逃されては困るのだ。
ぞわぞわする感覚がなくなったか、アイシャが恐る恐る目を開け、深呼吸を始めた。荒ぶる鼓動を抑えこむように胸が上下する。
「今……ボクの手から伸びてる気の糸の先には、悪戯好きな妖精が百匹繋がってるんだ。みんな、アイシャの魂――気の循環路の中心、根源の窓のすぐ近くにいるよ」
「妖精さんです?」
「うん。今はまだボクが抑えてるけど、ボクがこの右手を離したら、妖精たちはわちゃわちゃ動き出す」
「ちょっとかわいいです」
呑気な感想が返ってきた。
「……ボクが3秒で作った妖精だからね、アイシャの気の力で押し流せばすぐに消えちゃうから安心して」
「はぅ、ちょっとかわいそうです」
「そんなこと言ってられるのは今のうちだけだよ……じゃあアイシャ、頑張って。それから……うん、やっぱり、ごめん」
「へ――」
アイシャの胸から手を離す。と同時に気の糸で編んだ百個の振動子が解放され、魂の渦を巻き込んで小刻みに震え出す。
「――――っ!!?」
溺れてしまわないように横抱きに支えるナツキの腕の中、アイシャは大きくビクンと体を反らせ、声にならない叫びを上げた。
「あっ、んっ、あ――にゃ、にやぁっ……、っん、にゃつ、な、にゃちゅ……っ! きぁ、んっ」
魂の根幹で解き放たれたカオスな気の力の振動は、気が巡りゆく全身に波及していく。神経が撫でられ、身体中のありとあらゆる筋肉がツンツンツンツンと優しく鋭く刺激されていく。
決して痛みはないそれは――端的に俗っぽく言えば、全身を感度100倍の性感帯にされた上で全身電気マッサージを受けるような、そんな感じに近い。……そう、体験談である。
「ごめんアイシャ。一度解放しちゃったからには、もうボクにはどうにもできない。アイシャがどうにかして止めるしかないよ」
「――――!?!?」
何故こんな酷いことを、という恨みがましい視線が、真っ赤に上気して涙に濡れた瞳から飛んでくる。いやうん、本当に申し訳ないとは思っている。
しかし、ゴルグだけでなくトスカナ、ペフィロ、エクセル、あとついでにイヴァンとその他諸々のお城の重鎮たちの前で同じ状態にさせられたナツキに比べれば、はるかに恵まれた環境であると思うのだ。
「頑張れ、アイシャ! ほら、ボクの言ったこと思い出して」
「んっ、あっ――と……止め、にゃきゃっ……んぁ、ぁ――、っ」
ナツキは助けてくれないと悟ったアイシャは、身体をビクンビクンと震わせながらも真剣な目つきになり、根源の窓の場所を探し始めた。
振動子の近くにあるということは教えてあるが、今はその振動が全身に波及している。そう簡単には見つからない。しかし振動が起こす波の流れてくる方向に気の流れを辿っていけば、いつか原点に辿り着くはずだ。
「んぅっ、は……ぁっ、こっち、……っ、じゃ、らゃ……ひゅぁっ」
もっと穏便に、ナツキが先導してアイシャの意識を根源の窓まで連れていくことは可能だ。しかしそれでは、自身の気の流れではなくナツキの気の痕跡を追っているに過ぎない。根源の窓にアクセスするためには、自らの気の流れを追いかけられるようになる必要があるのだ。
「はぁっ、ぁっ――、はぁ……っ、ん……っこれ、分かれ、てぇ……んっ」
ナツキがアイシャに埋め込んだ振動子はナツキの気でできているが、それによって波打っているのはアイシャの気の流れだ。わざと遠回りになるように、分かれ道だらけになるように調整された波を必死に追わされることで、自分の気の循環路の構造を叩き込まれる。
「はぁ、はぁっ、もう、やらぁ……っ、ぁっ、あひゃま、ふわふわ、おかひくなっ、ちゃ――、ぁっ……これ、み、みつけ、ぁ、にゃ、にゃつきしゃっ!」
「お、見つけた? あとちょっとだよ、頑張って!」
振動子が見つかったとしても、それで終わりではない。魂の裏にある根源の窓を知覚し、少しでも気の流量を上げることができれば、振動子は負荷に耐えきれず壊れるが――それが最後の関門となる。
「ま、まど、あったですっ、んぁ、ど、どうすればっ、んっ、にゃ、ぁっ」
「蛇口を思いっきりひねるイメージ! もっとドバっと出して、溢れさせて!」
「じゃっ、じゃぐち……に、にゃぁぁぁあああぁあっ!!」
ここで必要なのは、思い切りと勢いと、何が何でも窓を開かなければという強い意思だ。それさえあれば簡単に開く。
ああ、本当に――自分がやらされた時も、めちゃくちゃあっさり開通したものである。……うん、当然だと思う。
「あ……っ、はぁっ、は、ぁ……っ……おわっ、た……で、す……?」
「アイシャ! おめで……」
ナツキの腕の中、息も絶え絶えにぐったりした一糸纏わぬアイシャが、ピクリピクリと体を小さく跳ねさせながら、虚ろな目でこちらを見上げてきた。
「んぐっ……」
その姿はなんと言うか、幼児体型云々を吹き飛ばす勢いで直視してはいけないタイプのアレであった。
必死にこの修行の流れと作用を思い出しながらアイシャの上げる声をシャットアウトして精神統一に勤しんでいたわけだが――それが緩んだところにクリティカルヒットが入る。
「い、いや……ボクは幼女、アイシャも幼女、今のはただの修行、アイシャは疲れてるだけ……そう、それが真実、何も気にする事はないんだ……」
自分に言い聞かせるように呟き、改めてアイシャに向き直る。
「……?」
……そんな純粋な瞳を向けないでくれ。今自分は罪悪感と必死に戦っているんだ。
「……アイシャ、どう? 根源の窓の場所、今ならすぐに分かるんじゃない?」
「え……、…………っ!」
一瞬の間を置いて、アイシャの表情がぱっと明るくなった。それが全てを物語っていた。
「おめでと、アイシャ。よく頑張ったね……いや、本当に……」
「はい……頑張った、です」
珍しくやり切った顔でそう頷いたアイシャは、そのままくたりとナツキに身体を預け、気を失ってしまった。
またのぼせたのかい、と呆れるラズに曖昧に頷きながら、アイシャを背負って自室に戻ると、ベッドでにー子が一人、布団もかけずに丸まって寝ていた。
不貞腐れてしまったかと思いきや、その目尻には涙の跡。
「にー子……ごめんね、依頼を片付けたらちゃんと埋め合わせするからね……」
明日諸々の情報を手に入れたら、その日のうちに解決する勢いで面倒事を片付けてやろう。そしてにー子とたくさん遊んであげよう。
そう決意して、ナツキも眠りについたのだった。
修行ですよ?