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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅵ エンゼル・イン・アンダーランド
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妙齢の美女ナツキ Ⅱ

「ヴィスコおじいちゃん!?」

「ひぁっ……」


 最上階の同盟長室に飛び込みつつ、階段を登りながら準備していた《気迫》術を解放。前回と同じく窓際に並んで銃を携えていた組員たちが一瞬で気絶し、その煽りを受けたアイシャがビクッと肩を縮こまらせた。謝りつつ前方を睨みつけると、そこにヴィスコはいた。


「……汝、我らが精鋭を一捻りとは、只者では……む? おお、ナツキよ! もっと近う寄れ! ほら、こっちじゃ!」


 何やら黒いオーラを放とうとしていたヴィスコは、ナツキの姿を認めるや否や、完全に孫が遊びに来たおじいちゃんと化した。……前回来た時はここまで酷くなかったと思うのだが。


「…………おじいちゃん、ボクのこと皆になんて説明したの?」


 ツカツカと歩み寄りながら聞くと、ヴィスコは得意気に答えた。


「うむ、驚いたじゃろう? 汝の名は名誉幹部として名簿に刻んでおいたのじゃ。好きに出入りできるようにの」

「まあ……それはうん、助かる……かな?」


 ――いや、そんな肩書きなど無くとも普通に出入りできる。余計なお世話であるが、より問題なのはそれ以外だ。


「それはいいとしても、ボクの正体が――」

「うむ、汝はわしの孫のようなものじゃと組の者には伝えておる。今はまだ子供じゃが、其は仮の姿。いずれは《塔》をも揺るがす程の美女となるじゃろうと触れ回らせておるからの、奴ら、張り切っておったじゃろう? ククッ、わしの計画は完璧じゃ」

「……ん?」

「それからナツキよ、汝はオペレーターになったと聞いておるぞ。わしに会えず寂しかったのじゃろうな……その強さゆえ友もできず、共に戦えるドールを遊び相手にしようと考えたのじゃろう? そう悟った時、わしは涙した……汝の友とはなれぬこの老体を呪ったものじゃ」

「……んん?」


 どうやら、これは――


「……ヴィスコおじいちゃん、それ、どうやって伝えたの?」

「む? そこに転がっておるアレフに、組中に伝えるよう言付けたのじゃ。……アレフ、いつまで寝ておるつもりじゃ! 汝はそこまで軟弱ではなかろう、ナツキとその友に茶でも出さんかこのたわけ!」

「へ、へいっ!」


 ヴィスコに一喝され、倒れていた組員のうち最も近くにいた男が肩を跳ねさせ立ち上がり、ナツキとは目を合わさずにそっと部屋を出ようとする。

 その腕を引っ掴んで引き止めた。


「待って、アレフさん」

「な、何ですかい、姉御……」

「アレフさんはどうやって、ボクとアイシャのことを……みんなに伝えたのかな?」


 にっこり。微量の殺気をこめた笑顔を向けると、アレフはカタカタと震えだした。


「ボク、ヴィスコおじいちゃんの本物の孫で、ほんとは大人だけど子供に変装して表社会ですごい計画を秘密裏に進めてる美女で、最近男遊びができなくて仕方ないからロリコンに鞍替えしたことになってたんだけど?」

「何じゃと?」


 ギラリ、とヴィスコからも鋭い視線が飛び、アレフの顔が青ざめる。


「か……幹部達に、各管轄内に周知するよう伝えやしたっ、俺はちゃんと、一言一句違わずっ! ただ酒の席だったので……正しく伝わったかどうかは、その……申し訳ありませんでしたァッ!」


 飛び込むような土下座が炸裂し、ヴィスコの頬が引きつった。


 つまり、そういうことだ。伝言ゲームに失敗したのである。そしてそれを訂正する間もなく、文句を言う本人もいない状態で、尾ヒレ胸ビレ背ビレがどんどんくっついて行ったというわけだ。


「もう来るわけないと思って……それにちょっと考えりゃ嘘と分かるような話になってたんで、訂正する必要もないかと……ただ……」

「組員達がみんなバカだったんだね」

「姉御の仰るとおりで……」


 下っ端はアホばっかや、とラムダが言っていたのを思い出す。幹部たちの苦労が透けて見えるようで、こちらは被害者なのに何故か申し訳ない気分になってきた。


「このたわけが! 今すぐ全員に直接訂正して参れ!」

「へいっ、直ちに! ……あっ、でも今は……」

「何じゃ」

「い、いえっ、何でもありやせん!」


 ヴィスコの命令に一瞬躊躇したアレフだったが、すぐに頭を振って部屋を飛び出して行った。これでいずれ誤解も解けるだろう。


「あとボク、別に寂しくてアイシャと契約したわけじゃないんだけど……まあそれはいいや」


 ヴィスコのせいではないということは分かった。そろそろ本来の目的を果たそう。


「ヴィスコおじいちゃん……いや、《同盟》のトップのヴィスコさん。今日は一つ、軍の依頼を受けたハンターとして、相談があって来たんだ」


 そう切り出すと、ヴィスコの目が据わった。裏社会の組織のボスとしての風格を身にまとい、真意を見定めるようにじっとこちらを見つめてきた。



☆  ☆  ☆



「待て。闇市(アンダー)で極めて高額の物品取引、内容不明……じゃと? 報告に上がっておらぬぞ」


 アレフ以外の気絶していた幹部たちを起こし、受けた依頼の内容を説明し出したところ、触りの部分で待ったが入った。


「知ってたら調べる?」

「当然。闇市(アンダー)は我ら影の民に無くてはならぬ場……然して其は砂上の楼閣、《塔》の目零しが無くば成り立たぬ。一線を大きく踏み越える者には、其が表に露見する前に闇の裁きを下さねばならぬのじゃ」

「裏社会の秩序を守るため、だよね」

「然り。我らは闇の法であらんとする雷、《終焉の闇騎士同盟ダークナイツ・オブ・ジ・エンド》也」


 ヴィスコの声は静かな怒りに満ちていた。その雰囲気に圧倒されたか、幹部たちがたじろぎ、アイシャも少し震えていたが、ナツキはダサい名前に気を取られてそれどころではなかった。


「我ら《同盟》の目を掻い潜るなぞ、余程の曲者が裏で糸を引いておるのは必定……総力を挙げて事にあたる。汝ら、行動を開始せよ」


 ギラリ、とその隻眼が鋭い眼光を飛ばすと、幹部たちはすぐさま動き出した。


「押忍! 任せてくだせえ親父!」

「よし、いつも通り《酒場》はうちの連中で行こう」

「なら俺は《裏庭》を当たる」

「場合によっちゃ特区案件だろう、どうする」

「ちぃと気がかりな案件がある、まずはそこを見極めたい」

「んな悠長なこと言ってる場合か? ウチから一人《東屋》に――」


 ワイワイ話し出した内容のほとんどが隠語混じりで、何を言っているのか全く分からない。しかしナツキとアイシャだけでは調べられないことまで簡単に調べてしまいそうだということは分かった。


 しかし何より不思議なのが、特に渋られるわけでもなく捜査に協力してもらえたということだ。軍と聞いただけで怒って追い出される展開まで予想していただけに、拍子抜けも甚だしい。


「え……ヴィスコさん、いいの? 軍からの依頼だから分かった情報は全部ギルドを通して軍に筒抜けだし、《同盟》の縄張りを侵すな、って注意付きの依頼だよ?」


 思わず確認してしまう。依頼用紙を取り出して渡してみるも、ヴィスコはそれを一笑に付した。


「確かに軍の連中は好かぬ。円満に解決し得る事件をほじくり返して大事にし、罪の小さき者までまとめて吊るし上げる……それが奴らじゃ。今回の件とて、汝らハンター共が匙を投げたなら、奴らが乗り込んで来たじゃろう。そうなっておれば闇市(アンダー)は終わりじゃった。この件を盾に規制を強め、食うに困って命を落とす子らは無視して治安改善を喧伝したじゃろうて」


 じゃが、とヴィスコはナツキを見て笑みを浮かべた。


「汝が請け負い、わしらに相談してくれおった。ナツキよ、汝に感謝しようぞ。あとはわしらに任せるが良い」

「……そっか」


 それは恐らく、軍には軍の言い分や思想、基準があってやっていることなのだと思う。しかしそれはどう言い繕おうと、下流区に暮らす低所得者層のことを蔑ろにして最大多数の最大幸福を獲得するための功利主義的な施策である。ヴィスコ達《同盟》は切り捨てられる人々側に立ち、その守り手になろうとしているのだ。

 どちらが正しいのかは一概には言えないだろうが、ナツキの――強きをくじき弱きを守る元勇者の心情としては、ヴィスコ達を応援したい方に傾いていた。


「でもこれはボクの受けた依頼だからね、ボクも手伝うよ。報酬は――」

「いらぬ、全て治療費に充てるがよい」


 突然そんなことを言われ、頭が真っ白になった。


「え……ボクの借金のこと知ってるの? 何で……」

「クックック、わしらの情報網を侮るでないぞ、小娘。汝の出る幕などないわ、指をくわえて待っておるがいい」

「えっ……と、それはどういう……」


 発言の意図が読み取れずに困惑していると、アイシャがつんつんと腕をつついてきた。


「あの……たぶん、ヴィスコさんはナツキさんのことが心配なんだと思うです。闇市(アンダー)は子供にはとっても危険な場所なのです」


 なるほど、素直じゃないおじいちゃんである。


「そこな娘、余計なことを言うでないわ!」

「ごっ、ごめんなさいっ……」


 くわっ、と鬼の形相になったヴィスコに怒鳴られ、アイシャは震え上がってナツキの後ろに隠れた。そこまで怒ることはないだろう、とナツキが代わりに睨み返すと、ヴィスコはハッとして慌て出す。どうも怖がらせるつもりはなかったらしい。


「親父、俺ら基準で普通の子供に怒鳴ったらショック死しちゃいますぜ。んでナツキの姉御、その子の言う通りさっきの親父のアレは心配で、今の鬼みたいな顔は照れ隠しですぜ」

「くぉらベート、黙らんか!」


 ベートと呼ばれた組員は、おお怖、と笑顔のまま呟いた。ヴィスコに対して物怖じしない珍しい組員だ。


「ベートさん、ボクたちに手伝えることない? 何もしないでお金だけもらうなんてできないよ」

「んー、なら今日は帰ってもらって、明日また闇市(アンダー)で会いましょうぜ。我らがアイド……姉御を初動の一番危ないとこに関わらせる訳にゃいかねえ」


 今こいつ、アイドルって言いかけなかったか?


「……まさかボク、ここでもそういう扱いなの?」

「ふふ、ナツキさんはどこでも大人気なのです」


 呑気なアイシャに笑われ、肩を落とす。まあ、他とは違って名誉幹部という立場が伴っているので、いくらかマシだと思いたいところだ。


「はあ……分かったよ、ボクも一度ギルドに戻らなきゃだし……明日、何か分かってたら教えてね。ヴィスコさんもそれでいい?」

「……うむ、良かろう」


 ラムダが集めてくれる情報もある。本格的に動き出すのは明日からにしようと決め、ナツキとアイシャは《同盟》本部をあとにした。


 アレフがナツキの情報を修正して回っているのだろう、道中にすれ違う組員は皆、後ろめたさからかナツキとアイシャから視線を逸らしたのだった。



☆  ☆  ☆



「――って感じになったよ」

「…………」


 ギルドに戻ってきたナツキとアイシャは、受付嬢に《同盟》本部でのことを説明していた。


「一番危険なところは《同盟》が引き受けてくれるらしいし、ボクとしては明日闇市(アンダー)に話を聞きに行って、一応自分の目でも色々見てこようかなって思ってるんだけど……」

「…………」

「あともう一人、ボクのツテで情報収集を頼んでて、そっちも明日……あれ、聞いてる?」


 全く反応が無い。受付嬢はこめかみを押さえたまま固まっていた。


「……あ、ごめんね。ちょっとあまりの衝撃に我を忘れてたみたい。えっと、名誉幹部のナツキちゃんが美女に化けて、それで何だっけ?」

「そこもうとっくに通り過ぎたし、本筋じゃないし、しかも間違ってるよ! もう……じゃあもう一度説明するから、ちゃんと聞いてよね」


 再び最初から説明し直し、今度はちゃんと聞いていただろうな、と受付嬢を見上げる。

 しかし受付嬢はナツキではなくアイシャを見ていて、


「えーっと。ナツキちゃんのドールの……アイシャちゃん、だっけ。ナツキちゃんより上位の人間として問います。ナツキちゃんの話、本当?」

「《塔》に誓って本当なのです」

「そう……」


 ドールが人間に嘘をつけない形式での事実確認が行われた。アイシャの名前を覚えてくれたのは嬉しいが、そこまで信用されていないとは心外である。


「いやだって、あの《同盟》よ? それに対してこんなちっちゃい女の子よ? 元々知り合いだったって、一体どんな方法で懐に潜り込んだのよ……どう信じろって言うの……」

「えっと……上目遣い幼女パワー、かな」

「はあ?」


 何言ってるのこの子、バカじゃないの、みたいな顔を向けられた。

 よろしい、ならば見せてやろう。


「お姉ちゃん、ひどい……ボクのこと、信じてくれないの……?」


 目を潤ませて上目遣い、ついでに丁度カウンターの上にあった受付嬢の袖をそっと摘み、肩を震わせながら非難する。


「んぐふっ……!?」


 受付嬢にクリティカルヒットだ。ついでに他の受付嬢や周囲のハンターたちの非難の視線も集まる。


「ちょっとあんた何やってんの……?」

「おい、あの受付嬢、ナツキちゃんを泣かせたぞ……」

「ま、待って待って、ごめんなさい、ナツキちゃんを信じてないわけじゃないのよ! だから泣かないで、ね?」


 慌てた受付嬢が手のひらを返す。こくりと頷いて見せると、胸を撫で下ろすようにホッと息を吐いた。


「……わたし知ってるです。これがマショーの女ってやつなのです」


 アイシャにはジト目で呆れられていた。あまり使いすぎるとこのように慣れられてしまうので、使いどころが重要な技である。


「じゃあ捜査続行ってことで、いいよね?」

「はぁ……しょうがないわね……。いいわ、でも絶対、危ないと思ったら帰ってくるのよ? 闇市(アンダー)なんて、ベテランハンターでも入りたがらないところなんだから」


 受付嬢はそう何度も念を押しつつも、引き続き捜査することを認めてくれたのだった。

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