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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅵ エンゼル・イン・アンダーランド
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いと懐かしきあの球体

 ギルド本部を出たナツキとアイシャは、その足で下流区(Dブロック)の地底層に広がるスラム街へと向かった。

 徐々に家や道路がボロくなっていき、浮浪者が増え、異臭が漂い始める。

 臭いについては慣れるしかない。痛覚無視と同じように鼻の神経を遮断してしまえば臭わなくはなるが、ガスだの毒だのにも気づけなくなってしまうのが危険だ。アイシャはもう慣れてしまっているのか、気にも留めていない様子である。


「うわ、チビ! また来たのかよ!」


 スラム街と呼ばれる地域に足を踏み入れた辺りで、ボロボロの服を着た10歳くらいの少年三人に絡まれた。スラム関係の依頼を何度か受けていたら、顔見知りになってしまったやんちゃ坊主共である。


「またってほど何度も来てないよ、ボク」

「なあ、今日はどこの組潰しに行くんだ?」

「獣王組潰してくれよ! こないだ父ちゃんがあそこの奴に殴られたんだ」

「あのねえ、だから依頼以外のことはしないって毎回言ってるでしょ?」

「ちぇっ、ケチ! そんなんだからチビなんだよ」


 謎理論でお叱りを受けながら、今日はやたら元気だなと思う。これまで来た時はいつもお腹を空かせて目が死んでいた気がしたのだが、今日は妙に生き生きしている。


「楽しそうだけど、何かいいことでもあったの?」


 その問いに少年たちは顔を見合せ、口々に答え出した。


「へっ、ケチには教えてやんねー」


 へっ、そうかい。


「チビには教えてやんねー」


 そりゃどうしようもないな。


「やーいまな板! ひんにゅー!」


 むっ。


「ふーん……キミたち、ボクとやる気?」


 ほんのり微量の殺気を纏って睨みつけると、少年たちは一瞬ビクリと肩を震わせ、逃げろー、と高い声で笑いながら散っていった。怖いもの知らずな奴らである。


「だ、大丈夫なのです、ナツキさんは人間ですから、すぐ大きくなるです」

「待ってアイシャ、フォローされると余計悲しく……っていうか本気で怒ったわけじゃないし」

「でも今ナツキさんからすごい殺気が……」


 ちょっとイラッとしただけだ。何故イラッとしたのかはあまり考えたくない。


 静かなうちにさっさと《同盟》本部ビルまで行ってしまおうと足を踏み出しかけ、ふと、


「あれ……なんかいい匂いしない?」

「ふぇ? ……あ、ほんとです。あっちなのです」

「行ってみよっか」


 悪臭の中に漂う、どこか懐かしさのある香ばしい匂い。アイシャが指差したのは目的地とは別の方向だったが、少し寄り道してもいいだろう。


「なんだろ。食べ物だと思うけど……」

「……あっ、あの屋台なのです」


 やがてアイシャが見つけたのは、「オクタボ」と書かれたのれんを下げた移動式屋台だった。いい匂いの煙はその中から発生しているようだ。


「鉄板で何かが焼ける匂い……ソースっぽい……お好み焼き……じゃない、これはまさか……」

「な、ナツキさん、入るのです!?」

「ちょっと早いけどお昼ご飯にしよう、アイシャ。ほら、前金あるし」

「こんなところで金貨で払ったらびっくりされちゃうですー!」

「いいからいいから。小銭もあるし、腹が減っては戦はできぬ、だよ」


 アイシャの制止を振り切ってのれんをくぐり、中を覗く。そこにはナツキの期待通り、穴ぼこの空いた鉄板に整然と並ぶ、こんがり焼けた丸い物体が――


「やっぱり! たこや――」

「うわぁぁぁああああっ! もう来た、に、兄ちゃん助けてぇえっ!」

「くぉら、チビ共怖がらせよったんは自分かオラ! ワイが成敗したるわ、面貸せやぁッ! ……ん?」

「……え?」


 カウンターの後ろに隠れて震える先程のやんちゃ坊主たちと、両手に竹串を構えてこちらを威嚇する、どこかで会ったことのあるグラサンのイケメンが――日本で食べて以来のたこ焼きと共に待ち構えていたのだった。



☆  ☆  ☆

 


「ラムダ……こんなとこで何してるの?」

「こっちのセリフや。こないなとこで何しとんねん、ナツキ」


 予想外の邂逅は、そんなやり取りで始まった。


「ボクたちはギルドの依頼だけど……リモネちゃんの手伝いはもういいの?」

「休みや休み。……今のワイはただんスラムのオクタボ屋やで、そっちの話はなしで頼むわ」

「ふーん……じゃあ二舟ちょうだい」


 何か事情があるのか、あるいは――ラムダの影に隠れている少年たちには軍での仕事のことを知られたくないのかもしれない。

 ナツキの注文を受けたラムダが鉄板の上のたこ焼き……もとい、オクタボにソースを塗り始めると、後ろの少年たちが恐る恐る顔を出し、ナツキとラムダの顔を交互に見た。


「な、何だよ……兄ちゃん、あのチビと知り合いなのかよ?」

「おいバカお前、チビって言ったらまた……」

「あっ」


 そーっ、とチビ呼ばわりした少年の目がこちらを向く。

 どうやら、先程の殺気が少し効きすぎてしまったらしい。


「……自分、こいつらに何したん? めっちゃ怯えとるやないか」

「あはは……いや、ちょっとこう、こんな感じで」


 先程と同じ程度の殺気を放出してみると、少年たちは「ひぃっ」と体を縮こまらせた。ラムダは特に何ともなさそうだったが、


「……自分ら、こいつに何したん? めっちゃ怒っとるやないか」

「な、何もしてねーよ!」

「ケチでチビでまな板って言っただけだぜ!」

「しとるやんけ。……ほらナツキ、機嫌直しや。奢ったる」

「いいの? さすがラムダはイケメンだね」


 ラムダはオクタボを船型の皿に八つ乗せたものを二つ、ナツキとアイシャに渡してくれた。照りのある焦げ茶色のソースにマヨネーズ、踊る鰹節――紛うことなきたこ焼きである。

 一つ頬張ってみると、カリッと焼けた表面の中からふわとろの具が溢れ出てくる。火傷しそうになりながらそれを味わうこの感覚、懐かしさに涙が出てきそうだ。


「うわぁ……たこ焼きだ……ありがと、ラムダ。ボク今結構感動してるよ。ちょっと泣きそう」

「ナツキさん、知ってるです? タコヤキ……わたしは初めて食べたです。とってもおいしいのです」

「オクタボやゆーとるやろ。なんやタコヤキて」


 具として入っているのはタコっぽい食感とタコっぽい味のする物体だが、残念ながらタコそのものではなさそうだった。舌先で転がすと分かるが、吸盤の部分がなくつるつるしている。鉄板の脇に置いてある具のボウルを覗き込めば、白っぽい立方体がたくさん入っていた。不透明なナタデココのような見た目である。


「中のくにくにしたのが不思議な味なのです」

「海産物……だよね?」

「おう、海に住んどるめちゃんこデカい生きもんやで。オクテルパゆーてな、美味いやろ」


 オクテルパ。一応ちゃんと海産物のようだ。そしてこの世界にも海は存在するらしい。 


「でもこの辺には無いよね、海?」


 以前オペレーター試験対策でダインに見せてもらったフィルツホルンの周辺地図では、水場は地図の端に湖がちらりと見えていたくらいだった覚えがある。ラムダは「せやな」と頷き、


「ネーヴェリーデの港からはるばる運ばれて来とるんよ」

「ネーヴェリーデ……」


 その地名には聞き覚えがある。現在《モンキーズ》の面々が《塔》から車を借りて遠征に行っているはずの街だ。この砂漠ばかりの世界で水の都などと言うものだからオアシスか何かだと思っていたが、どうやら港街らしい。


「んでそれをワイが闇市(アンダー)で仕入れて来たっちゅうわけや」

闇市(アンダー)で!?」


 急にタイムリーな話になってきた。調査対象の違法取引物品、まさかタコじゃないだろうな。

 というか今食べたのは違法たこ焼きだったのか、と丁度空になった舟を見下ろす。何かヤバいクスリでも溶かされていたらもう手遅れである。隣をちらりと見れば、アイシャが最後の一つをちょうど飲み込んだところだった。


「なんや自分、どえらい反応しよって」

「えっ、だってこれヤバい品なんじゃ……」

「ちゃうわボケ」

「あ痛っ」


 チョップが降ってきた。頭を抑えながら顔を上げると、恐れを知らぬ馬鹿を見る目でラムダを見上げている少年たちが見えた。


「まー真っ白かゆうたらグレーやけども……闇市(アンダー)はブラックマーケットやないで、こそこそやってるだけのフリーマーケットや。ブラックなモノも混ざっとるけど」


 それをブラックマーケットと呼ぶのではないだろうか。


「……このタ、えーと、オクテルパは合法ってこと?」

「モノは合法、やけど《塔》の許可無しで商売するんが違法や。でもってワイら買う側は『商売しとるんやから当然許可は得とるやろ?』ってな体で買う。ほら、問題あらへんやろ」

「そ……そうかなあ……」


 ラムダによれば、フィルツホルンに限らずある程度の規模の街で商売をするには、商品種によらず《塔》の許可が必要なのだという。しかし扱う商品の品質や合法性に問題があったり、登録料が払えなかったり、販売者に犯罪歴があったりすると、その審査に通らないことがある。そういった者達がこっそり開いたフリーマーケットが闇市(アンダー)の前身で、今でも出店しているのは半数以上がその類の「商売したいが《塔》に認めて貰えない」人々らしい。


「下流区じゃ誰も彼も金が無いんよ。だからこういうガキらが自分で人形だの籠だの作って売りに行って、小銭稼いどるんや。闇市(アンダー)が無きゃこいつらは生きていけへん」


 言いながら、少年三人組の頭をわしわしと撫でる。なんだよ、やめろよ、と鬱陶しがられつつ、ラムダはナツキを見た。


「犯罪の温床ってのも確かやけどな。別の側面もあるってこと、忘れんといてや」

「……うん」


 この世界の法に照らせば、少年たちがしていることは法律違反である。法治国家ならば法以外で人を裁いてはならず、例外を作ってはいけない。しかしそれが理由で理不尽な不幸が生まれるなら、正すべきは人ではなく法や社会制度なわけであるが、《塔》の独裁政治下ではそれが充分に機能していないのかもしれない。

 あるいは――わざと放置して貧困層の稼ぎ口を確保しつつ、犯罪の発生要因を一箇所に集め、それ以外の広範囲の治安を維持することを選んでいるか。


「……いずれにしても、ボクらにできることはたかが知れてる、か」

「ナツキ?」


 今すべきなのは、軍が依頼を出すほどヤバめな取引の正体を暴き、治安を改善することだ。


「ねえラムダ、ちょっと聞きたいんだけど、いいかな」


 せっかく知り合いに遭遇したのだ。ヴィスコに会う前に、多少聞きこみ調査をしてもいいだろう。

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