怪しい依頼
数日後、ナツキとアイシャは看板娘業を休み、ハンターズギルド《ユグド精肉店》に依頼を物色しに来ていた。
この一ヶ月ほどで皆慣れたのか、ナツキたちにやたら絡んでくる連中もいなくなっている。アイシャを友達のように扱っているのも、「幼女だし仕方ないか」みたいな雰囲気でスルーされるようになった。
そしてスルーしつつも、自分のドールをじっと見て何かを考えるオペレーターが増えてきた気がする。いい傾向だ。
ただ、慣れたとは言えナツキとアイシャが有名人なのは変わらない。ギルドのホールに入る度に視線が集まるのがどうにも落ち着かないし、他のハンターや受付嬢たちと挨拶する度に頭を撫でられるのも変わっていない。そろそろ飽きて欲しいものである。
「良さそうな依頼、無いなぁ……」
「ナツキさん、これはどうです? この村ならわたし、案内できるです」
アイシャが示したのは、フィルツホルンから少し北へ行ったところの村で畑が神獣の使い魔に荒らされているので退治して欲しい、というものだった。神獣の使い魔、イノシシか何かなのか。
「うーん、どれくらい遠い?」
「片道一日もあれば着くですよ」
ということは前回と同じく、どれだけ急いでも二泊三日ということになる。それを加味しても報酬額は魅力的ではあったが、
「にー子が寂しがるから二泊以上はちょっと」
「他のお客さんもたくさんいるのです、大丈夫だと思うですよ?」
「でも前回、夜お客さんがいなくなるときににー子が泣きそうだったって、リリムさんが言ってたんだ……」
かわいそうに、一人寂しく泣きながら寝たに違いない。そのようなこと、避けられるなら避けるに超したことはないのである。いや、何としても避けなければならない。
「……わたし知ってるです。これが親バカってやつなのです」
「ふっ……親バカ大いに結構。今ならイヴの気持ちだって分かるぞ」
「イブさん、誰なのですかー……しゃべり方が元に戻ってるですよ」
アイシャがため息をつくが、何と言われようとにー子を悲しませるようなことはしたくないのだ。
「こんにちはーナツキちゃん、今日もかわいいねー」
「わっ」
受付嬢の一人が突然後ろからぬっと現れて、ナツキの頭を撫でつつ新しい依頼の紙をコルクボードに貼った。
「何でみんなボクの頭を撫でるのかな」
「ナツキさんもいつもニーコちゃんの頭を撫でてるですよ?」
「そりゃだってにー子はかわいくてちっちゃいから……、……。うん」
「ニーコちゃん? のことは知らないけど、自分で答え言ってるじゃん。かわいいなあもう」
「言いながら気づいたよ……」
受付嬢に頬をぐりぐりとこねられながら、新しく貼られた依頼をチラ見する。赤く禍々しい装飾枠が目を引く、Aランク依頼だ。
「……闇取引調査? うわぁ、フィルツホルンにもそういうのあるんだね」
「闇市関係の依頼はどうしても難易度上がっちゃうのよねぇ。はてさて受けてくれる猛者がいるかどうか」
闇市。ダインやレンタドール社の管理人がちょくちょく口にしていた単語だ。奴隷市場やコアの違法オークション会場があるとか言っていた気がする。
「軍からの依頼なのよねー。たぶん他の上位ギルドに断られて、ダメ元でうちに回ってきたんだと思うんだけど」
「ここって上位ギルドじゃないの?」
「んー、上の下って感じよ。ギルマスはもっと上にのし上がりたいみたいだけど、規模はともかく実績が足りないのよね。だからこれはチャンスなんだけど……」
受付嬢が難しい顔で依頼内容を睨み、ナツキも文字を追っていく。
――闇市で近頃、立て続けに高額物品の取引が行われていることが確認されているが、詳細が隠蔽されている。これを調査し、違法性の高いものであれば取引されている物品を押収、出処を割り出し元凶を断て(生死問わず)。ただし、《同盟》の縄張りを侵さぬよう細心の注意を払うこと。
「無理よ無理、こんな曲芸みたいな立ち回り、人間に出来るわけないじゃない。さっさとギフティア部隊動かせばいいのにさ。ギルマス、何でこんなん受けたのよ……」
受付嬢は手をヒラヒラと振って嘆息してみせた。
「曲芸みたいなって、どういうこと?」
「ほらここ、《同盟》の縄張りを侵さぬよう、って書いてあるでしょう?」
目立つように大きく書かれた最後の注意書きを指差し、
「《同盟》ってのが正式名称――なんだっけ、終焉の……まあ裏社会のボスみたいな組織なんだけどね、あいつら表社会の法が裏に介入してくるのをとことん嫌うわけ。自分たちが裏の法なんだって」
「あー……」
ラムダやヴィスコの話を思い出し、頷く。《終焉の闇騎士同盟》とかいう恥ずかしい名前のついた例の組織は、名前に似合わずちゃんと裏の秩序を守ろうとしているのだ。表の法に従った秩序を守って欲しいものだが、まあ多分何か色々あるのだろう。
「それで解決できてないから軍から依頼が降りてるんでしょーに、アホらしいったらありゃしないわ」
「……でもそれなら、こそこそやらずに《同盟》に協力してもらえばいいんじゃない? 少なくともボクらよりは裏社会の事情をよく知ってると思うし、秩序を守りたいのは《同盟》も同じでしょ?」
ナツキが突撃した時の感触からすると、話の分からない人々ではなかった。そう思い協力案を提案してみたが、受付嬢は一瞬きょとんとした後、笑いだしてしまった。
「あはは、そんな内容だったらそれこそSランク依頼だわ。あの『隻睛の亡霊』を説き伏せられるならやってみろってのよ……あ、《同盟》のボスのことなんだけどね。元Sランクオペレーターだなんて噂もあって……本名何だったかしら」
「ヴィスコおじいちゃん」
「そうそう、ヴィスコ……え、何、おじいちゃん?」
《終焉の闇騎士同盟》同盟長、『隻睛の亡霊』ヴィスコ。元Sランクオペレーターなのであれば、ナツキの《気迫》術を受けて平然としていたのも頷ける。
……と言っても、最終的な印象はただの孫に甘いおじいちゃんだったのだが。
「うん、じゃあその依頼、受けるよ」
「あはは……え?」
「ナツキさんっ!?」
受付嬢が絶句し、アイシャが信じられないとでも言うように目を剥いた。
そういえば、ラムダに誘拐されたときの話はアイシャとはちゃんと共有していなかったかもしれない。
「ほらボク、ヴィスコおじいちゃんとは知り合いだから」
「《同盟》のボスと知り合い!? え、孫!?」
「いや、孫じゃないけど……」
「なななナツキさんっ、うそはよくないのです!」
「本当なんだけど……そうだ、ダインに確認してみたら? ダインには詳しく話してあるよ」
そう言うと、受付嬢は二階へと駆け上がっていった。
戻ってくるのを待っている間、アイシャに《同盟》本部に乗り込んだときのことを話すと、睡眠薬を盛られて洞窟に攫われたあたりで青ざめ、銃弾の雨に晒されたあたりで泣きそうになり、お願いだからもうそんな無茶をしないでくれと懇願された。
おかしい、これまでのピンチの中で一番危険度の低いイベントだったはずなのだが。
やがて受付嬢が疲れ切った顔で戻ってきて、
「……えっと。……依頼の受領を承認します。ギルマスはナツキちゃんがこれを受けると聞いて上機嫌でした……。いや、何で!? ギルマスには人の心がないの!?」
叫びながら頭を抱えてしまった。
「うん、ボクもたまにそう思うけど、ダインは根っこのところは優しいから」
「くっ……なんでこんなにナツキちゃんは天使なの……」
多分、ナツキがどうせ受けるだろうと思ってダインも軍の依頼をギルドとして受領したのだと思う。その策略にまんまと乗せられるのも癪ではあるが、一番の障害である《同盟》を味方につけられるなら、あとはただの調査依頼だ。戦闘があるにしても取引現場を押さえたり黒幕を叩く程度で、それが《同盟》の連中と同程度の強さなら、楽なものである。
それに――恐らく、闇市のことは知っておいて将来的に損はないはずだ。
「ところで受けるって言っちゃったけど、報酬は? 依頼用紙に書いてないみたいだけど、そこそこもらえるんだよね?」
報酬の欄は空欄になっていた。報酬が公にできなかったり複雑だったり、あるいは時価だったりするせいで依頼用紙に書かれていないことがある、という話は聞いているが、確認しておかなければならない。
「あーうん、えー……前金10万、調査報酬20万、違法性が高かった場合の解決報酬が追加で40万。ついでに他のギルドの違約金が一割上乗せされた30万が解決報酬にプラスされて……合計ちょうど100万リューズね。違約金分がややこしいから用紙に書いてないだけで、怪しい依頼じゃないけど……」
「わぁ」
ダインへの借金が半分消える額である。正直そこまでとは思っていなかったので、自然と顔が綻んだ。
「他のギルドの違約金っていうのは?」
「……この依頼は、他のもっと上位のギルドが受けたにもかかわらず、誰も解決できなくて軍に頭を下げたヤバい依頼だってことよ。100万の一割が3ギルド分で、30万」
「なるほど。じゃあありがたく頂いちゃおう」
「……っ、ナツキちゃん、ほんとに受けるの? 考え直さない? 私ナツキちゃんがいないと生きていけないよぉ……うぅ……」
「わっ、泣かないでよ」
受付嬢が受付カウンターに突っ伏して泣き出してしまった。
袖を引っ張られて横を向けば、アイシャも心配そうな表情を向けてきている。どうやら相当無謀だと思われているらしかった。
……これまでちゃんとDランクやCランクの依頼もたくさん受けて、ちゃんと戦えることは証明してきたはずなのだが。Bランク依頼にも手を出しておくべきだったか。
「しょうがないなあ……じゃあヴィスコおじいちゃんと話が終わったら一度報告に来るよ。本当に危険そうだったら手を引く。それでいい?」
「そこが一番心配ぃぃ……」
「それじゃ何もできないじゃん!」
受付嬢は最後まで渋り通しだったが、最終的には前金の10万リューズであるところの金貨10枚を渡してくれたのだった。




