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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅰ サードライフは突然に
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ネコミミ幼女と人攫い IV

「ったく、ついさっきまでめそめそ泣いてやがったのは何だったんだよ」


 ゆっさゆっさと揺れが再開し、呆れ声が袋の外から聞こえてくる。

 どうやら大男は、二人の入った袋を直に担いで歩いているらしい。中身は子供とはいえ、なんとも力持ちなことだ。


 当然、悲しい気分が完全に解消されたわけではない。しかし、どうしようもないことで悩んでいても仕方がない。ナツキは切り替えの早いタイプだった。


「寝て起きたら悩むのが馬鹿らしくなったんだよ。こうなったら新たなる異世界生活をとことんエンジョイしてやる。な、にー子?」

「にー?」


 そう返すと、ハァー、と深いため息が聞こえてきた。


「変な名前つけやがって……つーか、別の世界から来た云々はマジで言ってんだな」

「おう。ま、別に信じなくていいさ。あんたにゃ関係のない話だ」

「……まあ、な」


 何か思うところでもあるのか、大男の歯切れは悪い。


「そういやあんた、名前は? 俺はナツキだ」


 聞きそびれていたなと話を振ってみると、大男はやはり歯切れ悪く答えた。


「……ダインだ」

「ダインか。よろしくな」

 

 ダインと名乗った大男は、それには答えず、一つ溜息をついた。


「……あのな、俺はてめぇらを売るつもりなんだが」

「ああ、知ってる」

「小せぇ袋に詰め込んで、雑に運んでるんだが」

「そうだな」

「……俺ァ、てめぇらにとっちゃ敵だろうがよ。マザーはともかくナツキ、てめぇは何平然としてやがる」


 どうやら、獲物に親しげに話しかけられるのが気持ち悪いようだった。まあ、それはそうか。


「うーん、俺にとっちゃどっちかというと命の恩人だしな。売られたら売られたで、待遇によっちゃそのまま暮らすし、不満がありゃ逃げるだけだし……むしろ安全に外まで運んでくれて大助かりって感じだ」

「逃げるだけっておめぇ……逃げられると思ってんのか?」

「何なら今ここで袋破って逃げるが?」


 そう言うと、ダインはフンと鼻を鳴らした。


「わざわざ丈夫なやつを買ったんだからな、そう簡単に破られてたまるかってんだ」

「ははあ、そりゃ大層な自信で」


 指先に気を集めて突き、ダインからは見えないであろう位置にそっと穴を空けてみる。……何の防御魔法も施されていない。簡単なものだ。

 できた穴から外を覗くと、まだ遺跡の中だった。

 

「まあ、破ったら運んでもらえなくなるからな、やめといてやるよ。せいぜいキリキリ運んでくれ」

「けっ、負け惜しみまでムカつく野郎だ」


 それからしばらく、会話はなかった。

 にー子が静かになったと思ったら、いつの間にかすやすやと寝息を立てていた。さっき暴れたことで疲れてしまったのかもしれない。


 次第に、穴から見える景色が変わっていく。ずっとコンクリートだったのが、土や岩肌の占める割合が多くなってきた。出口が近いのかもしれない。


「なあダイン、何で人攫いなんかやってんだ?」


 暇なので、世間話を振ってみる。


「人攫いじゃねェ、シーカーだ。シーカーは人は攫わねェ」

「は? いや、現に今人攫ってんじゃんかよ」

「何言ってんだ、ラクリマは人じゃねェよ」


 そう言い切るダインは、常識を述べるような口調だった。


「いや、人じゃないって……」

「おめぇは意味わかんねぇほどの例外中の例外だ。ラクリマってのは本来、意思や感情なんてもんは持たねえんだよ。ただの人形だ」


 ナツキはにー子に連れて行かれた大部屋を思い出す。

 お互いに干渉せず、生死に頓着せず、ただ鳴きながら動き回るだけの子供たち。あれがラクリマの本来の姿、なのだろうか。


「『煌水晶』から生まれ落ちて、死んだら光に溶けるみてぇに消えちまう。生き物ですらねぇ、星の営みの一部、ただの現象だってのが《塔》の言い分だな」


 恐らく『煌水晶』は夕日色の巨大水晶のことだろう。力尽きたウサ耳の少女が光のリボンになって消えていくのは、ナツキも目の当たりにしたことだ。


「……俺はともかく、にー子は? 意思も感情もあるだろ、どう見ても」

「そいつはマザーだからな、もともと生存本能がある珍しい個体だ。んでもって泣いたり怒ったりすんのは……ナツキ、おめぇのせいだ」

「は? 俺のせい?」

「そいつだって元は何も考えちゃいなかったはずだ。そいつはおめぇと触れ合ったせいで、おめぇに『感染』されたんだ」


 意思や感情を持つ存在を認識し、干渉されることで、意思や感情が生まれる存在。そういうことらしい。そしてわざわざ「感染」なんて負のイメージの強い表現をするということは、それは望まれていないということだ。


「マザーは知能がもともと高ぇから、『本部』の連中に高く売れる。だがこうなっちゃもうダメだ。感染済みの個体は『調整』が利かねェからな……『ギフティア』だったら逆に売れたんだがな……」


 知らない単語が次々と増えていく。

 この世界の常識は早めに知っておくに越したことはないと、質問を投げようとして――ふと、袋の穴から差し込む光が明るくなっていることに気づいた。


「お、外か?」

「あァ、そろそろ地上だ」


 遺跡は地下にあったらしい。

 袋の穴から見える洞窟の壁が、どんどん明るくなっていく。

 

「……ん? おめぇ、何で分かった?」


 おっと。


「何でって、そりゃ穴からちょっと見えるからな。明るくなってきたぞ」

「穴ァ!?」


 さも最初から穴は開いていた風を装って答えてやると、ダインはぎょっとして袋を外側からチェックし始めた。

 くすぐったい。


「てめっ、どこ触ってんだいやらしい。俺は今女の子なんだぞ配慮しろ」

「うるせえ! ……って、これか。クソッ、どっかに引っ掛けたか? 《塔》の連中、何が強度は折り紙付きだ、全然ダメじゃねェか」

「もうちょっと広げていいか? 外がよく見えない」


 指を突っ込んで穴を広げようとすると、「やめろ馬鹿野郎!」と怒鳴られて指を弾かれた。

 だって見たいじゃないか。異世界の景色。


「じゃあそろそろ出してくれよ。別に逃げないから」

「そう言われてマジで外に出す馬鹿がいるか……ハァ」


 そう言いつつ、しかしダインは袋を地面に置いた。シュルシュルと袋の口が解かれていき、こちらを覗き込むダインの顔が見えた。


「お? 馬鹿なのか?」

「逃げないんだろ」

「……いいのか? やばそうなところに売られそうになったら一目散に逃げるぞ」

「俺ァ善良市民だからな、法律は守るさ」

「善良? 法律だあ?」

「シーカーは本業じゃねェし、そもそもシーカー自体暗い職業でもねェぞ」


 人攫いが立派な職業で人身売買が合法な時点で、ろくな法律ではなさそうだが……いや、そもそもラクリマは人ではないらしい。つまり、ペットくらいの権利は期待できるのだろうか。


「俺らシーカーがラクリマを売れんのは、軍と《塔》と、《塔》が認めた指定企業だけだ。アンダーストリート……闇市じゃ奴隷として売られてるなんて話も聞くが、手ェ出す気はねェな」


 ダインの発言に何度も現れる《塔》という単語。どうやら、統治機構か何かのようだ。

 しかし、それにしても……


「なんだ、奴隷にされるんじゃないのか? 内臓抜かれるとかでもなく?」

「なっ、内臓って……おめぇ、何怖ぇこと言ってやがる、正気か!?」

「え、移植とか……ああいや、違うならいいんだが……」


 何だ? じゃあ自分は――ラクリマは何のために攫われて、売られている?


「おら、さっさと行くぞ」


 そう言ってダインは、ナツキに覆い被さる形で寝こけているにー子を肩に担ぎ上げ、のしのし歩き始めた。

 ナツキが立ち上がって体を払う間に、10メートルくらいは前に進んでしまっている。大男め。


「おい待て、この体歩幅小さいんだよ!」

「うるせえ、おめぇが逃げねえから外に出せって言ったんだろうが。走ってついて来やがれ!」

「くそっ、それはその通りだが理不尽だっ!」


 足に気を集め、緩やかな上り坂を駆け上がる。

 洞窟の出口はすぐそこだった。

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