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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅵ エンゼル・イン・アンダーランド
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Lhagna/τ - 失われた千年 Ⅰ

 ヴィスタリア帝国学院、東研究塔36階。ゴルグの研究室は今日、かつてない人口密度を記録していた。

 入口に立ったトスカナは部屋を見回す。本来はゴルグだけの部屋のはずで、ナツキが加わったことでただでさえ狭苦しくなっていたのだが――今日はなんと六人もの人間が一堂に会していた。


 勇者パーティの回復・支援担当、惑星シルヴァールからの転生者、今年で13になるトスカナ=Q(クィノーテ)=ユーフォリエこと自分。


 大雑把な破壊魔法担当、もうこの世に無い星(本人談)からの転生者、キザだけど優しくて、たまに意地悪なお兄さんのエクセルノース。


 鉄壁のタンクと参謀担当、惑星ラティノーからの転生者にして無機生命体、博識だけど妙に常識のない(見た目は)小さな女の子、ペフィロ=リパリス-700(ネルニーゼ)


 勇者パーティの切り込み隊長その一、練気術の開祖・研究者にして練気拳法の使い手、この世界のドワーフの頑固おじいちゃん、ヰ・ゴルグ。


 先程塔の一階で会って一緒にここまで登ってきた、ナツキを慕う恋敵でこの国の次期女王でもある六歳の女の子、リシュリー=エルクス=ヴィスタリア。

 

 ――そして、


「諸君、よく集まってくれた! それではこれより、我が戦友(とも)ナツキの行方を探るための会議を執り行うッ! 司会進行はこの俺様、イヴァン=アルクス=ヴィスタリアが直々に務めてやろう! 異議のある者は手を挙げよッ!」


 トスカナとリシュリーが部屋に入った途端に暑苦しく叫び出した、リシュリーの父親――えっちなことが大好きで何度もナツキをピンク色のお店に連れていこうとしたダメ王子、もとい、現ヴィスタリア国王。


「待て。……何故、揃いも揃って手を挙げるのだ。俺様、国王ぞ?」


 白けた視線と共に異議の束を向けられたイヴァンは、理解不能だと言うようにたじろいだ。

 対して勇者パーティの面々は口々に異論を述べる。


「いやきみ、どこから沸いたのかね。ぼくは呼んでないぞ。交尾ならよそでしたまえ」

「うーん、参加するのはいいけど、暑苦しいよイヴ。ここには女性もいるということを忘れないで欲しいな」

「フン、若造めが。お主に儂の城の敷居を跨ぐ許可を出した覚えはないんじゃがの」

「イヴさん、あの、言いにくいんですけど……邪魔です」

「うむ、そなたら、全く変わっておらぬようで安心したが、相変わらず俺様の扱いがひどいぞ!」


 勇者パーティがまだ魔王軍と戦っていた頃、というかその前に帝国騎士団で戦闘訓練を受けていた頃から、イヴァン王子は馴れ馴れしく絡んできた。最初こそ王子様として皆(ゴルグ以外は)ある程度丁寧に対応していたが、今ではこの有様である。王子が国王になったからと言って、馬鹿は馬鹿のままであった。

 そしてその娘のリシュリーは、心配そうな顔で父親を見つめると、


「お父様……おしごとはどうされましたの? きのう、お祖父様にあれほどおこられていらっしゃったのに……またにげ出してきたんですの?」

「んぐっ……り、リシュリー!? ……いや、それはだな……今晩やるつもりである」


 娘が来ているとは思っていなかったのか、イヴァンは顔色を変えた。どうやら公務を放り出して来たらしい。


「お昼にできないのに、つかれてかえってきてからおしごとなんて、できるわけがないですわ!」

「う、ぐぅ……ま、待つのだリシュリー、そなたこそ何故ここに……」

「あら。わたくし、ゴルグ先生の弟子ですもの。おしごとですわ」


 リシュリーは得意げに胸を張り、ドヤ顔で父親を見据えた。イヴァンは言葉もなく愕然としている。リシュリーの勝ちだ。


「娘の方が余程しっかりしておるわい」

「ふむ。とりあえず、またお宅のイヴァン君が夜遊びに来ていると王妃殿下に報告しておこう」

「やめい! 今は昼ではないか!」


 反論のポイントが致命的にズレているイヴァンに、ペフィロは呆れて溜息をついた。


「それで何の用なんだい。きみのことだ、ただ絡みに来たわけじゃあないだろう?」

「……うむ、当然だ」

 

 その一言で、イヴァンの雰囲気が一変する。遊び人のダメ王子でも、情けないパパでもない、一国を背負う者としてのオーラを身に纏う。

 イヴァンはだらしない面もあるが、決して無能な王ではない。彼がわざわざ玉座から離れてまでトスカナ達に伝えたいことがあるのだということは、最初から誰もが分かっていた。


「《エル・サンクトゥム》」


 イヴァンが一言唱えると、研究室の内部に結界が広がった。術者が認めた者以外は決して入ることができなくなる――否、その場所の存在を知覚することも思い出すことすらもできなくなる、最高位の隔離結界魔法だ。


 しかし当然ながら、必要なマナも膨大である。周辺に満ちていた星のマナがほとんど光属性と闇属性に活性化され、まとめて一気に消費されたのをトスカナは肌で感じた。鳥肌が立つのと似たような感覚に、身体が震える。


「んぅっ……ちょっとイヴさん、内緒話なのは分かりましたけどっ、研究塔のマナを枯らす気ですか!?」

「む、今年の仰穹(げいきゅう)の儀は来週であるぞ、何が問題か」

「問題ですっ! ここは魔法研究塔なんですよ!?」

「……今週実験してる先生方の嘆きが目に浮かぶようだよ」


 トスカナが怒り、エクセルは溜息をつく。きっと今頃別の研究室では、マナ不足で実験用の魔術具が停止して阿鼻叫喚の様相を呈していることだろう。しかしイヴァンはどこ吹く風だ。


 消費されたマナが時間とともに自然回復していたトスカナの世界とは異なり、ここラグナでは年ごとの星のマナ総量が決まっている。毎年決まった日に教会が「仰穹の儀」と呼ばれる儀式を執り行い、神から一年分のマナを授かるのである。そうして星の各地に振り分けられるマナは、枯渇してしまわないよう皆が分け合って使うものなのだ。


 ちなみに、エクセルの世界ではマナとは自分の内から汲み出すものだったらしい。世界によってマナのソースが異なり、しかし出てくるマナは同一のものというのが興味深いところではある。


「分かった分かった、マナ結晶は支給しておく。結界なしではできぬ話なのだ、仕方なかろう」

「ほう、穏やかでないのう……」

「これでも気休め程度にしかならぬ」


 考えうる最高位の結界をもってして気休め程度とは、一体何を警戒しているのか。そう一同が向ける怪訝な表情は気にも留めず、「さて」とイヴァンは話を始めた。


「ナツキの魂は、勇者を転生させた『天使』なる存在が奪っていった――と言うのがそなたらの仮説で相違ないか、ゴルグよ」

「うむ、今朝伝えた通りじゃの。……もっとも今の段階では、根拠も論理も何も無い荒唐無稽な空想じゃが」


 ゴルグの返答に対しイヴァンは一つ頷き、


「であるならば、我らヴィスタリア王家は調査に一切協力できぬ。軍を挙げて全力で妨害させてもらうぞ」


 流れるように放たれた冷たい一言に、場が凍りついた。


「……お父様!? 何をおっしゃるんですの!?」


 凍結状態から脱したリシュリーが、信じられないと言わんばかりにイヴァンに食ってかかる。


「リシュリー、そなたもだ。今後一切、勇者達との接触を禁じねばならぬ」

「そんな、どうしてですの!?」

「危険思想の芽は、民を絡めとる前に摘まねばならぬからだ。王学の講義で習ったであろう」

「危険思想って……勇者のみなさまはそんなことっ」

「殿下、待ちたまえ」


 激昂しかけるリシュリーを呼び止めたのは、ペフィロだった。


「っ……ペフィロ様?」

「その素直さには感心せざるを得ないがね、イヴァンはきみの父親だろう。もう少し信じてやってはどうだね」

「で、でも……あれ、え……皆さん……?」


 リシュリーがトスカナ達勇者四人の顔を見回し、不思議そうに首を傾げた。絶望や失望、怒りが渦巻いているとでも思っていたのだろうか。

 勇者達もイヴァンのことは信用している。それに、彼の言葉は予想外でも何でもなかったのだ。


「僕らの仮説は危険思想、か。うん、今朝話してた通りすぎて逆に怖いね」

「禁呪を越える領域じゃからのう、どう転んでもそうなるじゃろうて」

「でも、ずいぶん行動が早くないですか? どこから漏れたんでしょう……」

「ふむ……ああ、分かったぞ。トスカナ、それは『きゆう』とかいうやつだ。イヴァン、きみは先手を打ちに来たのだね」


 ナツキがよく使っていた「無用な心配」という意味らしい言葉を引用しつつ、ペフィロがイヴァンに話を振る。

 するとイヴァンは大きく息を吐き、厳しく固めていた表情を崩し「降参だ」と肩を竦めた。


「相変わらずそなたらは驚かし甲斐がない。ときにペフィロ嬢、俺様の側室にならぬか。ついでに参謀もやるがいい」

「せっかくの申し出だけれど、トスカナに怒られるのでやめておくよ。参謀はきみがやりたまえ」

「残念だ」


 二人だけで通じあっているペフィロとイヴァンを見て苦笑しながら、トスカナは「先手を打ちにきた」という言葉の意味を考え出し――


「えっ……え? ふぇっ……なん、ですの? なんなんですのー!?」

「あっ」


 一人だけ完全に置いていかれて泣きそうになっているリシュリー王女の叫びが、研究室にこだました。



久しぶりのラグナ編。

今回はちょっと長めに、数ページ続きます。


序盤に名前だけ出ていた国王様がついに登場です。

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