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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅴ 晴れのちレモネード 時々雪だるま
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アイシースリーピー Ⅱ

 ギフティアで、しかも感情を備えた感染個体――にー子と同じだ。

 《塔》のギフティア部隊に所属していると言ったが、しかしその首にアイシャのような首輪はない。ギフティア部隊の構成員は首輪を免除されているのだろうか。


「自己紹介ありがと、スーニャ。……任務中だったって言ってたけど、何をしてたの?」

「んー……神獣、たおしてた。黒い……もやもやーって、やつ」

「え? それって何日も前の話じゃ……」


 残党狩りの依頼が掲示されたのは三日ほど前だとダインが言っていた。まさか倒しきれていなかったのだろうか。


「うー……? ん、たぶん、そう……おなかぐーぐーでうごけないの、10かいくらいあった……から……えっと……みっかくらい、まえ」

「え?」


 三日前に終わった任務から、今帰ろうとしている? ……たった一人で、お腹が空いて何度も倒れながら?


「えっと……部隊の他の人達は?」

「う? いない。……あぶない、から」

「……まさか、一人で神獣を倒したの?」

「ん……それが、スーのおしごと……スー、きりふだ? だから」

「き、切り札……」


 ……もしかすると、目の前の幼女は国家機密級のナニカなのだろうか。ぽやぽやした愛らしい容姿からは、とてもそうは思えないが。


「それで……スーニャはどうして三日も森の中に……」

「ん……まいごー?」

「迷子!?」


 国家機密級の切り札が!?


 唖然とするナツキとアイシャのことなど気にも留めず、スーニャはまた眠そうにくしくしと目を擦り――ふと、ぴたりと手を止めた。同時にナツキの《気配》術に上空からの殺気が引っかかる――標的はスーニャだ。


「スーニャ、上から――」「わかってるー」


 分かってると言いつつ、スーニャはその場に立ったまま何もしない。やがて黒い霧を纏った鷹が視界に入り、そのままスーニャへと急降下――


 ――めきゃ、


 スーニャに衝突する直前で、鷹の体は嫌な音と共にひしゃげ、空中でぐちゃぐちゃと血液を撒き散らしながら圧搾され、


「おにくー」


 やがて手のひらサイズの肉塊となって、スーニャの手の上に落ちた。不思議なことに、あれだけ飛び散った血液は一滴もスーニャに付着していなかった。

 鷹の襲撃からここまでにスーニャが動いたのは、落ちる肉塊を受け止めるために手を伸ばした、それだけだった。


 スーニャに突っ込んだ鷹が、勝手にひしゃげて肉塊と化した――アイシャにはそうとしか見えなかったのだろう、混乱しきった表情で、肉塊とスーニャの顔を交互に凝視していた。

 実際のところ、ナツキから見ても似たようなものだった。恐らくは攻性防御結界の一種だが、魔力反応もマナの残滓すら見えなかった。彼女に敵意を持って近づいたが最後、何をされたのかも分からないままぐしゃぐしゃの肉塊にされてしまう……そういう異能(ギフト)だとでも言うのか。


「んぐ……おいひ」


 スーニャは大きく口を開けて鷹だった肉塊に齧り付き、もごもごと咀嚼し始めた。生肉をそのまま食べるのかとか、骨とか羽とか毛とかたくさん入ってそうだけどいいのかとか、そんな普通の疑問が浮かんでは消えていった。

 あっという間に肉塊は全てスーニャの細い喉に飲み込まれた。その後も口内で何かを転がしていたかと思うと、べっとそれを手のひらに出し、


「なつき、あげる」

「えっ、あ、うん、ありがとう……」


 とてとてとこちらに近寄り、唾液でべとべとのそれを無邪気に手渡してきた。……コアだった。鷹の討伐ノルマ達成である。


 コアを適当に拭いてアイシャに手渡し、アイシャがそれを皮袋に入れる。その過程をスーニャはぽけーっとした顔で、どこか不思議そうに見ていた。何を考えているのだろうか。何も考えていなさそうでもある。

 やがてぬいぐるみを抱えていない方の手でおなかを擦り、


「ん……おなか、いっぱい」


 無表情ながらもどこか満足気にそう呟き、周囲を見回し始めた。まるで次はどちらに向かおうかと悩むように。

 

 なるほどつまり、彼女はこれを繰り返して三日間生き延びていたのだ。腹を空かせて倒れ、そこを襲ってきた獣を返り討ちにし、捕食し、また適当な方向へ歩き出し――森を抜けるまでずっとそれを繰り返すつもりだったのだろうか。


 普通のドールのように無感情なわけではないが、アイシャともにー子とも明らかに違う、狂ったマイペースさとも言うべき思考回路だが――それでも、ナツキとアイシャを攻性結界の餌食にしようとはせず、傷つけかけてしまったことを謝ってくれさえした。本能のままに力を振るう化け物などではない、心を通わすことのできる相手だ。


「……スーニャ、フィルツホルンまで送っていくよ」


 何にせよ、迷子だと知ってしまった以上はここに置いていくわけにもいかない。道案内を買って出ると、スーニャはぼんやり眼を少し広げてこちらを見た。驚いている、のだろうか。


「おー……ほんと?」

「迷子なんて言われて、放っておけないよ。スーニャのおかげで仕事も終わったしね」

「……こわく……ない?」

「へ?」


 怖くない、とは何を指しているのか。聞き返そうとして、スーニャの手がこちらに伸びてきていることに気づいた。恐る恐る、といった雰囲気で。

 握手を求めている感じではないな、と思っているうちに、その指先はナツキのワンピースの腰のあたりをつまんだ。


「えっと……スーニャ?」

「なつき……スーのこと……こわく、ない?」


 ……そういうことか。

 この子はきっと、「切り札」などと呼ばれる力ゆえに周囲に恐れられ、遠ざけられてきたのだ。先程不思議そうな視線を向けてきたのは、力の行使を見たのに平然としていたからなのかもしれない。

 まあ内心穏やかだったかと言うと、さすがにそんなことはなかったが……もっとエグい魔法、ラグナで散々見てきたからな。


「怖くないよ」

「スー……つよいよ。なつき、すぐ……ぐちゃぐちゃに、できる……」

「そんなことしないでしょ?」

「しない……けど」

「じゃあ怖くないよ」


 似たような会話をアイシャともしたな、と横を見ると、アイシャもそれを思い出していたのか、何とも言えない笑みが返ってきた。


「あ、あいしゃ……は?」


 スーニャはどこか慌てた様子で、アイシャに質問の矛先を変えた。


「ふぇっ、え、えっと……羨ましい、です」

「……?」


 こてん、と首を傾げる。


「あの、えと……わたしはただのドロップスで、感染個体で……特別な力なんて、何にもないのです。だから……スーニャちゃんみたいにすごい力があれば、もっとナツキさんの役に立てたのにって……」

「アイシャ、そんなこと考えてたの?」

「あぅ……だって……ナツキさんの周りで、わたしだけ何もできなくて……」

「何か特別なことができる必要なんてないよ、アイシャはアイシャなんだから」

「……はいです」


 アイシャは少し不満げだった。これまで他と比べられてしか評価されてこなかったせいだろうか。ふむ。


「ほらアイシャ、ぎゅー」

「はわぅぁ!? なっななナツキしゃ……」


 少し暗い顔のアイシャを、正面から抱きしめてやった。アイシャは何事かとわたわたと暴れ出す。


「ボクはアイシャの友達。役に立つとか立たないとか、そんなの関係ないんだよ」

「わわわ分かったです、分かったですからっ」

「アイシャはかわいいなぁ」

「ふにゃー!?」


 目を回しかけているアイシャを解放し、スーニャに向き直る。スーニャはナツキの服をつまんだまま、少し大きくなったぼんやり眼でナツキとアイシャの顔を交互に見ていた。


「……なかよし?」

「うん、友達」

「らくりまと、人間さん……なのに?」

「種族は関係ないよ。スーニャもどう?」

「スー、も……?」


 首を傾げるスーニャに、安心させるように笑いかける。


「ボクたちと、友達にならない?」

「…………!」


 そうすれば、怖いだのなんのと気にする必要はなくなるだろう。そう思い持ちかけると、スーニャは一瞬寝ぼけ眼を輝かせたが、しかしすぐ俯いてしまった。


「……だめ」

「……友達は嫌? それとも……《塔》に禁止されてる?」


 その問いにスーニャはバッと顔を上げ、何かを口にしようとしたが、


「あ……ぅ、えと……ごめん、なさい……」


 口をぱくぱくと開閉しただけでそれは言葉にならず、しょんぼりとした謝罪だけが返ってきた。

 友達にはなりたいが、何かしらの事情でそれができず、理由を説明することもできない。受け入れたいのに拒絶するしかなくて、拒絶を返された相手がどんな反応をするのか、怖くて仕方がない――そんな気持ちが、痛いほどに伝わってきた。

 それが《塔》のギフティアという立場によるものなのか、任務遂行中という状況によるものなのか、あるいはもっと個人的な事情なのか――そのあたりは分からないが、何かしらのしがらみがスーニャの自由意志を捻じ曲げている。


 ――それなら。


「うーん、じゃあ……ボクもアイシャも、さっきのスーニャの自己紹介は聞かなかったことにしよう」

「……?」

「スーニャはおなかを空かせて森の中で倒れちゃって、ボクたちはそれを偶然見つけたんだ。こんな森の奥に女の子が一人でいるなんて危ないし、フィルツホルンまで届けてあげなきゃだよね」

「え……でも……スーは、ラクリマで……」

「その角、アクセサリーでしょ?」

「……!? ちが……むぐっ」


 慌ててそんなことはないと反論しようとするスーニャの口をすかさず塞ぐ。


「真実はどうあれ、ボクらはそう信じてる。なんてったってボクは世間知らずの記憶喪失幼女だもん、アクセサリーだって言われれば信じちゃうよ。ラクリマって獣耳の子が多いしね。迷子のスーニャはそれを利用して森を出る。そうでしょ? そういうことにしよう」

「お、おー……?」


 どんなハリボテの嘘設定だろうと、当事者全員がそうだと言い張れば真実になるのだ。


「スーニャは怪しまれないように、ちゃんとフィルツホルンまで帰還できるように、人間の女の子として振る舞う。だってラクリマだってバレたら、途中で放り出されちゃうかもしれないもんね」

「なっ、ナツキさんはそんなことしないのです!」


 慌ててアイシャが突っ込んできた。いや、その信頼は嬉しいけども。


「しないけどさ。でも出会ったばかりのスーニャには、そんなこと分からないよね。だから最善を尽くす。人間の女の子として、怪しまれないように演技をする。相手はEランクの子供オペレーターと普通のドールだもん、きっともう今後会うこともないんだから……」

「…………!」


 スーニャの目が輝いた。


「というわけで、綺麗なアクセサリーの似合う人間の女の子のスーニャちゃん。ボクたちと友達にならない?」


 即興で並べ立てた屁理屈・建前・嘘っぱちだ。隣ではアイシャがどこか呆れたように笑っている。しかしそれでも、スーニャの心の鎖を緩めるには十分だったようで、


「……なる!」


 眠たげな瞼をこれまでで一番大きく開けて、大きな水色の瞳をきらきらさせながら、嬉しそうにそう宣言したのだった。


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