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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅴ 晴れのちレモネード 時々雪だるま
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首輪

 のぼせて目を回してしまったアイシャは、ナツキとにー子の部屋に寝かされた。


「にぅ……あいしゃ、いたいの? ふあふあしゃん、する?」


 にー子が心配そうにアイシャとナツキを見て、そう確認する。

 病院でアイシャの腕を治したあとダインに散々怒られたにー子は、理由はよく分からないながらも「勝手に回復魔法を使うと怒られる」と理解してくれたようだった。

 ……こんな理不尽な世界の事情、理解してほしくはなかったんだけどな。


「回復魔法はいらないよ、のぼせちゃっただけだから。ボクが見てるから、にー子はラズさんのとこ行っておいで」


 簡単に自然治癒する症状については、回復魔法はむしろ免疫力を低下させたりする場合がある。マナの節約という意味もあるが、少し寝れば治る程度の不調に対しては、ラグナでも戦闘時以外は回復魔法を使わないものとされていた。ここでもそれに倣っておこう。


「……なぅ」


 少ししゅんとしてしまったにー子を撫でて先に一階に下ろし、ベッドに腰掛けて数分――幸いそこまでひどくのぼせてしまったわけではなかったようで、アイシャは元通りの顔色でパチリと目を覚ました。


「アイシャ、大丈夫?」

「は、はいです……わたし、何で……」

「のぼせちゃったんだよ。お風呂に長く入りすぎるとそうなるんだけど……普段湯船に浸かり慣れてないとのぼせやすいって聞いたことあるし、それかも」

「はぅ……ごめんなさいです……」


 しゅん、と眉を下げる。


「アイシャは悪くないけど、一人で入るときは気をつけようね」

「はいです……」

「ところでそんなことより、これについてなんだけど」

「……ふぇ?」


 割れ落ちた首輪を手に取り、見せる。アイシャはしばしきょとんとした後、自分の首に手を当ててさっと顔を青ざめさせ、ベッドから飛び起きた。涙目でずずいとこちらに詰め寄り、


「ち、違うです、わたしのせいじゃ、そのっ、不可抗力なのです!」

「あ、違う違う、別に怒ってないってば。外れてよかったね、アイシャ」


 行動を縛る首輪なんて、ない方がいいに決まっている。


「ふぇ……で、でもっ」

「分かった分かった、とりあえず……まず服を着よう」


 飛び起きた拍子に、体に巻き付けていたタオルが落ちてしまっていた。色々丸見えである。……いやまあ、一緒に風呂に入った時点で今更なのだが。


 身長は同じくらいだから自分の服で大丈夫だろうと、クローゼットから適当な服を見繕っていると、「なぜこの緊急時にそんなどうでもいいことを」みたいな顔で見られていることに気がついた。……羞恥心って、どうすれば身につけてもらえるんだろうか?


「ペフィロとはまた別だしなぁ……ここにトスカナがいれば……」

「ぺふぃ……?」

「んーん、こっちの話……これでいいかな。はいアイシャ、服。ボクのだけど」


 ラズがくれた、先代看板娘のお下がりのワンピースを手渡すと、アイシャはぎょっと目を剥いた。


「こっ、こんないいお洋服……」

「お下がりだよ。たぶん、ラズさんがあとでアイシャにもくれると思う」

「ふぇぁ!?」


 ラズはアイシャもここで働かせる気満々のようだったし、ナツキのいつもの長袖フリルワンピースの予備(数十着単位であるらしい)が押し付けられることだろう。


「あと下着か……新品のやつが確かこの辺に……」

「なななななつきさんっ、わっ、わたしはドールですっ」

「うんうん。お人形(ドール)なら余計着飾らなきゃ」

「……!? っ、?」


 アイシャが混乱して固まってしまった。猫耳だけがぱたぱたと動いている。

 仕方が無いので着替えさせてやることにする。足上げて、腕通して、などと指示を出せばその通りに動いてくれる分、暴れ回って拒絶した初期のにー子に比べれば簡単なものである。


「はい、できあがり」


 ノースリーブの膝丈ワンピースだ。夜空のような紺色で、髪や猫耳、尻尾の色ともマッチしておりなかなか似合っている。ぼさぼさだった髪も、洗ったことでまとまって綺麗なさらさらつやつやロングストレートになった。

 紛うことなき黒猫系清楚美幼女である。申し分なくかわいい。


「ほらアイシャ見てよ、かわいいよ」

「ふぇ……」


 アイシャを姿見の前に立たせてみる。自分の姿を見たアイシャはしばし絶句して目を瞬かせ、


「あぅ……な……ナツキさん、これ……恥ずかしいです……」


 自分の体を抱きしめてもじもじし始めた。

 その気持ちは分かる。自分も最初は女装しているみたいで落ち着かなかったものである。しかしできればその羞恥心を、全裸状態のときにも発揮してはくれまいか。



「さて、それはそうと……」

「はっ、はいです」


 首輪の話の続きだ。まだもじもじしているアイシャにベッドに座るよう促し、自分は椅子に座って向かい合わせになる。


「さっきの様子だと、首輪が割れた原因に心当たりがある? まさかお湯につけたら外れるなんてことは……ないよね?」

「あぅ、その……えっと……」


 口を開いて閉じてを繰り返す。言ってもいいものか、と逡巡しているように見えた。


「言いにくいことなら、無理には聞かないけど」

「い、いえ、そうじゃないのです……けど、信じてもらえるかどうか……」

「信じるよ」


 そう返すと、アイシャはびっくりしたようにこちらの顔を見た。


「まだ聞いてもいないのに……信じるです?」

「だってわざわざそんな前置きするってことは、信じられないようなことなんでしょ?」

「そ、そうなのです。だから……」

「ならなおさら、ボクはアイシャの言葉を信じなきゃ。友達だもん」


 友達って、そういうものだろう?


「……わ、わたしが嘘をつくかもしれないのですよ?」

「嘘つくの?」

「ナツキさんに嘘なんてつくわけないです!」

「だよね」


 他になにか問題が? と視線を向けると、でも、でも、とアイシャはおろおろし出した。


 ……ああ、そうか。アイシャは、怖いのだ。

 これまでずっと、主の不興を買わないように、顔色を伺って、余計なことを言わないようにして生きてきたのだろう。そしてそれに失敗したときに、怒られ、捨てられてきたのだろう。


「大丈夫だよ、アイシャ。どんな変なこと言い出しても、ボクはアイシャの友達だから。解約したりしないし、捨てたりしないし……他になにか、不安なことある?」

「っ……!?」


 心を読んだのか、とでも言いたげな視線。どうやら図星だったらしい。


「ナツキさんは……優しすぎるです」


 アイシャはふぅと一つ息を吐き、まだ少し迷うような素振りを見せつつも、口を開いた。


「……声が、聞こえたです。小さな女の子の……不思議な声だったのです」


 アイシャが語り出したのは、ナツキが《迅雷水母(ジュリア)》と戦っていたときのことだった。

 物知りなダインが攻略法を知っていて、その準備が整うまでの時間稼ぎにその場にいたアイシャを登用し、ヘーゼルが近場に預けていた遠距離型アイオーンを渡して使わせた――という流れは既にダインから聞いていたことだったが、レンタドール社の管理人の妨害があったことは初耳だった。仕掛け人のくせに観客席で気絶していたのは、ダインが殴ったかららしい。……まさか、だからそこは伏せたのか?

 そしてその中でもアイシャだけが知っている、事実。管理人の首輪を通じた「ナツキを助けようと考えるな」という命令に従えなくなったとき、スタンガンの作動直前に聞こえたという、謎の少女の声。


「……その声の言う通りにしたら、首輪の機能が止まった?」

「はいです……こんな風に、」


 アイシャは机に置いてあった、二つに割れた首輪を手に取り、自分の首へと持っていき、


「アイシャ!?」

「えいっ」


 首を囲むように押し付けた。

 瞬間、首輪が白い光を発し――アイシャが手を離したときには、綺麗に接合されていた。


「何してるのさ! せっかく外れたのに!」

「はわっ、大丈夫です、見ててくださいです――回路展開(オープン)

「へ!?」


 首輪に手を触れたアイシャが唱えたのは、魔法回路にアクセスする際の起句だった。気功回路でもマナ回路でも、起句は同じ。しかしただ唱えればいいというわけではなく、明確に気やマナの操作トリガーとしての呪文だと理解し、超常的な概念を感覚として掴まなければならない。ラグナではそれができて初めて、練気術士や魔術士の卵として認められるのだ。

 

 そして首輪は、アイシャの唱えた起句に応じた。ぼんやりと白い光が首輪から漏れだし、アイシャの目の焦点が揺れる。首輪の回路を見ているのだ。

 マナベースの回路だったため、ナツキにはその詳細は見えなかった。アイシャにどう見えているのかは分からないが、確かあの時は――


「……アイシャ、ダメだ! その首輪には防衛機構が――」

「大丈夫、なのです……接続解除(ディスコネクト)


 カチャリ。

 そんな軽い音と共に、ぼんやり発されていた光が一瞬強く光り、細かい光の粒子となって散り散りに消えていく。

 接続解除(ディスコネクト)――文字通り、魔道具と使用者の間を繋ぐパスを断ち切り、使用者登録されていない状態に戻す命令だ。しかしそれを有効な命令とするには、管理者権限を取得するなり、パスの出入口を見定めてハックするなりする必要がある。その過程でナツキは防衛機構に阻まれたのだ。表層に少し触れただけであの威力であれば、もし回路がくっきり見えていたとしても、解除には至れなかっただろう。

 なのに、


「ほら、大丈夫だったです」


 アイシャが両手で首輪を掴み、捻るように反対側へ引っ張ると、首輪は抵抗なく二つに割れた。

 アイシャの魔法的な命令に、首輪が従ったのだ。


「……その不思議な声が、やり方を教えてくれたんだね?」

「なのです……」

「うーん……一体誰が……《塔》サイドなのか、もしくはどこかにレジスタンス的な組織があるのか……少なくとも、ボクやアイシャを助けてくれるってことは、敵じゃないのか……いや……」

「な、ナツキさん?」


 アイシャが慌てたように名前を呼んだ。


「ん、ごめん。どうしたの?」

「あ、あの……信じて、くれるです? 本当に?」


 まだ疑っていたのか。


「心配性だなぁ。アイシャは嘘ついてないんでしょ」

「ですけど、こんな変な話……普通、わたしの頭がおかしくなったと思うはずです」

「そんなことないよ?(だってほら、ボクにもできるもん、不思議な声)」


 途中から《念話》術に切り替えて答えると、アイシャはハッとしてこちらを見つめた。

 不思議な声なんて、ラグナではありふれていた。練気術なら《念話》術があるし、一般的なマナベースの魔法にもテレパシーらしきものがある。


「それに、ただの幻聴がくれた知識であの回路を接続解除(ディスコネクト)できたら、ボクの立つ瀬がないよ。……間違いなくこの世界に、魔法回路に詳しい魔術士か練気術士がいる」

「……なのですか」

「それがボクらの敵なのか味方なのか、アイシャの話だけだとまだ判断はできないけど……うん、気を払っておいた方がいいね。アイシャ、もしまた声が聞こえたら教えてくれる?」

「は、はいです!」


 アイシャは力強く頷いた。ひとまず不安は消えたようだ。

 さて、すると残る問題は、


「割れた首輪をどうするか、だけど……」

「? つけておけばいいのです」


 いやまあ確かに、いつでも外せるのだから、他人や《塔》の目を気にするならそれが無難なのだろうが。


「アイシャはそれでいいの? せっかく外せたのに……」

「いいのです。だって……これは、ナツキさんとわたしの、繋がりの証なのですから」

「繋がりの証?」


 そんな大層なものだっただろうか。そもそもアイシャはナツキと出会う前からこの首輪を付けていたはずだ。


「触ってみれば分かるです」


 アイシャは再び首輪を首に嵌めた。

 そう言うならと、指先で首輪に触れてみる。その途端、


「……うわっ!?」


 気を通したわけでも何かを念じたわけでもないのに、視界いっぱいに水色に光るホロウィンドウが表示された。


「これがダインが言ってたホロウィンドウか……。アイシャには見えてないんだっけ?」

「はいです」


 首を回すとホロウィンドウもついてくる。目線を動かすだけではついてこない。なるほど。そして肝心の内容は――


「わたしの情報が見えるはず、です。どこかにナツキさんの名前があると思うです」


 いくつも開いているウィンドウのうち、アイシャの名前などが表になっているものがあった。それに意識を向けると、拡大表示される。便利だ。

 そして見つけた「登録オペレーター」欄には――確かに、「ナツキ」と記されていた。


「あった、けど……ボク、首輪に登録なんてしたっけ?」

「ダインさんが契約満了を宣言したときに、書き変わったはずなのです」

「……自動で?」


 ナツキが訝しむと、アイシャはこくりと頷いた。

 なんともハイテクなことである。契約書のシステムと連動しているということなのだろうか。


「まあ、うん。ボクとの繋がりの証……か」


 首輪から手を離すと、ホロウィンドウは視界からすっと消えていった。


「だめ、なのです……?」

「んーん、アイシャが邪魔じゃないなら、いいよ」

「……! はいです!」


 アイシャは首輪に触れて、嬉しそうに笑った。

 繋がりの証とは言っても、スタンガン内蔵の得体の知れない魔道具なんだけどなぁ……と少し微妙な気持ちになっていると、とてとてとて、とドアの向こうで軽い足音がした。にー子だ。


「なつきー、らずさん、はぁくーって」


 さっさと仕事しに降りてこいと、ボスから催促がかかったようだ。


「わかった、すぐ行くよ。……アイシャも初仕事、行く?」

「ふぇっ!? わ、わたし、なにをすればっ」

「今日は……あー、お客さん達の質問攻めに遭うのが仕事かな、ボクもアイシャも」


 ここ数日の自分の行動と状態を思い返しつつそう答えると、アイシャはまたふぇえ、と鳴いた。

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