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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅳ ネコとクラゲとハリセンボン
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にー子の郵便配達

「なつき、ばか! ばかばか!」

「ごめんごめん、ほら、でもちゃんと帰ってきたでしょ」


 すぐに目覚めたにー子は、ナツキの姿を認めるや否や、目を釣りあげて襲いかかってきた。ぽこすか胸を叩かれる。


「あたしやダインさんがいなかったら、今頃《迅雷水母(ジュリア)》に全身飲み込まれてフィルツホルンを地獄絵図にしてたけどねぇ」

「なつきー!?」

「うわっ、ごめんってば」


 リリムから余計な注釈が入り、にー子の機嫌が悪化した。


「地獄絵図ってほどじゃねェだろ。A級つっても小型の部類だ、ドール三体で充分仕留められる」

「兄貴、特にフォローになってないよそれ」

「だいんもばか! なつきやっつける、めっ!」


 どうやら自分は、かなり危ない状態だったらしい。《迅雷水母(ジュリア)》に「母体」とされた獲物は、体の内部から徐々に侵食され、エネルギーを搾り取られながら、体組織を青いスライム状に変質させられていく。心臓まで侵食された段階で「ステージ3」とされ、もう助からない。

 ちなみに母体が意識を失った瞬間に侵食が始まり、それが「ステージ2」らしい。ダインに担がれているからと身体強化を切ったのは悪手だったようだ。


「いやー、そう簡単とは限らないんじゃないかなー。ほら見て、あのサイズと純度」


 リリムがそう言って指差したのは、ナツキから摘出された《迅雷水母(ジュリア)》の卵だ。直径30センチほどもあるその球体は、今も青白い光を脈打たせている。宿主から切除された段階で孵化できなくなるとは聞いたが、このままにしておきたくはない代物だった。


「ステージ2でここまで大きいとなると、もし孵化してたら……変異個体レベルで大きくなってたんじゃないかな」

「……やめろ、想像したくねェ」


 ダインがヒラヒラと手を振って溜息をついた。

 その様子を見て不安になったのか、にー子が無言でぎゅっと抱きついてきた。もしも、の話だから大丈夫だと頭を撫でてやる。


「そう言えば、なんでにー子がここにいるの? 陽だまり亭から出すのは危険じゃ……」


 そう聞こうとしたら、にー子がバッと顔を上げた。


「にぁー! にーこ、なつきなおすの! にーこなの!」


 そう憤慨するにー子は、いつものセーターではなく、ぶかぶかのクリーム色のワンピースを着ていた。裾が地面に着きそうだが、妙に似合っている。怒りを反映してしっぽがピンと立っているせいで、後ろは盛大にめくれ上がってしまっているが。


「えっとねぇ……」


 リリムが頬をかく。他の面々も何やら疲れた表情を見せた。

 なんでも、ダインがリリムに連絡したとき、リリムは《子猫の陽だまり亭》にいたらしい。その連絡をにー子も聞いていたと。……前回と同じ構図じゃないか。


「ニーコちゃんはラズさんに任せて、あたしはこっちに飛んで帰ってきて、ダインさんから意識不明のナツキちゃんを受け取った。んで、その間に……」


 ヘーゼルに視線が飛び、


「アタシは途中で兄貴と別れて陽だまり亭に行ったんだけど、いやー、めちゃくちゃ荒れてたね。リリムもナツキも大っ嫌い! って」

「ゔっ……」「んぐっ……」


 想定外の方向から大ダメージが飛んできた。


「アタシのその子の第一印象、もう完全に暴れ猫……あれ、何、どしたの」

「に、にー子……ボクのこと、嫌い……?」「あたしも……?」

「だ、だいきぁい、ちぁう! りりむも、なつきも、しゅき……」


 大慌てのにー子が訂正し、


「……でも、にーこおいてくの、にゃーなの……」


 少し決まりが悪そうに、しかし譲れないことがあるという風に、そう続けた。


「にー子……」

「そこで、リリムをヘルアイユ用フル装備で登場させて悪いナツキちゃんを怖がらせよう作戦をアタシが提案したところ、ニーコちゃん大絶賛」

「にー子?」

「にぁっ……なぅ……」


 あの謎のガスマスク防護服はそういうことか。


「あー、うん……最初ちょっと怖かったかも」

「一言も喋らなかったんだけどねぇ。雰囲気があたしって、すごいよナツキちゃん」

「……はい、この通り失敗したので、ニーコちゃんやっぱり大暴れ。というわけで、ラズ姉から……」


 ヘーゼルがどこかから取り出したのは、布製の小さな白いつば広帽子だった。それをすぽっとにー子に被せ、


「んに……」

「しっぽ!」

「にぁっ!」


 ヘーゼルの号令を受け、にー子はビクッとしつつ尻尾をしゅるりとぶかぶかワンピースの中に収めた。


「……おお」


 そうして出来上がったのは、ただのかわいい幼女だった。

 なるほど、人間のフリをしてヘーゼルと一緒にここまでやってきたのか。よく分かった――


「で、途中で俺が見つけて追い返したんだが」


 ……まだ続くのか。


「だいん、きらい!」

「てめぇがバレたらとばっちりで俺が死ぬんだよ!」

「ばれないもん!」


 にー子とダインの喧嘩が始まった。まあ確かに、ダインの立場ならそうなるのだろう。


「ま、一応兄貴が正論だからね、ニーコちゃん宥めて一緒に引き返したんだけど」

「こいつ、ラズの目ェ盗んでいつの間にか店から消えやがったんだ」

「……へえ!?」


 結局逃げ出したのか!


「ニーコちゃんが一人で診療所に来てさぁ、いやびっくりしたのなんの」


 そして場所も知らないはずの診療所に辿り着いたのか。……診療所は《子猫の陽だまり亭》より二層も下のはずなのだが。

 そこでヘーゼルがふと気づいたように、


「そういやニーコちゃん、そのワンピースどうしたの? ラズ姉がくれた服は?」


 ……何だって?


「え、これラズさんがくれたんじゃないの!?」

「帽子はラズ姉がくれたやつだけど、服は……違うわね」

「にぁ? およふく、もらった!」


 にー子は嬉しそうに笑った。ダインがさっと顔色を変える。


「誰からだ!?」

「にっ……な……き、きーる……」

「キール!?」

「に……な、なぅ、なつきー……」

「ちょっとダイン、怯えてるよ」


 大声を向けられたにー子が、慌ててしがみついてきた。その拍子に帽子が外れ、ぺたんと伏せられた耳が見える。よしよし、怖かったね。


「キール……あいつ、娘なんかいたか……?」


 キールは常連客の一人、上第三層で八百屋を営むおじさ……お兄さんだ。なぜ彼がにー子に服を、と思う間もなく、にー子はその服のポケットに手を突っ込み、


「あ……あのね、これ、どぼぁす、くれた。こっち、うるるー。これ、みーしゃ。これは、みーしゃの、こども……」

「……おいおい」


 様々なお菓子やおもちゃを、そこから取り出して見せた。一緒ににー子の口から紡がれるのは、常連客達の名前だ。


「ごめしゃい……」


 ポケットが空になると、にー子はそう言ってしゅんと項垂れた。ダインが怒っているので、何か悪いことをしてしまったのだと思ったのだろう。しかしきっと、これは……


「……ねえにー子、どうやってここまで来てくれたの?」

「にぁ……きぃたの」

「聞いた?」

「きーるのおみせ、あたから、きぃたの。りりむのおみせ、どこって」


 キールの、店。


「……ヘーゼルさん、もしかして八百屋さんの前通った?」

「へっ? 八百屋……あ、上三の商店街かな? うん、通ったよ。その途中で兄貴に見つかったけど」


 つまりにー子は、たった一度通っただけの道の景色から知り合いを見つけ出し、場所を覚え、一人でそこまで歩いていったのだ。

 体調を崩してしまったのも、慣れないことを一人で頑張ったからなのだろう。


「なるほどね……にー子、キールさんはどうしてお洋服をくれたの?」

「なぅ……おぇかけよーのふくちぁう、って、およふくのおみせ、いったの。あのね、えれのーら、いたの」


 エレノーラは同じ商店街にある小さな服飾店の店主で、同じく《陽だまり亭》の常連だ。キールが手持ちの服をくれたのではなく、キールに買ってもらったというわけか。

 そして「お出かけ用の服ではない」というのは本当の理由ではないだろう。恐らくは、うっかり尻尾が見えてしまうことがないようにと、より丈の長いワンピースを買い与えてくれたんじゃないだろうか。


「あのね、にーこ、ゆーぃんはいたついん、したの」

「ゆーい……郵便配達員?」


 いきなり何の話だ?


「なぅ。……に? ……にぁ! りりむ、りりむ! おてかみ!」

「んぇっ、あたしに!?」


 にー子は大事なことを思い出したと言うように、別のポケットから小さく折りたたまれた紙を出し、リリムに渡した。リリムはそれを開いて、


「……うわぁ、なるほど。こりゃ……すごいね、さすがニーコちゃん」

「にぁ!」


 にー子は嬉しそうにそう鳴いたが、今のはにー子を褒めたのではなく、にー子という存在のすごさに感嘆したというように聞こえた。


「全部分かったよー、ほら」


 そう言ってリリムがナツキに見せてくれた紙を、ダインとヘーゼルも覗き込む。

 ――手紙ではなかった。

 まず大きく《陽だまり亭》からリリムの診療所に至るまでの地図が描かれており、その道筋の各所に数十個ものチェックポイントのような丸がついている。丸の形は様々で、インクの色も太さも異なり……脇にそれぞれ異なる見知った名前と時刻が、様々な筆跡で記されていた。ドボガス、ウルルー、ミーシャ……皆、その地点の店や工房で働く人々で、《陽だまり亭》の常連達だ。

 各ポイント間の距離は、20メートルもあるかどうかといったところだ。店頭で見送れば、次のチェックポイントについたかどうかその場で確認出来るくらいの……そんな距離。

 そして地図の下には、様々な筆跡で書かれたたくさんのメッセージ。


『ニーコちゃん、ダインさんに内緒でリリムちゃんとナツキちゃんに会いに行くんだってよ。つーわけで郵便配達員になってもらった。めちゃんこ泣いてたから協力しろよな キール』

『ラズさんは反対してないみたいだし、さっきヘーゼルちゃんと一緒なの見たし……ダインさんの過保護かな? エレノーラ』

『また遊びに来い ドボガス』

『この服新品だけど、そういうことよね? ノーラだって過保護じゃない。《塔》の役人なんかこんなとこまで来ないわよ! ウルルー』

『うちの子と仲良くしてくれてありがとう! ミーシャ』

『またナツキちゃん死にかけてるってマジ? クロイツ』

『リリムちゃんが診てるなら大丈夫っしょ チェンバー』

『…………


 ……これだけ多くの人に、にー子は愛されているのだ。


「コイツら……《塔》を甘く見すぎだ」

「兄貴が警戒し過ぎなんだって。ギフティアじゃあるまいし……」

「………………ノーコメントだ」

「……え、嘘でしょ?」


 後ろで交わされている不穏な会話には混ざらず、ナツキは手紙を持って輪から外れた。これを見せなければならない相手は、もっと別にいる。


「アイシャ、文字は読める?」


 アイシャはずっと会話には参加せずに一人で壁際に立っていた。きっとそれがドールとしての在り方、処世術だったのだろう。


「は、はいっ、読めるです、けど……」

「感染個体のにー子がマスコットなんて嘘だって、言ってたよね」


 手紙を手渡し、


「ここに並んでる人達みんな、にー子のワガママにつきあって、上第四層からここまでにー子を届けてくれたんだよ」


 そう告げると、アイシャは目を丸くした。


「ね、にー子」

「なぅ?」

「にー子は、お客さん達のこと好き?」

「にぁ、しゅき! おきぁくぅさん、みんな、いっぱい、いいひと!」

「……だってさ」


 にー子の楽しそうな返事を聞いたアイシャは、手紙を読みながら、眩しいものを見るように目を細めた。


「……うらやましい、です」

「何言ってるのさ、もうアイシャもその一員なんだよ」

「わっ、わたしは……その……もう調整されてて、ニーコちゃんとは違って……」

「ほらにー子、新しいお友達だよ」

「ふぇっ!?」


 何やら変なことにこだわろうとするアイシャを、にー子の前まで引っ張り出した。


「にぁ?」

「ぅ……え、えっと……」


 そこで初めてアイシャに気づいたように、にー子はじっとアイシャを見つめた。昨日も会っているはずだが、ナツキのことしか頭になかったのだろうか。最初に出会ったときのことは……にー子はほとんど寝ていたし、覚えていなさそうだ。

 目線が下から上へと動いていき、


「……みみ! みみある!」


 やがて自分と同じ猫耳に気づき、目をきらりと輝かせた。


「えっ、は、はい、耳あるです……」

「しっぽは!?」


 アイシャの後ろを覗き込み、


「しっぽある! なかま!」


 嬉しそうに飛び跳ねた。


「ふぇ……仲間、です?」

「あのね、にーこのおぅち、らくりま、にーこぁけなの! ……にぁ、にーこね、にーこってゆーの! あなたのおなまえは?」


 《子猫の陽だまり亭》で、お客さんを相手に何度となく繰り返してきた自己紹介だ。にー子は興味のあることに対する記憶力は抜群で、一度名乗り合ったお客さんの名前は忘れたことがない。


「わっ、わたしは、アイシャ=エク=フェリスですっ。あっ、えっと、対神獣戦闘用ドールで、オペレーター登録は、昨日からナツキさんに……」

「な、なぅ? あいしゃえふえ……?」


 条件反射なのか、普段の自己紹介を返そうとするアイシャ。しかし途中でにー子も自分も混乱していることに気づき、


「あ、えと……アイシャ、です」

「あいしゃ?」

「はいです、アイシャです、ニーコちゃん」

「あいしゃ!」

「わ、わっ」


 にー子がアイシャに飛びついた。

 そのまましばらくぎゅぅっとアイシャを抱きしめていたにー子だったが、


「……にぁ? おてて……」


 アイシャの左手首から先がないことに気がついたようだった。そして当然、それは包帯が巻かれていて痛そうなので、


「……あっやばい、ナツキちゃんカーテン閉めて!」

「うん!」

「ヘーゼル、目を閉じろ!」

「うぇっ!? なになになに――」


「ふあふあしゃん」


 その一言で、やはり何の魔力反応も伴わずに、回復魔法が発動した。


「ふわぁぁっ!?」


 にー子から湧き出した大量の黄緑色の燐光が、アイシャの左手首へと集まり、何も無かった部分に質量を描き出していく。

 やがて、アイシャの腕は何事も無かったかのように元通りになった。


「あ……わたしの、手……」

「あいしゃ、いたいの、なおった?」

「はっ、はいです……え? なんで……うごく……わたしの手なのです……」


 やはり、にー子の能力は中級回復魔法の域に達していたのだ。

 ラグナでは、体内に最低限の強度の魔力回路さえあれば、小さな子供でも初級回復魔法を行使できた。しかし中級回復魔法は、才能と素質が無ければ大人でも行使できない。上級回復魔法ともなると、大魔道士とか教皇とか、そういった位や特殊な神具に付随するような特殊能力扱いになる。

 トスカナが若干13歳にして上級含めあらゆる回復魔法をマスターしていたせいで実感があまり湧かないが、魔法の指導を受けたことも無いはずのにー子が中級回復魔法を使いこなせているのは、異常なことなのである。


「にー子……すごいな」


 ちなみにナツキには魔力回路が皆無なため、マナを活性化させることすらできないのだが……それはともかく、今はアイシャの腕が治ったことを素直に喜ぼう。


「よかったね、アイシャ」

「はいです……! ありがとうです、ニーコちゃん」

「にぁー!」


 盛り上がる子供たちの後ろで、


「あちゃー、またやっちゃったねぇ」

「ああああ兄貴、こここれ、バレたらアタシ達まで消され……」

「馬鹿、見るなつったろが……」


 素直に喜べない大人たちは、戦々恐々としていたようだったが。


次回、久しぶりにラグナ編です。


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