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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅳ ネコとクラゲとハリセンボン
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契約とガスマスク

 事後処理は大騒ぎだった。何せ、負傷して気絶している人間が数十人規模でいるのだ。オペレーター認定試験で戦闘があることは関係者なら誰でも知っていることとは言え、こんなに多くの重傷者が出たのは今月が初めてだと、試験監督は言っていた。


 事のあらましは全て、試験監督、ダイン、ヘーゼル、アイシャが語ってくれた。あの電気クラゲは《迅雷水母(ジュリア)》という、アヴローラに生息する「A級」の神獣であること。それを持ちこんだのはあのレンタドール社の管理人であること、などなど……


 客席にいたのに何故か気絶していた管理人はアイシャの証言をもとに拘束され、取り調べを受けているらしい。ドールの証言もちゃんと有効だということに驚いたが、むしろ人間に対して嘘をつけない分、人間の証言より信頼度が高いのだそうだ。

 ただし悪事を働く者のドールは口外禁止命令を首輪を通じて入力されているのが普通である。管理者よりも明確に立場が上であるとドールが判断できる人間ならば、特定の手順を踏んで命令を無視させられるが、そうでなければ管理権を無条件に剥奪できる最高管理者を引っ張り出す必要があると言う。

 しかし何故かアイシャは、何も手順を踏まずともその場でペラペラと全て話してくれたらしい。

 口止めされなかったのかとアイシャに聞くと、少しわたわたとした後、何故か明言を避けるように「お……おぼえてないのです」と返された。……感染個体だからある程度は命令に逆らっても首輪が発動しないとか、何かその辺の事情があるのかもしれない。


 意識のあるナツキは軽症だと思われたのか、後からやってきた医者達はなかなかこちらに来てくれなかった。正直なところ、身体強化をやめればすぐさま倒れてしまいそうな程度には重症だった。いっそ倒れてしまって目を引いてみるかと思っていたら、「おめぇはこっちだ」とダインにひょいと担がれた。


「え、あれ、ちょっとダイン!? あのボク、こう見えて結構重症で」

「知るか」

「えぇ!? ぅ、ぐぇっ、ちょ、あんまりおなか押さないで……」


 《迅雷水母(ジュリア)》に飲まされた液体が詰まったお腹は、依然としてパンパンに膨らんだままだ。吐くこともできないので、圧迫されるとただただ苦しい。


「ソレを摘出できる奴なんか今の軍病院にゃいねェ、知り合いの闇医者に連れてくぞ」

「えっ……」


 摘出? 今摘出って……闇医者!?


「コレ、開腹手術が必要な感じなんだね!? え、麻酔、この世界麻酔ある!? 闇医者って……ねえダイン!」

「やかましい! いいから黙って担がれてろってんだ! ……おいヘーゼル、おめぇも来い!」

「うへっ、え、私も?」


 ダインは倒れている人々の応急手当の手伝いをしていたヘーゼルを引きずり出し、


「……おい、何ぼけっと丸まってやがる。さっさと来い」


 そう、壁際で縮こまっていたアイシャに声をかけた。


「……え? あのっ、わたし……管理人さんを待って……」

「あァ? あんなクズ待ってどうすんだ。軍令か?」

「ふぇっ、ち、違うです、けど。ドールは、ほんとは管理者の人間さんと一緒に、いないと……」

「そうだ、()()()来いっつってんだよ。おめぇの契約オペレーターが拉致られかけてんのが見えねェか?」


 そう言って、ダインはナツキの頭を親指でクイッと指した。


「え……?」

「だ、ダイン? それって……」


 ダインはフッと笑って、


「試験監督の言質は取った。ナツキ、おめぇはぶっちぎりトップで合格、もうオペレーターだ」


 ……そうか。それは本当に、よかった。


「んでもって、契約立会人の俺が断言してやる。あのクズとの契約は満了だ」

「ふぇ? 契約、満了……」

「そうだ。アイシャ=エク=フェリス、おめぇの契約オペレーターはもう、このキンキラ頭のチビだ」


 軽い口調で言い放たれたそれは、本当に待ち望んでいた宣言だった。できれば、雑に担がれて世界が反転した状態で聞きたくはなかったけれど――どうやら、アイシャ救出作戦は成し遂げられたようだった。

 そしてそれを、自分なんかよりもっとずっと、心待ちにしていたはずのアイシャは。


「わ……わたし、ナツキさんの……ドールに、なれた……です? ほ、本当に……?」


 起きたことが信じられないと言うようにしばらく目を瞬かせ、やがて誰もそれを否定しないと分かるや否や――大きな両の瞳から、大粒の涙を溢れさせた。


「ふ……うぇっ……ごっ……ごめんなさ、ひぐっ、すぐ、止め……」

「いいよ、止めなくていいんだよ」


 病室のときみたいに抱きしめてあげたかったが、ダインに担がれているせいでできなかった。せめて代わりに、腕を伸ばして頭を撫で――届かない。


「ちょっとダイン、届かないよ」

「……ハァ。あんま時間ねェんだ、さっさとしろ」


 溜息をつきつつ、一歩近づいてくれた。何かこの後仕事でも入っているのだろうか。知ったことか。


「アイシャ」


 頭に触れられたアイシャは、一瞬ビクリと身体を強ばらせた。しかしそれが自分を叩くものではないと分かったのか、すぐに力を抜いてこちらを見上げてきた。

 涙に濡れた金色の眼差しが、揺れる。


「ボクと一緒に、来てくれる?」

「ひぐっ、それは、もちろんっ、ぐすっ、ドールはっ、オペレーターに、ついてっ」

「んーん、そうだけど、そうじゃなくて」

「ふぇ……?」


 求めているのは、そんな言葉じゃない。そんな関係じゃない。


「えっと……アイシャの背中はボクが守るから、アイシャにはボクの背中を守って欲しい……っていう感じかな」


 それが、共に戦うということ。仲間であるということだ。命令する側される側なんて冷たい関係ではない、お互いを想い合う信頼関係。


「ど、ドールは当然っ、オペレーターさんをっ、ぐすっ、守るものでっ」

「ドールとかオペレーターとか、そんな話じゃなくてさ。ボクはアイシャに……アイシャっていう一人の女の子に聞いてるんだよ」

「うぇっ!? え、えっと……えっと……!?」


 混乱させてしまった。今までずっとドールとして生きてきたアイシャにいきなり言うことではなかったかもしれない。


「ナツキちゃん、君、まさか……」


 ヘーゼルが何かを言いたげに口を挟んできた。……そう言えば、リリムの友達なんだったか。


「リリムさんの二の舞になる、って言いたいの?」

「……えっ嘘、もしかしてあの子の経歴知ってるの!?」

「経歴ってほどじゃないけど。リリムさんの友達が取り上げられた話は、聞いたよ。本人から」


 そう答えると、ヘーゼルは信じられない、という目つきになった。


「じゃあ、分かってるでしょ? そのドールはいずれ――」

「関係ないよ。ボクは……自分に嘘はつきたくない。もしどうしようもなくなっちゃっても、ボクは最後までアイシャの……あ、そうだ。やっぱり、これかな」


 アイシャにも自分の気持ちが伝わりそうな言葉を、見つけた。

 まだ何かを言い募ろうとしているヘーゼルを無視して、アイシャに向き直る。


「ねぇ、アイシャ。改めて――」

 

 頭を撫でていた手をどけて、広げて、差し出す。

 ……アイシャがハッと、目を見開いた。


「ボクと、友達になって欲しいんだ」


 友情の儀式。病室で一度交わしたそれを、改めて。

 形式上の主従契約を、上書きするように――


「……はい、です」


 小さな手と手が、今、ぎゅっと結ばれた。






 それから、やたら急かしてくるダインに抱えられて闘技場を出たのだが、自分で歩く必要がないのをいいことに身体強化を切ってみた途端、意識が遠のき始めた。身体を酷使しすぎたようだ。


「ナツキ、おいナツキ!? クソッ、進行が速すぎる。急ぐぞ!」


 何か、ダインの声が聞こえたような気がしたが――再び強化をかける余裕もなく、すとんと眠りに落ちた。



☆  ☆  ☆



 やがて目を覚ますと、見知らぬ天井があった。

 照明はついていない、暗い部屋。窓もない。なのに部屋全体が、薄ぼんやりとした青白い光で照らされている。


「……あれ、ダイン? アイシャー、ヘーゼルさーん……」


 室内に人の気配はない。病院に運び込まれて、ベッドに寝かされているのだろうか。しかしそれにしては――


 ……ジャラ。


「え?」


 ベッドから降りるためにまず腕を上げようとして、上げられないことに気づいた。

 ……首と手首と足首に巻きついた何かが、体を鎖でベッドに縛り付けていた。


「ちょっとちょっとちょっと何これ……ダインー! アイシャー!?」


 こんなの聞いてないぞ、誰か説明しろ。そう大声を上げていると、やがて部屋の扉が開く音がして、誰かが入ってきた。


「だ……誰?」


 首が回せないので分からない。しかしコツ、コツという足音は、ダインでもアイシャでもヘーゼルでもない。

 やがてナツキの顔を覗き込むようにして目の前ににゅっと現れたのは……無骨なガスマスクだった。


「ひっ」


 シュコー、とガスマスクが音を立てる。ガスマスクだけではない、全身を防護服のようなもので覆っており、どこにも肌が見えない。

 端的に言えば、怪しさの塊だった。というか、普通に命の危機だ。他人に行使する外系練気術は、対象の素肌に直接触れられなければ効果が薄まる。物理的な武器のない今、最悪の敵だ。


「ぼ、ボクに何する気なの……!?」

「…………」シュコー。

「た、たべないでください!」

「…………」シュコー。


 発言で注意を引いて時間を稼ぎつつ、逃げ出す準備を始める。まず身体強化だ。鉄を引きちぎれる程の力は出せないが、幸いただの木製らしきベッドに繋がれているだけだ。ベッドの方を壊せば動けるようにはなる。が、相手がその目論見に気づいて阻止しようとするまでに終わらせなければならない。

 そのために、《気配》術で相手の意識の方向を読む。少しでも意識が逸れた瞬間を見計らって――


「……あれ?」


 おかしい。謎のガスマスクの意識は確かにこちらを向いているのに、そこには殺意も敵意も感じられない。代わりにあるのは、面白がっているような、それでいて心配そうな、なんとも言えない複雑な感情。

 それに……この魂の、感じは。

 

「えっと、もしかしてあなたが、ダインの言ってた闇医者さん?」

「…………」シュコォー。


 ガスマスクの少し大きめの排気音だけが返された。肯定だろうか。……首肯(シュコー)ってか。やかましいわ。


 一体何故そんな格好をしているのかとか、何が闇医者だよとか、いろいろ言いたいことはあった。あったが、まずは確認しなければならない。


「あのー……リリムさん、だよね?」


「…………!?」シュシュコッ!


 ……謎のガスマスクが、慌てたように排気音を返した。

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