Noah/α - 食べて寝るだけのぐうたら生活
「49番、アナタ、金の成る木になりましたねぇ。えぇ、非常に気分がいい。最高の気分です、だからあの小娘との約束通り、ちゃあんとアナタにはごはんをあげるんですよォ! さぁほら、どうしたんです、アナタがいつも欲しがっていた燃料ですよぉ? それとも、あたたかくなるお薬の方がいいですかねぇ?」
ナツキさんがわたしを引き取るためにオペレーターになると宣言した日から、管理人さんはとっても上機嫌になったです。これまでは一日に一粒、お仕事があるときでも三粒しかもらえなかったドール用Ⅰ型燃料を、朝昼晩に毎回五粒もくれるようになったですから、これはもう本当にめちゃくちゃ上機嫌なのです。ひとつ10リューズもする燃料を一日に15粒も、全く何もできないわたしにくれるなんて……これまでなら考えられないことです。
でも、一度に五粒も燃料を食べるのは、少し大変なのです。
「ありがとう、です……でももう、おなかいっぱいです、から」
「おやぁ? でも昨日は五つ食べられましたよねぇ? 飽きてしまいましたかねぇ? でも契約がありますからねぇ、アナタのおなかが本当にいっぱいになるまで食べてもらわないと、ワタシが《塔》に怒られてしまうのですよぉ」
「うぅ……はい、食べるです……」
ドール用Ⅰ型燃料は、《塔》が軍やドールプロバイダーの皆さんに売り出している、ドールが健康でいるために必要な完全栄養食です。指先でつまめるくらい小さくて、でも神獣のコアみたいにずっしり重い、茶色くて丸いカプセルなのですが、食べるとおなかの中で割れて、中から栄養たっぷりの燃料がたくさん、それはもうたくさん出てくるです。一食につき二粒で充分、のはずなのですが……
「んくっ」
「えぇ、それでいいのですよぉ」
もうわたしは、この朝だけで四粒も食べているです。おなかの中は燃料でぎゅうぎゅうで、苦しいくらいなのですけど、《塔》の契約は本当に怖いですから、がんばるのです。わたしは誰が見ても「おなかいっぱい」でなければならないのです。
「ぅぷっ……、っ、はぁっ、はぁ……っ」
おなかの中で、五つ目の燃料が弾けたです。燃料を五つ食べると、皮が破けてしまうんじゃ、と思うほどおなかがパンパンになって、息がとっても苦しくなるのです。こうなると、もう立って歩くこともできませんです。とっても大変なのですけど……でも、ずっとおなかぺこぺこだったこれまでに比べれば、ずっとおなかいっぱいの今はまるで天国のようです。
おなかを抱えて動けなくなったわたしを見て満足そうに頷くと、管理人さんは部屋を出ていったです。管理人さんは、わたしが苦しそうだと少し機嫌がよくなるです。
それからはお部屋の中でじっと燃料が体に取り込まれるのを待って、お昼になったらまた五粒食べて、取り込まれるのを待って、夜にまた五粒食べて、寝るです。もしかしてこれが「食べて寝るだけのぐうたら生活」というやつなのです?
……ちょっとは動かないと、剣の使い方を忘れてしまうです。でも、おなかが苦しくて何も出来ないのです。それにこの新しいお部屋には外から鍵がかかっているですから、訓練場にも行けないのです。それがちょっと残念で……でもきっと、ナツキさんがオペレーターになってくれたら、ずっと一緒に戦えるのです。あと何ヶ月かかるのかは分からないですけど、きっとナツキさんは試験に合格してくれるです。だから今は、このぐうたら生活を頑張るです。
「え? アナタ、あの小娘がオペレーターになれるとでも思ってたんですかぁ? 無理に決まってるじゃないですか、えぇ。二次試験の戦闘実技はかなり本格派ですよぉ? 何せ軍の正規オペレーターの訓練メニューをそのまま使ってるんですからねぇ」
ある夜、管理人さんはそんなことを言ったです。少なくとも向こう数年はぼろ儲けできそうだ、と。そんなに難しい試験だったなんて、全然知らなかったのです。
「……でも……ナツキさん、つよい、です……から……っ」
答える声が、途切れ途切れになってしまったです。
夜寝る前に管理人さんが飲ませてくれる「あたたかくなるお薬」は、ほんとに身体がぽかぽかして暑いくらいなのですが、なぜだかおへその奥の方がむずむずして、呼吸がぐちゃぐちゃになって、頭がふわふわして……気持ちいいような苦しいような、変な気持ちになるのです。もともと夜ごはんの燃料でおなかが苦しいので、もう何が何だかです。奴隷とセットで売るお薬だと管理人さんは言っていたですが……奴隷のように何かお仕事をさせるわけでもなくて、よく分からないのです。
「強い? ほぅ、仮にもアイオーンを振るうアナタが、あんな小娘を強いと言うのですか?」
「わたしをっ、黒い霧、から、たすけてくれた、の、ナツキさん、なのです」
「……ふむ? 肉屋から聞いていた話と随分違いますねぇ」
あ……もしかして、秘密のことだったです?
「いいでしょう、アナタが見たもの、全て話してくたさい。えぇ、何を言おうが怒りませんよ、真偽はワタシが判断します」
秘密にしなきゃ、と思うのに、お薬のせいで頭がぼーっとして、聞かれること全部、話してしまったです。ナツキさんダインさん、ごめんなさい……
次の日、管理人さんは難しい顔になって一日中どこかに出かけていたです。久しぶりに燃料を五粒食べずに済んだですが、何だか慣れてしまっていて、一食に二粒では全然足りなくなってしまっていたのです。結局朝昼晩と全て四粒も食べてしまって……大変です、ぐうたら生活は堕落を生むというのは本当だったのです。
帰ってきた管理人さんはとっても上機嫌に、「仕込みが上手くいった」と喜んでいたです。何の仕込みなのです?
毎月、管理人さんはオペレーター認定試験を見に行くです。「かねづる」「かも」になりそうなダメ人間を探しにいくんだとか……よくわからないのですが、管理人さんが悪い顔をしているときは、あんまりいい話ではないのです。
いつもはこの飼育場で一番優秀なドールを連れていくですが、今月はなんとわたしが選ばれたです。もちろん、わたしが一番優秀なわけがないのです。
「今回は特別です。仕込み――もとい、あの小娘の戦いを共に見物しようじゃありませんか、えぇ」
なんと、ナツキさんが試験で戦っているところを見せてくれると言うのです。一体どうして、今日の管理人さんはこんなに優しいのです? どうしてこんなにうきうきしているのです?
「管理人さんは、ナツキさんに合格してほしくないんだと思ってたです……」
「当然ではないですか、えぇ。後ろ盾にあの肉屋がいる、金の湧き出る泉ですよ? 合格などさせて失うわけにはいきませんよ。ワタシは、あの小娘の絶望を観劇しにいくのです――そして、アナタの絶望も」
「えっ……」
ぜつ、ぼう?
「仕込みは万全です。万が一今日合格されてしまっては、ワタシには1リューズも入らないのですよ、えぇ。支払いを月末締め、契約満了をアナタの引き取り時にしてしまいましたからねぇ……」
「仕込みって……試験の邪魔をするつもり、なのです?」
「なぁに、今日のワタシはただの観客ですよ、えぇ。訓練用の卵に一つ闇市の輸入モノの改造聖片が混入していたとして、それは軍の管理が杜撰なだけだと思いませんかぁ?」
何を……言っているのです? 管理人さんは一体、何をしたのです?
「49番、アヴローラの地下深くに生息すると言われる神獣、《迅雷水母》を知っていますかぁ?」
突然話が変わったのです。
アヴローラなんて危険な場所、足を踏み入れたことすらないのです。わたしが首を横に振ると、管理人さんは得意げに解説を始めたのです。
「小型の神獣でしてねぇ、えぇ、ちょうど軍が使う演習用の神獣レプリカと同じくらいのサイズの。しかしこれが実に凶暴、近づく者全てを銃弾のごとき触腕の刺突で刺し殺し、素早い獲物には罠を張って絡め取り、体内で生成した雷を流して仕留めるという……えぇ、まあワタシも見たことはないですがねぇ。調査団メンバーの話によれば、学習能力まで高いそうで。分類はA級ですねぇ」
「……つよそう、です」
「そうですねぇ。アイオーンを使ってすら、攻撃する度に電気ショックが返ってくるとか。幸いホロウベクタの網は抜けられないようですから、街に攻め込んでくることはないでしょうが……えぇ、本当に、闇市には何でもあるものですねぇ」
何の話をしているのでしょう。そんな神獣、ナツキさんには全然関係ないはずなのです……
「全く、感染個体のくせに察しが悪いですねぇ。今日あの小娘が戦うことになるのは、アヴローラで捕獲された本物の《迅雷水母》ですよ」
「……えっ!?」
アイオーンもなしに本物のA級神獣と戦うなんて、とんでもない無茶です。そんなことあっていいはずがないのです!
「だ、だめです! そんなことしたら、ナツキさんが死んじゃうです……!」
「えぇ、それが何か? あんな知らない小娘一人の生死にワタシは頓着しませんよぉ」
「ふぇ……だっ、だって、管理人さんはお金が欲しくて……」
「ごちゃごちゃとうるさいですねぇ。全く、《塔》の契約システムまで説明しなければ分からないのですかぁ?」
管理人さんは溜息をついたです。しまった、怒られる――と首を竦めたですが、管理人さんはニタリと得意げに笑ったのです。
「未成年が《塔》の仲介で契約を交わし、その後不慮の事故で命を落とした場合――特に金銭契約の場合、支払いの履行義務はその保護者に移るんですよぉ! この場合保護者はあの守銭奴肉屋! 支払い期間はワタシがアナタを手放すか、アナタが星に還るまで! えぇ、えぇ、我ながらなんとも妙案! ワタシはアナタを一生手放しませんし、処分しませんよぉ! 喜びなさい、49番ッ! 食事と寝床と服程度、いくらでもくれてやりますともぉ!」
そんな。そんなこと、許されるわけないのです。
「そんなものいりませんです! だから、ナツキさんをたすけ」
「黙りなさい49番! ドールは人間に従う、基本原則すら忘れたとは言わせませんよッ!」
「っ……、で、でもっ……ドールは人間を守る、です……」
「減らず口をッ! アナタの現管理者はワタシですよぉッ!」
パァン、と勢いよく頬を叩かれたのです。久しぶりのその痛みは、とってもつらくて、涙が出てきてしまって……これだから感染個体は、と怒られながら、試験会場に連れていかれたです。
ナツキさんに、伝えなきゃ。どうすれば管理人さんから逃げて、ナツキさんのところに行けるか――そう考えた途端、首輪が嫌な音を立て始めたのです。これ以上考えたら、痛いバチバチに眠らされてしまうです……うぅ、どうしたら……!