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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅳ ネコとクラゲとハリセンボン
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二次試験 Ⅰ

 翌日、二次試験の会場として案内されたのは、隔壁の中に浮かぶ小さな円形闘技場だった。直径20メートルくらいの舞台が中央にあり、それを見下ろすように周囲の少し高い位置にすり鉢状の客席が設けられている。天井はドーム状の金網だ。

 ナツキたち受験者は、中央の舞台上に集められている。試験監督が来るまでここで待機らしい。試験は絶対評価だそうなので、お互いギスギスするようなこともなく、近くの受験者と雑談したりしている。

 そして、毎月行われている試験だというのに、やたら観客が多い。満席というわけでもないが、ざっと百人くらいには見下ろされていた。


「こんなに見に来る人いるんだ……」

「先輩オペレーター連中と、武器屋、鍛冶屋、ハンターパーティ……あとドール業者だな」


 ナツキの呟きにそう返したのは、隣に立っていた大人の女性だ。金属鎧に身を包んだ、見るからに戦士という風貌と隙のない立ち居振る舞いで、既に戦闘経験が豊富なことが分かる。腰に長剣を提げていた。


「分かるの?」

「ん? ああ。私はこれでもハンター歴は10年になるからな。顔なじみが多いのさ」


 そう言いつつ、彼女は観客席のどこかに向けて軽く手を挙げた。友達でもいたのだろうか。


「みんな何しに来てるんだろ。そんなに見応えある試験なのかな?」

「いいや……私達は未来の顧客、仲間、もしくはライバルだからな。どいつもこいつも情報収集に余念のない奴らだ、手の内を否応なく晒すことになる二次試験は格好の狩場なのだろう」

「あー……なるほどね」


 確かに言われてみれば、観客達に熱狂した雰囲気は全くない。冷静に、自分の利益を求めて情報収集に励みにきたのだろう。

 よく見ると、観客席のあちらこちらで、似た雰囲気の観客達がクラスターを作っている。あちらはハンター、あの辺りでドールを連れているのが先輩オペレーター、それから……親方の集いみたいなむさ苦しい集団は、鍛冶師達だろうか。


「……あ、ダインとヘーゼルさんだ」


 ハンターの集まりと鍛冶師の集まりの間あたりに、二人の姿があった。目線が合ったので笑顔で手を振ってみたら、何故か揃って苦笑を返された。……リリムがやらかした「黒魔術」や「殴っておいた」が関係していそうな気がする。ごめんよ二人とも。


「ああ、《ユグド精肉店》のギルマス兄妹か。最近何かでかい金を動かしたらしいな」

「そ……そうらしい、ね」


 ギルドはダインの運営しているものだけではない。この口ぶりでは、彼女は別のギルドに所属するハンターなのだろう。


 適当に誤魔化しつつ他の観客を観察していると、少し離れた位置にやたらギラギラした、しかしドス黒い雰囲気の集団があることに気がついた。恐らく離れた位置に集まったのではなく、他の人々が彼らから離れていったのだろう。

 ドールを連れている者が多いのでオペレーターの一派か何かかと思ったが、あまり戦い慣れているようには見えず、小綺麗な服を身にまとった者がほとんどだ。レンタドール社の管理人も似たような服を着ていたことを思い出し、恐らくドール関連業者の人間だろうと当たりをつける。

 ⋯⋯わざわざドールを連れてきているのは、合格者にその場でドールを売りつけるためだろうか。


 その輪に今、見覚えのある顔が加わった。


「あいつ……!」


 レンタドール社の、管理人の男。そして彼の後ろについて歩いているのは、黒髪の猫耳少女――アイシャだ。

 アイシャは中央の舞台に視線を向け、ナツキに気づくと、心配そうな表情になってこちらを見つめてきた。


「(大丈夫、そんな難しい試験じゃないらしいから。ちゃちゃっと片付けてアイシャを迎えに行くから、待っててね)」


 安心させようと、そう《念話》術をアイシャに飛ばした。アイシャは微笑んでくれるかと思いきや、焦りを募らせた様子で首をぶんぶん横に振った。


「(アイシャ?)」


 《念話》術は、相手が練気術を使えないと会話が一方通行になってしまう。アイシャが何かを伝えようとしているのは分かったが……


「(油断するな、かな? 大丈夫、手は抜かないよ)」


 アイシャは少し考え込んだあと、心配の抜けていない表情でぎこちなく頷いた。

 アイシャの視線の先を追ったレンタドール社の管理人が、ナツキを見つけてニタァと嫌な笑みを浮かべる。どうせ一発合格するわけがない、数ヶ月はアイシャの生活費という名の暴利を貪ってやる――とでも思っていそうな顔だ。


 しばらくすると、一次試験と同じ試験監督が中央フィールドに入ってきた。


「静粛に! これより二次試験を執り行う!」

 

 場がシンと静まると、試験監督と共に入ってきた兵士が、小さな白い球体を受験生に配り始めた。


「現在配布しているのは、神獣の卵である」

 

 いきなりそんなことを言われ、既に球体を手にしていた受験生は危うくそれを取り落としそうになっていた。神獣の卵だって?


「当然ながら、神獣は卵生ではない。これは軍で対神獣戦の演習に使われる聖片(サクラメント)であり、地面に叩きつけて割ることで神獣のレプリカが出現するものだ」


 ナツキの手にも同じ球体が渡る。じっと観察しても、ただののっぺりした白い球でしかない。


「さて。ドールは神獣を屠る機能に特化した調整を施されたラクリマであるが、そのドールを制御するオペレーターに求められるのは、戦況判断の速度と的確性、即応性、そして――ドールより先に死なないための危機回避能力である」


 受験生一人一人の顔を見ながら、試験監督は語り始めた。


「ドール行動原則その1、ドールは神獣を殺す。その2、ドールは人間に従う。その3、ドールは人間を守る。以上が全ドールに課せられた三大原則であることは、諸君も知っていよう」


 知っている。アイシャのオペレーターが彼女を言いくるめて人殺しをさせようとした時のやつだ。

 まるで講義のように、試験監督は話を続ける。


「ドールは三大原則を含む行動原則群とオペレーターの指示に基づいて行動するが、有象無象のオペレーターは神獣の討伐よりも自身の警護を優先するよう指示を出しがちだ。その考えは分からなくはないが、正しき運用ではない」


 それはそうだ。ドールに戦わせて後ろから指示を出しているだけなのだから、せめてドールの足手まといにならないようにしなければただのお荷物でしかない。

 しかし受験生のほとんどはそうは思わなかったようで、場に動揺が走った。


「ドールとは剣であり、盾ではない。自分の身は自分の意思と力で守り、ドールは神獣を屠ることに全力を発揮出来る状態に置くことが望ましい。そのために聖石兵装(サクラム)が開発されたわけだが……道具があっても、使いこなすにあたって基礎能力が伴わなければ技術の無駄使いと笑われるのが関の山だ。昨今、そのような無能なオペレーターが増えてきており、軍としては誠に遺憾である」


 知らない単語が当然のように出てきた。聖石兵装(サクラム)――神獣の攻撃を防げる武器なんだろうか。


「そこで今月の試験では、危機回避能力の評価に重点を置くことになった。諸君には、その卵から孵った神獣レプリカの攻撃を10分間、防ぎ、躱し、妨害し、耐え忍んでもらう。なお、何が孵るかは卵により異なるが、よほど馬鹿なことをしない限り死ぬことは無いだろう。無防備に攻撃を受け続けたとしても大怪我程度で済むように加減されている」


 大怪我をする可能性があると言われ、受験生達の間に緊張が走る。


「10分の経過、自発的な降参宣言、気絶のいずれかにより試験は終了とする。何か質問は――ふむ、何かね」

「危機回避能力を問う試験という話だが、倒してしまっても構わないのだろうか?」


 手を挙げてそう聞いたのはナツキの隣の女戦士だった。おい、それフラグだぞ。


「フ、当然それも危機回避の手段と言えよう。故に構わんが、レプリカとは言えアイオーンも聖石兵装(サクラム)もなしにそう易々と倒せる相手ではない、とは言っておこう」

「ふむ、承知した」


 女騎士が納得して下がったのを見て、試験監督は「早速始めるぞ」と受験生たちを壁際へと下がらせた。


「受験番号1番の者、中央へ」


 その声に従って円形フィールドの中心へ向かったのは、20代くらいに見える男だった。緊張した面持ちで短剣を抜き、空いている手で卵を持つ。


「卵が割れた時刻から計測及び評価を開始する。覚悟が決まり次第、始めよ」


 男は一度深呼吸をして、卵を他の受験生のいない方の地面へと叩きつけた。

 ――コォン、という澄んだ音と共に卵の周囲に桃色の光の魔法陣が現れ、回転を始める。


「召喚魔法……!」


 ラグナで何度となく見た形式の魔法陣だ。敵も味方も関係なく使っていた、魔法生物を作り出し使役するための魔法。

 つまり自分たち受験生が手にしている「神獣の卵」は、「叩きつける」という行動をトリガーに込められた召喚魔法を発動する、立派な魔術具だ。しかし使用者の魔力を用いない魔術具で召喚された魔法生物には、主たる存在が定義されない。魔術具から供給されるマナが切れるまで、設定された本能のみに従い行動する。その性質を訓練に使っているということか。


 男が割った卵から召喚されたのは、八つ足の白虎――ナツキが初めて戦った神獣を、そっくりそのまま高さ1メートルほどまで縮めたようなものだった。

 男は先手必勝とばかりに短剣を振り下ろしたが、すぐさま振るわれた蛇尻尾に手首をはたかれて得物を取り落としてしまった。それを拾おうと白虎から視線を逸らしたところでもう一撃、首筋に蛇尻尾の横薙ぎを食らう。男はあっという間に昏倒してしまった。

 それと同時に白虎の姿が消え、フィールドには動かない男と小さな白い玉だけが残った。

 男が気絶したところで、魔術具からのマナ供給が絶たれることはない。一瞬で白虎が消えてしまったことに違和感を覚えたが、


「ん⋯⋯あれか」


 試験監督が手に何か黒い球体のようなものを持って神獣に向けていたことに気づいた。遠隔操作の魔術具だろう。緊急時の安全もちゃんと確保されているということだ。


「終了。次、2番、中央へ!」

「はっ、はいっ!」

 

 今のは受験生の男が弱すぎたし迂闊すぎたが、10分耐久どころか開始10秒で昏倒させられてしまった男を見て、他の受験生達は慄いているようだった。

 そして試験は番号順らしい。ナツキは21番である。しばらくは暇だ。のんびり観戦してみるとしよう。


 防御に徹して数分間耐える者、倒しに行こうとして返り討ちに遭う者、受験生の戦い方は様々だったが、誰一人として神獣レプリカを倒しきることはなかった。そして神獣レプリカも多種多様だったが、どれもこれも大して強くはなさそうだった。よく観察すれば倒し方は分かりそうなものだが、受験生は皆、未知の怪物に対する観察眼が鍛えられていないのだ。

 このレベルなら楽勝だろうが、油断するなとアイシャに言われたばかりである。気を引き締めていかねばならない。


「次、20番、中央へ!」


 試験は順調に進み、ナツキの隣の女戦士が呼ばれた。彼女は中央に悠然と歩を進め、特に躊躇することもなく流れるように卵を地面に叩きつけた。

 召喚された神獣レプリカは、竜の尻尾が生えた熊のような奇怪な姿をしていた。脳内で勝手ににトカゲグマと名付ける。


「……私は剣士なんだがな」


 トカゲグマは体が鱗で覆われており、防御力は高そうだ。あのままでは剣も通りにくいだろうから、まずは打撃でどこかしらの鱗を粉砕する必要があるだろう。女戦士もそう思ったのか、少し不満げな顔になって剣を鞘に戻した。

 彼女が持っている武器は剣のみだ。どうするのかと思っていたら、


「フンッ!」


 トカゲグマが動き出そうとした瞬間に地を蹴り、瞬間移動かと思うほどのスピードで懐に入り込み、


「セイヤァ!」


 正拳突きを一発、鱗に覆われた腹部に叩き込んだ。

 モロに攻撃を受けたトカゲグマは鱗の破片を散らしながら数メートル後ろに吹き飛び、ひっくり返る。他の受験生たちがどよめいた。


「え、人間……だよな?」

「バケモンかよ……」


 彼女の動きは、この世界の一般的な人間の範疇を明らかに超えている。ラグナなら亜人族も含めれば一般的と言えるレベルではあるが、通常の人間が素手であの速度・攻撃力を出そうと思えば、エンチャントされた防具なり魔法や練気術なりが必要だった。

 《気配》術で周囲の空間を探ってみると、女戦士の周囲に僅かにマナの痕跡が見て取れた。恐らくは強化魔法の類だが、魔力が放出された気配は感じなかった。最近魔法に触れていなさすぎたせいで勘が鈍ったかと首を傾げていると、


「……聖石兵装(サクラム)か」


 そう試験監督が呟いた。それに対し女戦士は、神獣から視線を離さずに返答する。


「そうだ。戦える装備で、という指定だったからな。問題があるなら使わずとも構わないが……?」


 魔法を使ったはずなのに魔力反応もなく、効果とその残滓だけが観測できる武器――そんなもの、ラグナの魔法戦なら反則級のチートだ。早めに調べておかねばなるまい。


「いいや結構。充分使いこなせている。……ああ、それから君は合格だ、いつでも試験を終了して構わない」

「そうか。では降参しよう」


 女戦士はあっさりとそう宣言し、スタスタとこちらに戻ってきた。全員の終了を待たない合格宣告とそれに全く動じない女戦士の態度に、周囲がざわめき視線が集まる。当の彼女はどこ吹く風だ。


「すごいね」

「なに、道具の力だ。私自身の力ではない」


 賞賛を贈ったら、涼しい顔で謙遜が返ってきた。この女戦士、戦士と言うより騎士だ。馬に乗せたいが、この世界は馬がいないんだったか。


「ねえ、お姉さん」


 少し話を続けて聖石兵装(サクラム)について聞き出してみようと声をかける。


「お姉さんはなんでオペレーター試験なんて受けてるの?」

「……フ、君がそれを問うのか?」


 お前が言うなと。まあうん、我ながら盛大なブーメランだとは思うが――


「静粛に! 次、21番!」

「あ、そうか」


 番号順なのだから、次は自分の番だった。

 健闘を祈る、とエールを送ってくれた女騎士に礼を告げて、フィールドの中央へと向かった。

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