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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅳ ネコとクラゲとハリセンボン
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リリムの過去と黒魔術

 そして翌日――結論から言ってしまえば、一次試験は実に簡単だった。簡単な文章読解と算数に性格診断と社会常識検定を加えたような問題構成で、しかも選択問題のマークシート式。単に明らかに「ヤバい」奴を落とすための足切りなんだろうな、という感じだった。ダインに対策してもらったようなこともほとんど出ず、自力でも問題なかったかもしれない。

 むしろ大変だったのは、試験以外の部分だ。


「お嬢ちゃんどうしたの? お母さんは?」

「えっ、いや、ボクは一人で……」

「すみませーん、迷子っぽい女の子が会場にー!」

「迷子じゃないよ!」

「ふふ、意地張らないの。隔壁は迷いやすいのよ? わたしもまだ迷うもの、恥ずかしくなんてないわ」

「迷ってないんだってば!」

「あらあら。でも、ここはオペレーター認定試験の会場よ? ほら、どこに行きたいの? 近くなら連れてってあげるから」

「ボクの目的地はここだよっ!」


 そんなやりとりを、かれこれ5回は繰り返した。さらには、ようやく席についたとホッとしたのも束の間、試験開始五分前にやってきた強面の試験監督がツカツカと歩いてきて曰く、


「……キミ、罰ゲームか何かかい? これは遊びで受けられる試験じゃないよ、ほら、早く帰りなさい」

「え、罰ゲームなんかじゃないよ! ボクは本気で……」

「なおさらダメだ。オペレーターは危険な仕事だよ。子供が面白半分で手を出しちゃあいけない」

「本気だって言ってるじゃないか!」

「……二次試験は怖い敵と戦うことになるんだよ。試験中の事故で重症を負った例もないわけじゃない。知らなかっただろう? 怖いだろう?」

「知ってるよ! 怖くないよ!」

「おう嬢ちゃん、やめとけって」

「お母さんやお父さんはどうしたの?」

「綺麗な顔してんなぁ……」

「ねぇ、ほっぺ触っていい? ……うわっもちもち!」


 外野までわいわい参入してきてしまい、頭を撫でられ頬をつままれ、最終的には試験監督をその場で一本背負いして全てを黙らせた。……あれで減点されてないといいけど。痛くないように床に着く前に制動はかけたし、大丈夫……だと思っておこう。


 試験を終えて隔壁の表面デッキに出ると、見知った顔がいた。


「お、ナツキちゃん。お疲れー」


 というか、昨日会った顔。


「リリムさん! どうしてこんなとこに?」

「もちろん、ナツキちゃんに会いに来たのだよー。いざ、昨日の戦果報告をば」

「戦果……って」


 まさか本当にダインに直談判したのか!?


「ち、違うんだよ!? ボクがオペレーターになるのは借金返済のためじゃなくて!」

「あーうん、聞いた。うん、ナツキちゃんらしくていいと思うよ、理由」


 ちょっと端の方行こっか、とリリムは表面デッキの手すりを指差した。……ドールを助けたい、なんて話を軍の施設の目の前でするのは避けたいんだろう。


「……ナツキちゃんはさ、すごいよ」


 手すりに肘を乗せ、フィルツホルンの街並みをぼんやり眺めながら、リリムは小さくそう呟いた。


「リリムさん?」

「昨日の話の続き。あたし、オペレーターだったって言ったでしょ? なのに何で今、町外れの小さな診療所なんかやってるのかって話。……ナツキちゃんがオペレーターになるなら、話しておかなきゃって思ったんだ」


 確かに、聞いていない。しかし楽しい話にはならないだろうことは、声色から察せられた。


「きっかけはさ、感染個体だったんだよね、ドールのさ。識別名は、クレア=セス=バニル……忘れられない、忘れちゃいけない名前」


 リリムの目は、遠くを見ていた。フィルツホルンの街並みを超えて、どこかもう届かないほど遠くにある、何かを。


「あの頃はさ、『感染個体』なんて言葉すら知らなかったんだ。ドールはみんなただの武器で……あたしにとっては乗り物かな。スピードブースター型のアイオーンつけてさ、機動力を上げるための装備として使ってた。……道具、だったんだよね」


 知っている。それがこの世界の、常識だ。


「それが一体、使いすぎて壊れちゃってさ。……あ、ごめんね、ひどい言い方してるけど……あのときのあたしはほんとに、それくらいにしか思ってなかったんだ」

「うん」


 分かっている。今のリリムはそんな風には思っていない。


「そこそこ愛着はあったけど、まあ寿命かなーって。新しいのと契約しなきゃって思ってたら……どっかの在庫処分セールだったかなー、たまたま目に入ったんだ。ジャンク品、感染個体、って札を首から下げた、一体のドール……真っ白な髪で、ウサギみたいな耳つけて、俯いてた」


 懐かしい光景を思い出すように、リリムの目が細められる。


「見た感じは他のドールと同じなのに、めちゃくちゃ安くてさ、なのに売れ残ってて、逆に気になったんだよね。何でこんなに安いんですかー、って売り子さんに聞いて……感染って言葉の意味を知った。不具合とか不良品とか失敗作とか……そんな修飾つきで、さ」


 やはり、感染という概念は一般のオペレーターには正しく理解されていないのだ。印象操作をしても売り子にはメリットがないことを考えると、売り子にすら感染個体を出来損ないだと思い込ませるほどの情報統制が裏にあるのだろう。


「あたし単純だからさ、自分で考えて動けるなら命令出す必要ないじゃんって、即決で契約して……あはは、帰ったらヘーゼルにはちゃめちゃに怒られたっけ……」

「……自分で考えて動けるのって、何がそんなにダメなの?」


 それは少し気になっていたところだ。単純に考えれば、自律行動ができるというのはむしろメリットだと思う。首輪があるのだから、ことさらに反逆を恐れる必要もないだろうに。

 問いかけに対し、「やっぱりそう思うよねぇ」とリリムは笑った。


「んーとね……神獣との戦いって基本的にスピード勝負でさ。迷ったら死、考える暇があったら攻撃、くらいの気持ちで臨まなきゃいけないの。あとね、大抵の神獣はもう倒し方のセオリーが決まってるんだ」


 事前にパターンを組んで命令しておけば、普通のドールはそれを忠実に実行する。しかし感染個体はいちいち行動に自意識と感情が絡むせいで、そこが遅れて、セオリーからズレていく。特に大物相手の集団戦では、連携が難しくなるせいで致命的。

 ――そんなことを、リリムはすらすらと答えてくれた。ダインも教えてくれなかった、現場で戦うオペレーター視点の理屈を。


「だから、感染個体は量産兵器としては不良品。……ね、理屈としちゃ間違ってないでしょ?」

「間違っては……ない、ね」


 必ずしも人間にできないことではない。しかし恐れや迷いを抱かず作業のように的確に「セオリー通りに」戦えるようになるには相当な訓練と慣れが必要だし、集団戦なら仲間との信頼関係も大切になる。ナツキとて、いつもの勇者パーティ・いつもの装備で戦ったことのある相手と戦うときくらいしか、その境地には至れないだろう。

 つまりドールに求められているのは臨機応変な即応性ではなく、ロボットのように、ゴーレムのように、ただ決められたルーチンに沿って戦う精密性なのだ。……そして実際にロボットやゴーレムを作るより、無限に湧いてくる命を改造するほうが低コスト、と。嫌な話だ。


「で、その感染個体と契約して、一緒に戦って……まー詳細は省くけど、情が移っちゃったんだよ。こんなの人間じゃん、もはや友達じゃん、って。でも言ったとおり、集団戦じゃあたしたちはお荷物でさ。契約し直せって、役立たずは捨てろって……何度も……言われてさ」

「リリムさん……」


 リリムの声が震えていた。


「クレアは悪くないのに……あの子、ごめんなさい、ごめんなさいって……あたしが契約しなきゃ、あんなひどいことされなかったんじゃないかって……解約しようかなって、思ったり、してさ」


 きっと今口に出したこと以上に酷い扱いを受けたのだろうことは、想像に難くなかった。アイシャやそのオペレーターの周辺を見ていれば、嫌でも分かるというものだ。


「でもそのときにはもうさ、知ってたんだよね。解約されて、売れ残り続けたジャンクドールがどうなるか。だから……手放さなかったよ。クレアもそれを望んでた。集団戦は避けて、クレアと一緒に戦い続けて……それで最後、どうなったと思う?」


 その問いかけは、ナツキに答えを求めるものではなかった。


「普通に戦死? あたしを守って散った? 他のオペレーターやドールに殺された? ……あのね、全部違うんだ。この話の結末は……結末はね……」


 少し間を置いて、あはは、とリリムは笑った。何もかも諦めたように、何も出来なかった自分を嘲るように、この世界の不条理を呪うように、笑った。


「《塔》の『砲弾』徴収令がさ、出たんだ」


 そう吐き出された声に、感情は乗っていなかった。


「ホロウベクタが一基、基盤ごと突破されたんだ。神獣の侵攻を食い止めるために、大量のドールが……ギフティアすら『砲弾』になったって聞いたよ。でももちろん、戦いの役に立たない感染ドロップスは最高優先度。そりゃそうだよねぇ、だってあの子たちがまともに兵器として戦える唯一の機会だもん」


 否、感情が乗っていないのではない。その奥には怒りが渦巻いていて、しかしそれを表出させるわけにはいかないと、理性と常識で包み込んで見えなくしているだけだ。


「あたしがクレアを大事に抱えてるってことは、あたしの知り合いはみんな知ってた。これ幸いってみんなあたしに催促してきたよ。正気に戻れ、現実を見ろって……あんた達の方がよっぽど狂気まみれの現実目逸らし野郎共だよって、何度も言いかけた」


 ……それは、自分ならそっくり同じことを言っているはずだ。


「言えなかったよ。そんなこと言って、《塔》に告げ口されたら反逆罪だもん。……うん、そう。怖かった。死ぬのがさ、怖かったんだよね……クレアだって怖いはずなのにさ……自分の身が、かわいかったんだよ。代わりにヘーゼルに当たり散らして、わんわん泣いて……そんなことしたって、どうにもならないのにさ」


 どうにもならなかった。何をしてもダメだった。助けられなかった。リリムは繰り返しそう呟いた。


「で、結局、連れてったよ。教会……《塔》の窓口にさ、いつもコアを提出してた場所で、クレアを差し出して……お金をね、もらうんだ」


 《塔》の意思に逆らえば処刑される、それがこの世界の常識。ナツキがまだその対象になっていないのは、ダインやラズ、《子猫の陽だまり亭》の面々が半ば共犯者として黙ってくれているからだ。


 ――てめぇは《塔》の理不尽を何も知らねェんだ!


 そう、ダインが怒鳴っていたのを思い出す。確かに自分は何も知らなかった。分かっているつもりで、分かっていなかった。そして今、一つ……知った。


「……クレアは笑ってたよ。僕にも役に立てることがあったんですね、って。だから幸せですって……そんなはず、ないのにさぁ……」


 手すりを掴むリリムの手に、ぎゅうと力が籠るのが分かった。


「だって、『砲弾』は……『砲弾』はさ……」


 砲弾。リミッターの外れた自爆装置のような剣に括り付けられて、神獣に向けて射出される、不要ドールの廃棄処分方法。ダインはそう言っていた。


「リミッター解除とか大砲に詰めるとか……よくもまあ考えたもんだよね、そんな()()()設定……」

「え……違うの?」

「間違っては……ないよ。うん。言えないことを、言ってないだけ……ごめん、あたしもこれ以上は言えないや」


 リリムは何かに押しつぶされそうな、苦しげな笑顔を見せた。

 簡単には話せないようなことを知ってしまったがために、彼女は苦しんでいるのだ。話して楽になるなら話してほしいと思うが――彼女の声色はナツキを気遣っているものではなく、ぶちまけてしまいたいのにどうしようもない理由があって声には出せない、というような苦悩を抱えていた。


「……でも、これだけは覚えておいて。どうせ死ぬしかないなら『砲弾』で一思いに死んだほうが苦しみが少ないだろうとか、本人も最期は世界の役に立ちたいって言ってるからとか、そんな理由で『砲弾』にドールを捧げないで。罰金を払ってでも、あなたの手で優しく殺してあげて。いずれ本当のことを知ったとき……死にたくなっちゃうから、さ」


 ……あたしみたいに。

 そう心の中で続いているのだろうことは、顔を見れば分かった。

 もともと『砲弾』に誰かを差し出すようなことをするつもりはなかった。そしてもしそんな状況になったなら、そのドールが死ななくて済む道を探すだろう。――しかしそんな本音は、理想は、言えなかった。きっとリリムだってそう思って、探しに探して、どうしても見つからなくて、諦めたのだから。

 だからただ、頷きを返した。


「ん、ありがと。話が逸れまくっちゃったけど、それであたしのオペレーター生活は終わり。他の連中ともうまくやっていけそうになかったし……他のドールもほんとはクレアみたいに心を持てたはずなんだ、でも心があるってほんとに幸せなのかな、とか考えちゃって、ね。何も分からなくなっちゃったんだ」


 ラクリマにとって、心を持つことは幸せか否か。

 幸せであるべきだ、と思う。しかし現状のこの世界においてはそうではない。

 だから、変えなければならない。


「ナツキちゃんはさ、あたしが目を逸らして逃げ出してきちゃった暗闇が、灯りなんてどこにもない、ほんっとーにどうしようもないものだって知ってるのに……わざわざ自分から飛び込もうとしてる。すごい、ほんとにすごいよ。嫌味じゃなくてさ……あー、でも……これは嫉妬なのかな。あたしにはもう、無理だから……」

「灯りなら、あるよ。2つも」


 ここにあるじゃないか。ナツキとリリム、二人分。

 そう視線を向けると、リリムは一瞬息を飲んで、あはは、と力なく笑った。


「……ナツキちゃんは、強いね。ダインさんの言ってたとおりだ」

「へ? ダインが?」

「ん。……あ、そうだ。忘れるところだったよー。はいこれ、戦果」


 そういえば、戦果報告のために来たとリリムは言っていた。

 今の一瞬でいつも通りの雰囲気に戻ったリリムから、二つ折りの紙を渡され、中を検める。


 ――請求書。


「戦果って、またボクの借金増やしてきたの!?」

「違うよー、よく見て。それは修正版。治療費の」

「えっ?」


 リリムに促され内容をよく確認すると、確かにそれはナツキの治療費の請求書で、古いほうは破棄すると書かれていた。元の額は1200万強だったが、修正額は――


「――200万リューズ!? う、嘘でしょ? 1000万リューズどこに消えたの!?」

「ふふーん、驚いたか」

「そ、そりゃもう……リリムさんが代わりに払ったとか、そういうのじゃないよね!?」

「あはは、自由に使える1000万なんて持ってないよー。まあ何ていうか、黒魔術かなー。ナツキちゃんは知らなくていい類の……あ、あとヘーゼルも一発殴ってきたからねぇ、剣の方も払わなくていいよ」

「えぇ!? ヘーゼルさん何も悪くないよ!?」


 ヘーゼルには今度いろいろと謝らないといけなさそうだ。

 というかリリム、一体何者なのか。黒魔術とは……?


「あ、そろそろ一次の結果出てるんじゃない? 見に行こうよ」


 追及しようと口を開きかけたところで、リリムに先手を打たれた。説明するつもりはないらしかった。



 リリムと一緒に見に行った一次試験の結果は、53人中6位。合格者は上から50人。まあうん、特に何の感慨も湧かない結果である。そんなもんだろう。

 そんなことより、リリムをナツキの姉だと思って「やっぱり迷子だったんじゃないの!」と話しかけてくる人々の対応に追われたのが大変だった。


「ナツキちゃんが妹……なるほど。なるほどねぇ。よし、今度からリリムお姉ちゃんって呼ぼっか?」

「何言ってるのさ!? いやだよ!」

「えー、つれないなぁ」


 ラムダはお兄ちゃん呼びでからかうことができて面白かったが、この流れでお姉ちゃん呼びするのは……なんか嫌だ。


「さてさて。じゃ、二次試験も頑張ってねぇ、ナツキちゃん。メニューは試験監督の気まぐれ日替わりランチだけど、毒ナイフ投げしかできない13歳のあたしが難なく通過できるレベルだから。きっと大丈夫だよー」


 そう言いながらナツキの頭を撫でて、リリムは去っていった。


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