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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅳ ネコとクラゲとハリセンボン
51/233

みんなのお医者さん ※

 とんでもない額の借金を抱えることになってしまったが、自分の命を助けるために使われた金なのだからどうしようもない。むしろ感謝すべきところなのだろう。

 ハンターズギルドから帰路につきながら、ナツキは請求書に書かれていた8桁もの数字を思い返した。


「1200万……てことは、月30万なら三年半か……」


 遠い道のりに思えるが、それはラズの店で働き続けた場合の基本給だ。ハンターズギルドなら、依頼をこなせばこなすだけ報酬は手に入るはず。それなら片っ端から報酬の良さそうな依頼を受けていけば、そこまで長くはかからないはずだ。しかしそういう依頼はどうせ神獣絡みで、つまりダインの思惑通りというわけだ。

 それは仕方ないとして、一方でにー子との約束もある。無茶はできないし、したくない。そう簡単に返済できるわけもなさそうだ。


「……とにかく、さっさと試験を終わらせてアイシャを助ける」


 そう、まずはそこからだ。契約で縛ったとはいえ、レンタドール社の管理人の男がアイシャに何をするか、分かったものではない。来月に持ち越すのはできるだけ避けたいところである。 

 そして今月の試験の開催日は、もう明日と明後日に迫っている。なんとも急な話だが、ダインからいろいろ教えてもらったし、二次試験については対策のしようもない。きっと大丈夫だろう。


「ただいまー」


 もう夕方だ。今日は一日休みをもらったわけだし、さっさと寝て明日に備えよう、と『子猫の陽だまり亭』の玄関を開けると、


「なつき!」


 とてとてと、もこもこセーターに身を包んだにー子が走って迎えに来てくれた。腕を広げると、中にもふっと飛び込んでくる。

 あれから、何かあるたびににー子はハグを要求してくるようになった。もちろん大歓迎である。にー子はかわいいなぁ。ぎゅう。


「にぅー……あのね、なつき、おかーさん!」

「はぇ!? お母さん!?」


 にー子は母性を求めているのか!? そんなの、応えてあげられるだろうか……子守唄とか歌えばいいのか?


「ん……ちぁう! おかーさん、ちぁう……」


 慌てふためくナツキを見て、にー子も慌てて首を振った。


「に……おか、おきぃ……おきあーくぅさん!」

「おきあ……? あっ、お客さん? ボクに?」

「にぁ!」


 伝わって満足、と言うように、にー子は腕からするりと抜け出してカウンター席へと戻っていった。

 そこでにー子を待っていたのは、常連客の一人……リリムだ。少しピンクがかった金髪のふわふわポニーテール、いつも白衣を着ているお姉さん。身長は低め、胸も控えめ、でもどこか大人っぽい余裕のある、人当たりのいいのんびりマイペースなお医者さんである。

 近所に診療所を持っていて、この辺りでは有名な「みんなのおいしゃさん」的な立ち位置にいる人だ。


「りりむー、にーこ、いえた! おきぁーくぅさん、いえた!」

「すごいすごい! ニーコちゃんすごいよー!」

「にぁーぅ」


 どうやらナツキに来客があったわけではなく、言葉の練習をしていたらしい。


 しかしにー子はいつの間にかずいぶんとリリムさんに懐いたようである。自分のいない間に何かあったんだろうか。


「おかえりぃ、ナツキちゃん。今日もニーコちゃんはかわいいねぇ」

「うん、にー子はかわいい」


 何を当たり前のことを。


「にぁ! にーこ、かーいぃ?」

「ひゃぁ! うんうん、かわいいよー!」


 かわいい、の意味が分かっているのかは怪しいところだが、褒められているのは分かっているようで、にー子も嬉しそうだ。リリムに抱きつかれて頬ずりされているが、抵抗もせずにこにこ笑っている。かわいいぞ。


 で、それはそれとして。


「えっと、リリムさん、診療所は……? 昼休みとっくに終わってるよね……?」


 今は夕方、昼夜のラッシュのちょうど間の時間だ。リリムの他にお客さんはいない。

 

「うっふっふー、閉めてきちゃった」

「何で!?」

「ニーコちゃんに癒されにきた……ってのもあるけど、ナツキちゃんに用があってね、2割くらい」

「8割にー子目当てなんだね!?」

「にぁー、りりむ、おかくぅさん!」


 にー子の「お客さん」はただの言葉の練習というわけでもなかったようだ。


「お客さん少なそうな時間に来たら、ナツキちゃんまでいなくて困っちゃったよー。今日はお休みだったんだって?」

「うん、お休みっていうか……明日ボク、オペレーター認定試験受けに行くんだけど、その準備にね」

「あーオペレーター認定試験。はいはい。今月は明日なんだー……」


 リリムは目を閉じてうんうんと頷き、しばらく沈黙して、


「……オペレーター認定試験!? 何で!?」

「にぅっ……」


 まあなんと言うか、予想の範囲内の驚きっぷりを見せてくれた。

 ついでに近くで大声を出されたにー子がびっくりして逃げ出してしまった。


「ああっ、ニーコちゃんごめんね! って、ナツキちゃんオペレーターになるの!? ひ、陽だまり亭は……? あたしの癒しはどうするの……?」

「そこ? そこなの? リリムさんの場合にー子でよくない?」


 まるでこの世の終わりかのように青い顔になったリリムは、真剣な眼差しをこちらに向けた。


「違うよ。ニーコちゃんはもふもふぎゅーして癒されるタイプで、ナツキちゃんはちっちゃいのに頑張ってるのを見て癒されるタイプなんだよ? もっと自覚を持ってくれないと困るよー」

「知らないよ!」


 いやマジで知らないよ。何だそれは。


「っていうか、ボクがオペレーターになること自体については驚かないんだね?」

「んーまぁ、《同盟》の幹部をドアごと吹き飛ばすの見ちゃったしねぇ……」


 あ、ダークなんとか同盟、《同盟》って略しちゃっていいんだ。今度からそうしよう。


「なぅー」


 とてとて、逃げたはいいが暇過ぎてつまらなくなったのだろうにー子が戻ってきた。リリムではなくナツキによじ登ってくるのを見て、リリムは少し残念そうに眉を下げる。にー子は大声で驚かされた人間にはしばらく近づいてくれないのである。


「やーでも、あれはすごかったよねぇ、あたしがメス投げようと思ったらもう奴らの目の前にいるんだもん。ね、ニーコちゃん」

「にー?」

「そりゃだってあいつらにー子を……え? 今メス投げるって言った?」


 にー子に当たったらどうするんだ。というか何でメス持ち歩いてるんだよ。そもそもメスは投擲具じゃない!

 ツッコミ三連撃を込めたジト目を向けると、リリムは楽しそうに笑った。


「あはは、大丈夫、外さないよー。これまで何千回と投げてきたもん、針の穴だって通してみせるよ」

「針の穴はメスより小さ……ちょっと待って。ボクの知ってるお医者さんはそんな職業じゃない!」


 もう何から突っ込めばいいのやら。一体どこまで冗談で言っているのか――


「ありゃ、言ってなかったっけ。あたし、元はオペレーターだよ?」

「…………へぇっ!?」

「にっ……んなーっ!」

「あっ、ごめん」


 にー子の耳元で叫んでしまった。ごめんごめん。痛い痛い。たたかないでにー子。いや、それよりも。


「あはは、初めて聞いた人、みんなそんな顔するよ」


 リリムは穏やかな顔を綻ばせて笑った。


 いやいやいやいや? この優しくてにー子大好きなリリムさんが? あの邪智暴虐の群れみたいなオペレーター連中の一角?


 この前アイシャには、アイシャに辛く当たるオペレーターなんて氷山の一角に過ぎないかもしれないと言ったけれど、実際割合的には九割以上似たようなもんだろうなと思っていた。だと言うのに、こんな身近なところに反例がいるなんて。


「オペレーターになる前はハンターだったよ。両親がハンターでねぇ、あたしも10歳くらいかな、ハンターになって。その頃から夢はお医者さんだったから、治療師見習いみたいな感じでついていってさー。薬草の勉強とかしながら……いや楽しかったよねー、自分で調合した毒塗ってね、ナイフ投げるの。大きな猛獣がいきなり血吐いてみるみるうちに弱ってくんだよ」

「ねえ、夢、ほんとにお医者さんだった?」


 マッドサイエンティストの間違いでは?


「そんでいつだったかなー、13歳くらい? ヘーゼルに誘われて一緒に支援部隊のオペレーターになって、神獣にも効く毒作って前線でバカスカ投げまくってたねぇ。この頃はもう投げるのはメスだったかな。ヘーゼルお手製の毒メス。ドールにおんぶして走ってもらってね、大きな神獣とすれ違いざまにこう、トスッ、て」

「ねえ、それほんとに支援部隊だった?」


 状態異常(デバフ)特化の回避ビルド前衛では? というか毒メスって。医療器具に毒を塗るな。


「そんな思い出ももう5年前だよ。はぁ、時は残酷だねぇ」


 カウンターに肘をつき、しみじみ、と年寄りみたいに息を吐いてみせた。

 ん? 5年前に……13歳?


「……えっリリムさん今18歳!?」

「ん? そだよー。ヘーゼルのいっこ下」


 医者という割には若々しい人だなとは思ってはいたが、まさか成人前だとは。年下かよ。何が大人っぽい余裕を感じるだ、自分の子供っぷりに我ながら呆れ――いや、今は子供だが。

 というかヘーゼルって、確かダインの妹で……何か忘れているような……


「あ、そうだー、忘れるところだった。ナツキちゃんに用事ってのがね、はいこれ。ヘーゼルからお手紙。なんか請求書らしいよー?」

「請求書? ……あっ、そうだ! 剣!」


 ダインの妹でギルドの鍛冶師のヘーゼルさん!

 レンタルした剣、森の中に投げ捨てたまま回収してない!


 受け取った手紙を恐る恐る開くと、


『なんか大変だったみたいだけど、決まりなので! ごめんね!』


 そんな文言と共に、弁償費として6桁の数字が並んでいた。20万ちょいである。


「……うん、まあ、そうだよね」


 正直、あの地獄みたいな治療費請求書を見た後なので、大して心的ダメージはなかった。プラス1ヶ月程度、誤差でしかない。とりあえずダインに払ってもらおう。金持ちらしいからな。ははっ。


「なになに、見てもいい?」

「ただの請求書だよ?」


 興味を示したリリムに請求書を渡すと、彼女はそれを一目見るなり溜息をついた。


「うわぁ。さすがヘーゼル。あの兄妹、ほんっとお金に関しては人の心がないよねぇ」

「しょうがないよ、剣なくしちゃったのはボクだし、値段も適切じゃない?」


 量産品とは言え、真剣一本を紛失したのだからそんなもんだろうと思う。


「いやでも『なんか大変だった』って、こないだナツキちゃんが死にかけたアレでしょー? ちょっとくらい負けてあげればいいのに……っていうか、ナツキちゃんずいぶん冷静だね。20万リューズだよー、20万リューズ。月の給料が半分飛ぶよ」

「……さっきダインからもらった請求書、見る?」

「んぇ? ダインさんから?」


 ぺらり。ただの紙のはずなのにめちゃくちゃ重く感じるそれをリリムに渡した。受け取ったリリムの目線が紙を上から撫でていく。


「治療費? あー、うん、そりゃあるよね……え?」


 紙の下半分を見てピシリと固まった。うん、気持ちはよく分かる。


「…………。……ナツキちゃん、ダインさんはなんて?」

「神獣討伐依頼をたくさん受けてバリバリ稼げって」


 要約すればそんなところだ。


「…………なるほど。なるほどね」


 急に怖い顔になったリリムは、カウンターに置いてあったマグカップをぐいっと呷り、ダン! と机に振り下ろした。


「にぅっ……」


 そして、少し離れた場所で耳を倒したにー子に「ごめんね」と一言謝ったあと、


「あんのドケチ兄妹ぃぃ! よくもあたしからナツキちゃんを奪ったなぁああー!」

「んにぁーっ!?」

「リリムさん!?」


 大音量で叫びながら《子猫の陽だまり亭》から走り去っていった。

 数秒後、


「……あっ!? これ、ボクがオペレーターになるの、借金返済のためだと思われてる!? 違うよリリムさーん!」


 リリムの行動の意味にようやく気づいて叫んだときには、もう彼女の姿は見えなくなっていた。


挿絵(By みてみん)


(2022/7/4)リリムさんのイメージラフ追加しました

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