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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅳ ネコとクラゲとハリセンボン
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試験対策と請求書

 オペレーターになるための試験は毎月一度、二日間かけて軍の本部内で開催される。一日目の筆記試験で基準を満たした者のみ二日目の実技試験に挑戦することができ、最終的な合否は二日間の合計点で決定される……らしい。


「ぶっちゃけた話、筆記試験は常識力検定だと思えばいいらしいが……おめぇの場合、そこが一番ダメかもしんねェな」

「ひどいよダイン」


 説明ついでに失礼なことをぬかしたダインに憤って見せるが、実際その通りではある。まだこの世界の常識を理解出来ているとは言えない。


 今ナツキは、ダインに会いにハンターズギルドに来ていた。オペレーター認定試験を受ける上での対策指南をしてもらいに来たのだ。何せ、身近な人間でオペレーターのことにも詳しそうな者などダインくらいしかいない。

 こう見えて俺ァ忙しいんだぞ、とぼやきつつも執務室に上げてくれたので、いろいろと話を聞かせてもらっている。オペレーターでなくとも、数々の情報が集まってくる立場にいるダインの存在は心強い。


「そもそもおめぇ、文字は書けんのか?」

「うん、見た目は頭に浮かぶし、指も勝手に動くから大丈夫」

「妙な答え方だな……まァ書けるならいい。基本的なとこから確認すっぞ」


 まず説明してくれたのは、主にラクリマの生態や種類についてだった。

 ラクリマはその固有能力の有無によって、大きくドロップスとギフティアという二種類に分類される。ただし最近の動向として、にー子のように生まれつき生存本能を持ち遺跡内で自発的にコロニーを形成しようとする高知能個体に対し、新種別「マザー」を割り当てようという話が出ている。このような能力によって分けられた種類のことを特に「クラス」と呼び、忌印(シグナ)による種類分けとは独立した分類法になる。


「クラスは見た目じゃ判断できねェ。火でも噴いてりゃギフティアだってのは分かるだろうが、普通に見えるラクリマが実は異能(ギフト)を隠し持ってたなんてこともあっからな。クラス分類が決まるのは調整んときだ」


 それはにー子がいい例だろう。ナツキが傷だらけで帰ってこなければ、今でもギフティアだとは思われていなかったはずだ。


「んで、クラスがギフティアだと分かった時点で、問答無用で管理権は《塔》に移される。見つけたラクリマがギフティアだって分かってんのに《塔》に連れていかねェのは、オペレーターだろうがシーカーだろうが関係なく犯罪だ」

「…………ふーん」


 とぼけた顔で聞き流すと、ダインは溜息をついた。にー子の取り扱いについては回復魔法が発現した夜に散々怒鳴り合ったので、それ以上の言うことは特にない。

 ちなみにあの時、お互いに譲ろうとしないナツキとダインに割って入ったのは当事者のにー子で、よく分からないが喧嘩は悲しいのでやめろ、とばかりに泣き出してしまい、「うちのマスコットを泣かすんじゃないよ!」とラズから喧嘩両成敗の拳骨が落ち、以降うやむやになっている。


 犯罪だろうが何だろうが、にー子は絶対に連れていかないからな。もし見つかってどうしようも無くなったら、自分も適当に魔法チックな練気術を披露してついていくつもりだ。


「で……クラスとは別に忌印(シグナ)で分けた種別にも全部名前があるが、これは俺も全部は覚えてねェな。よく見かけんのはフェリス種、バニル種……まァ、覚える必要はねェ」

「フェリス……」


 アイシャのラストネームだ。猫耳だとみんなラストネームはフェリスになるんだろうか。


「ん? あァそうだ、おめぇが助けたがってるあいつもフェリス種だな。ラクリマの識別名は個体名、発掘年代、種別の順だ」

「えっと、発掘年代?」

「調整された年の下一桁だな。0から順に、エク、ウナ、ユー、テル……古代語由来だが、これも忘れていい」


 ドールの名前なんかオペレーターは普通気にしねェよ、とダインは手をひらひら振った。

 アイシャのミドルネームはエク。つまり下一桁が0の年に調整を受けたということだ。……今が何年なのか知らないので、何の情報にもならない。

 残るはファーストネームだが――


「……気になってたんだけど、ラクリマの名前って誰が付けてるの? 年代と種別はともかく、ファーストネームは普通に名前だよね? ランダム生成?」

「いいや、個体名は自己申告だ」

「へ? 自己申告?」


 そんな馬鹿な。言葉も覚えたてで感情もないラクリマに、自分の名前を決めさせているとでも言うのか?


「俺も見たこたぁねェけどな、調整の過程であるらしいぜ、何つったか……自己想起シークエンス? とかなんとか。《塔》によりゃ、ラクリマにゃ星から与えられた名前があって、調整でそれを『思い出させる』らしい……おい、そんな目で見んじゃねェ、《塔》の言い分だっつったろ」

「えぇ……」


 大方、調整担当者が名前リストからランダムに選んで刷り込んでいるだけだろうが……しかし、もしダインの言うことが本当なら、にー子にはちゃんと別に名前があるということになる。にー子が何かの拍子にそれを「思い出し」たりしたら、にー子と呼ばれることを嫌がるようになるかもしれないな。


「んなこたぁ試験に出ねェしどうでもいいんだよ。次いくぞ」


 今日のダインは、いつも通り素っ気ないように見えて、その実いつになく親身だ。オペレーターになると言ったときはあまり乗り気ではないように見えたが……アイシャを助けるという目的に賛同してくれているのだろうか。


 次にダインが教えてくれたのは、神獣の生態だった。

 神獣はこの星の東と西の果て、極寒の地アヴローラと灼熱の地ヘルアイユで虚空より生まれ落ち、人間の暮らす領域へと攻めてくる。その理由や目的は依然として分からず、ただ撒き散らされる破壊と暴力から人類を守るため、オペレーターはドールを使って戦っている。


「こっちの人口は昔の1割になっちゃったんだよね? それなのにずっと侵攻を防げてるってことは、一度に出てくる数はそんなに多くないの?」

「いいや、ヘルアイユやアヴローラにゃ今だってうじゃうじゃいんだろうよ。散発的な襲撃で済んでんのは、境界領域で『ホロウベクタ』が牽制してっからだ」


 知らない単語が出てきた。ホロウベクタ?


「《塔》が生み出した聖片生物、結界兵器……とか何とか言われちゃいるが、実物を見た奴なんか《塔》の調査団くらいじゃねェのかって代物だ。触れたモノは何でも跳ね返すトゲ付きの壁みてェなもんらしい。神獣も人間も見境なく殺し尽くしちまうから、街の近くには配置できないんだと」

「うわぁ……」


 何だその巨大ペフィロみたいな兵器は。扱いを間違えれば簡単に世界が滅びそうだ。


「ホロウベクタの守りのおかけで、こっちに攻め込んで来るのはその討ち漏らしだけってわけだ。これに関しちゃ《塔》様々だな」


 ダインも詳しく知っているわけではないようで、ホロウベクタについて詳細に聞くことはできなかった。


 それからも知っていたり知らなかったりするこの世界の常識講座は続いた。ナツキの「そういえばこの世界って一年は何日なの?」を皮切りに、頭を抱えたダインは「常識」をさらに幼児レベルまで下げて教えてくれた。


「一体どこまで教えなきゃなんねェのか全く分からなくなっちまった……」


 ……そんな顔をされても困る。記憶喪失の幼女と話している自覚が足りないんじゃないか?


 ちなみに一年は360日、一月は30日、一週間は6日らしい。分かりやすいし地球に似ていて大変結構だ。ラグナでは一月が48日の8ヶ月制だったし、やっぱりどこの世界でも暦に使う数字は約数の多いものになるのだろう。……むしろ何で地球は一月あたりの日数がバラバラだったんだろうか。端数をまとめて0月にして、それを正月休みとかにすればいいのに。


 そんな益体のないことを考えつつ、ダインの常識話を頭にインプットしていく。貨幣の知識は『子猫の陽だまり亭』でラズから履修済みだ。

 地図を見せて周辺地理も教えてくれたが、見事に砂漠だらけだ。モニュメントになる物体の場所を覚えて、あとは太陽の方角が西ということから現在地を把握するらしい。


「オペレーターの仕事については……ま、月のノルマのことだけ知っときゃいいだろ。試験にゃ出ねぇ」


 オペレーターだけ知っていればいい制度などは、オペレーターになってから教えて貰えるらしい。オペレーターの仕事については月ごとのコアの一定量納品義務だけ理解し承知した上で出願すればよく、それ以上の義務を課されることは無いという。


「いやそれ、本当? アットホームな職場です、の類じゃない?」

「まァ、建前っちゃ建前だな。オペレーターは稼いだ額、貢献度、とかその他諸々でランク付けされて、ランクが上がりゃあそれに応じて『一定量』は増えるし、名指しの依頼も増える」

「名指しの依頼って、断れないの?」

「依頼主による。《塔》や軍からの名指しは実質命令だと思え」


 なるほどつまり、面倒事に巻き込まれたくなければ、いかに悪目立ちしないように必要最低限の神獣を狩っていくかが重要だと。


「……目立たないのは、無理だよねぇ」


 自分の体を見下ろす。ひらひらワンピースの幼女オペレーターが周囲からどれだけ奇異な目で見られるか、さすがに予想はつく。


「何言ってやがる、どんどん目立ってじゃんじゃか神獣倒してさっさとランク上げてウチのギルドの看板になってもらうからな」


 何だって?


「……え、待って待って!? ボク、アイシャを助けたくてオペレーターになるだけで、本業にするつもりはないよ!?」

「知るか。おめぇの戦闘力でオペレーターになるなら、ドールの性能なんか気にならねェくらいの対神獣戦力だぞ。それが厄介な神獣系の依頼でタダで自由に使えるってのに使わねェわけねェだろが」


 妙に親身にいろいろ教えてくれると思ったら、そういうことか!


「ひどい! ……っていうか、自由に使えるってあと数ヶ月の話だからね!? もう絶対伸ばさないから!」

「……お? その話、すんのか?」


 ニヤリ、とダインが黒い笑みを浮かべた。……何だ? 嫌な予感がする……


「ほれ、読んでみろ」


 ダインが執務机の中から取り出して見せてきたのは、一枚の紙。短めの文と、数字が書かれている。


「えっと……?」


 ――治療費請求書。


 その文字列が目に入った瞬間、次に書かれた数字を見る前に破り捨ててしまおうかと思った。

 ……もちろんそんなことはできない。


「……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……じゅうまん……ひゃくま……せん…………待って!?」


 ガバッと顔を上げると、ダインが黒い笑みのままナツキを見ていた。


「プラス2ヶ月って言ったよね!? 一月30万リューズなんだから……桁数おかしいよ!?」

「あァ、ラズの店で働くのはプラス2ヶ月でいいぞ」

「んなっ……」


 またそれか!


「はっ――まさか、適当にそれっぽい紙作って騙してるんじゃ……だってボク、運ばれて薬飲まされて包帯巻かれて、もうダメかもって言われて寝てただけだよね!? いや、みんなが助けてくれたから今生きてるってのは分かるけど! こんなにお金かかること、された覚えないよ!?」

「へェ……ずいぶんな言い草じゃねェか。内訳も見るか?」


 続いて渡された紙に書かれていたのは、様々な機材や薬の名前、輸血代、病室代、診察料、それから――ダインの名前が付記された、「特例」なる項目。これが全体の額の9割近くを占めている。何だこれは。


「その最後のはな、トリアージで即切り捨てられる状態の、身元も分からねェ子供を、軍の重傷者を差し置いて、キューの一番上に突っ込むのにかかった額だ」

「ひっ……」


 血の気が引いた。そんな……そんな特殊対応をされていたのか。


「俺としちゃ、諸々終わってから話そうと思ってたんだがな?」

「いや、いやちょ、ちょっと待ってよ、そもそもどこからそんなお金が……」


 もはや反論でも何でもない、口をついて勝手に出てきた悪あがきのような何か。


「何だ、知らなかったか?」


 優しいダインは笑みを崩さず、得意気に教えてくれた。


「ギルドマスターってのはな……結構金持ちなんだぜ」




 ――12,795,000Λ(リューズ)


 何度数え直しても、そこに書かれていた数字は8桁あった。

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