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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅳ ネコとクラゲとハリセンボン
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げきおこにー子

「んなぅきぁーっ!」


 ギルドに寄っていくというダインと別れ、一人で先に『子猫の陽だまり亭』の玄関を開けたナツキは、「ただいま」と言う暇も与えられず、そんなトゲトゲしい鳴き声に出迎えられることになった。


「わ、にー子。ただいま。どうしたの?」

「なー! なう! んにぁー!」


 いつも通りのもこもこストライプセーターに身を包んだにー子が、玄関ホールに仁王立ちになって腕を組み、こちらをキッと睨みつけていた。迫力はあまりないが、大層不機嫌なご様子だ。怒ったにー子の顔を見るのは初めてだが、怒っていてもかわいい。うん。さすがにー子。


「えっと……もしかしてボクのこと忘れちゃった……?」

「にっ!? んな、にぁぅ!」


 ぶんぶんぶん。すごい勢いで首が横に振られた。


「だよね。じゃあ……ラズさんに怒られた? あ、もしかしてボクの仕事押し付けられたり……?」

「にぁぅ! にぁぅのー!」


 ぶんぶんぶん。違うらしい。首と一緒に尻尾も荒ぶる。

 もう夜も遅く、事情を知っていそうなお客さんもいない。どうしたものかと困っていると、厨房の奥からラズが顔を出した。


「何だい、騒がしいね……おや、おかえり。ダインはどうしたんだい?」

「ただいま、ラズさん。ダインはギルドに寄ってから来るって」

「なぁーぅー!」


 ラズではなく自分と話せとでも主張するように、にー子が大きく腕を振り回した。


「さっきからずっとこの調子なんだけど、何があったの?」

「さあねぇ。ニーコから聞きな」

「へ?」


 まさかそこで答えを渋られるとは思わなかった。呆れたような表情から察するに、事情を把握してはいるのだろう。


「えっ、と…………あ、発情期?」

「何言ってんだい、その辺は人間と同じだよ」

「んになぁぁぁあう!」


 とすとすとす、と軽い足音を激しく上げながら、にー子が近づいてきて、ワンピースの裾を掴んだ。


「わっ」


 突然前に引っ張られ、にー子を巻き込んで倒れそうになるのを、膝立ちで堪える。見上げれば、少しだけ高い位置からにー子がこちらを見下ろしていた。


「……なつきー……」

「っ、ボクの名前……」


 言えるようになったんだ、すごいね。そう褒めてあげようとして、――にー子の大きな瞳に、じわりと涙が浮かんでいることに気づいた。


「にー子……?」


 手を伸ばし、頭を撫でてあげようとしたら、ふるふると頭を振って拒絶された。そのまま涙目でこちらを見つめて、何度か口をパクパクと開け閉めし、やがて意を決したように大きく息を吸うと、


「なつき、ぅそつき!」


 涙を散らしながらそれだけ叫んで、二階へと駆け上がっていってしまった。


「へっ……!?」


 嘘つき。何か嘘をついただろうか。にー子を怒らせてしまうほどの嘘なんて……というか、出かける直前まであんなに行かないでくれとばかりにくっついていたのに。その後は一度も話していないのに……


「……あ」


 出かける、直前。

 あのとき自分は、にー子と約束したんだった。

 もう危ない目に遭って欲しくないと引き止める彼女を振り切って、怪我はしないからと言って、出ていった。


「……ラズさん、もしかしてにー子……というかラズさんも、ボクに何があったのか知ってるの?」

「腹に穴開けて心臓も止まって、もう目を覚ますか分からない――なんて連絡がダインから飛んできた時は、さすがのアタシも血の気が引いたよ」

「うひっ」


 ダイン経由で伝わっていたのか。このまま何食わぬ顔で隠し通すつもりだったのに。


「このおバカ。無茶はするんじゃないよ、って言っただろうに」

「う……ごめんなさい。でも、仕方なくて……不可抗力っていうか……」

「全く……まあいいさ。とにかく、無事でなによりだよ、本当に」


 声色から相当な心配をかけてしまったことが伺えて、激しく申し訳ない気分になる。


 ラズは軽く息をつくと、にー子の消えていった二階を見上げた。


「あの子はねぇ、アタシと一緒に連絡を聞いてたんだよ。そしたら、その場に座り込んで泣き出しちまってねぇ……しばらくして自分の頭を叩き始めたから、慌てて止めたよ」

「自分の頭を?」

「アンタを引き止められなかった自分が悪い、って思ってたんじゃないかねぇ。だからアタシは言ってやったのさ。連れ出したのはダインの馬鹿で、無茶して怪我したのは嘘つきナツキの馬鹿だから、アンタは悪くないんだよ、ってね」


 なるほど、それで「うそつき」か。


「アンタが無事に帰ってくるってさっき連絡が来るまで、あの子は一度たりとも笑わなかったよ。お客たちに代わる代わる励まされて、なんとか心を壊さずに済んだ、ってところだね」

「にー子……」


 にー子は遊び相手が欲しいんじゃない、ナツキに傷ついて欲しくないのだと、一度は理解したつもりだった。しかしそこまで複雑な、人間らしい感情を心の内に秘めているとは、理解出来ていなかったかもしれない。

 ……アイシャに偉そうなこと言えたもんじゃないな。


「分かったらさっさと行きな」


 どこへ、なんて聞くまでもない。一つ頷いて、階段を駆け上る。

 二階の一番奥、自分とにー子の部屋のドアには、鍵が掛かっていた。


「にー子、ボクだよ」


 返事はない。


「怪我はしないって約束、守れなくて、ごめんね」


 言葉は返ってこない。しかし扉のすぐ向こうで、小さく足音が鳴った。


「アイシャのこと、覚えてる? 砂漠で助けた、にー子と同じ猫耳の女の子。あの子が危険な目に遭ってね……ボクはあの子を助けるって約束したから、何がなんでも助けなきゃって思って、咄嗟に身代わりになろうとしたんだ。……あの時、にー子との約束は頭から抜けてたよ。本当にごめん」


 もし、約束を覚えていたとしたら、どうしただろうか。

 アイシャとの約束と、にー子との約束、両立は不可能だった。しかしにー子の本質的な願いは「無事に帰ってきて欲しい」だ。そしてそれはきっとにー子だけじゃない、ラズや『子猫の陽だまり亭』の常連たち、自分と共に過ごした人々の願いでもあるだろう。

 全ての命は救えないが、拾える命は全力で拾っていく。勇者だった前世からの、基本的な行動方針だが――その「拾う」対象に自分を含めていなかったんだということに、今更気がついた。


「……あの場での安全な最適解は、アイシャのオペレーターを吹き飛ばす、だったんだろうね」


 ナイフとアイシャの間に割り込めるなら、ナイフを持つオペレーターに体当たりすることも当然可能だった。超音速で数十キロの物体に衝突されれば、いくら霧で強化された身体と言えど爆散しただろう。

 しかし自分は、悪霊に憑かれたばかりの人間は救えるということを知っていた。だからあの場で拾うべき命は二つ。そう判断して自分の体を危険に晒す賭けに出て、身体強化を間に合わせることができず、死にかけた。


「あのオペレーターは見捨てるべきだった、なんて言いたくないけど……そのためにボク自身を見捨てちゃダメだよね。そもそもボクがもっと早くアイシャがいないって気づいてればいい話で……やっぱり、何もかもボクが悪いよ」


 ……いや、そんなことを言われても、状況を知らないにー子には何のことか分からないだろう。懺悔室じゃないんだぞ。

 そう自分でツッコミを入れ、後悔が口から流れ出ていくのを止める。


「えーと……なんて言えばいいのかな。そもそもボクはさ、人生ロスタイムだから……いつ死んでも構わない、って思ってたところが結構あるんだ――うわっ!?」

 

 扉が勢いよく開いた。ぶつからないように慌てて飛び退いた瞬間、何か丸っこいものがお腹に飛んできた。


「わっ、何――ぐぇっ」


 かなり重量のある物体に突撃され、後ろにひっくり返る。固い木の床に背中がぶつかり、カエルみたいな声が出た。


「いてて……っ!?」


 痛みを堪えながら目を開けると、すぐ目の前に濡れた黄緑色の瞳があり、腹の上にはちょうど小さな子供一人分くらいの重さを感じた。

 にー子に、押し倒されていた。


「にー子、危ないよ……」

「……にゃーの」


 ふるふる、と首を振って、こちらを睨みつける。


「なつき、いないの、にゃーの!」


 そう叫んで、ナツキの上に倒れ込んだ。


「にー子……」


 死なないでほしい。命を粗末にするつもりなら、絶対にこの手は離さない――とでも言わんばかりに、ぎゅうと強く抱き締められた。


「にゃーなの……っ」


 悲しそうに伏せられた猫耳が、震えていた。


「……うん。分かってる。やっと分かったよ。自分もちゃんと大切にする。誰かを助けられても、ボクが死んじゃったら、にー子もラズさんも、他にもたくさん……みんな、悲しいもんね」

「……なぅ」


 明るい黄緑色の小さな頭を、優しく撫でる。今度は振り払われなかった。


「まだいろいろ面倒ごとは起こりそうだから、絶対無傷でいる、とは約束できないけど……何があっても、絶対無事に帰ってくるよ。そしたらにー子が治してくれるでしょ?」

「……にぅー?」


 上げられた顔から、疑いの眼差しが飛んできた。


「ボクは世界を救った勇者だよ? 戦場から生きて帰ることにかけてはこれほど信頼できる人間もいないでしょ」


 まあ今回、危なかったわけだが。生還を優先事項にすると決めた今、並大抵のことでは死なない自信はある。


「……なぅなー」


 完全に信じてくれたわけではなさそうだったが、にー子は腕を離し、体の上からどいてくれた。出かける前の日と、同じように。


「約束、ちゃんと守るよ」

「……なー」

「信用できない? じゃあ一つ、儀式をしよっか」


 そう言って小指を差し出すと、にー子は目を瞬いて小指をじっと見た。


「にぅ?」

「ほら、にー子も小指出して」

「なぅ……?」


 何で? という顔で差し出された小さな小指に小指を絡め、指切りげんまんの歌を小さく口ずさむ。当然、何をしているのか分からないにー子は困惑顔だ。


「約束の儀式だよ。もし破ったら、針を千本飲まされるの」

「にぁっ!? な、なー!? にゃーの!」


 サッと顔色を変えて慌て出すにー子。別ににー子が飲まされるわけではないというのに。


「ボクの覚悟、分かってくれた?」

「……に……にぅ」


 神妙な顔で頷いてくれた。うん。死んだら針を飲まされるも何も無いということには全く気づいていないようで何よりだ。

 ……でももちろん、それくらいの覚悟で、約束は守る。


 その時ふと、階下が騒がしくなった。ダインが帰ってきたようだ。


「ダインだね。迎えに行こっか」

「にぁ!」


 にー子はとてとてと走っていった。……謝罪は受け入れてくれた、かな。


 階下へと下りていく背中を見ながら、ふと思う。

 地球で一度、自分は死んだ。まだ10歳だった妹を、秋葉を一人残して。両親は秋葉が生まれてすぐこの世を去っていて、自分はたった一人の秋葉の家族だった。その自分がいなくなって、秋葉がどれだけ悲しみ、苦しんだのか。

 あれから二年以上経った今、秋葉は中学生になっているはずだ。頭は良かったけれど、人と馴染むのは苦手だった彼女は……ちゃんと生きていけているだろうか。虐められて、自殺とか考えていないだろうか。困った時相談する相手は、ちゃんといるだろうか。


 考えてもどうしようもないと、ずっと半ば意識的に避けてきたその思考が、再び押し寄せてくる。


 残してきたと言えば、勇者パーティの面々もそうだ。彼らは自分がいなくとも充分生きていけるだろうが……きっと悲しんでいるだろう。そう思えるだけの絆は、育んできたはずだ。


 ――お兄ちゃああぁぁあぁぁあっ!!


 ――せんぱい、いや、いやぁあっ!


「っ……」


 秋葉とトスカナの叫び声が、フラッシュバックした。

 秋葉のそれは、トラックに跳ね飛ばされながら、自分が実際に聞いた声。

 トスカナのそれは、ここに転生してすぐ、謎の記憶の濁流の中で見せられた光景。



 ――使命を果たせ(助けなければ)



 混濁した記憶の最後に強烈な存在感をもって浮かぶ、その想起。自分のものなのか、他人のものなのかすら分からない。


「使命って……何だよ。誰を助けろって……?」


 ただ漠然と、何か大切なことなのだと分かる。何も覚えていないのに、それだけははっきりと理解できた。

 しかし他には何の手がかりもない。真相を知るために何を調べればいいのかも分からない。自分を転生させたのは天使とか神とか、そういうあからさまに上位の存在だ。気やマナ、魂を取り巻く絶対基本法則の上に立つ者達。そんな概念に話を聞きに行けるわけもない。ラグナに転生したときは「ハーネ」なる天使と会って話したが――


「……考えても仕方ない、な」


 思考を打ち切る。

 今自分が助けなければならないのは、記憶にないどこかの誰かではなく、アイシャだ。そのために、オペレーター認定試験を受ける。それが今すべきことだ。

 そう頭を切り替えて、にー子を追って階下へと下りた。

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