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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅲ お肉屋さんのお手伝い
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アイシャのこれから

「ありがとう、助かったよ……。でも記憶は消してくれると嬉しいかな」

「無茶を言うな……」


 ナツキの呼び戻しを受けて、剣士の少年はナツキがリモネちゃんに襲われていることを把握し、「リモネ貴様、何をやっているんだ!?」とナツキを助け出してくれた。

 ナツキは全身包帯ぐるぐる巻き状態に戻っている。ちなみに巻いてくれたのは剣士の少年である。何でオレが、と目のやり場を求めて挙動不審になりながらも、きっちり巻いてくれた。

 ごめんよ少年。リモネちゃんにだけは任せたくなかったし、アイシャは椅子から動けないんだ。


 事の経緯を説明すると、少年は不思議そうに目を瞬いた。


「診察なんかするまでもないだろう。中級薬で治せない傷など聞いたこともないぞ」

「えっ」


 まあ、言われてみれば確かにそうだ。呪いや石化といった魔力効果のない純粋な傷なら、ラグナでも中級ポーションで全て事足りていた。


「あっこら、余計なこと言うんじゃないですよ」

「何が余計だ、さっさと飲ませてやれ。実は低級薬だったとか言うんじゃないだろうな」

「さすがにそんなオチは用意してませんって……はい、どーぞ」


 リモネちゃんは緑の液体が入った試験管を渋々渡してくれた。


「……ありがとう」


 心からお礼を言う気になれないのは、仕方ないと思う。代金を身体で払わされた気分だ。


 コルク栓を抜き、薬を一気に喉へ流し込む。

 と、剣士の少年がその様子をじっと見つめていることに気づいた。中級薬を見るのは珍しいのだろうか。


「お兄さんも、何度もありがとね。救護テントでも回復薬を分けてくれたって聞いたよ」

「あ、ああ。当然だ。……だが低級回復薬じゃあ、何の役にも立たなかった」

「そんなことないよ。そのおかげで、心臓がまた動き出すまで生きていられたのかもだし」


 胃に落ちた粘性の液体が、ふっと消える。一瞬後に、ぶわっと黄緑色の燐光がナツキから発生して舞い上がっていった。魔法の力で癒されていくあたたかな感覚に身を委ねる。

 光が消えてしまえば、痛覚コントロールを切っても、もうどこも痛くない。


「よっ、と。……うん、大丈夫!」


 ベッドから飛び降りて、気を通さなくとも自分の足で歩いたり跳ねたりできるようになったことを確認。これでリモネちゃんに襲われそうになっても逃げられるだろう。


「回復おめでとうですよ、ナツキさん。ダイン=ユグドが心配してましたから、元気な顔を見せてあげてくださいねー。あたしとしても、もっと弱った幼女にあれやこれやしたかったので残念です」

「漏れてる! 本音が漏れてるよ!」



 それからすぐ、二人は部屋を出ていった。リモネちゃんはアイシャの待機命令を解除して、剣士の少年は「そう言えば見舞いに来たんだった」と果物のたくさん入った籠を置いて。

 ナツキの叫びを聞いて慌てて部屋に突入したときに籠を放り出してしまったらしく、少年はわざわざ綺麗に中身を詰め直してくれた。初対面の印象は頼りなかったが、なかなか好感の持てる男だ。


 見たこともない様々な果物をアイシャと食べながら、また少年の名前を聞きそびれたなと気づく。今度会ったらまず自己紹介をしようと決め、リンゴみたいな果物に齧り付いた。……うん、リンゴみたいな味と食感。珍しく外見と中身が一致した。


「果物の名前、アイシャは分かる?」

「半分くらい分かるです。これがサキア、こっちがナポル……このトゲトゲのは分からなくて、えっと……」


 一つずつ指差して教えてくれるのでうんうんと頷いてはみるが、そう簡単には覚えられる気がしない。

 籠の中の果物を全て列挙し終えると、最後にナツキが持っている赤い果物を指差し、


「それが、リンゴです」


 そう、教えてくれた。


「……リンゴ?」

「リンゴです」

「ボクの生まれた世界にも、あったんだけど……リンゴ」

「なのですか」


 アイシャは生返事だ。……まあ、別の世界のことをいきなり言われても反応に困るか。

 そういえばと、『子猫の陽だまり亭』で休憩時間にラズがよくリンゴジュースを作ってくれていたことを思い出す。あまりに身近な果物すぎて、変だと気づかなかったらしい。もっとも、味も食感もよく知る地球のリンゴに似ているが、似ているだけで同じではない。既知の存在にある程度似ているモノは、天使様の翻訳システムが同一視して翻訳してしまうのかもしれない。

 左手が使えないアイシャの代わりに柑橘類らしい果物の皮を剥きながら、そんなことを考えていた。

 


「そういえばこの包帯、もういらないわけだけど……」


 きょろきょろ部屋を見渡すが、着ていたワンピースはどこにもない。まああったとしても、血みどろビリビリで着れたものではなかっただろうが。


「今晩、ダインさんが服を持ってきてくれるって言ってたです」


 アイシャにそう教えられ、夜までのんびりすることに決めた。特にやることもないが、アイシャという話し相手がいるなら問題は無いだろう――と思いかけ、ふと、気づく。何故アイシャはここにいるんだ?


「そういえば、アイシャはここにいていいの? あのオペレーターは?」

「わたしは今日の夜まではここにいなきゃいけないのです。オペレーターさんは牢屋にいるです」

「牢屋!? 何で!?」

「えっと……ちょっと複雑なことになってるですが……」


 アイシャが頑張って説明してくれた状況をまとめると、こうだ。

 まず、あのオペレーターはアイシャをレンタルした際に、今日いっぱいが期限の返却時にレンタル料の倍額を支払う約束を「《塔》に誓う契約書で」行った。しかし撤退命令という予想外の事態により、《塔》によるコアの特別買取が取りやめられてしまった。

 集めたコアを通常価格で売っても必要な額には到底届かないが、あの陣にいた隊長から参加者に向けてある程度の補償金が出るらしく、それを合わせればギリギリ足りるのだと言う。しかしそれが支払われるのは明日以降になる予定で、借金のアテもない彼には《塔》に誓った約束を守ることができない。

 《塔》への誓いを破った者は処刑されるのが普通だが、今回はさすがに可哀想だと言うことで、補償金支払いまでの投獄と労役、および黒い霧についての無条件の情報提供を条件に、恩赦が認められた。

 それをわざわざ軍のキャンプまで告げに来た《塔》の使者は、その場でオペレーターを拘束し、ダインにアイシャを返却して事情を説明しておくように告げ、牢屋へと連行していった。今アイシャに対するオペレーターとしての命令権を持っているのはダインということになるらしい。

 あとはダインの計らいで、夜に迎えに来るまではナツキのそばにいるように命令された、と。


「なるほど……つまり、アイシャは今晩にはもうレンタドール社に帰らないといけないんだ」

「はいです」

「次のオペレーターは決まってるの?」

「決まってないのです。……わたしと契約してくれるオペレーターさんは、とっても珍しいのです。それに、ほとんど管理人さんに騙されてるような感じで……」


 牢屋に入れられたオペレーターに契約書を書かせたのも、その管理人さんとやららしい。


「その管理人さんは、優しいの……?」


 アイシャのために多少無理やりにでも仕事を取ってくれているのか。それとも厄介な客を追い払うためのデコイとして扱っているのか。


「…………えっと」

「ごめん、分かったから言わなくていいよ……」


 暗い顔で俯き、自分の体を抱きすくめて固まってしまったアイシャを見れば、どんな風に扱われていたのかは嫌でも想像がついた。

 そんな所に、今晩にもアイシャを帰さなければならないのか。


「だ、大丈夫なのです。オペレーターさんと違って、管理人さんのいろいろは慣れてるですから。わたしは一応商品なので、壊れて星に還るようなことはされないのです」


 そう言って、へらり、とアイシャは笑った。

 ラクリマは公式には生物と認められておらず、光に溶けて消えるあの現象は「死」ではなく「還元」なのだそうだ。だから「死ぬ」ではなく「壊れる」「星に還る」といった表現を使う。つまりアイシャが言っているのは取りも直さず、「いつも死なない程度に痛めつけられている」ということだ。


「……逃げ出せるタイミングはない? ボクが背負って逃げて、『子猫の陽だまり亭』でこっそり匿ってあげることくらいはできると思うけど」


 そう提案すると、アイシャはぎょっと目を見開いた。まさかそんな強硬手段を考えているとは思わなかった、という顔だ。

 正直、昨日までの自分なら同じことを考えはしても実行選択肢には挙げなかっただろう。しかしもう、身内を助けるためなら諸々のめんどくさそうな問題に首を突っ込むことも厭わないと決めたのだ。


「えっと……建物の外に出るだけなら、簡単にできるです。わたしみたいな感染個体はみんな、一度は逃げようとするです。でも……」


 何か嫌な記憶を思い出したように表情を歪めて、首輪にそっと触れた。


「首輪がそれを許してくれない、ってことだね」

「……はいです。この首輪にはご主人様が登録されていて、ご主人様は厳重命令を首輪に書き込むことができるです。その命令に逆らったら、痛いバチバチが出て……お仕置き部屋で、目を覚ますのです」


 ぶる、とアイシャは体を震わせた。「わたしみたいな感染個体」には、アイシャ自身も含まれているのだろう。


「同じように抜け出して倒れたわたしを、管理人さんに見つかる前にナツキさんが担いでいってくれるなら……あの建物から逃げることは、できると思うです」


 でも、と再び首輪に触れる。


「この首輪は、《塔》が見てるです。どこに隠れても、管理人さんが《塔》に行方不明ドールの照会を出せば、見つかっちゃうのです。……そしたらナツキさんも、関わった人はみんな、処刑されちゃうのです」


 わたしはそれは嫌なのです、と締めくくり、アイシャは笑った。

 確かにそれは……難しい状況だ。外せない発信機のついた対象を受信機を持った追手から匿うのはさすがに無理がある。首輪にアルミホイルを巻けばいいとか、そんな単純な話でもないだろう。

 首輪。……首輪か。


「その首輪、よく見せてもらってもいい?」

「いいですけど、外せないのですよ?」


 アイシャはナツキに背を向けて膝立ちになり、髪を脇によけて首の後ろを見せてくれた。アイシャの言う通り、どこにも継ぎ目のないつるんとした銀色の首輪が嵌っている。

 ダインは、オペレーターが首輪に触れるとドールの情報がホロウィンドウとして出てくるのだと言っていた。それを思い出して指先を触れてみるも、ひんやりした感触があるだけで、何も起こらない。オペレーターではないのだから当然なのだろうが。


「外せないのは分かるけど、どうやってつけたの、これ?」

「半分に割れてたのが、首につけたらくっついたのです。そういう聖片(サクラメント)なのです」

聖片(サクラメント)、ね……」


 今まで出会ってきた聖片(サクラメント)は、大きく二種類に分けられた。物理科学の結晶と、魔法科学の結晶だ。目覚まし時計や街灯、車などは前者で、アイオーンや回復薬は後者。どれもこれも、地球やラグナで見たことのあるものばかりだった。

 しかしこの首輪は違う。形状変化、個人情報へのアクセス、位置の発信、思考や行動をトリガーに起動するスタンガン、触れた者の識別、網膜か脳への映像投影――これだけは、いくつもの技術体系が絡み合った上に、地球やラグナの技術水準をも大きく上回っている。どちらかと言えば、ペフィロの身体の意味不明さに近い何かを感じる。


「……見るだけ見てみるか」

「ふぇ?」

回路展開(オープン)


 物体としてのベースがラグナの魔道具に類するものであれば、魔力回路は必ず存在する。形状変化の部分がそれで、ナツキにも理解できる内容ならしめたものだ。


「……お?」


 果たして、魔力回路は存在した。ぼんやりとしか感じられないのは、マナベースの回路だからだろう。マナではなく気を扱う練気術師であるナツキでは書き換えるのは難しいが、内容を読み解くくらいなら――


 ――バヂッ。


「つっ……!?」

「ナツキさん!?」


 ……指先が、強い静電気のようなもので弾かれた。


「防衛機構まで完備か……下手な呪いの道具より厄介だな」


 弾かれた指先は、軽い火傷になっていた。それを見たアイシャがわたわたと慌て出す。


「だっ、ダメなのです! 何をしようとしたのかは分からないですけど、危ないのはダメなのですっ! わたしは大丈夫ですから、助けてくれなくて全然いいですからっ……」

「それについては全然良くないよ」


 幸せにすると約束したのだから、助け出さないという選択肢はない。

 どうしても逃げきれず、首輪も壊せないと言うのなら、別の手を探すのみだ。


「アイシャ、レンタドール社について教えてくれる?」

「ふぇ……レンタドール社です?」


「こっそり逃げ出そうとするから、何も出来なくなるんだ。ならボクは、真正面からアイシャを奪いに行く」

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