null/ν - ありあ
……身体が、浮いている。
足場はどこだろう。そう思うと、そこに足場があった。
ああ、これは夢だ。そう気づくと、視界が開けて、道が現れた。
……何だろう。前にもこんなことがあった気がする。
道をたどって行く。何も無い、真っ白な世界が、どこまでも続く。
いつまで歩いても、何も起きない。
ふと自分の体を見下ろすと、素っ裸だった。
8歳くらいの、小さい体。
平たい胸に、綺麗な金髪がぱさりと落ちる。
……まるで、この世界に転生した時みたいだ。
あれ? これは、前と違う気がする。
……前って、何のことだ?
分からない。
靄がかかったような記憶が、ひっかかっている。
思い出せ、思い出せ。
……投げられ、崩れる、花かんむり。
編んでいるのは……見知らぬ、幼女。
色づいていく、花。
灰色の……花畑……
「っ……!?」
いつの間にか、記憶通りの光景の中、色の無い花々に埋もれるようにして寝転がっていた。
――いーち、にーい、さーん……
すぐ近くで、幼い声が聞こえる。……日本語だ。
――よーん、ごー、ろーく……
むくりと起き上がり、声の主を探す。
――なーな……あれ?
すぐ見つかった。
真っ白のワンピース、真っ白の髪の小さな女の子が、作りかけの花かんむりを手に、きょとんとこちらを見ていた。
――だれ? どーして、ここにいるの?
女の子が口を動かすと、頭の中に幼い声が響いた。
「ボクは……ナツキ。どうしてここにいるのかは……分かんないや」
今、身体は幼女だ。ボクっ娘モードで問いに答える。
――なつき? なつき! うふふ。なつき、なつきー
何が面白いのか、女の子はきゃっきゃと名前を何度も繰り返した。
「そうそう、ナツキ。じゃあ、キミの名前は?」
――う? ありあはねー、ありあ!
「アリアちゃん、か。よろしくね」
やはり、全く知らない名前だ。前世でも、前前世でも、知り合った覚えはない。
――ありあちゃ、ちがう! ありあ!
おっと、ちゃん付けはダメらしい。
「ごめんごめん、アリア。これでいい?」
――ん!
「ねえ、アリア。ここがどこか分かる?」
――わかる! ここ、ありあのおうち!
花畑が、お家? ……よく分からない。
「……じゃあ、アリアはここで、何してるの?」
――んぅ? えっとねー、みて、おはなしするの
――それで、ほどけたら、くっつけるの
「見て、お話? ほどけたら、くっつける……」
やはり、よく分からない。
しかしアリアはそれで全てを説明できたと思っているようで、満足気に大きく頷いた。
かと思えば、何かを思い出したように表情を曇らせる。
――でもね、あのね、おはなしできなくなっちゃったの
――みるのも、たいへんになっちゃった
――ありあ、もっといっぱい、おはなししたい……
そう言って、しょんぼり、と肩を落とした。
お話。今しているのは、違うのだろうか。
――なつきはどーして、ここにいるの?
――どうすればみんな、おうちにきてくれるの?
――ありあ、みんなとおはなししたいよ……
アリアは縋るような目でナツキを見た。
もしかしてこの子は、この広い花畑で長い間一人ぼっちで過ごしていたのだろうか。
しかし今ナツキにできることと言えば、自分だけでも「おはなし」の相手になってあげることくらいだ。
「えっと……ボクでよかったら、話し相手になるよ?」
――いつもは、きこえないもん……
――なつき、ありあのおうち、またきてくれる?
「うん……って約束したいところだけど、残念ながらボクも、どうしてここに来れたのかよく分からないんだよね」
――そっかー……
――でもありあ、まってる
――またきてくれるの、まってる!
「……うん。ボクもきっと、また来るよ。何でかな、そんな気がするんだ」
――えへへ
「じゃあとりあえず、今たくさんお話しようよ。なんせボクは三回も人生を経験してるからね、話せることは山ほど……あれ?」
アリアが、遠い。
どんどん、遠くなっていく。
違う。世界が、歪んでいるんだ。
――なつき、よばれてる
――ありあ、ずっと、みてるよ
「へっ? 見てるって、何を――」
――ありあ、がんばるから
――だから また あいにきて、 なつき……
「アリア!」
声が、遠くなっていく。
寂しそうに、小さな手のひらをこちらに精一杯伸ばして、アリアが笑って――
――またね。
世界の歪みが、形を保てる臨界点を突破する。
中心から破れて、真っ黒に塗り替えられていく。
そして自分は、戻される。
真っ黒な世界が、徐々に、微睡みの暗闇へと変わっていく。
ああ、そういえば。これは夢だったっけ。
……あれ? そもそも自分は、死んだんじゃ――
――夢の終わり。
伏線ばら撒き係こと、ちっちゃかわいい神秘ようじょのありあちゃん。見た目は5歳くらい。
またそのうち、出てきます。