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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅲ お肉屋さんのお手伝い
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小さな背中

 壇上のダインは、集った人々を見渡しながら声を張り上げた。


「いいか、まず今回の依頼は『未知の』召喚型神獣の使い魔狩りだ。生態は不明、さらに護衛のギフティアがいるはずの《塔》の調査団が手も足も出ねェで逃げてきた個体の使い魔だ。依頼主は軍、依頼ランクは暫定A! ……今怖気付いた奴は帰れ、命を無駄にするんじゃねェぞ!」


 その言葉に従いこの場を去る者はいなかった。もともと、張り出されていた緊急クエストの貼り紙にもAランクと明記されているのだ。すなわち今ここに集っているのは歴戦の猛者か、不確定要素による死のリスクを厭わず金を稼ぎたい命知らずのどちらかというわけだ。


「軍の連中が今、トドナコの森の手前に防衛線を張ってるはずだ。おめぇらはまずそこへ向かえ! 着いたら軍の連中から情報を取れるだけむしり取って、あとは自由に狩りまくれ! コアはトドメを刺した奴のモンだ、好きなだけ稼げ、命知らず共!」


 うぉおおおおっ、とうるさい鬨の声が上がる。耳を塞ぎたくなるほどの音量だ。周囲を見渡せば、耳の大きなタイプのドールたちが揃って耳を倒して身体を強ばらせているのが分かった。表情は無のまま変わっていないが、不快感や痛覚はちゃんとあるのだろう。

 と、その中でただ一人、耳を塞いで座り込んでしまったドールが目に付いた。ナツキの位置からは顔は見えないが、猫耳のドールだ。周囲の人々の視線が集まり、隣にいたオペレーターらしき男がそれに気づいて舌打ちをした。


「ははっ、お前、ジャンク持ってくのかよ。死ぬぞ?」


 隣の別のオペレーターに笑われ、男の表情はさらに不機嫌さを増した。


「チッ、クソが。分かってんだろ、こないだ大負けして金がねぇんだよ」

「ははぁ……てこたぁ、レンタドールか。可哀想に、お前も堕ちたもんだな」


 クスクス、と周囲から嘲り声が漏れる。

 ……ジャンク、レンタドール。ついこの間聞いたばかりの単語だ。


「黙れ! ……クソッ!」


 笑われた男は声を荒らげ、ドールの髪を掴んで力任せに引っ張り上げた。


「てめぇ、恥かかせやがって! この不良品がッ!」


 俯いていて見えなかったドールの顔が、ナツキからも見えるようになった。

 ああ、やはり……そうなのか。


「痛っ、っ、ごめんなさいっ、ごめんなさいです……」


 痛みに顔を歪めながら謝るその少女に、ナツキは見覚えがあった。

 それはそうだ。だって約束したのだから。いつかきっと、助けると。


「アイシャ……!」


 黒髪に大きな猫耳、細い体躯。気弱そうで、しかし真っ直ぐな瞳。

 ナツキが神獣から救った少女――アイシャ=エク=フェリスが、そこにいた。


 子供が理不尽な暴力を振るわれているというのに、周囲の人々は白けた表情のまま何もしない。無視する者、嘲笑や憐憫の視線を男に向ける者、汚いものを見たかのような表情で距離を取る者、その誰もがアイシャには関心すら払わない。

 『子猫の陽だまり亭』のお客さんがにー子に向けるような温かい眼差しはなく、しかし冷たい眼差しや憎悪、忌避の感情が向けられているわけでもない。むしろそれが向けられているのは、みっともなく騒いで空気を壊している男に対してだ。アイシャについてはただただ無関心。

 彼らにとって、ドールとは武器なのだ。金がなく不良品の銃をレンタルして死地に赴こうとしている馬鹿な男が、銃に当たり散らしてみっともなく騒いでいる――そんな空気。そんな常識。


「やめ――」「おい、そこのオペレーター!」


 やめろ、と叫ぼうとしたのを遮って、ダインが代わりに大声を上げた。一瞬ナツキをギロリと睨む。


(面倒を起こすな、ってか?)

(そうだ、黙ってろ)


 睨み合いで意思疎通をし、とりあえずは口を噤む。オペレーターの男に話しかけたということは、何か考えがあるのだろう。


「んだよ、ギルマス」

「ドールをわざと壊すんじゃねェ。『原則として、契約ドールを故意に破損させてはならない』……ドール運用法違反だろうがよ」

「フン、元々ぶっ壊れてるジャンクを叩き直してんだよ。なんか文句あんのかよ」

「あぁ、別に俺ァ構わねぇよ? だがな、軍の緊急依頼っつぅのは実質《塔》の依頼だ。でもって、名目上は俺が指揮官で、報告義務を持つ。その俺の目ん前で、屁理屈こねて《塔》の決めた法律(ルール)を破るってのがどういうことか……分かるだろ?」

「……チッ、クソが」


 ダインにギロリとひと睨みされ、オペレーターの男はアイシャの髪から手を離した。クスクスと周囲に笑われながら、不機嫌そうにその場を去っていく。

 アイシャは小さくぺこりとダインに頭を下げて、それを追いかけていった。ナツキには気づかなかったようだった。

 今ここで自分が呼び止めて、何ができる訳でもない。小さな背中が遠ざかっていくのを、ただじっと見ていた。



☆  ☆  ☆



「あいつ、放っといていいのかよ」


 内壁の昇降機へと向かいながら、ナツキはダインに聞いた。あれでは人目のないところで再びアイシャに暴行が加えられるのではないかと。そして戦場へと無理やり連れていかれて、ボロボロの身体で戦わせられるのではないのか。


「ドールの破損は首輪の記録(ログ)に残っからな、大したこたぁ出来ねェよ」

「大したことはって……」


 髪を掴んで引っ張り上げるのは、大したことではないとでも言うのか。そう視線を向けるナツキに構わず、ダインは続けた。


「それによ、曲がりなりにも奴はあのドールの戦いっぷりに命を賭けるオペレーターだぜ。これから正体不明の敵と殺り合いに行くってのに、一つしかねぇ武器を折るほどマヌケじゃねェだろ」

「……それは、まあ……そうだけどな」


 金がねえんだよ、とあのオペレーターの男はボヤいていた。苦境を脱するチャンスである今回の依頼に一枚噛むため、安価にレンタルできるドールでどうにか体裁を整えてきたと見える。

 しかし、精神的に追い詰められた兵士は判断を見誤りがちだ。背水の陣なんて言葉があるが、あれは決死の覚悟を示すものであって、ただの無謀な悪あがきがいい結果をもたらすことはない。

 判断ミスの結果あの男が戦場で斃れることはまあ、どうでもいい。印象最悪な見知らぬ他人の自業自得を率先して止めにいくほど、ナツキも聖人ではなかった。アイシャが彼に暴言を吐かれたり軽い暴行を受けたりするのは、許し難いがまだ致命的ではない。

 今一番の問題は、彼の無謀に付き合わされたアイシャがとばっちりで無駄死にする可能性があることだ。


「……おめぇの考えてることは何となく分かるがな、それがドールの宿命、ラクリマに与えられた役割だぜ」


 ダインはそう切り捨てながら、東側の内壁に開いた大穴に入っていく。フィルツホルンの内外を繋ぐ昇降機が設置されている、巨大な縦穴だ。手すりで囲っただけの2、3メートル四方の金属板の足場がズラリと横一列に並び、チェーンで遥か上の滑車に吊られて忙しなく上下している。


「基盤層と地上だけを繋ぐ高速昇降洞だ。うちのギルドから外に行くならまぁこれだな。西にも同じモンがあるから覚えとけ」


 ダインによると、ナツキを連れて遺跡から帰ってきたときに使ったのはメインの昇降機ではなかったらしい。確かに、直接『子猫の陽だまり亭』に帰るならわざわざ基盤層まで降りるのは無駄だ。電車に特急と各駅停車があるのと同じ理屈だろう。


 高すぎる吹き抜け構造に、昇降機の放つガタガタという駆動音が反響する。その威容に圧倒されつつも、ナツキの脳裏にはアイシャの顔がずっと焼き付いていた。


「……ダイン、俺は現地で何をすればいいんだ?」


 昇降機の一つに乗り込み、手すりを掴んでダインに聞いてみる。


「あぁ? 使い魔の討伐に決まってんだろが」

「どこまでの自由行動が許可される?」


 アイシャのそばで戦うことは許されるのか。危機的状況においてオペレーターよりアイシャを優先してもよいのか。その言外の質問は正しく伝わったようで、ダインは大きく溜息をついた。


「あァ……何があろうと俺のそばで戦えっつったら、おめぇはそれを守るのか?」

「そんときゃいつの間にかはぐれて姿を消してるだろうな。戦闘中は何があるか分からない……復帰できるのもいつになることやら」


 そうとぼけて返すと、「じゃあ俺から答えられることは何もねェよ」と苦笑された。指揮官様のお目こぼしは頂けるらしい。


 ガタン、という衝撃とともに昇降機は止まり、目の前に伸びる通路の先には、相も変わらぬ夕焼け色の光が差し込んでいた。



☆  ☆  ☆



 夕日に背を向けて砂漠を歩くこと数十分、遠くの地平線に森のようなものが見えてきた。目的地、トドナコの森だ。

 ギルドマスターであるダインが目立つのか、いつの間にかダインとナツキの後ろには数十人ものハンターが合流し、鴨の子のようについてきていた。ギルドに集まってダインの話を聞いていた人数を考えれば、ほぼ全員だろう。しかしアイシャとそのオペレーターの姿は見えなかった。


「……おいギルマス。そのチビ、一体何なんだ?」


 当然、ナツキは場違いである。鎧もつけずただのワンピースに、身の丈に合わぬ長剣を一本背負った変な幼女が、ギルドマスターの隣を当然のように歩いているのだ。合流した誰もがまずダインにその正体を聞いた。


「こないだ拾った孤児だ。記憶喪失だが戦闘能力はおめぇらより上だぞ」

「ははっ、ウソはよせ。こんなチビがオレより強いだと?」


 新たに隊列に加わった、10代半ばくらいに見える剣士の少年が、身を屈めてこちらの顔を覗き込んできた。それを見ていた他の人々は、またか、と諦めたように目を伏せた。


「ナツキ、やれ」

「はぁ……」


 心底面倒くさそうにダインに指示され、ナツキも溜息をついた。もう同じやり取りを10回はしているのだ。


「ごめんね、お兄さん」


 ちらり、と剣士の少年に目を向け、溜めなしの弱い《気迫》術を放つ。


「っ……!? お、おう、ぅおお落ち着け、チビ」


 ビクゥ、と肩を跳ねさせ、少年はあたふたし始めた。お前が落ち着け。かっこ悪いぞ。


「……お兄さんも剣士みたいだし、寸止めで一戦どう?」


 どうせなら軽く試合でも、と背中から剣を抜こうとすると、男は「オレが悪かった!」と列の最後尾まで逃げていった。張り合いがないことこの上ない。


「ダイン、ギルマスならもうちょっと皆を鍛え直した方がいいよ。ボクまだ剣すら抜いてないのに」


 殺気を収めてダインを見上げると、何故か苦笑が返ってきた。


「あァ……あのな、おめぇのそれ、神獣の一睨みくれぇの威力はあっぞ」

「え? うん、それくらいに抑えたつもりだけど……あれ、ボクたち、神獣を倒しに行くんだよね?」


 神獣に睨まれただけで逃げ帰るようでは何も出来ないではないか。そう問うと、ダインは首を横に振った。


「違ェよ。神獣と戦うのは軍や《塔》の連中で、俺らは使い魔狩りだ」


 後ろを振り返れば、他の人々もうんうんと強ばった表情で頷いている。ドールを連れたオペレーターですらそうで、オペレーター以外の者に至っては、神獣と戦うなんてとんでもない、という顔だ。


「……ふーん」


 彼らはその危険な仕事を当然のようにラクリマに、ナツキと同じくらいの幼女たちに押し付けているわけだが。……一体この中の何人が、ラクリマの本来の生態を知っているのだろうか。知ったところで、変わらないのだろうか。


 もやもやとした気分のまま、ナツキは砂漠を歩き続けた。

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