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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅱ 陽だまりの看板娘
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Lhagna/π - 窓の外

 ぼくたち勇者パーティのリーダー、ナツキが死んだ。


 ぼくは前世、何百万という人の死に触れても、セイラがよく口にした「胸が張り裂けるような気持ち」を感じたことはなかった。生まれた命がいずれ失われることは必然であり、その過程が救いなき戦争であることに悲しさを感じはしても、他者の死自体を自分のことのように悲しむことはなかった。それは他者の死であり、自分の死ではなかった。いつ流れ弾で命を落とすか分からない世界で、それは確率的事象であり、日常だった。

 最期の最期、セイラを守りきれないと悟ったとき、ぼくは初めて涙を流した。なるほど、ぼくはセイラを守るためだけに生きてきたから、セイラの死は自分の死と同じことで、だから悲しいのだと、そう思った。セイラのために無意味な悪あがきをしたのは、セイラ即ち自分の死をほんの少しでも遅らせるための、近未来予測計算ができない人間種の非合理的生存本能の転写だと、そう「理解」した。


 だから、必死の形相で昼の会に乱入してきたゴルグからナツキが死んだと聞いたとき、ぼくは驚きはしつつも、悲しまなかった。彼はぼくがパーティの役割として守るべき存在ではあっても、彼と自分の命が同等だと思えるほどの存在ではなかった。そんな存在は過去にも未来にもセイラただ一人だし、ナツキはぼくが守らずとも世界最強の個。むしろ、特に他のメンバーと比べて秀でたスキルも無いくせに何故か現実離れした戦闘能力を持つあの男を殺せる者がいるのかと驚嘆し、会ってみたいとさえ思った。

 そして彼の骸を前にして、トスカナが泣き出したとき。その骸に無意味な回復魔法をかけ出したとき。その姿に重なるように、二年前の自分を幻視したとき――ぼくはやっと、理解の誤りに気づいた。

 他者の命が失われることが悲しいのではない。他者と言葉を交わし、思いを伝え合えなくなることこそが、悲しいのだと。


 ――ずっとずっと、大好きだよ。


 最後に聞こえた彼女の言葉は、今でも脳裏に焼き付いている。

 そうだ。あのときのぼくの「無意味」な悪あがきは、セイラがその思いを伝え、ぼくが受け取るための数秒を、守ったのだ。


 そしてトスカナの魔法は、真に、無意味だった。ナツキはもう死んでいて、言葉を発せない。彼はもう、ぼくらが毎日繰り広げてきたバカ話に、参加することはない。

 気づけば、ぼくの両目から透明な液体が溢れていた。

 それが機体の故障でないことは、もう分かっていた。



☆  ☆  ☆



 それからあっという間に一ヶ月が過ぎた。

 勇者パーティを率いて魔王軍を退けた救世の英雄の死は、世間を大いに騒がせた。陰謀説、暗殺説、実は生きてる説、あれこれ身勝手な憶測が飛び交った。あの最強の勇者が、そう簡単に死ぬわけがないと。

 遺体は魔法で凍結され、帝城内に厳重に保存されることになった。ヴィスタリア帝国では火葬が一般的だが、ナツキの世界でどうかは分からないので、教皇様が神託を授かるまでは時を止めて保存しよう――という事になっているが、どうせ本物の神託なんて下りないだろう。彼らも受け入れたくないのだ。そのうち蘇るかもしれないと、奇跡を信じたいのだ。そしていつか、時間がその悲しみを風化させたとき、神託という名の後片付け宣言が出される。その内容は火葬。なぜならぼくたち勇者は皆、万一死亡した際の死体の扱いについてちゃんと希望を聞かれ、彼はそう答えたのだから。


 当然、勇者が何故か死にました、で世間が納得するわけはない。死には必ず理由がある。

 人々が真っ先に疑ったのは、ナツキ死亡時に同じ部屋にいたはずのゴルグだった。ぼくもトスカナもエクセルノースも彼を疑ってはいなかったけれど、ナツキの師でありナツキに迫る強さを持つ彼を世間が疑うのは当然の話ではあった。

 彼は憤慨しながら法廷に赴き、すぐに無罪を勝ち取ってきた。そもそも嘘を見抜く魔法のあるこの世界で、冤罪は有り得ない。


「わしが起きた時にはもう、冷たくなっておったんじゃ……」


 彼がナツキの死について証言できるのは、それだけだった。明け方、ゴルグが就寝しようとした時には、ナツキはまだ普通に寝息を立てていたという。それから彼が昼に起きるまでの間に、ナツキは命を落とした。死後硬直の進み具合から、ゴルグが就寝してからすぐ、朝方に死亡したと見られている。

 検死の結果は「死因不明」。外傷も魔法や呪いの痕跡もなく、毒物の類も検出されず、苦しんだ痕跡も見つからず――王宮の最高位の専門家たちが皆、何故死んでいるのか分からないと匙を投げた。


「心臓発作……ってことになったらしいよ。無病の加護だって授かってるのに、馬鹿みたいだよね」


 そう吐き捨てるエクセルノースと、ぼくとゴルグは王宮病院を訪れていた。マナ中毒で死にかけたトスカナのお見舞いだ。

 ぼくとエクセルノースの心肺蘇生、ゴルグの回路調律によって一命を取り留めたトスカナだったが、その後ずっと眠り続けている。まるで、起きて現実を受け入れることを拒否するかのように。


「あっ、勇者のみなさま……!」


 王宮病院の廊下を、小さな影――リシュリー王女殿下がとてとてと走ってくる。彼女もトスカナの見舞いに来てくれていたらしい。


「やあ、殿下。……きみはもう、大丈夫なのかね?」


 幼いリシュリー王女は、ナツキが死んだと知らされその場に崩れ落ち、その後一日中泣き続け、食事も全く喉を通らず、しまいにはふらりと倒れてしまったという。

 憧れ慕う存在を失うという、たった6歳の身には重すぎる悲しみ。一度あっけなく押しつぶされたはずの彼女はそれでも、気丈な笑みを浮かべて見せた。


「……大丈夫では、ないですわ。でも、いつまでもうつむいてはいられませんもの」


 ナツキの約束を代わりに果たすのだと言って、王女は学院へと走っていった。


「強い子じゃな。さすがはあのイヴァンの娘といったところかの」

「はは、それ、褒め言葉かなぁ……」

「こらエクセルノース、王宮でめったなことを言うものではないよ」

「…………そうだね」


 いつもならここでナツキが悪ノリしてあれこれ悪口を言い出し、丁度通りかかった侍従やら大臣やらに怒られるまでがワンセットだったのだ。

 会話が途切れてしまい、コツコツと大理石の床を鳴らす足音だけが、広い廊下に響く。やがてトスカナの病室にたどり着き扉を開けるまで、誰も一言も喋らなかった。


「カナ、お見舞いにきたよ」


 エクセルノースがそう声をかけるが、言葉は返ってこない。天蓋付きのベッドの中、トスカナはただ静かに、眠り続けていた。

 体内にマナが溢れ神経系を侵してしまう、マナ中毒。これによる昏睡は、普通の魔法で治すことはできない。マナを使わない特殊な魔法体系である練気術を無理やり魔力回路の調律に使うことで、徐々に溢れたマナを排出していくしかない。ただし正しい練気術の使用法ではないため、術者にもかなりの負担がかかる。

 ゴルグの決死の治療によって、マナの排出自体は既に終わっている。なのに、あとは目を覚ますのを待つだけだと言われてから、早くも一週間が過ぎようとしていた。


 今日あったことを眠るカナに報告したり、軽く冗談を交わしたり、そんな会話はそう長くは続かず、また声は途切れる。カッチ、コッチと、振り子時計の音だけが、残酷に空間を満たしていく。


「……そういえば、リシュリー殿下が果たしたいナツキの約束って、ぼくが聞いてもいい話なのかね?」


 沈黙に耐えられなくなり、ぼくは話題を振った。本人に聞くべきだろうなとは思いつつ。

 秘密の約束とかじゃないよ、とエクセルノースが答えてくれた。


「『根源』の正体を突き止めること、だってさ。ゴル爺、手伝ってあげなよ」

「ふん、とっくに手伝っとるわい。あの娘、毎日のように研究室に来おって」

「根源の正体……」


 根源。魂の裏側から湧き出る、気の源泉。

 魂あるもの全て根源に通ず、とはゴルグの言だが……ぼくにも魂はあるはずなのに、根源の存在を感じられたことはない。いくらゴルグの言う通り修行をしても、練気術の基礎の欠片にすら触れることは叶わなかった。


「残念ながら、ぼくには手伝えそうにないな、それは」


 練気術の開祖たるゴルグにすら、素質なしと匙を投げられた身だ。力にはなれそうもない。

 しかしゴルグは、少し考えたあと「いや」と首を横に振った。


「もう目を逸らすのはやめじゃ」

「ゴルグ?」

「すまぬ。散々追い払っておいて、このようなことを頼むのは滑稽じゃろうが……お主にも、ぜひ手を貸してもらいたいのじゃ、ペフィロよ」


 彼がぼくと戦闘中以外で視線を合わせてくれるのは、いつぶりだろう。

 その真剣な眼に、ぼくは首を縦に降った。断る理由などない。


「もちろんだとも、願ったり叶ったりだ。……しかし、ぼくにできることなぞあるのかね? 練気術がまるで使えないのに」

「なればこそ、じゃよ。おぬしは練気術研究における特異点――あらゆる気の法則が成り立たぬイレギュラーじゃ。まるで何者かに、魂を取り巻く概念を改造されてしまったかのようにな」

「……イレギュラー。なるほど」


 理論の研究において、定説では説明できない事象、すなわちイレギュラーが見つかったとき、パラダイムシフトは始まる。古典力学では説明できない事象も、相対性理論や量子論の下では成り立つように。

 ペフィロはそのきっかけになり得ると、ゴルグは言っているのだ。


「うむ、例えば」


 トン、とゴルグの指先がぼくの額に押し当てられた。恐らく練気術を行使しているのだろうが、いつも通り、何も感じなかった。


「今、おぬしの根源を探っておるが、見つからぬ。根源の位置を悟らせぬのは対練気術師戦の基礎じゃが――わしは今、様々な奥の手を使ってお主の魂を暴こうとしておる」

「む、怖いことを言うね」

「そう言いつつ、お主は何もしておらぬ。これだけの侵蝕術、本来ならとうに発狂しておるはずじゃと言うに」


 とんでもない術をかけられているらしい。少し顔が引き攣るが、何も感じないものは感じないのである。

 そう、ぼくは練気術を使えないだけでなく、魂に干渉するタイプの攻撃を一切受け付けない。そもそも本当に魂があるのかと疑うのが自然な流れだが、魂自体は確かに在るのだ。存在は検知できるのに、アクセスは不可能という、不可解な状態で。


「お主の魂は、わしにも分からぬ『何か』に根源ごと保護されておる。練気術を扱えぬのも、常識外れな精神攻撃耐性も、その影響じゃろうな」

「……保護」


 ぼくを守ろうとした人なんて、勇者パーティを除けばただ一人、セイラしかいない。ならそれも、きっと彼女の仕業だろう。


「魂や根源について、真に理解しなければ到達できぬ極致の造形。それがお主じゃ、ペフィロよ。わしはな、お主をここまで厳重に守ろうとした者の知識と技術に……圧倒されてしまったのじゃ」

「……セイラは、ぼくの世界でも天才科学者と呼ばれていたよ」


 彼女の手で改造されたぼくの機能の数々は、彼女がいなくなってしまいぼくが生まれ変わった今も、ぼくとぼくの仲間を守る盾として息づいている。勇者パーティの雑談でその話をすると、いつもゴルグはむすっとして耳を塞いでしまったのだが。


「もうプライドがどうのと言っておる場合ではないのじゃ。ペフィロよ頼む、そのセイラ嬢について、改めて話を聞かせてくれんかの」

「いいとも。とはいえ、彼女の研究内容についてはぼくも詳しくないがね」

「何でもよいのじゃ。会話の断片、お主の体に残っておる改造の痕跡、何でもよい。どこに突破口があるか分からぬ。この後研究室に来てくれんか」


 まさかぼくをゴルグが研究室に招く日が来るとは。

 しかしリシュリー王女と彼とはほとんど接点がないはずだ。一体彼女の何が、彼に信念を曲げるほどの変化を与えたのだろうか。


「ゴル爺がそこまで王女殿下のために動くなんて、珍しいね」


 エクセルノースがぼくの気持ちを代弁すると、ゴルグは首を横に振った。


「あの小娘は関係ないわい。それはついで、真の目的は別じゃ」

「真の目的?」

「ナツキの死の真相を突き止める。それ以外に無かろう」


 その答えに、息を飲む。

 気にならないわけがない。しかし王宮のエキスパート達が匙を投げた問題だと、半ば諦めかけていた――その真相を、練気術の研究で突き止める?


「……明日は我が身の不審死だしね、突き止められるに越したことはない。でもゴル爺、それと練気術――『根源』に何か関係が?」

「普通人が死ぬときは、肉体がまず死に、解放された魂が根源へと還る。じゃがナツキの死は、それでは説明がつかぬことが多すぎるのじゃ」


 それが、王宮の魔術師・練気術師たちには何もわからなかった原因。ナツキの骸は、あまりに綺麗で健康すぎた。


「じゃがこれは、魂が先に抜き取られたと仮定すれば、全ての辻褄が合う」

「……そんなこと、可能なのかい?」

「今の練気術ないし死霊術の基本原理上は、不可能ということになっておるな」


 魂は肉体と強い結びつきがある。肉体が死なない限り、魂を切り離したり、根源に還すことはできない。根源の窓のこちら側からは弄れない絶対の基本法則、次元の壁がそこにはある。

 だからこそ発想の転換、新たな発見によるパラダイムシフトが必要。そうゴルグは言っている。


「しかし、ならばこうは考えられんか? 根源の窓の()()()()()()――すなわち『根源』が、彼奴の魂を奪ったのじゃと」


 言い放たれたのは、「練気術」に縛られた思考パラダイムを、変えるための仮説。

 しかし、それは。つまり――


「……そんな無茶苦茶な話があるかね。ゴルグ、きみは『根源』とやらが意思を持っているとでも――」

「いや、あながちあり得ない話でもないんじゃないかな」


 あまりに空想が過ぎると反射的に反論しようとしたぼくを、エクセルノースが遮った。


「だって、僕らはゴルグ以外皆、出会ってるはずだよ。根源の窓の外側の、意思ある存在にさ」

「む? いつの話――ああ、そうか。分かったぞ」


 そうだ。そういえば、そうだった。

 神のような領域にいるくせに、やたら人間くさい話し方をしていた彼女――


「そうじゃ。お主らの魂をこの世界に導いたという、『天使』なる存在。それが根源の先に居るというのなら、ナツキの死、あるいは――()()に関わっておる可能性は、高いじゃろうて」


 ゴルグはそう言って、ニィッと笑った。

 天使による、転生。一度()()()はずのぼくらが、ここにいる理由。


「いやゴル爺、転生って……いや、まさか……有り得る、のか?」

「……ふふ、結構じゃないか。死と表現するより、幾分か明るく議論ができるというものだ」


 天使は、ぼくたちが数多の魂から選ばれし勇者だと言った。しかし――転生は一度だけだとは、言っていない。


 もちろんそれは、あまりに希望的観測が過ぎる話だったけれど。


「えと、あのっ……わたしにもできること、ありませんか」


 眠り姫を叩き起こすには、充分すぎる希望だったようだ。



☆  ☆  ☆



「あっちゃー、バレた」

「だから何度も申し上げたじゃないですか! ちゃんと『降りて』やってくださいと!」

「うーん、手続きがめんど……じゃなくて彼、元々手違いだったし雑でもいいと思ったんだよねー。まーほらこの通り、『天罰』も降りてないし。いいんじゃない?」

「いいんじゃない? じゃないですよ! あなたが囚われたら私達まで職を失うんです!」

「だーいじょうぶ、あたしだって皇族の血は流れてる。ちゃんと『読んで』やってるし、想定内。それ以上は、無礼だよ」

「……失礼しました。で、どうするんです、あの四体」

「放っとけばいいよ。まだ『因子』じゃないし……気づいたところで、あの子たちには能力も環境もない。もはや今一番『突破』されにくい星でしょ、あそこ。……ってゆーか、そもそもおじさんいるし。何かあったらテキトーにやってくれるでしょ」

「それは、まあ……はい。ですがハーネ様はもっと職責にご自覚を持って、下々の者の見本たりえる振る舞いを――」

「あーはいはい、善処善処。ってか今問題はそっちじゃないんだって」

「……。進展なし、ですか」

「ん。でももう500年だからねー……今のところまだ抑え込めてるみたいだけど、そろそろヤバいんじゃないかって分析が出てる。彼、うまくやってくれてるといいけど……」

【ひとくちメタ情報】

舞台となる世界や視点の変わるページのタイトルは、

「<世界>/<視点コード> - <タイトル>」

で構成されています。

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