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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅰ サードライフは突然に
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転生勇者、転生する Ⅲ ※

「おいこら男子ー、女の子をいじめるんじゃないよ」


 ナツキの左側、空席だった方から叱責が飛んでくる。振り向けば、ぐるぐる巻きのカーテンのお化けのような物体が、ぴょこんと椅子に跳び乗るところだった。

 端から見れば怪しさしかない風体だが、ナツキ達が警戒することはない。知り合いだ。


「お、ペフィロ。遅かったな。……何で頭まで被ってんだ?」

「いや、学院の子供たちに追われて、て……ん、しょ、ぷはっ!」


 カーテンお化けの上部がもぞもぞと動き、中から人の――幼い女の子の顔がすぽん、と現れる。黒白メッシュのショートヘアに、大きなヘッドホンのような機械をかぶっている。彼女も勇者パーティの一員だ。


「まあ、ちっこいカーテンお化けが学院を歩いてたら、気になるよな」

「カーテンお化けとはなんだい。ぼくはきみ達に合わせて服を着てやっているんだぞ」

「……あー、うん。そうだな」


 ちっこいカーテンお化けの名は、ぺフィロ=リパリス-700(ネル二ーゼ)。身長105センチ、自称7歳。誰が見てもただの幼女な外見をして、パーティの頭脳兼、前衛で敵の攻撃を一手に引き受けるタンク担当だ。

 あまりにも見た目に不釣り合いな役割ゆえ、勇者パーティの戦場を知る人々からは「児童虐待戦術」だの「これには魔王も良心を痛める」だのと評される有様だが、本人の希望な上に能力も完璧に釣り合っているのだ、これが。

 なお7歳なのは事実らしいが、彼女の母星の公転周期は地球の約100倍であることを付け加えておく。実時間で最年少がトスカナだというのは嘘ではない。


「で、何をしているのかね。トスカナが怯えているじゃあないか」

「ここの貴族の政略結婚に、僕らが当事者として巻き込まれる可能性の話をしてたのさ」


 エクセルがそう答えると、ペフィロはきょとんとした後、しばし考え、難しい顔になった。


「それは……ぼくはともかく、きみたちは無理だろう? 彼らには子孫が必要なのだから」

「うん、僕とナツキもそう結論したところさ」

「ぅ……あの、結局、どうしてなんですか……?」


 やっぱり気になるのか、トスカナが遠慮がちに聞く。それに対してペフィロは答えず、ナツキとエクセルを冷めた目でじとーっと見た。


「なるほど。ここできみたちがデリカシーをどぶに捨てたわけか」


 ナツキとエクセルは反射的に目を逸らしそうになったが、


「……や、あれはカナの自爆じゃね?」

「うん、自爆だね」

「うぅ……はい、自爆です……」


 トスカナがまた真っ赤になって顔を伏せてしまった。

 それを見たペフィロは暫し目を瞬かせたが、すぐにジト目に戻り、


「ふむ。でもどうせその後に面白がってからかったんだろう?」


 ナツキとエクセルは目を逸らした。


「まったく……ぼくが代わりに答えよう。いいかね、まず、ぼくたちはこの星の生き物じゃあない」

 

 そう、ここにいる4人は皆、異世界からの転生者だ。惑星ラグナの人間ではない。


「遺伝子の構造が違うから、子どもは生まれない。以上だよ」


 何故か見た目は似ているが、進化の過程が独立しているのだから、遺伝子的に同種族であるわけがないのである。

 ラグナは地球ほど物理科学の発達した星ではないが、代わりに魔法科学は非常に発達している。特に生命に関する研究は盛んで、実験・検証の過程は違えど、生物化学の基礎に関しては地球と同レベルの水準に達していた。魔力によって生命活動をエミュレートする「魔法生物」なるものさえ存在することを考えると、地球と比べるのはむしろ失礼かもしれない。

 当然、遺伝子的に大きく異なる種族を交雑させても子が生まれないこともよく知られているだろう。

 ナツキたちがこの世界の赤ん坊として真に「転生」していたなら、話は別だったかもしれない。しかし勇者パーティは皆、元の世界で死に、その直前の姿で(怪我などは治された状態で)ラグナに召喚されたのだ。


「いで……んし?」


 トスカナは首を傾げる。初めて聞く言葉だったようだ。

 不勉強なわけではない。彼女が生まれたのは、地球やラグナとは異なり、技術的には未発達の星だ。マナは存在するものの、それによって魔術を体得した者は魔女と恐れられ、差別され、魔女裁判が横行する――そんな世界だったと、かつてトスカナは悲しそうに教えてくれた。自分もそのせいで命を落としたのだと。

 彼女は今、この世界の常識を身につけるため猛勉強中なのだ。


「うむ。言わば、命の設計図さ。ぼくたちの姿かたちや能力を決める暗号がずらっと並んだ、巨大で複雑な設計図」


 この手の説明に関しては、ペフィロが圧倒的に上手い。ナツキとエクセルは説明を丸投げして、先程購買で買ってきたアイスコーヒーもどきに口をつけた。最近見つけたお気に入りだ。


「子供を作るというのはね、親の設計図を半分ずつ繋ぎ合わせて、新しい設計図を作る、ということと同義なのだよ。上手く行けば、身体は設計図通りに成長して、魂を宿す」

「上手く行けば……」

「そう。上手く行けば、だ。たとえば――」


 ぺフィロを巻くカーテンの隙間からにゅっと小さな手が伸びて、目の前の机をぺしぺしと叩いた。


「この鉄のテーブルにも、設計図はある。教室の木の長机にもあるだろう。しかし――同じ机だからと、その二枚の設計図を半分ずつ繋ぎ合わせたものは……果たして正しい机の設計図になるだろうか?」


 トスカナは少し想像するように目線を上げ、すぐに首を振った。


「くっつかないです。高さも材質も違います」

「うむ。別規格の机がぴったりくっつくなど、同じ学院の中ですら珍しいことだ。ましてや、別世界から拾ってきた机がたまたま全く同じ形でぴったり! なんて奇跡、あると思うかね?」

「それはもちろん……あ、なるほど! 人間も同じなんですね!」

「ふふ、相変わらずきみは理解が早い」


 勇者パーティで最も科学知識に疎いのはトスカナだが、最も勉強熱心なのもまた彼女だ。日々の生活に不思議を見つけては、こうして積極的に解決していく。その姿勢は学院でも評判だ。


「さて、ぼくはおなかがすいたぞ」


 ぺフィロは話を打ち切り、カーテンの中から大きな丸い包みを取り出して机に置いた。バスケットボール大のそれをペフィロが解くと、中から巨大なおにぎりが顔を出す。今日の彼女の昼食らしい。


「いただきまぁす」


 ナツキが流行らせた食前の挨拶を、ペフィロはいたく気に入っていた。ついでに言えば、おにぎりもナツキがアイデアを輸入したものである。米はラグナにも似たような穀物があり、一部の国では主食にすらなっていた。


「しかしまあ、よく食うよなあ……」


 ペフィロは、自分の頭よりも大きなおにぎりに幸せそうにかぶりついている。座るとテーブルに手が届かないので、椅子に立ったままだ。

 前世では「食事」という概念すらなかったペフィロにとって、食は最大の娯楽なのだという。


「満腹中枢とかなさそうですもんね、ペフィロちゃん」

「それ以前に、よくこの体積があの小さな体に収まるものだよ」

「まあ構造からして俺らとは違うんだろうし……」


 ペフィロの幸せそうな顔を眺めつつ、皆思い思いに呟く。食事中以外は滅多に見ることの出来ないペフィロの笑顔は、写真に撮って額縁に飾っておきたいくらいの空間浄化作用がある。眺めない手はない。


「もぐもぐ。聞こえてるぞ。ぼくの体のつくりは別に、もぐもぐ、きみたちと大差はもぐもぐ。うまー」


 少しジト目になってしまっていたペフィロだったが、すぐにほわぁ、と笑顔に戻った。顔の周りに幸せの花が舞っているのが見えるようだ。


「か……かわいいです……」


 トスカナは目をキラキラさせながら両手をわきわきさせていた。そのまま一歩ペフィロに近づこうとして、エクセルに肩を掴んで止められる。


「落ち着くんだカナ、食事を邪魔されたペフィは学院を吹き飛ばしかねない」

「うぅっ、分かってます……!」

 

 気持ちはよく分かる。撫でたい。抱きしめたい。とても分かるが、一度それで魔王城への道中にあった山を一つ消し飛ばしたことがある以上、同調するわけにはいかないのである。


 そうこうしているうちに、ペフィロはぺろりと巨大おにぎりを平らげてしまった。幸せそうな表情のまま、口の端に米粒をつけて曰く、


「きみたち、ぼくはしあわせだよ……」


 それは見れば分かる、と周囲の3人は頷いた。

 もう話しかけてもいい頃合いだろうと、エクセルが呆れ顔で口を開く。


「ペフィ……毎度思うけど、君は本当に人体の機能を模倣できているのかい?」

「む? 機能の模倣なんてちゃちなもんじゃあないよ。非戦闘モードのぼくのからだは、中枢炉以外は細胞レベルでぼくの世界の人間たちと同等だ。きみたちとも大きな違いはないんだぞ」


 何度も教えたじゃないか、とペフィロは頬を膨らます。


 そう、彼女は実は人間ではない。地球における定義で言えば、生命体ですらない。約40兆個のナノマシンが結合して構成された、代謝する機械。ペフィロの母星の言葉で言えば、「機人」。

 見た目は人間そのもので、肌の感触もほとんど同じ。内臓機能も普段はほぼ人間と変わらないが、その全てが無機物であるという、ナツキ達の常識を覆す存在だった。


「それは何度も聞いたけどね。じゃあいったい、君が食べたものはどこに消えていくんだい?」

「そんなの、ぼくの胃袋に決まっているだろう。ほら」


 そう言うと、ペフィロは少し身じろぎをした。

 巻き付けられていたカーテンがしゅるっと肩から外れ、ぱさりと椅子に落ちた。


「どこにも消えちゃいない。あのしあわせは今、ここにあるのだよ」


 そう言って、ペフィロは自分のおなかを愛おしそうに撫でた。その表情はまるで聖母のようだった。カーテンに隠れて見えなかったペフィロのおなかは大きくぽっこりと膨らんでいて、なるほど確かに、あの巨大おにぎりがそのまま入ったらそうなるだろうな、という感じだった。エクセルの問いに対する答えとしては、必要十分な情報を開示していた。

 問題があったとすれば――他にもいろいろと、上から下まで全て、開示してしまっていた。

 

「ぺ、ぺぺペフィロちゃんっ!?」

「おい馬鹿! 何やってんだ!」

「すまない、僕の聞き方が不適切だった!」

「む。ばかとはなんだ。エクセルノースが見たいと言うから見せたんだぞ。文句あるまい」

「大ありだっ、服を着ろぉ!」

「ぅわぷっ」


 椅子に落ちたカーテンを引き上げ、放送倫理的に何もかもダメな状態のペフィロを頭まで覆い隠す。返す勢いで足を払い、椅子に落とした。

 周囲を素早く見回すが、幸いこちらを見ている学生はいなかった。もっとも、勇者ペフィロの「服が嫌い」という強烈すぎるパーソナリティは帝国中の人々の知るところであり、目を逸らされただけかもしれなかったが。


「なっ、なんだいなんだい! ぼくが何をしたって言うんだ! 全くこれだからか弱い人間は! こんなヒラヒラ、リザードマンのファイアブレス一発で燃え尽きるくらいの強度じゃあないか! ぼくの皮膚のほうが何千倍もつよいんだぞ! 脱がせろー!」


 すぽっ、とカーテンから顔を出してじたばたと怒り出すペフィロ。彼女の中では筋が通っているらしいその言い分は、当然満場一致で棄却された。


 ぺフィロ=リパリス-700(ネル二ーゼ)。AIと人間の戦争を止めるため戦場を奔走し、味方の集中砲火から人間を守って死んだ、心優しいAIの女の子。

 羞恥心は、プログラムされていなかった。


挿絵(By みてみん)

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