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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅱ 陽だまりの看板娘
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Rath'inox/π - ある星の終わり

 勇者パーティの頭脳兼タンク、ペフィロ=リパリス-700(ネル二ーゼ)は、人間ではない。40兆個のナノマシンで構成された、「代謝する」機械の塊だ。それを生物と呼ぶかどうかは、定義によるのだろう。

 母星ラティノーでは、自分達は「機人」と呼ばれていた。人間に反逆したAIとして、人ならざるモノ、自律駆動兵器として、長い長い戦争を続けていた。自分以外のほとんどの機人は、それに疑問を抱くことすらなかった。


 自分の両親たる個体は、やがてペフィロとなる受精卵を生成している最中に、人間の撃った遠距離広域強磁場兵器をその身に受けた。父たる個体に庇われ、辛うじて子宮の機能を維持した母たる個体は、他の全ての機能を奪われながらもただ我が子にのみリソースを与え続け、最後には全機能停止と引き換えに捻出した力でもってペフィロを産み落とした。……その過程は全て、生まれてすぐ両親の機体からサルベージしたログから読み取れた。エラーで真っ赤に染まったログの中で確かに、自分を形成する命令が少しずつ、何度も何度も、走っていた。

 父たる個体は、ペフルス。母たる個体は、ラキィロ。機体タイプは母の方が新しく、リパリスの700(ネルニーゼ)型。だからこれらの遺伝形質を受け継いだ自分には、命名規則に則り、ペフィロ=リパリス-700(ネルニーゼ)という呼称が自動的に割り振られた。


 光合成機能さえ生きていれば、機人が衰弱死することはない。自分以外動く個体が誰もいなくなった街で、ただ陽の光を浴びてぼーっと生きること数週間。やがて人間達が街に戦果確認にやってきた。

 殺さなければ、という本能はあった。しかし自分は戦闘訓練もしておらず、武器もない。出来ることはただ睨みつけることだけ。

 やがてペフィロの存在に気づいた人間の兵士が、冷たい視線と共に銃口を向けた。実はそれが人間なら誰でも持っている護身用の電磁砲で、男は兵士ではなく研究者だったということは、後で知った。


「お父さん、やめて! まだ子供だよ!?」


 胸に当たれば中枢炉がショートして即死するはずだった電磁砲の弾は、大きく逸れて背後の壁を焦がした。男の腕を、後ろから走ってきた人間の少女が引っ張ったからだった。


「放せ! エラを、お前の母さんを殺したのは機人だぞ!」

「でも、この子じゃないっ! この子のお母さんを殺したのはぼくたち人間なんだよ! もうやめようよ、こんなの……!」


 少女は、ペフィロが殺されることにデメリットを感じているようだった。理由は、よく分からなかった。


「子供だからと見逃せば、やがて成長して人間を殺す! 機人は根絶やしにしなければ際限なく増殖する、教えただろう!?」

「じゃあお父さんは、ぼくが機人だったら殺せる!? この子だって、誰かに愛された子供なのに!」

「機人に愛なんか無い、あるのは生殖本能だけだ!」

「嘘だ! じゃあ何でこの子は生きてるの!? 隣のボロボロの機体が見えないの!?」


 少女は父親らしき男と激しく言い争いながら、自分の前に背を向けて立ち、男から庇うように腕を広げた。


「馬鹿! 早く離れろッ! 機人は幼体でも――」


 殺せる。この距離なら、中枢炉を暴走させればこの少女を巻き込んで自爆できる。――ペフィロに搭載されたAIは、瞬時にその結論を導き出した。自爆スイッチは胸の中央に埋め込まれている。指でそこを突き刺せばすぐに実行できる。憎き人間を、我らの敵を一人、殺すことが出来る。それは喜ばしいことで、


「大丈夫だよ。ぼくがきみを、守るから……」


 しかしその言葉を聞いた瞬間、ペフィロの腕は、止まってしまった。

 動力系に異常はない。ずっと日に当たっていたからエネルギーは貯蓄上限に達している。AIは正常に働き、目の前で震えている愚かな人間を殺すための命令を神経経路に出力し続けている。

 殺害せよ。Timeout。自爆せよ。Timeout。腕を動かせ。Timeout――

 命令に身体が従わない。まるで別の命令ソースがそれを拒んでいるかのように、無反応のままタイムアウトを繰り返す。何故。

 その時、ガチャガチャとうるさい音を立てて別の人間の群れがやってきた。


「機人反応あり! クソッ、壊し尽くせなかったのか!」

「あそこだ! ……しめた、幼体だ!」


 武装している。新手の兵士だ。そのうちの一人が、こちらへ大きな銃口を向けた。彼らの位置からは、瓦礫に隠れて人間の少女の姿は見えていないようだった。


「やれ!」

「ま、待ってくれ、近くに娘が!」

「っ、一般人――!?」


 男の制止の声は一瞬遅く、トリガーは引かれた。

 先程撃たれたような護身用の小型装備ではない、複数の機人を同時に蒸発させることのできる大型電磁兵器から、直径が人間の大人の身長ほどもある巨大なプラズマ球が撃ち出された。このまま放置すれば、自分は消滅するだろう。自分を庇って間に飛び込もうとしている、愚かな人間の少女と共に――


 身体が、動いた。

 AIが発した命令は、回避。少女が間に入ることでプラズマの威力が減衰し、ギリギリで躱すことができると計算された。人間が同士討ちしてくれるなら自爆する必要もないと、()()()判断が下りた。


「きゃっ……」


 しかしペフィロの体は、またもその命令に従わなかった。間に入ろうとする少女を突き飛ばし、逆に自分が少女の盾となった。

 リパリス-700型は、防御に特化した機体だ。防御に全てのリソースを回し、自分の外装の半分ほどを蒸発させれば、少女に到達する前にプラズマを相殺できる。そう、AIの計算リソースを乗っ取った「何か」が、判断を下した。


「ぁ……ああぁっ……!」

「セイラ!」


 プラズマに呑まれるペフィロを見て顔を歪める少女を、その父親が抱きしめ引き離した。

 やがてプラズマはペフィロの前面外装と共に消え、ペフィロは自身の内部器官をボトボトと零しながら、地面に仰向けに倒れた。

 それを見ながら、トリガーを引いた兵士は呆然と呟いた。


「馬鹿な……機人が人間を……守った、だと?」


 中枢炉が無事だったのは、全くの偶然だろう。

 痛い。熱い。ナノマシンを繋ぐ赤い循環液が、どぽどぽと流れ出している。AIはしきりにエラーを吐きつつ、機体が完全に崩壊する前に周囲の人間を巻き込んで自爆せよと命令を繰り返している。露出した中枢炉に指を突き立てろ、今ならまだ間に合うと。

 しかし、まだ壊れていないはずの腕は、やはり動かなかった。


 父親の腕を振り払った少女が、壊れかけの機体に飛びついて泣き出した。なんで、どうして。この子は何もしてないのに。ぼくを守ってくれるような優しい子だったのに――


 ……何かが、自分の中に生まれていた。頭蓋の中のニューラルコンピュータに重なるようにして、惑星ラティノーの進んだ、進み過ぎた科学でも説明のつかない、何かが。


 つまりこのとき、「ぼく」は、生まれたんだろう。


 ぼくが「守った」少女セイラとその父親は、ぼくの身体を拾って人間の研究機関へと持ち込んだ。そこで修理を受け、ぼくはまた動けるようになった。

 人間たちのぼくに対する警戒心はすごいもので、重厚なシェルターの中に閉じ込められてしまったが、セイラだけは毎日のようにシェルターに入ってきてぼくに話しかけては、人間の成体に怒られながら引っ張りだされていった。

 通信で仲間と会話できる機人に、対話のための発声器官は備わっていない。セイラの言葉にぼくが返せるのは、頷いたり首を振ったりといった身振り手振りだけ。だと言うのに、彼女は楽しそうにぼくと「おしゃべり」していた。


 いつの間にか、人間に対する殺意はぼくの中からなくなっていた。「ぼく」は、体に命令を送るAIと同化していた。


 やがて戦争がさらに激化すると、ぼくに核爆弾を積んで機人の国の中枢軍事サーバの近くまで潜入させ、自爆テロを起こすという計画が持ち上がった。ぼくの機体は人間の手で修理される過程でハッキングされていて、反抗しても強制的に遠隔操作できるように改造されてしまっている。ぼくはそれを知っていたけれど、セイラは知らなかったみたいで、人間の大人たちに猛抗議をしていた。


「逃げよう、ペフィロ!」


 作戦決行の前日、セイラはぼくをシェルターから連れ出した。いつの間にか彼女は研究機関のセキュリティを掌握していて、ぼくの身体にかけられた全ての制約を取り払ってくれた。


 ついでに、とぼくの喉に付けてくれた発声器官は彼女の声帯構造をもとに作られていて、「ちょっと恥ずかしいけど」と彼女は笑った。他の職員の目を盗んで、少しずつ、一年もかけて作ってくれたのだという。

 それが嬉しくて、セイラに対する正直な気持ちをそのまま第一声にしたら、何故か彼女は真っ赤になって俯いてしまった。「返事は戦争が終わってから」などと意味不明なことを口走る彼女を見て、人間の脳も熱暴走するのかな、と思ったりした。人間は録音した自身の声を聞くと羞恥を感じると言うけれど……そこまでひどく恥ずかしがることもないだろうに。



 それからセイラとぼくは、国家反逆罪で追われる身となった。それでもセイラは前向きで、どうせ追われるならとことん反逆してやると、戦争を止めるためのレジスタンスを作り上げてしまった。


「辛い時こそ笑わなきゃ、だよ!」


 それが彼女の口癖だった。その言葉通り、どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあっても、彼女は笑っていた。涙を流しながら、肩を震わせながら、えへへ、と口角を上げて見せた。


 いろいろな戦いを止めたけれど、止められなかった戦いや救えなかった命の方がずっと多かった。仲間もどんどん死んでいった。結局戦争は激化の一途を辿り、レジスタンスはぼくとセイラの二人だけになり――やがて、最終戦争と名を冠した総力戦が始まった。

 そんな中、人間はついに星全体を強力な磁場で貫いた。無数の人工衛星と星そのものの磁場を利用したそれは、文字通り人間の最終兵器と言えるもので、あらゆる機人のAIに修復不可能な致命的ダメージをもたらした。ぼくもセイラも、間に合わなかった。止められなかった。権力も武力もないたった二人の子供が人類全体の決定を覆すことなど、できるわけがない。それが現実だった。


 機人の中でただ一人、ぼくだけは無事だった。セイラがぼくにこっそり防御機構をつけてくれていたから。他にも、色々、いろいろ――いつのまにか天才科学者になっていた彼女は、ぼくを改造し続けてくれていた。「これでぼくを守ってね」なんて言いながら……その全ては、ぼくを守るための機能だった。


「ねえ、ペフィロ。ぼく、やっと気づいたんだ」


 ぼくとセイラ以外誰もいない荒野の真ん中で、彼女はぼくに語りかけた。


「戦争を止めたいなんて言ってたけどさ、結局……ぼくが守りたいのはきみだけだったよ。きみと出会ったあの日から、ずっと」


 そう言ってぼくを見つめる彼女の頭上、天高く、大量の黒い影が集まってきた。

 それは機人の最終兵器。光のみをエネルギーに星をくまなく巡って人間種の生体反応を探し、周囲の地形ごと吹き飛ばして死の風を撒き散らす、自律型核ミサイル……総計128億本。その全てが、解き放たれていた。

 きっと、脳を磁場に侵された機人の長が最後の力でスイッチを押したのだろう。憎き愚かな人間に対する、報復のために。


 そのうち268本が、セイラただ一人を殺すために、降り注ごうとしていた。


 ――ああ、ぼくだって。

 ――この世界でただ一人、ぼくに寄り添って笑ってくれたきみを守れれば……それでよかったのに。

 

 ずっと正しい判断を下してきたぼくのAIが、何万回、何億回計算しても、セイラを守るための道筋を教えてくれない。

 だから、もう手遅れなんだと、分かってしまった。

 

「あーあ。さすがに、核ミサイルの雨を防ぐ機能は付けてなかったなー。しっぱい、しっぱい!」


 セイラはそんな風に笑って、いつものように笑って、震える腕でぼくを抱きしめた。だからきみのせいじゃないよ、泣かないで、と囁かれ――初めてぼくは、自分が涙を流していることに気がついた。

 

 やがてミサイルの群れが、その鎌首をもたげ――風切り音と共に、セイラ目掛けて降り注ぐ。

 ああ、終わりだ。何をやっても無駄。そう目を閉じかけて。


 ――こわいよ、と震える小さな声が。

 優しく強がりな彼女が、初めて口にした弱音が――ぼくを突き動かした。



「大丈夫だよ。ぼくがきみを、守るから」



 それはかつて「ぼく」が生まれたときに、きみがかけてくれた言葉。


 機体の全ての防殻を展開した。中枢炉と演算回路を限界まで加速し、あらゆる熱線と放射線を防ぐフィールドを張った。今までセイラにも見せたことのない奥の手を全て、セイラを守るためだけに使った。「ぼく」と融合したはずのAIが久しぶりに警告を発する。修復不可能な損壊? ――知ったことか。

 ミサイルが着弾する度、展開した防御機構が一つずつ、壊れ、崩れ、剥がれていき――最後の一本の着弾と共に、何もかもが消え去った。

 もう、体は動かない。声も出ない。無茶なオーバークロックの代償に神経回路は全て断線し、中枢炉は溶け落ち、脳と感覚器以外の全ナノマシンは動力を失った。


「わあ……すごい、や。さすがぼくの、改造した…うぅっ……ペフィ、ロ……ねぇ…………返事してよ……ねぇっ……」


 セイラはぽろぽろと涙を流し、倒れたぼくの顔を覗き込んだ。

 ぼくは腕を持ち上げて、涙を拭おうとした。できなかった。笑いかけようとした。できなかった。ぼくに残っていたのは、脳にセイラが埋め込んでくれた、本当に本当の予備動力だけだったから。

 でも、それでよかったのかもしれない。だってもしぼくの表情が動いていたら、セイラは気づいて、振り向いてしまっていただろうから。


 黒煙立ち昇る空を、さらに真っ暗に埋め尽くす、黒。

 数えきれないほどのミサイルが、セイラを見下ろしていた。


 ――ああ。きっともうこの星に、他に生きている人間はいないんだろう。


「……えへへ。ダメだな。ぼくは、笑ってなきゃ」


 ぐしぐしと涙を拭って、セイラはまた、ぎこちなく口角を上げた。

 何度も見た、ボロボロの笑顔で、ぼくを見つめる。


「ね、ペフィロ」


 その向こうから、最後の()を仕留めるため、心を持たぬ数億の黒が降り注ぐ。




「ぼくも――ずっとずっと、大好きだよ」




 ぎゅっと、抱きしめられて。


 もう感覚もないはずの身体が、温もりを感じた気がした。



 そんな小さな、本当にささやかな幸せの中、




 ――戦争は、終わった。











 気がつくと、「天使」がぼくを見下ろしていて。

 「ぼく」は、「魂」と呼ばれるものだったのだと知った。




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