つよいぞ! 幼女パワー
「――というわけなんだけど。信じてくれるかな?」
気を叩き込んでラムダを半ば強引に起こした後、ナツキは事の顛末を全て包み隠さずヴィスコに語った。クズが来店して返り討ちに遭い、逆恨みでナツキをラムダに攫わせ、そこからラムダと共に脱出してここに来るまでの話を。
「……言葉だけでは、何とも言えぬ。ベート、廃坑とやらを確かめて参れ。誰にも悟られるでないぞ」
「はっ!」
ヴィスコに近いところに控えていた組員が一人、部屋を駆け出して行った。ナツキが教えた辺りの場所に廃坑は一つだけらしいので、見つけられないことはないだろう。
「ナツキ。最終的に判断を下すのは彼奴の報告を待ってからじゃが……汝の言葉に嘘は感じられぬ。汝は蛮族にあらず。風評に踊らされ礼を失したこと、心から、詫びよう」
ヴィスコはそう言って頭を下げた。それに合わせ、他の九人も一斉に姿勢を正し、体を綺麗な直角に曲げて一斉に叫んだ。
「「「申し訳ありやせんでしたぁッ!」」」
「うわっ、い、いいよ、別に……ん?」
声量に気圧されたナツキは一歩後ずさり、何かに背中をぶつけた。
振り返ると、ラムダが同じように頭を下げていた。
「ラムダっ!? 何してるのさ」
その問いにラムダは答えず、代わりに口を開いたのはヴィスコだった。
「……其奴は、汝の話の途中からずっとその体勢じゃな。ま、当然じゃろうて」
「ボクの話の途中?」
まだナツキをクズに引き渡したことを気に病んでいるのだろうか。
「チャポムが汝の家族に手を上げたあたりからじゃな」
「思いっきり最初だね!? え、何で? ラムダは悪くないでしょ? もしかして、兄貴さんがやったから連帯責任みたいな……?」
それは困る。あまりにもラムダがかわいそうだ。
どう庇ったものかとあたふたしていると、ラムダはぽつぽつと喋り出した。
「……ちゃうんや。知らんかったんや。兄貴はただ、面子を潰したガキやゆーて……まさかそないなことしとったなんて、知らんかったんや」
「う、うん……そうなんだ? じゃあ尚更しょうがないよ」
へえ。あいつ、にー子に手を上げたことは組員にも黙ってたのか。でもって、ラムダは面子を潰された兄貴の仇として、ナツキを攫ったと。……無知だったことの謝罪かな?
しかしラムダは、首を振って続けた。
「そないなことされた、次ん日やぞ! ワイに、兄貴と同じカッコの奴に話しかけられたんに、自分……」
「え? あー、まあ、最初はびっくりしたけど。別の人だってすぐ分かったし。迷子のボクを助けてくれたし、ラムダはいい人だよ? 何で謝るのさ……」
「ワイは自分のその優しさをっ、裏切ったんや!!」
ラムダは涙ながらに叫んだ。
ああ、なるほど。つまり、一度酷いことをされたのを忘れて接してくれていたところに取り入って再び裏切ったと、そう言いたいのか。さらにそれは結果としてナツキをここに呼び寄せることになり、組織に対しても火に油を注ぐ背信行為であったと? いや、それは仕方ないだろう。ラムダのせいじゃない。
「大丈夫だよ、ラムダ。ボクは気にしてないよ」
まあ確かに、裏切られた、とはちょっと思ったけど。過去の話だ。
「自分が気にしとらんでも、ワイはワイ自身を許せへん。自分がターゲットやと分かった時に、兄貴が何やらかしよったんか聞かなあかんかったんや。あの『陽だまり亭』やゆーて、決めつけてかかったんや……!」
……あの陽だまり亭、って何だ。うちの店、何かいわく付きなんだろうか。そう言えばさっき誰かが、ナツキの服のことを血溜まりワンピースとか言っていたような……
「う、うーん、えっと……よく分かんないけど、ラムダのせいじゃないよ。兄貴さんはひどいことしたけど、ボクが兄貴さん蹴飛ばしたのもホントだよ?」
よしよし、と頭を撫でてみる。
「それに、怪しそうな人にホイホイついて行ったボクも悪いよ。ね? それにラムダ、ちゃんと注意してくれたじゃん。かーちゃんカンカンなるで、って」
「……そりゃあ、あんときゃまだ――」
肩の上でやったように、頭をぎゅっと抱きしめてみる。なでなで。
「大丈夫だよ、ボクたち友達でしょ。さっき仲直りしたんだから、もういいんだよ……」
何だろう、母性に目覚めてきた気がする。幼女化の影響だろうか。……逆じゃないか? いや、日本にはバブみという言葉があった。それかもしれない。
しかしラムダは手強かった。ナツキの包容力だけでは全然顔を上げてくれそうにない。
「ね、親父さんも何か言ってあげてよ」
ので、ヴィスコにも話を振ると、腕の中のラムダがビクリと震えた。……あ、怖いんだ。よしよし。怖くないよ。
ヴィスコはそんなナツキをじっと見つめていたが、やがてポツリと、
「汝……天使か?」
「いきなり何言い出すのさ!?」
こっちに効いてしまったらしい。
「いや、失敬。されど、罰は与えねばなるまいて。チャポムの命令と言えど、盟約を違えた事実は変わらぬ」
「……ラムダは、ボクを庇ってくれたよ?」
「庇いきれはしなかったのであろう。なれば、罪は変わらぬ。囚われし者が汝ではなくただの幼子であったならばどうなっていたか、汝とて想像出来ぬことはあるまいて」
ダメか。そう言われてしまうと、論理的な反論は思いつかなかった。
……ならば。
「ラムダ、どうなるの?」
「……チャポムと共に処刑、が本来あるべき形じゃな」
執務机を回り込んでヴィスコの脇へ行き、袖を摘み。
「それはかわいそうだよ……」
必殺、上目遣い。情に訴える作戦。
「んぐっ……」
ヴィスコが言葉に詰まった。効いている。部屋の姿見でこっそり練習した甲斐があったというものだ。
……何故そんな練習をしていたか? 決まっている。にー子の上目遣いに心臓を射抜かれ、幼女の上目遣いは武器になると学んだからだ。鏡の前で自分の姿に癒され悶えつつ、何をやっているんだと我に返っては落ち込んでいた三日ちょい。それが今、十全な形で発揮される――
「お願い、おじいちゃん!」
「んぬふぅ……しかし……」
むぅ。おじいちゃん呼びでも落とせないか。さすがは組織の長、一筋縄ではいかない。
ならば次の手だ。
「ラムダはボクの初めての友達なんだよ……?」
気を涙腺に通して強制操作。目をうるうるさせてみる。……こんなことに練気術を使ったのは初めてだ。
つ、とナツキの目尻から涙が流れ落ちたのを見て、ヴィスコはハッと表情を変え、おろおろし始めた。嘘泣きだとは思いもしないらしい。
「は、初めての……?」
「……ボク、記憶喪失なんだ」
砂漠で目覚め、拾われ、それからラムダと出会い友達となるまでの流れをドラマティックに脚色して(捏造して)涙ながらに語り終えた時には、ヴィスコは声を失い、涙すら流していた。
「親父、今回ばかりはいいんじゃないですかい……こんな、こんなん、かわいそうじゃないっすか……」
「そうっすよ……ラムダなんかどうでもいいっすけど……こんな健気な子、泣かせちゃダメっすよ……」
周りの組員まで泣いていた。お前ら、さっき蜂の巣にしようとしてきたくせに調子いいな。でもグッジョブだ。
「ナツキ……自分、せやったんか……なんにワイは……ワイは、なんちゅうこと……」
ラムダまで騙されていた。……そういえば、記憶喪失で砂漠で拾われたってことしか伝えていなかったか。……後で謝っておこう。
「ラムダとお別れするのは、やだよ……っ」
ヴィスコの袖を握る手に力を込め、声を震わせつつ俯く。それが決定打だった。
「……ええい、此奴の処刑はやめじゃ! しかして罰を与えぬ訳にはゆかぬ。故に、無期限追放とする! 異論は無かろう!」
勝利だ。死刑に比べれば追放の方が全然マシだろう。しかも永久追放ではなく無期限追放。いつかは帰って来られるかもしれない。
「お、親父、なんやそれ、ほんまかいな、ワイは――」
「ほんと!? おじいちゃん、ありがとう!」
死ぬ覚悟を決めていたらしいラムダが余計なことを口走る前に、ヴィスコに抱きついておく。……隻眼の強面が、だらしなく緩んだ。
こうしてナツキは、裏社会のトップを籠絡したのであった。