狂人の末路
目を覚ますと、真っ暗だった。
何か不思議な夢を見ていた気がするが、よく思い出せない。まあ、いいか。それより――
「ん……あ? あんあ、おえ……」
何だこれ、と言おうとして、口の中にある異物のせいで言えなかった。
異物を取り除こうと手を動かそうとして、できなかった。背中側に固定されている。
真っ暗なのは、目を何かで覆われているからのようだ。
口の中にあるのは、多分、猿轡。
腕は体ごと、何かに縛り付けられている。椅子だろうか。足も同様に動かない。
体をよじると縄のようなものが脇腹の肌にくい込み、痛みが走った。服も剥かれたらしい。
現状把握、終わり。
自分は、なかなか厳重に拘束されている。と言っても、魔法的な防御は編み込まれていない。すぐ解けそうだ。
「目ぇ覚ましたようだな、ガキ」
聞き覚えのある声が、反響を伴って聞こえた。
拘束からの脱出を一旦やめ、《気配》術を発動する。
にー子に手を上げた例のクズが、正面2メートルに立っている。その背後に、四人の意識が横並びになって見えた。
「テメェのおかげで俺様ァ、鼻は折れるわ歯は砕けるわ、幹部から下ろされるわ……面目丸つぶれなんだよ」
知るか、自業自得だ。てか幹部だったのかよ。
「もう元のポストにゃ戻れねぇ。テメェは殺す。痛ぶり抜いて殺す。犯し抜いて殺す」
ああ、そういう感じか。
クズの後ろの4人は拷問官か、あるいは選りすぐりのロリコン共か。薄い本が厚くなるな。
「何黙ってやがる……何とか言いやがれ!」
「あー? ぁあ、あうーうあ、あうえお」
じゃあ、猿轡、外せよ。
「あァ? んだテメェ、っざけてんのか」
あーはいはい。だから黙ってたんだよ。くだらねえ。
それっきりクズが何を言おうがナツキが黙り続けていると、業を煮やしたのかクズが動いた。キィ、という何かが開く金属音と共に、クズの意識が近づいてくる。なるほど、ここは地下牢か何かか。
ゴッ、と鈍い衝撃と共に、頬を殴られた。
気を通して強化はしてあったが、ちょっと痛い。
触れられた瞬間にクズの体にさっと気の糸を通してみたが、何の魔法もかかっていない。ただの人間だった。
殴られた衝撃で猿轡が外れ、まともに喋れるようになる。
「ってーな。女の子の顔だぞ優しくしやがれ」
「んのガキ……! 状況分かってんのか、あァ!?」
「ま、大体は……ここは狭い牢屋かなんかで、俺の正面にドア付き鉄格子。あんたの他に人間は4人。得物は左から……ナイフ、焼きごて、チェーンソー、……最後のそれ何だよ。えっちなオモチャか?」
「なッ、テメェ、見えて……」
見えちゃいない。ナツキを怖がらせようとしているのか、さっきからキンキンジュージューウィンウィンちゅぽちゅぽと効果音がうるさいのだ。……最後のはマジで何だよ。
あと一つ、一応聞いておこう。
「ああそうだ、ラムダってお前の駒?」
「あァ? もう駒じゃねェよ。ヤツは仕事はしたが、俺様にナメた口をききやがった。処分場行きだ」
「ナメた口?」
「ガキだから命は助けてやれとか、甘っちょろいんだよ。なァ?」
そうクズが言うと、後ろの四人がゲタゲタと下品に笑った。
「……へぇ」
「テメェもヤツも、俺様を侮辱しやがった。殺す以外あり得ねェ」
「もう、殺したのか」
「いィや、テメェが泣き叫ぶのをじっくり聞かせてやらねェとな」
《気配》術の範囲を広げても、室内にラムダらしき意識は引っかからない。録音でもしているのか。
「さァて、まずは指から折ってくか。強がってられんのも今のうちだ……簡単に気絶すんじゃねェぞ」
「…………」
「指の次は手首、その次は腕、足だ。ククッ、右半分折り終わったら、左半分は一本ずつ切り落とす。クハッ、興奮してきたぜ……」
異常者。まさにその言葉がお似合いのクズだ。
「……お前ら、任侠ヤクザじゃなかったのかよ」
「はァ? ……クッ、ハハハッ、あァそうだぜ。俺ら《終焉の闇騎士同盟》は一般人は巻き込まねェ。ヤクもやらねェ。クソでけぇくせに正義ヅラしたクッソつまんねぇ名前負け連中だぜ。ラムダの野郎から聞いたか? で、だから殺されるわけねェってか? クク、こりゃ傑作だぜ……見つからなきゃいいんだよォ、親父もこの粛清部屋は知らねえからなァ!」
「…………」
呆れてものも言えない。
「ッハァ! ようやく理解したかァ!? テメェはここで死ぬんだよォ! オラ、泣き叫べ、許しを請え! ちったぁマシな死に方できるかもしんねぇぞォ!?」
何を勘違いしたのか、クズは楽しそうにそう叫びながらナツキの後ろに回り、縛られている手の片方を乱暴に掴み、人差し指を握った。
じわじわと、本来曲がらない方へと力が加えられていく。
「さーん、にーぃ、いーちぃ……」
ああ、馬鹿だ。
よりによって練気術師の素肌、それも指先を、魔術防御もなしに握るなんて、自殺行為でしかない。
「バカだな」
「ぜ……あ? ――ガぁッ……!?」
クズが身体を仰け反らせ、ナツキの指から手を離し、地面に倒れ込んだ。
手は練気術を扱うのに最も適したデバイスだ。外系練気術、すなわち「自分以外」に干渉する練気術は、指先から気の糸を伸ばすようにすると効果が高まり、制御しやすくなる。
ナツキは握られた指先から気の力をクズの身体に流し込み、体内の基礎循環を掻き回しただけだ。
《乱気》術。外系練気術基礎、その3くらい。
「あ、ガ、ハッ……、テメ、何、しやがっ……ごポっ……おえぇえっ……」
クズが痙攣し、苦しみながら嘔吐する。
物質で例えるなら、血液の流れる方向をぐちゃぐちゃにしたに等しい。魂を包む気が暴れ、破れ、溢れ、身体を蝕んでいく。このまま放置すれば、一日程度かけて徐々に苦しみは増していき、体中から血が吹き出し、やがて心臓が破裂して死ぬだろう。
ラグナでは主に魔物の素材を傷つけずに採取する際に使われる、人にかけても低位の回復魔法や魔法抵抗系のアイテムで簡単に対策できる程度の、ありふれた術。6歳のリシュリー王女ですら使いこなせる。もちろん抵抗手段を持たない一般人に対して使うのは犯罪だが、戦闘や正当防衛なら何も問題は無い。
「さて」
手首に気を通し、腕を縛っている縄を引きちぎっていく。
金属製の手錠や鎖じゃなくてよかったと思う。もしそうなら皮膚の強化に回せる気が少なくなり、千切るときに少し傷ついてしまっていたかもしれない。
視界を覆っているアイマスクのようなものを取って捨てると、ようやく状況を視覚的に確認できた。
壁も地面も天井も、材質は岩。洞窟か何かだろうか。篝火に照らされている。
地面や壁はかなりの部分が赤黒く染まっており、壁にねじ込まれたいくつものフックにはたくさんの拷問器具が掛けられている。何人もの人間が、ここで犠牲になってきたのだろう。
目の前の地面には、白目を剥いてのたうちまわっているクズ。天井から地面までを貫く鉄柵を挟んで向こう側に、おろおろとしている四人の黒ジャンパーニット帽サングラス。さっきナツキが言った通りの道具を持っている。
自分の身体を見下ろせば、腕以外は見た事のある縛られ方をしていた。何だっけ。亀みたいなやつ。子分四人が襲ってくる前にと、全てブチブチと引きちぎって立ち上がった。
「兄貴! どうしたんスか!?」
「このガキ、兄貴に何しやがった!?」
子分の叫びに釣られてクズを見下ろすと、もう気を失っていた。
「……ま、殺しはしないでおくか」
足で頭を踏みつけ、気の流れを調律してやる。ついでにそのまま両手首と足首を踏み抜いて粉砕。クズが飛び起きる。
「がッ、あがァァあアァッ!?」
こいつはこれまでこの部屋で、「粛清」と称して似たようなことをやってきたのだ。手加減はしない。
殺してしまったほうが禍根を残さずに済むかとも思ったが――まあ、個人的な恨みはにー子の一件くらいだし。なるべくなら人殺しはしたくなかった。沙汰はこの世界の法に任せるべきだろう。
「で、次は」
残った4人の方に視線を向けると、男達は一様にビクッと震えて一歩後ずさった。
「ま、待て! 俺らは別に何も……」
「んな物騒なもの持って何もしないわけがあるかよ」
足に気を通して加速。子分AからCの首筋を叩いて気絶させ、Dは足を払ってうつ伏せに押し倒し、腕を捻りあげる。
「いっ、いだだだだっ、やめっ、た、助けてくれ! 頼む!」
「俺の服、どこだよ?」
逃げるにしても、このまま全裸で出歩くわけにもいかない。もう破かれてしまったと言うなら、ジャンパーを貰っていくとしよう。……その場合、ラズには謝らないといけないな。
「と、隣の部屋にっ、ある! 嘘じゃない! 破れてるかもしれないが、俺のせいじゃない! そりゃ幼女の着てた服は欲しい、確かに欲しいが、俺じゃない! 俺だったらもっと丁寧に脱がして永久保存する! 信じてくれぇ!」
「うわっ」
素で引いてしまった。気持ち悪っ。
「頼む、見逃してくれ、俺らは兄貴に命令されてただけで! もうお前にゃ何もしないから! 幼女痛めつけるなんて元々やりたくなかったんだよ! 幼女はかわいいかわいいって愛でるもんだろが! そうだろおい!?」
俺に聞くなよ。
「じゃそのネトついた何かは何だよ……」
子分Dが持っていた得物。実際に目で見ても、さっぱりどう使うものなのか分からない。うん、分からなくていいや。
「お前の言う通りえっちなオモチャだよ! 場違いで悪かったな! もともと釘とハンマー渡されたのにどうにかこれで丸め込んだんだよッ!」
「あー、そう……」
だから何だよ。R-18GがR-18になっただけだよ。
「頼む、まだ死にたくない! 何でも教える! 何が知りたい?! 出口への行き方か?!」
この男、必死であった。どうせいろいろ聞き出すつもりだったし、丁度いいと言えば丁度いいが。
「はぁ、じゃあいろいろ教えてもらおうかな……」