姉妹 Ⅰ
そんなこんなで全速力でアジトに戻ったのだが、すぐ案内された部屋には何も無く、この部屋から出ないように、とだけ言われて放置されてしまった。
そうなると当然、ここまでついてきてしまった招かれざる客を勢いで振り切ることもできないわけで――
「だからさ、仲良くしようって」
「うるっせえ! 積み込みってお前、明日の船の荷物に紛れて逃げる気だろ!? そうはさせるか!」
「そうだけどさぁ、ほら、ボクとフィンって生死の境で裸のつきあいした仲じゃん?」
「だからなんだよ関係ねーだろ! オレはナツキとその一味を確保して《塔》まで連れてかなきゃいけねーんだって」
「ボクはフィンと戦いたくないんだけどなぁ」
部屋は今、やんわりとした一触即発状態に陥っていた。
「じゃあほら、フリューナ大陸に着いたらさ、道中暇だろうし戦闘訓練に付き合ってよ。殺す気で来ていいから」
「いつになんだよそれ!」
「あはは、二人とも元気だねぇ……」
「もう、二人ともうるさいのです!」
部屋にいるのは、激昂するフィンと宥めるナツキ、のんびり静観するリリム、頬を膨らませるアイシャ。そして、
「ほら、スーちゃんが困ってるのです」
「ん……ふぃん、けんかはだめ……仲良くしよ?」
「だからスーにゃんはなんでそっち側なんだよ!?」
スーニャ=クー=グラシェ。天使の剣の異名を持つ、《塔》の最終兵器……だった少女だ。《子猫の陽だまり亭》から出立する直前に怒って姿を消してしまい、つい先程までずっと行方が分からなかった彼女だが――実はこっそりついてきていたらしい。
ナツキが最初に彼女の存在を確信したのは、ペルニコフと戦うアイシャを見たときだ。局所的に重力を操って敵を地面に縫い付けるのは、アイシャではなくスーニャの得意技である。
「それにしてもスーニャ、いつからいたの? 急にいなくなっちゃって心配してたんだよ」
「ん、ごめんなさい……。いたのは、最初から」
「え、最初から?」
「車がサボテンにぶつかりそうなの、がんばって直してた……あの運転はひどい」
「そこから!?」
詳しく話を聞いてみると、どうやらずっと様々な危険から主ににー子やハロを守っていてくれたらしく、ありがたい限りである。
ちなみににー子とハロはまだ彼女の次元断層の中だ。フィンが落ち着くまでは出て来させないように言い含めてある。
「わたし達が絶体絶命のときにも助けてくれたのです。今はわたしの『天使の雫の力』役になってもらってるです」
「なるほどね……ん、絶体絶命?」
「あ、その……ナツキさんがリリムさんを探しに出た後に……」
アイシャが語ってくれたのは、ペルニコフ一味の許されざる行いの数々だった。ナツキの周囲に血色の殺気が揺らめき、フィンが一歩後ずさる。
ペルニコフ達は気絶させたまま放置してきてしまったが、ちゃんと処分しておくべきだったか。そんな後悔に拳を握りしめていると、何やらアイシャが真剣な表情で俯いていることに気づいた。
「アイシャ?」
「ナツキさん、わたし、もっと強くなりたいのです」
「……!」
「今日のわたしはダメダメだったです。何度も攻撃を受けちゃって、ハロちゃんにも怪我させちゃったのです。もしニーコちゃんがいなかったら……天使さんやスーちゃんが助けてくれなかったら、みんな星に還ってたと思うです」
「……それが仲間と協力して戦うってことだ、なんて言っても的外れになるかな、これは」
こくり、アイシャは決意のこもった眼差しで頷く。
「わたしは未熟なのです。ナツキさんに教えてもらってる練気術と剣術も、まだまだ中途半端なのです。ニーコちゃんやスーちゃんみたいな異能も持ってなくて……わたし、できることが少なすぎるです。もっとちゃんと、ナツキさんに安心して背中を任せてもらえるようになりたいのです」
そう宣言する姿は、見たことがあった。ラグナで魔王軍と乱戦になったとき、当時まだ親しくもなかったイヴァンと共に背中合わせで戦うことになり――傷を負って倒れた彼を背負ってベースキャンプに帰る途中のことだ。
『無様だな……背中は任せろなどと豪語しておきながら、俺様は何もできなかった』
『んなこたねーよ、さすがに俺一人じゃ厳しかったぜ。それにさ、助け合って戦うのが仲間ってもんだろ。つか王子様が引きこもらずに前線に立ってる時点で――』
『慰めはいらん、俺様とて王子である以前に一人の戦士、己の未熟さは己が一番理解している。そして貴様ら勇者は――俺様とは比べ物にならんほど、強い。共に戦ってみてすぐに分かった』
『ん……何だよ、何が言いたい? 回りくどいのは苦手なんだ』
『俺様を鍛えてくれ。弟子志願だ』
『……はぁ!?』
その場では、弟子なんて柄じゃねーよ、お友達から始めようぜ、なんて言って断ったのだが、彼は事ある毎に勇者パーティの面々に模擬戦を挑みにやってきた。その過程で彼は剣術と精霊魔法を融合させる技を会得し、今や立派な魔法剣士だ。
今のアイシャは、あの時のイヴァンと同じだ。強大な敵を相手に無力さを痛感し、それでも立ち上がろうとしている。
「アイシャ……」
ちゃんと応えてあげなければいけない。……のだが、今それをするのは無理があった。なぜなら、
「異能がないって……お前、天使の雫なんじゃねーのかよ?」
「……あっ!」
「あちゃー……」
目の前に敵陣営の追っ手がいるから、である。
「えーと、そのっ……あぅ……天使の力、あるですよ? たくさんは使えないだけで……」
「ふーん……アイオーンが寿命食ってくみたいなもんか? こりゃいい事聞いたぜ。つまり今は無防備ってこったな?」
「そ、そんなことないのです! ほら、こんなこともできちゃうですよ」
「うぐっ!?」
アイシャがフィンを指差すと、フィンの体勢が崩れた。まるで突然何か重いものを背負わされたような――
「うご、ご……いやこれスーにゃんの異能じゃねーか! ……あ、さっき貴族のおっさん押さえつけてたのもこれか! どーりで見覚えあると思ったんだよなぁ!」
「おー。正解」
「バラしちゃだめなのですスーちゃん! ふぇ、え……ナツキさぁん」
涙目でこちらを見られても困る。
……いや、最終手段はあるにはあるのだ。メルクを召喚して記憶を消してもらえばいい。なんならナツキ達が凶悪犯罪者であるという認識を消してもらうことだって可能だろう。しかしそれは――フィンの尊厳を踏みにじる行為だ。
「今のこの状況、またとないチャンスってわけだ……スーにゃん、協力してこいつら倒して《塔》に帰ろうぜ!」
「ん……やだ」
「まあ待てって、知ってっか? 今聖窩にメルるんいないんだぜ! 今帰れば聖下にちょっとお小言もらうだけで済むって!」
「それは知ってる……」
「知ってんのかよ!? えーと……じゃあほら、復帰祝いにスーにゃんの好きなもんいくらでも食わせてやるよ! ケーキとか!」
「ケーキ? ん……んー……」
「スーニャ、そこで迷わないで!? ケーキくらいボクも買ってあげるから!」
スーニャの買収が始まってしまった。しかもなんか危うい。
「えーと……リリムさん、どうしよう」
「んぇ? あー……ま、大丈夫でしょ。そろそろじゃない?」
「そろそろ?」
「あはは、見てれば分かるよー」
リリムは何か策でもあるのか、呑気なものだ。
何にせよ簡単に懐柔はできなさそうだし、メルクの存在をちらつかせてちょっと脅してみるくらいならいいか――とロケットペンダントに手をかけた、その時だった。
「こら、フィン!」
聞き覚えのない声が、何もない空間から響いた。