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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第二章【星の旅人】Ⅳ 泡沫の幸せをあなたに・下
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リリムとローレライ Ⅲ

 数分後、謝り倒したらすぐに機嫌を直してくれたラクリマの少女と共に、リリムは食卓を囲んでいた。もっとも料理を口にしているのはリリムだけで、少女はそれを眺めているだけだが。

 湯気をたてる出来たての肉じゃがは、涙が出そうなほど優しい味がした。素直に美味しいと伝えたところ、少女はぱっと花が咲くような笑顔を浮かべ、それからずっとニコニコしながらリリムを見つめている。


「……なに、あんまり見られてると食べにくいよー」

「うふふ、ごめんなさい。リリムちゃんがおいしそうに食べてくれるのを見てると、私まで幸せになってくるんだもの」

「んぇ、親子ごっこ続けるつもり? そういうのやらなくていいよ、あたしには」

「あらひどい、本心よ? 別に親子じゃなくたって、愛情込めて作った料理を喜んでもらえるのは嬉しいことだわ」


 まあその気持ちは、分かる。ナツキやニーコ達が喜んでくれる姿を見ることに勝る幸せはない。しかし……


「その愛情、拉致された先にいた名前も知らない子供から、目的も分からないまま一方的に向けられてるわけだけど?」

「あら、私はあなた達の言う『ローレライ』よ?」

「……あっさり認めたねぇ。でもそれは親方さん達がそう呼んでるだけでしょ、あなたのお名前は?」

「あら! ジーラ大陸にはラクリマの個体名に興味がある人間なんていないと聞いていたのだけれど。うふふ、やっぱり人それぞれなのね」


 少女はどこか嬉しそうに微笑み、続けて逆にリリムに問いかけた。


「名乗るのはいいけれど、どういう形式がお好みかしら? こちらの大陸だとやっぱり《塔》式が一般的なのかしらね。《パーティ》式、《(ネスト)》式、なんなら海賊式の挨拶もできるのだけれど」

「んぇ!? ……よく分からないけど、呼び方が分かれば何でもいいよー」

「そう? じゃあ久しぶりに《(ネスト)》式で挨拶させてもらうわね」


 少女は椅子から立ち上がり、リリムの横まで歩いてきた。右手を広げてリリムに差し出し、柔らかく微笑む。


「私はミュウルエール・キュアレ・ソラ、20歳よ。ミュウと呼んでちょうだいね。フィンの――フィンカネール・ウェプナ・ソラの双子の姉、ということになっているわ。妹共々、これから仲良くしてくれると嬉しいわ、リリムちゃん」

「……!」


 それはリリムにとって、ラクリマの名乗りとしておよそ聞いたことのないものだった。まず《(ネスト)》とは一体何なのかという点から不明なのだが、これはまるで――人間同士の挨拶だ。

 驚いて固まるリリムを見て、ミュウと名乗った少女はクスリと笑う。


「うふふ、混乱させちゃったかしら。こうやって挨拶されたら、差し出された手を優しく握り返すのが慣例よ」

「あ、そ、そうね、こりゃ失礼……ちょっと待って、20歳? ……年上!?」

「ええ。《塔》式に直すと、シーカーに見つかっちゃったのが7歳のときだったから、稼働年数は13年になるわ。成長度はええと、生まれたときが5で、成人の儀は本当の年齢で5歳の誕生日だから、10ね。……それにしても《塔》って、なんでこんなに面倒くさい数字を使うのかしら。そもそも人間の身体年齢を私達に当てはめて考えることがおかしいのだけれど……」


 そこでふと、ミュウはリリムを見上げた。


「リリムちゃんは人間にしては小柄ね。でもラクリマよりは大きい。当ててみせるわ……13歳くらいかしら?」

「……18だよ」

「まあ、ずいぶん大人なのね! ごめんなさいね、気を悪くしちゃったかしら」

「いいよー気にしないで。まあ身長が伸びなかったのは遺伝だねぇ」


 父親は平均よりかなり大柄なほうなので、あちこち小さめの体は母親譲りだ。思うところがないわけではないが、被弾面積が少ないのはいいことである。そう、別に気にしてなんかいない……いないのだ。

 ぶんぶん首を振って余計な思考を振り払い、ミュウに向き直る。


「ミュウ……ちゃん? は大人っぽいとは思ってたけど、そっかー年上だったかぁ。となると、ちゃん付けは失礼かな」

「うふふ、気にしないで好きに呼んでちょうだい。人間に私たちが子供に見えてしまうのは仕方のないことだわ。でももう10年もそんな風に呼ばれてなかったから、なんだかくすぐったいわね」


 ミュウは嬉しそうに顔を綻ばせた。話し方は大人のようだが、ころころと笑う姿は子供っぽく可愛らしい。このギャップはどこかで見覚えがあるな、と考え、すぐに気づく。


(そういえば、ナツキちゃんも精神年齢は20歳なんだっけ)


 シトラ改めリモネちゃんも実は400歳近い。となると自分の交友関係で精神年齢的に年下なのはニーコ・アイシャ・ハロだけ――と初めて認識し、リリムはどこか複雑な気持ちで苦笑を浮かべた。きっとダインやキール達のなかでも自分はまだ子供なのだろう。


「ミュウちゃん的にはさ、あたしって人間の子供に見えるの?」

「ええ……そうね。人間は歳をとるとしわしわになるでしょう? リリムちゃんはそれが全然ないのだもの」

「あー、そこ判断基準だとあたしら辺は区別つかないかもねぇ」

「あと、胸の膨らみ方もヒントにしようとしたのだけれど……」

「んッ――そ……それは人によって千差万別だから」


 人間の体って難しいわ、とミュウは一つ溜息をついたが、すぐ顔を上げてリリムに向けて微笑んだ。


「でもねリリムちゃん、大人と子供の境目なんて曖昧なものよ。たとえ相手が私より年上のお爺さんでも、ここではみんな等しく私の子供なの」

「えぇー……それはさすがに横暴じゃない?」

「うふふ、そうかもしれないわね。でも……リリムちゃんよりもっと長く生きている人だって、子供のように誰かに甘えたいって気持ちを心のどこかに持っているのよ。何もかも放り出して、なんの責任も負わずに、ね。ここはそれが許される場所……ずっと『大人』でいるのって、疲れてしまうでしょう?」


 その微笑みは聖母のようだった。疲れ果てているときに同じような言葉と笑顔を向けられたら、自分だってきっと涙を流して甘えてしまうだろうと思うほどの。

 しかし――全てがそんな天国のような話でまとまるなら、《モンキーズ》は何ヶ月もローレライについて調べてはいないし、リリムだってここにはいない。


「……ミュウちゃんはそういう人達を癒したいって思ってるんだねぇ。それは分かったけど……いきなり拉致していくのは良くないんじゃないかなー。お金だって奪い取ってるでしょ?」

「え? えっと……」


 そろそろ話を進めよう、と一歩踏み込んだリリムに対し、ミュウは戸惑いを返した。言葉の意味を考える数秒の後、ハッと何かに気づいたように目を見開いた。


「あっ! そ、そうよね、今のリリムちゃんの立場からだとそう見えてしまうんだわ。ごめんなさい、異能(ギフト)を解いたときに私たちのお店――『幸せ屋さん』についてちゃんと説明するべきだったわね」


 申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。


「まず、拉致や誘拐に見えてしまっているのはごめんなさいね。でもお客さんの同意はちゃんと得ているのよ? もちろんリリムちゃんも」

「……え?」

「契約内容には秘密保持のための記憶処理が含まれているの。だから覚えていないのでしょうけれど、あなたはそれに同意してここに来ているのよ」

「えぇ!? そんなわけ……」

「契約書もあるのよ? 持ってくるわね」


 少し離れた場所にぽつんと置かれた机と椅子までミュウはとたとたと走っていき、何枚か紙を見比べたあと、また走って戻ってきた。


「ほら、《塔》を通した契約ではないのだけれど、代わりにちゃんとサインをもらってるの」

「うーん……あたしの筆跡、だねぇ」

「でしょう? そこに書いてあるとおり、お金だって奪っているわけじゃないわ。サービスを受けたい日をお客さんに決めてもらって、その前の日の夜に私がお迎えに行くのだけれど、そのときに持っているお金や代わりの品物の価値に応じてコース内容を決めるのよ。私の異能(ギフト)を使った後にコースを決めてもらうのは良くないでしょう?」

「…………」


 普通のお客さんとはこんな生々しい話はできないわね、とミュウは苦笑する。

 契約書には、確かにリリムの名前と今日の日付がリリムの筆跡で記してあった。内容もミュウの言った通りで、これを見る限りでは彼女は何も悪事を働いていないことになる。


「契約したときに前払いでもいいんじゃないかしらって思うんだけど、それだと裏街での商売許可が下りないんですって。先にお金だけ受け取って逃げちゃう困った人が多いのね。商品と対価はその場で交換すること、って決まりがあるのよ」

「……それはそう、だね」


 フィルツホルンの闇市(アンダー)にも似たような規則があった。定期購入契約のようなものを除き、取引は同時刻等価交換が原則なのだ。


「リリムちゃんは、本当にこんなにもらっていいのかしら、ってくらいお金を持ってきてくれたから、目いっぱいおもてなししようと思ってたくさん準備したのよ? でも……気に入ってもらえなかったみたい」


 しゅん、と肩を落とす。

 張り切ってくれたところ申し訳ないが、その金は逃亡資金の足しにするためにハロの作った剣を売り捌いて稼いだものだ。そうでなくとも、今夜船に乗り込んで明日出港だというのに、そんな契約を結ぶわけがない。


「あたしがミュウちゃんのご主人様とその契約を交わしたってこと?」

「ええ、そのはずよ。契約を仲介してくれる人が何人もいると聞いているから、ご主人くん本人とは話していないかもしれないけれど」

「……ミュウちゃんはそれを見たわけじゃないんだね?」

「ええ、私はいつもこうやってお客さんとお話をしているんだもの。お客さんが入れ替わるときにご主人くんに次のお客さんの情報を教えてもらって、私がお迎えにいくのよ」


 ――やはり。


「ごめんミュウちゃん、その契約、やっぱりあたしは同意してないと思う」

「え?」

「その契約書は捏造……というか、騙されたかな。心当たりがなくもない……あんまり信じたくないけどねぇ」

「ええっ!?」

「あたしさ、今日は外せない大事な予定があるんだ。何があっても自分からは絶対にサインしないよ……うわ、あと一時間しかないじゃん」


 腕時計を確認してリリムは眉を寄せる。アジトでの集合予定時刻は午後八時、今はちょうど午後七時だ。

 その言葉を聞いたミュウは、途端に目を見開いて慌て出す。


「そんな、ど、どうすればいいのかしら? お金も返さないと……」

「お金は……この際いいや、捏造の証明とか時間かかりそうだし、ミュウちゃんには散々甘やかしてもらっちゃったし。とにかく早くネーヴェリーデの裏街に帰して欲しいんだけど、キャンセルできる?」

「わ、分かったわ! ご主人くんに確認してくるわね!」

「え!? ちょっ、待っ――」

「大丈夫よ、命令を更新してもらうだけだもの。すぐに戻ってくるわ!」


 リリムが止める暇もなく、ミュウは翼を広げて飛び立ってしまった。最初に何度か羽ばたいたかと思うと、翼に装着した何らかの聖片(サクラメント)が寒々しい氷色の燐光を撒き散らし始め、どんどん加速していく。面食らったリリムが慌てて追いかけようと足を動かし始める頃には、青いドームの縁に空いた窓のような穴から外へ飛び出してしまっていた。


「そっか、ラクリマだから……」


 普段アイシャ達ばかり見ていたせいで忘れてしまっていたが、本来ラクリマはその主人である人間の意思に逆らう行動はできないのだ。感染個体であっても首輪がついている限り例外ではなく、与えられている命令の範疇を超えることをするには許可が要る。


「解放された人がまともな思考能力を失ってるって、ミュウちゃんは把握してなかった……となると、こりゃまずいなぁ……」


 十中八九、彼女の言う「ご主人くん」が、彼女の異能(ギフト)と慈愛に満ちた心を利用して金儲けをしているローレライ事件の黒幕だ。契約書の捏造にその「ご主人くん」が関わっている、あるいは黙認している可能性が非常に高い。どうせリリム以外とも本人の意思に基づいた契約なんて結んでいないだろう。

 ミュウの報告を受け、リリムに洗脳が効いていないことに気づけば、リリムの方を口封じに動く可能性が高い。


「……なら、こっちから動くしかないけども」


 ミュウが出ていった窓にたどり着き、ドームの外を()()()()。今いるこのドームは巨大な円筒状の空間の上空に浮いていた。……否、浮いているわけではない。円筒壁面のあちこちから伸びてきている大小様々なパイプやダクトがドームを支えているのが見える。


「うへぇ、繭玉みたいで気持ち悪……」

 

 視界内にミュウはいない。もう円筒の外に出てしまったか、パイプやダクトの中に入ってしまったか。何にせよどの足場もここから飛び移れる距離でも高さでもない、どうするか――と焦りを覚えたその時、


 ――オォォオン……ォオ……ン……


 風笛が、鳴いた。


「……!」


 その音はこれまでになく大きく聞こえていたが、徐々に小さくなっていく。……この鉄の繭玉を支えているエアダクトのうちの一本に沿って、円筒の壁面へと。


「まさか……これまでのも全部……!?」


 風笛の鳴る時間帯は、朝方と夕方に偏っている。吹き込む海風の向きが時間帯に応じて変化するのが原因かもね、などとナツキと話していたが――よく考えればそんなわけがない。全洞空調システムの存在するフィルツホルンとは違って、ここネーヴェリーデの天候変化に朝昼夜の周期性はないはずなのだ。

 時間に区切りをつけ、一定の周期性を持って動くのは――生き物だ。


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