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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第二章【星の旅人】Ⅳ 泡沫の幸せをあなたに・下
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リリムとローレライ Ⅱ

 さて……状況が全く分からない。そもそもここは一体どこなのだろうか。

 木が生えていてせせらぎの音が聞こえるのだから、当然屋外――かと思いきや、あらためて周囲に視線を向けると、それはドーム状の天井に囲まれた閉鎖空間だった。

 半径数十メートルほどの半球状の空間。その中心に天井に届きそうなほど大きな広葉樹が一本生えていて、その下に置かれたソファに自分は寝かされている。木の葉の隙間から漏れてくる光は太陽光ではなく、フィルツホルンと同じように天井に貼られたパネルからの光だ。

 天井の発光パネルがない部分は蒼く塗られており、ところどころに白い綿飴のような絵が――ああ、これはヘルアイユの空で、白いものは雲だ。《前線》での戦いでヘルアイユにいたときに見た覚えがある。太陽光には様々な色が含まれていて、ヘルアイユではグランアークには届かない青色が最も明るく見えるのだ、と父親が教えてくれた。好きな色ではあるが、猛烈な暑さの記憶がセットになって付いてくるのがネックだ。


「ふんふ~ん……♪」


 そして、そんな屋外を模しているのであろう空間の中に、何故かぽつんと置かれた食品棚の前で、少女は料理をしている。大きな作業台は少女の小さな身長に合っておらず、足元には踏み台が置いてあった。

 

(それで……何? これ、どういうこと?)


 ぼやけていた思考も完全に元に戻った。周囲の状況も把握した。その上でやはり思う、意味がわからない。こんな場所に来た覚えはないし、話に聞いたこともない。


(えーっと確か……ハロちゃんの剣を全部売りきって、おやっさんと別れて……アジトに帰っ……んん?)


 アジトに帰りついた記憶がない。ということは帰る途中で何かがあったはずだが……


(いつもの近道に入ったはず……水路を渡って……そうだ、その時に何か……歌……そう、歌が聞こえて……寄りたい場所ができて……うーん?)


 うっすら残っている記憶の欠片を手繰り寄せようとするが、断片的な感情が浮かんでは崩れていくだけで、うまく思い出せない。

 何らかの目的で拉致された……のだろう。しかし拘束はされておらず、身ぐるみ剥がされているわけでもない。服の中に隠し持っている投擲用のメスもそのまま……いや、一本足りない。投げた覚えはないが……忘れているだけだろうか。


 考えを巡らせているうちに、いい匂いが漂ってきた。少女が作っている料理の香りだ。ふと目をやると、大きな瓶に入った水を鍋に注ぎ入れているところだった。ずっと聞こえているせせらぎの音の源から汲み出した水だろう。作っているのは煮物だろうか。幼い頃に見上げていた、台所に立つ母親の背中を思い出し……


「いい匂い……」


 そんな言葉が、自然と口をついて出てしまっていた。ハッと口を噤むも、少女はすぐに気づいてこちらを振り向いた。


「あら、起こしちゃったかしら? 肉じゃが、もうすぐできるからね」

「あー、うん、大丈夫……それ、あたしも食べていいやつ?」

「何言ってるのもう、当たり前じゃない。あなたのために作っているのよ、()()()()()()

「っ……!」

 

 ふわりとこちらに向けられた笑顔に邪気はなかった。しかし――この少女に名前を教えた覚えはない。身につけているものに名前を書いた覚えもない。なぜリリムのことを知っている? 前々から目をつけられていた? 


(……あ、そうか)


 ここにきてようやく思い出す。おやっさんと別れる少し前、自分は聞いたはずだ。《モンキーズ》が調査している連続誘拐犯「ローレライ」の話を。多額の取引を終えた後の人間を、綺麗な歌声と共にどこかへ攫っていき、数日後に洗脳されたような状態で逃がすという、謎の怪異――


(いや、まんまじゃん。どう考えてもそれだって、これ!)


 認識を改める。この少女はふわふわしているが、少なくとも害のある存在だ。油断してはならない――そう考えたことが顔に出てしまったか、少女は表情を変えてこちらを見た。


「あら……? どうしたの、そんな怖い顔しちゃって」


 料理の手を止め、こちらにゆっくりと歩いてくる。


「なあに、ママのこと忘れちゃった? なーんて、そんなわけないわよね」

「マ、マ……、っ!?」


 少女に声をかけられた途端、また感情の濁流が現れた。懐かしさ、愛しさ、温かさ、そういった正の感情があらゆる疑念や不安を押し流し、多幸感が溢れだしてくる。


(洗脳が効いてないことに気づかれた……!?)


 少女の表情は変わらない。変わらず慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。そのことに恐怖を覚え、すぐさま温かい幸せに塗り替えられていく。


「うふふ、言ったでしょ? ここにいる間は、大変なことは忘れちゃっていいのよ? ママがいるんだから、心配しなくて大丈夫……」

「ち……違う! あなたはあたしのママじゃない……!」

「あら……どうしてそんな悲しいことを言うの? ごめんなさいリリムちゃん、ママ何かやっちゃったかしら……」


 濁流はさらに濃度を増していく。今度は「申し訳なさ」が押し寄せてきた。そんな顔をしないでほしい、ひどいことを言ってしまったことを謝らなければ……いやそんな必要はない!

 少しでも気を抜けば、この少女を「ママ」だと認識してしまう。そうなったら終わりだ。幸せ漬けの廃人となって元の世界に放り出されてしまう!


「リリムちゃん……?」

「っ……」


 もう少女は目の前に迫っている。不安そうに瞳を揺らしながら、胸に両手を当て、こちらをじっと見ている。罪悪感がものすごい。すぐに謝って抱きしめ――違うそうじゃない!


 必死に抵抗しながら、少女の周りにキラキラと光の粒子が舞っていることに気づく。間違いない、この少女は何らかのギフティアだ。見た相手を強制的に幸せにさせるとか、何かそういうとんでもない異能(ギフト)を使っている。ならば――!


「っごめんね!」

「きゃっ!?」


 ソファのスプリングを利用して突然跳ね起き、飛び込み前転の要領で少女の足元に転がり込み、足を払う。さすがにかわされるかと思いきや、少女は無抵抗にすとん、と尻から床に落ちた。


(この子……もしかして戦闘能力はない? それなら……)


 そのまま少女の腰に馬乗りになり、覆いかぶさるように両腕を押さえつける。


「え……え?」


 少女は目を白黒させている。期待通り異能(ギフト)の発動は一瞬止まったが、混乱から立ち直った少女が何かを言おうと口を開いた瞬間、また濁流が溢れだそうと――


「させない!」

「ひゃっ!? ん、あはっ、く、くすぐった、んっ、ひは、やめ、やめてちょうだいっ、ひぃっ、っ」


 少女が行動を起こす前に、脇の下から脇腹、首元、弱そうなところを全力でくすぐり倒す。少女は体を跳ねさせてじたばたもがくが、その力はとても弱く、拘束からの抜け出し方も知らない様子だ。


「や、あははっ、しんじゃ、死んじゃうわ、ひぁ、おねがいっ……やめ、てぇっ」

「んー、やめたら異能(ギフト)使うでしょ?」

「つかわ、な、っひぃっ、いから……おね、が……いき、できな……っ」


 少女が息も絶え絶えに痙攣するたび、豊満な胸がフリース越しにふよんふよん揺れる。それに興奮を覚えることはないが、代わりに己の胸に去来するこの感情は……


「うーん……まさかラクリマに嫉妬する日が来るとはねぇ……」

「ぁっ……、かっ、ぃ……っ、ぁ、……っ!」

「ん、そろそろ限界かな。助けてほしい?」


 こくこく、少女が勢いよく首を縦に振る。


「でも放したら異能(ギフト)……」


 ぶんぶん、今度は横に振る。

 

「ん……次やったら今度は気絶するまで続けるからね」


 そろそろ意識が飛んでしまいそうなので、くすぐる手を止める。腰に馬乗りのまま、もし異能(ギフト)が飛んできたら手刀で気絶させるつもりで構えつつ、少女の反応を待つ。そして――


「はぁ、はぁっ……はぁ……ふぅ…………はぁ…………う……」

「う?」

「うぅぇ、ひぐっ……ぐずっ」

「……えっ」


 荒れ狂う息をなんとか整えた少女は、上体を起こすこともなく、リリムに反撃してくるでもなく、もちろん異能(ギフト)を再発動させることもなく――ただしくしくと泣き始めた。


「ひどいわ……あんまりよ……ふぅぅ……っ」


 罪悪感に胸を締め付けられる。それはまるで、単純な反発心から心無い言葉を投げつけても悲しそうに微笑むだけだった母親が、夜中に一人で泣いているのを見てしまったときのような……


(……あれ、これ洗脳されてる?)


「ぐすっ……どうしてこんなことするの……? 私はただ、あなたに元気になってほしくて……うぅっ……ぅえぇぇえん……」


(ううん違う、この気持ちは……この申し訳なさは……)


 リリムの頬を冷や汗が一筋流れる。

 洗脳行為に対する正当防衛とはいえ、抵抗する力もない幼女相手に気絶寸前までくすぐり責めをするのは――やり過ぎだったかもしれない。

 しかも反応を見る限り、どうやらこの子は悪意をもって人を洗脳しているわけではないように思える。


(そういえば、最初から……悪意は感じなかった)


 柔らかな子守唄の余韻が耳に残っている。空間に漂う美味しそうな肉じゃがの香りは、彼女がリリムのために手ずから作ってくれていたもので……


「……ごめん。やり過ぎた」

「…………」

 

 じと、と不信の目。涙に濡れたそれは、もう洗脳されていないはずのリリムの心を鋭く穿っていった。


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