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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第二章【星の旅人】Ⅳ 泡沫の幸せをあなたに・下
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水牢 Ⅱ

「なあココナ、お前……きょうだいっているか?」


 無言のまま抱き合って暖を取ること数分、先に静寂を破ったのはフィンだった。


「きょうだい? えーっと……」


 秋葉の顔が思い浮かぶ。前々世の妹をきょうだいに含んでいいものか、と一瞬考えるが、すぐに結論を出す。この記憶が消えずに残っている限り、秋葉は自分の妹だ。


「うん、いたよ。妹がひとり」

「っ……いた、ってのは……わりぃ、嫌なこと聞いたか」

「いいよ、気にしないで。もう会えないけど、元気に生きてるってことは知ってるからさ……、……あれ?」


 答えてから違和感に首をひねる。秋葉が生きているかどうかなんて、この世界はおろかラグナにいたときですら知る術はなかったはずだ。天使ハーネはナツキが助けたことで秋葉は死を免れただろうとは言っていたが、その後のことを聞く機会など一度もなかった。それなのになぜか今、確信をもって秋葉は生きていると答えていた。……前にも一度、こんなことがあったような。

 心の底にある願望を真実だと錯覚してしまっただけだろうか。しかし我に返った今でも、秋葉が生きているという根拠がどこかにあるような気がしている。まるで信頼の置ける誰かが秋葉の無事を伝えてくれたかのような、奇妙な感覚。幼い頃に母親の腕に抱かれて微睡みながら、優しく語り聞かせてもらった寝物語のように、心の奥底に眠っている確かな記憶――



 ――天国の門をこじ開けろ(天国の門を開かせるな)終幕と共に(再会と共に)再会は果たされる(物語は幕を閉じる)

 ――全てはただ(全てはただ)あなたの幸いのために(あなたの幸いのために)



「っ……!?」

「ココナ?」


 今、何か――とてつもなく大事なことを、思い出しそうな気がした。

 何かを忘れている? いったい何を? 軽度なものであれば人は簡単に記憶喪失になる。酔っているときの言動を忘れる酔っ払いがいい例だ。そう知識として知ってはいた。

 しかし今朝、自分が記憶喪失だと知らされて初めて理解した。記憶を失っているということそれ自体を人は自然に知覚できない。その記憶に繋がる別の記憶に触れる「きっかけ」があって初めて、喪失に気づくのだ。

 おそらく今、その「きっかけ」が起きた。何か大事なことを忘れているという確信があった。しかし因果の繋がりを断たれてしまったかのように、記憶を辿ることができない。


「お、おい、どうした? ココナ!?」

「……っあ、ごめん、大丈夫……」


 夢の内容を思い出そうとするときのように、これ以上頑張っても無駄だという感覚があった。フィンを心配させてはいけないと、ナツキは頭を振って渦巻く思考を追いやる。


「ほんとか? わりぃな、オレが変なこと聞いちまったせいで」

「んーん、フィンのせいじゃないよ。……それよりなんで急に? きょうだいなんて、ラクリマには無縁なものだと思ってたけど」


 話題を逸らしがてら聞き返すと、フィンは苦笑を浮かべた。


「あー、ま……それが普通だよな。オレも他に聞いたことねえし」

「え、……ってことは、いるの? きょうだい」

「おう、姉ちゃんがいるんだ。きょうだいっつーか、双子みてえなもんなんだけどよ。同じパセルのギフティアで……同じ煌水晶から一緒に生まれたんだと」

「へぇ~……そんなことあるんだ」


 ラクリマは煌水晶――涙の遺跡の奥深くにある巨大な夕日色の水晶から生まれる。ナツキはこの世界に転生してすぐ煌水晶を目にしたが、ラクリマが生まれ落ちる瞬間を見たわけではない。一緒に生まれる、というのがどういう状況なのか想像するのは意外と難しかった。星に還るときの逆再生のように光のリボンが集まってくるのか、はたまた文字通り水晶からにゅるりと産み落とされるのか……


「……あれ、その理屈だと、同じ煌水晶から生まれたラクリマはみんなきょうだいってことにならない?」

「ん? あー、それはオレの生まれが……まー細けぇことは気にすんな! とにかくオレには姉ちゃんがいるんだ」

「う、うん」

「最初はさ、気づいたらなんかオレに似てる奴がいた、的な感じだったんだよな。多分姉ちゃんもそんな感じだったんだろうな、お互いよく分かんなくてさ、威嚇し合ったりして、でも段々仲良くなって……《塔》に回収されるまではずっと、一緒にいたんだ」


 フィンは滔々と語りだした。その口調は穏やかで平坦だったが、密着しているナツキには、フィンが叫び出したいくらいの寂しさを胸の内に秘めていることが分かってしまった。


「オレと姉ちゃんはさ、《塔》には自分から捕まりに行ったんだ」

「えぇ!? 何でまたそんな」

「ギフティアはそういう奴そこそこいるぜ? ずっと遺跡の中にいたら星に還っちまうってのは周りのドロップス見てりゃ分かるし、《塔》だろうが何だろうがメシにありつけるってのはデカい」

「あー……」


 そういえばリモネちゃんが、ギフティアは全員生まれたときから感染個体なのだと言っていた。生存本能や自意識があるなら、食糧の少ない遺跡を彷徨う中で遭遇した人間に助けを求めるのは確かに自然だ。


「それで言うとオレ達はもうちょい特殊だったけどな……いやその話はいいや。んで、姉ちゃん共々シーカーのおっさんに捕まって、ピュピラ島まで運ばれたんだけどよ。その途中で、姉ちゃんとはぐれちまったんだ」

「はぐれたって……一緒に捕まってたんじゃ?」

「海を渡ってるときにな、船が海賊に襲われたんだ」

「か、海賊!? 沈められちゃったの!?」

「んや、その前にこっちの船長が降伏した。まー暗黙のルールってやつだな、大人しく金目のもんを差し出せば海賊はそれ以上手出ししねえってやつ。沈めちまうとお宝の回収がめんどくせえんだろーな」


 海賊。そんなものが海に蔓延っているなら、これから海を渡ろうとしているナツキ達も他人事ではない。


「金目のものって……まさか!?」

「おう。あのクソ船長、姉ちゃんを海賊共に差し出しやがったんだ」

「そんな……」

「で、姉ちゃんに乗っ取られた海賊船はその海域で名を馳せる大海賊になっちまった」

「ちょっと待って」


 急に流れが変わった。何なんだフィンの姉ちゃん。というかそれははぐれたとは言わない。


「えっと……理解が追いつかない……そもそも海賊ってただの人間でしょ? その頃はまだ調整とかされてないだろうし、フィンなら倒せたんじゃないの?」

「あ? まあな。でも姉ちゃん楽しそうだったし、別にいいかって。遊び飽きたらそのうち追いかけてくるだろって思ってたんだよ。……まあアレだ、居心地良かったんだろうな、海賊船」

「えぇ……」


 マジで何者なんだ、フィンの姉ちゃん。

 呆れるナツキの反応を見て、フィンはどこか得意げに笑う。しかしその笑みはすぐに暗い後悔に色づいていった。


「でも……あんとき一緒に行きたいって引き止めてりゃ、こんなことにはならなかった」

「え……」

「一年くらい暴れ回ってた姉ちゃんの海賊船の情報がよ、いきなり途絶えたんだ。気になって調べてみたら……その海域に、新型の大型神獣が棲みついてやがった」

「……!」

「多分、船は沈められたんだろうな。でも姉ちゃんはオレと同じパセル種だ、一人で一日くらいなら飛び続けられる。あの辺には島もたくさんある。サバイバルの知識だって持ってる。だからよ……どっかで生きてるはずなんだ」

「フィン……」


 フィンの手が奇妙な形のペンダントを握りしめる。小さなルービックキューブを斜めに半分に割ったような、等間隔に角張った立方体の欠片だ。


「そのペンダント……」

「ああ……もう半分は姉ちゃんが持ってる。共鳴石の結晶だぜ」

「共鳴石?」

「古い聖片(サクラメント)でよ、二つに割って近づけると音が鳴るんだ。つまりオレと姉ちゃんの繋がりの証……ってやつだ。だからココナ、お前には本当に感謝してんだぜ。ありがとな」


 ナツキにペンダントを手渡されて涙を溢れさせていたフィンの姿を思い出す。それは形見の品どころではない、家族を探す唯一の手がかりだったのだ。

 共鳴石。どれほど近づけば音が鳴るのだろうか。もしかなり離れていても小さく音を発しているのだとしたら、聴覚の鋭いアイシャなら聞き取れたりしないだろうか。そう考えながらナツキも聴覚に気の力を回して耳を傾けてみるが、さすがに何も――


 ――ポォオ……ン……


「っ!?」「は!?」


 音がした。それは小さくはあったが、聴覚の強化など必要ないほどはっきりとした音だった。

 抱擁を解き、フィンは大慌てで立ち上がる。きょろきょろと周囲を見回し、


「ココナ……お前まさか、姉ちゃん、なのか……?」

「違うよ!? でも確かに今、音が……」


 ――オォ、ォン……ォー……ン……


「まただ! どこに……」

「いや待って、フィン、これ……風笛じゃない?」

「……は? 何だそれ?」


 よく聞くと、その音はペンダントではなく洞窟のどこかから発生して反響しているようだった。

 エアダクトに海風が吹き込むことで音が鳴るという、風笛。この雫型の空間にはエアダクトは這っていないように見えるが、少しくぐもった音の感じからして壁の向こう側に通っているのだろう。

 そう説明するとフィンは少し落胆していたようだったが、すぐに元の様子に戻った。きっと期待を裏切られることに慣れてしまったのだろう。「ま、そんな上手い話あるわけねえよな」なんて笑いながら、再び寒さを凌ぐためにナツキの体に抱きついてきた。


(…………違う)


 少し冷えてしまった気がするフィンの体を抱きしめ返しながら、ナツキはフィンのペンダントを睨む。全ての気の力を聴力に振る。さっきは風笛も鳴っていたが、確かに何か別の音が聞こえた気がしたのだ。


 ――ポォ……ォ……ォ…………


(……やっぱり)


 風笛のアナログな音色ではない、ホワイトノイズ混じりの機械的な音。発生源は確実にこのペンダントだ。微かに聞こえていたそれは徐々に小さくなっていき、やがて完全に消えた。


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