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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第二章【星の旅人】Ⅳ 泡沫の幸せをあなたに・下
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ローレライの抜け道

「これがウチで把握してるエアダクトの全体図だ」


 ローグが運んできた大きな紙を、おやっさんが石机に広げた。立体的に描かれた裏町の白地図に重なるように無数の線が書き込まれている。


「ナツキと空飛ぶラクリマが飛び込んだってのが、ここだな……」


 おやっさんの指が地図の一箇所を示す。そこに先端のある線を辿っていくと、緩くカーブしながら裏街の何も無い部分を貫き、ぐるぐると螺旋状に降りていき、やがて太い別の線に合流し――


「……何だとッ!?」

「うわ、何だおやっさん急に」


 指先が太い線に触れたところで、おやっさんは大声を上げた。

 太い線の両端にはバツ印がつけられており、どこにも接続していない。これが一体なんだと言うのか。


「この太い線は旧メインダクト……今はもう使われてねえ、老朽化で廃棄されたエアダクトだ。工事の途中で全部埋まっちまってどこにも繋がってねえ……はずだったんだが……」


 おやっさんの目がカッと見開かれ、地図を隅々まで睨め回す。


「ここも……ここもだッ。やっぱりか……何でこんなに残ってやがる?」


 いくつものエアダクトが、廃棄されたはずのエアダクトに繋がっている。それもパッと見ただけでは分からない入り組んだ経路、長い経路を辿るものばかりだ。


「なんてこった、こりゃあ……」

「……?」


 その時ふと、アイシャはおやっさんの様子に違和感を覚えた。驚愕に目を見開き、焦燥に満ちた声を漏らすその姿は、確かに現状に即しているのだが――どこか不自然さがある気がしたのだ。

 もしここにナツキがいたなら、それは彼の言動と意識に乗っている感情が噛み合っていないことで生じる《気配》術由来の違和感であることに気づき、彼が実は全く動揺していないことを見抜けただろう。

 しかしアイシャの《気配》術はまだそこまで細かい感情を読み取れるほどには熟達していなかった。気のせいだろうと首を振り、地図にマーキングしていくペン先に視線を戻した。


 やがて浮かび上がってきた抜け道の分布は、どこか見覚えのある形をしていた。


「リンバウさん、そのエアダクトに、リリムさんのメスが刺さってたのですよね? ということは……」

「おう……おいローグ、あの地図」

「持ってくるまでもないよ、あれだけ毎日見てればもう覚えてる。この旧メインダクトに通じるエアダクトの入口の分布は……ローレライの現場予測分布と一致してる」

「……! じゃあ、やっぱりこれが」

「ローレライの抜け道、か……」


 一本の太いメインダクトをハブとして、裏街中の各所にあるエアダクトを経由してどこにでも行ける。移動中に誰かに見られる心配もなく、大量にある全ての出入口を塞がれない限り逃げ道は確保できる。しかも公的には存在しない道とくれば――誘拐にはもってこいの構造だ。


「こりゃレイニーの偵察は無駄足の線が濃いな」

「ああ……こんだけムカデの足みてーに抜け道があるんじゃ、どこに出てったかなんて分かりっこねーぜ」

「でも~リリムのことだから~、入口以外にも~メス刺してくれてるんじゃないかな~?」

「うん……確かに、目印を残してくれてることは期待していいかもね。ナツキちゃんもそれを追っていっただろうし、他にも手がかりはあるかもしれない。ひとまずはレイニーの報告待ちかな――」

「待ってくださいです」


 何か嫌な予感がして、アイシャは《モンキーズ》の会話を遮った。


「アイシャちゃん?」

「……リンバウさん、ナツキさんがエアダクトに飛び込んでからどれくらい経ったです?」

「ん? ああ、俺はその場にいたわけじゃねえから正確には分からねえが……おいおい、もう二時間は経ってんぞ」

「…………」


 考える。分析する。この場で最もナツキの行動パターンを理解しているのは自分だ。リリムのことも、そこまで詳しくはないがある程度は把握している。ナツキは本当にリリムが残した痕跡を追っていったのか? 何かがおかしい。恐らくこれは……


「……罠、なのです」

「罠?」

「リリムさんは……メスを投げる余裕があるなら、誘拐犯さんに刺すのです。それにエアダクトには飛んで入らなきゃいけないですから、そのときにはもう意識を失ってなきゃおかしいのです」

「いやそれはほら、あのリリム姉だし……」

「他の被害者さん全員に効いてる洗脳がリリムさんにだけ効かないと考えるのは、無理があるです。リリムさんは強いですけど、普通の人間なのです」


 リリムの身体能力、戦闘力はかなり高いが、それでも彼女は異能(ギフト)も練気術も使えない人間なのだ。逆にエアダクトに入る時点でどんな被害者にもメッセージを残せるほどの自我と行動の自由が残っているなら、これまでの事件でもそういった痕跡があってしかるべきだろう。


「うん……確かにそうだね。でもだったら、刺さってたっていうメスは一体……」

「釣り針なのですよ。ローレライさんはたぶん、わたし達が事件の調査をしていることを知ってるのです」

「……!」


 リリムが投げたメスでないなら、それは犯人がわざと残したものだ。リリムを探しに来た我々が気づくように。気づいてエアダクトの中を探索しに来るように。


「もしそうなら……あのエアダクトの先は敵の胃袋だ。(やっこ)さんにゃレイニーやナツキの嬢ちゃんを生かしとくメリットがねえ。多分もう……」

「いきてるよ!」


 リンバウを遮ってそう断言したのは、ずっと黙っていたハロだった。生きていると信じたい、という気持ちから出た叫びかと思いきや……違う。ハロの目には確信が宿っていた。


「ハロちゃん……?」

「レイニーお姉ちゃんは分からないけど、ナツキお姉ちゃんはいきてるよ! だって、ほら!」


 ハロは自分の首元を指し示した。そこにあるのはラクリマを縛る首輪――を模してハロとナツキが作ったレプリカだ。その首輪の正面に開いた小さな穴から、茜色の光が細く斜め下へと伸びている。電灯、防犯ブザー、懐炉……といくつかの機能はハロに教えてもらっていたが、今見るそれはアイシャも初めて見る機能だった。


「首輪れぷりか、ヒミツ機能そのよん! 『お姉ちゃんレーダー』だよ!」

「れ……レーダーなのです!?」

「そう! この先にナツキお姉ちゃんがいるんだよ。すごいでしょ!」


 ふんす、と胸を張るハロ。すごいどころではない、一体何をどうすればそんなことが可能なのか。

 口を開けて固まるアイシャに対し、ハロは得意げに語り始めた。


「あのね、ハロ、お姉ちゃんといっぱい考えたんだ。まいごになっちゃったとき、どうやったらすぐお姉ちゃんを見つけられるかなって」


 近くにいるはずなら、アイシャであればまずは《気配》術だ。ハロも練習すればできるようになるだろう。しかし……


「ナツキお姉ちゃんの《気配》じゅつはとおくにいる人が分かるけど、それがだれなのかは分からないんだって。それに、首輪に入れられるお姉ちゃんの気は少しだけだから、そんなにすごいことはできなくて……」

「それじゃ、どうやってるです?」

「ふふん、これはね、この首輪がナツキお姉ちゃんをさがしてるんじゃなくて、ナツキお姉ちゃんがこの首輪をひっぱってくれてるんだよ! お姉ちゃんの《気配》じゅつにはんのーしてるの!」

「……!」


 息を飲む。まさに発想の転換というやつだ。

 ハロ達ラクリマが迷子になったときは、ナツキも異常事態に気づいているはず。ナツキに薄く広く《気配》術を伸ばしてもらって、それを検知できれば、気の流れの方向から気の発信源の方向が分かるということだ。

 そしてその機構がうまく動いているということは――ナツキが生きていて、居場所を知らせてくれているということに他ならない。


「なんだかよく分からねぇが、その先にナツキがいるってのか? となると……こりゃあ面倒な予感がするぜ……」

「ふぇ……この先、なにかあるのです?」


 犯罪組織の拠点か、はたまた《塔》の施設か、と嫌な想像が浮かんで焦るアイシャに対し、おやっさんは「逆だ」と真面目な顔で答えた。


「何かあるんじゃねえ、()()()()んだよ。このアジトより下の北西側……そんなとこに人の入れる空洞は掘られてねえはずだ。……()()()()()()()()、な」


 おやっさんの指先は、地図の隅の大きな余白に置かれていた。


「存在しないはずの空間……っつうことは十中八九、例のエアダクトから繋がってんだろうな。もしかすっとリリムの嬢ちゃんもそこに……どうする、罠を承知で俺らも飛び込んでみるか?」

「無理よ。やめておいたほうがいいわ」


 リンバウの提案を却下する声が、部屋の入口から聞こえた。この場の全員の視線が集中した先には――ずぶぬれのレイニーが立っていた。


「レイニーさん!?」

「レイニー! 無事だったか!」

「良かった~、ホッとしたよ~」

「全然良くないわ、最悪よ。……もう、手遅れかもしれない」


 安堵に顔を綻ばせる面々とは対照的に、レイニーの表情は暗かった。ぽたぽたと髪から水を滴り落としながら、自分の見てきたことを語り始め――話が進むにつれ、皆の笑顔が消えていく。


「……水没? エアダクトがか?」

「ええ。自分でも変なこと言ってるのは分かってるんだけど……本当に、エアダクトが、水没してたのよ。ちょっと潜って進んでみたんだけど……ダメだったわ。ものすごく流れの速い別のダクトに合流してるんだけど、鉄格子で塞がれてて……開け閉めできるタイプに見えたけど、素手じゃびくともしなかったわ」


 間違いない、それがローレライの張った罠だ。侵入者が旧メインダクトに入ったところで鉄格子を下ろし、逃げ道を絶って水流で押し流せば、普通の人間に為す術はない。

 ハロの作った首輪を信じるなら、ナツキは生きている。水に流された先、存在しないはずの空間で今も助けを待っているのだ。だがアイシャには予想がつく、それはあの規格外のナツキだから無事だったのであって、《モンキーズ》が同じ罠にかかれば恐らく助からないだろうと。

 もしかしたらナツキもただ「生きている」だけで、全身傷だらけで動けなくなっているのかもしれない。そう思うと今すぐにでもこの場を飛び出して件のエアダクトに飛び込みたくなる。しかし……


「よっし……助けに行くぞ! ナツキちゃんが生きてるってんなら、その鉄格子ぶった斬って俺達も流されていけば」

「ラッカさん、待つです! それじゃ二の舞なのです。流される先は、ナツキさんが二時間も自力で抜け出せないような場所なのですよ! 神獣の口の中に飛び込むようなものなのです!」

「アイシャちゃんの言うとおりよ。あの水流、頑張って泳いでどうにかなるような速さじゃなかった……」

「っ……でも、じゃあどうすんだよ! ローレライの抜け道は全部これに繋がってんだろ!? ここしか入口がねーならこっから入るしかねーだろ!」


 勢いよく旧メインダクトの線に指を叩きつけ、ラッカが叫ぶ。

 彼の言うとおり、裏街のエアダクト配線図を見る限り、ローレライの犯行現場のエアダクトは全て旧メインダクトに繋がっている。他の怪しげなダクトに繋がっている線はない。ローレライの根城に向かうにはどうしても旧メインダクトを通らなければならない構造になっているのだ。


「でも、本当に入口が旧メインダクトしかないなら、ローレライさんも流れてるお水のせいで外に出られなくなっちゃうのです。だからきっと、どこかに裏口があるはずなのです。でも……手がかりが何も……」

「アイシャお姉ちゃん、みんな、ちょっとまって!」

「ハロちゃん?」


 突然何かに気づいたように声を上げたハロは、すんすんと鼻をひくつかせ、ずぶ濡れのレイニーに近づいていった。そして何かに納得して振り返り、その場の全員の注目を浴びながら、言う。


「あのね、ハロ……ローレライさんのおうちのばしょ、分かっちゃったかも!」

「えぇっ!? どうして――」


 ――バンッ!


「おやっさん、ルンの姉貴、見てくだせえ! 結果が出ましたぜ!」


 ハロに集まろうとしていた視線が、今度は勢いよく立板を蹴り開いて部屋に入ってきた男に移る。

 白衣をまとった研究員風の男は、手に三本の試験管を載せた台を持っており――そのうちの一本が、血のような赤に染まっていた。


「姉貴の読みどおりです……子供熱は病気なんかじゃない! ラクリマの動作不良も《ローレライ》の被害者のアル中率も全部、20年前の災害の再現だ! おやっさん、早くこのことを本部に――」

「まあ待て」


 息巻く部下を宥め、おやっさんはハロに視線を送った。


「お前、ローレライの隠れ家の場所が分かったっつったな。それは――お前らに水質調査をしてもらった場所の近くか?」

「うん、そうだよ!」

「どれだ?」


 おやっさんが顎で指したのは、研究員風の男が持つ三本の試験管――ナツキとハロが表街に出るときに渡されたものだ。

 ハロは男に歩み寄り、すんすんと匂いを嗅ぎ、試験管に貼られたラベルを見ることもなく、迷いなくそのうちの一本を指差す。


「これ!」


 勢い余ってつつかれた試験管が、赤黒い光を散らした。


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