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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第二章【星の旅人】Ⅲ 泡沫の幸せをあなたに・中
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ローレライの釣り針 Ⅱ

「状況は大体分かったよ、リリムさんを助けに行こう! ラッカさん、どこに攫われてるかの手がかりはある?」

「あ、それは僕が説明するよ。ラッカは地図をお願い」

「おう!」


 《モンキーズ》の情報分析担当のローグが手を挙げて遮り、ラッカは阿吽の呼吸とばかりにすぐさま二枚の地図を机に広げた。片方は表街を上から見た円形の地図、もう片方はいくつかに層を分けて描かれた裏街の全体図だ。いずれもたくさんの書き込みが目を引くが、その量は裏街の方が圧倒的に多く、全域に散らばっている。


「ローレライは犯行現場の目撃情報が一切ないんだけど、被害者と日常的に交流してる人に聞けば移動経路は予測がつくし、経路上で集めた被害者の目撃情報とかからある程度キャッチ現場は割り出せるんだよね」


 地図を指差し、


「これまでの被害者全員について、キャッチされた可能性がある場所を書き込んだのがこの地図だよ」

「おお、貴重な情報……だけどすごくバラバラだね? 大通りを避けてるのは当たり前だし……」

「そうなんだよね。犯行エリアが多すぎて待ち伏せができなくて……ラッカも言ってたけどリリース現場との相関もないしで、正直困ってるんだ。ナツキちゃんアイシャちゃん、何か気づくこととかある?」


 新鮮な視点での意見を、と振られ、ナツキとアイシャは地図を眺める。

 裏路地や水路脇通路といった人通りの少ない場所に偏ってはいるが、それ以上の法則性は読み取れない。範囲は裏街全域に及んでいるが、傾向としては中央寄りでの報告がやや多いか。


「犯行現場を見た人はいない、って言ってたけど……こんなにあちこちで被害が出てるのに、何の目撃情報もないの? 現場じゃなくても、近くをうろついてた怪しい人とかさ。計画的な犯行なら下見はするだろうし、標的を運ぶのだって人目につきそうだけど……」

「ないよ。僕達もそう思って毎回周辺で聞き込みしてるけど、人が入りそうなほど大きな荷物を運んでる人を見たって情報すらほとんどない。神隠しなんて言われてるのはそのせいなんだよね」

「怪しい人ってなると、裏街の奴らみんな怪しいしな」

「むぅ……」


 そんなことが可能だろうか。誘拐するからには標的を運ばなければならないはずだ。スーニャなら可能かもしれないが……彼女がそんなことをするとは思えないし、そもそも事件は三ヶ月も前から起きているのだ。

 ならば類似する異能(ギフト)を持つギフティアの犯行だろうか。他人をワープさせる能力……ラグナの魔法学では光速の突破は不可能ということになっていたが、魔王軍の幹部連中は普通に使っていた。

 しかし、ラッカは金品目当ての犯行だと言っていた。もしそんな能力を使えるのならもっと効率のいい安全な方法はたくさんあるはずだ。

 あるいは《古本屋》のゲートのような、聖片(サクラメント)による裏口がある可能性もあるが――トスカナによれば、隔離結界による亜空間移動には膨大な魔力と相応のコストがかかるはずだ。《古本屋》は「トイレの個室内にアンカーを事前設置」という厳しい開門条件をつけることで緩和していたようだが、恐らく彼は他にも何かを支払っている。


「うーん……」

「あ、ローグさん、これは何の情報なのです?」


 アイシャが何かに気づき、地図の一点に指を置いた。それは一人の被害者の移動経路予測線の始端で、すぐ隣に何やらIDのような文字列が書き込まれていた。


「あーそれね、被害者が最後に寄った店の登録ID。金品目当ての犯行って根拠のひとつがこれでさ、ちゃんと懐が潤ってる人を狙ってるんだよね。商売で大儲けした人とか、買ったばかりの高価な品を持ち帰ってる人とか」

「うわぁ……ってことは、真ん中ほど発生件数が多いのは商取引が盛んだからだね」

「そそ。で、なにか関係あるかもって一時期記録してたんだけど、宝石商とか骨董品屋とかに偏るなーってくらいの当たり前のことしか分かんなくてやめちゃった。あとそう……()()()()とかもね」

「っ……なるほどね、『状況から見て』ローレライが犯人、ってそういうことか」


 リリムは昨日、まさにハロの武器を売っていたはずだ。彼女のことだ、きっと巧みな話術なり黒魔術なりで売り捌いたのだろう。

 そして、犯人(ローレライ)に目をつけられた。敵がリリムのことをどこまで把握しているかは分からないが、街に来たばかりの余所者だとバレているなら格好の獲物だろう。


「うぅ……リリムお姉ちゃん……」


 ハロが落ち込んでいるのは、そのきっかけを作ってしまったことで自責の念に駆られているのだろう。気にする必要はないと後で伝えようと決めつつ、今はびっしりと情報が書き込まれた地図を見る。


「リリムちゃんが商売してたのはこの辺、組織の傭兵向けに店を出してたみたい。これはおやっさん経由で裏も取れてる。で、リリムちゃんが店を畳んだのはちょうど昨日の大騒ぎくらいの時間だから……」

「昨日の大騒ぎって? ……あれ、ボク、昨日何してたんだっけ」


 先程アイシャにも体の調子を心配された。昨日の夜何かあっただろうか。夜……夜? いつ夜になった? というか、いつアジトに帰った?


「……ナーちゃん~、もしかして記憶ない~? やっぱり『子供熱』だったっぽいね~」

「あー、そもそもナツキちゃんは気絶しちゃってたからな、覚えてるわけねーか」

「え!? 何それ、えっと……フィンと川下りして、落とされて、ルンさんに受け止められて……あれ……?」


 ルンの紐水着を見た記憶は鮮明に残っている。しかしその後、アジトに戻る過程で記憶が曖昧にぼやけていく。


「子供熱、って……ボク、なんかの病気になったの?」


 何か深刻な病気だったらどうしよう、と焦るが、ルンは手をひらひら振って優しく笑った。


「うん~、でも大丈夫だよ~、みんな風邪薬とお水飲ませて氷枕で一晩寝たら治るから~、ナツキちゃんも例に漏れずだったし~」

「……それただの風邪じゃない?」

「そうなんだけど~……体調不良じゃないとこの症状が特徴的なんだよね~。治ったあとの記憶喪失もそのひとつなんだよ~。あとは~いつもよりわがままで素直になるとか~、周りが見えなくなって後先考えずに大胆なことしちゃうとか~」


 ――記憶喪失以外の症状、風邪ひいて弱ってるキャラあるあるじゃないの?


 ナツキは思ったが言わなかった。なぜならそう、まさにその症状通りリリムに抱擁を要求し、胸の中で眠りに落ちた前科があるからだ。そしてその記憶はない。まさかその時からずっと「子供熱」とやらに侵されていたのだろうか。


「ま、まあいいや。今元気だから大丈夫! それでえっと、リリムさんがアジトに帰ろうとした頃に、大騒ぎ? があったんだっけ」

「あ、うん、詳細は割愛するけど……もしリリムちゃんが屋台通りまで来てたら、必ず僕達と合流することになってた……ってくらいの大騒ぎだったよ。ね、アイシャちゃん」

「はぅ、わたし、それ覚えてないのです……。というか昨日はニーコちゃんとお留守番していたはずなのです。ニーコちゃんを置いてアジトの外に出るわけがないのです。でも、お昼くらいからずっと夢の中で……いつの間にかおなかがパンパンだったのです。ニーコちゃんは何か覚えてるです?」

「にぅ!?」


 にー子がびくりと飛び上がり、ちらりとローグに目を向ける。ローグは何故かサッと目を逸らした。


「ニーコちゃん? どうかしたです?」

「に、にーこ……しやないよ。にゃにもしゃーない! にーこわぅくないもん!」


 にー子がぶんぶんと首を振りながら、全て知っていますとアピールしてくれた。後でローグと一緒に詳しく聞かせてもらうとしよう。


「と、とにかく重要な手がかりは、リリムちゃんは屋台通りを通ってないってことだ」


 少し挙動不審なローグに軌道修正され、地図を見下ろす。

 屋台通りとは立体的にねじれの位置にある通りの、観光客はあまり入ってこないであろう交差点。その一角、傭兵達の宿舎に近い位置でリリムは店を広げた。店を畳んでアジトに帰る途中、屋台通りを横断しないルートを選ぶとかなりの遠回りになる。


「リリムさんはいつも、ニーコちゃんに早く会いたいって言って、なるべく近道を選んでまっすぐ帰ってたです。寄り道はしないと思うです」

「だね。となると……」


 アイシャの言うとおり、リリムがわざわざ屋台通りをルートから外すとは考えにくい。つまり、その前にどこか人気のないエリアで彼女は攫われたということだ。

 そこまで分かれば、過去の推定エリアとの重なりから犯行現場はかなり絞れてくる。


「うん、とりあえずこの辺に行って痕跡調査かな」

「なのです」


 アイシャと頷き合う。その様子を見ていたローグは感心したようにほうと息をついた。


「……よかった、僕も同じ結論を出したよ。リンバウとレイニーが先に向かってるから、追いかけようか」

「うん! えっと……おやっさん、このアジトは安全だと思っていい?」

「アジトん中でローレライが出たことは一度もねえぜッ」

「おっけー、じゃあアイシャはここでにー子とハロをお願い!」

「了解なのです!」


 雑な指令に対し、アイシャは全て理解していると言うように即答した。自分も探しに行くと主張されるかもしれないと思ったが、きっとナツキを起こしにきた時点でアイシャの中で状況の整理はついていたのだろう。


「やっぱり、ハロちゃんをお外に出すのは危険なのです?」

「うん、ローレライの目的が金品なら、次に狙われるのは……ハロだと思う。敵に洗脳の技術がある以上、ハロだけじゃなくてにー子やアイシャのこともバレてると思ったほうがいいかも」


 むしろ順番としては、リリムより先に包丁を売りさばいていたハロが狙われていてもおかしくなかった。鍛冶場での売り買いはローレライの観測範囲外だったか、ラクリマゆえに「所有者」を見つけるまで泳がされたか――何にせよ、今アジトという安全地帯から出るのは危険だ。リリムの捜索においてハロの嗅覚を頼りたい気持ちもあるが、犯行の手口が分からない以上、迂闊に身を晒すのは得策ではない。


「任せてくださいです、何があってもニーコちゃんとハロちゃんは守ってみせるです」

「ん、アイシャ自身もね!」

「分かってるです!」


 アイオーンに手を添えて力強く答えるアイシャに頷きを返し、ナツキはアジトを飛び出した。


 密航船の出港はもう明朝だというのに、事態は思わぬ方向に転がり始めた。一難去ってまた一難とはこのことだな、と内心で溜息をつきつつ、ナツキは走る。

 しかし――冷静に事態に対処できているつもりでも、心のどこかに焦りがあったのだろう。《気配》術を展開していたにもかかわらず、このときナツキは、アジトを出た瞬間に自身に向けられた不穏な感情を無視してしまった。それがリリムの意識ではないという、ただそれだけの理由で。


「……やぁ同胞、狐が巣から出たよ。プランA異常なし、と。あははっ」


 アジト近くの岩陰で、《蝙蝠》は愉快そうに笑う。その視線がアジトに向けて歩いてくる三人の男を捉え、さらに口角がニタリと釣り上がる。


「来た来た、ははっ……え、何がおかしいって……傑作じゃん? 俺が描いたとおりのシナリオで人が動いて、予定通りに死んでくのってさ!」


 通信機越しに呆れ声を返してくる《祭司》の代わりに、風笛が一つ、不気味に啼いた。



☆  ☆  ☆



「ローレライが出たことは一度もねえ……ってのは別に、安全地帯って意味じゃあねえんだぜ、ナツキ……」


 アジトの自室で一人、《水魚の婚礼(アーパ・ペシュテ)》の頭領たる男――「おやっさん」は溜息と共に呟く。


「なあ、姫さんよ、これで本当に良かったのか……?」

『はれれー、まーだ迷ってるんだよ?』


 それは独り言ではなかった。虚空に向けた問いかけに対し、どこからともなく「姫さん」の陽気な声が返ってくる。


「迷ってなんかねえよ、俺様はもともと姫さんの計画にゃ反対だったんだ。《ローレライ》で釣って何ヶ月も有能なハンターパーティを雑用に使うなんてのは……」

『おかげで経営もだいぶ良くなって、医療体制も整って、傭兵団はさらに力をつけたんだよ?』

「それはッ……そうだがよ、そろそろ《(ベル)》は潰さねえと《ローレライ》の被害が馬鹿にならねえって」

『そう。そんな折に、わざわざ切り札が自分からネギ背負って歩いてきたんだよ。こんなチャンス、ものにしてもらわないとボクも困っちゃうんだよ?』

「ッ……だがあいつらは何も関係ねえ! こっちの事情に巻き込むのは気が引けるぜ」

『ほろろ……どうしてなんだよ? その子たちはボクの家族になりたい。ボクは出来の悪い子をまとめて処分したい。ほら、ウィンウィンなんだよ』

「は……まさか、これを()()にするつもりか? そいつぁ厳しすぎやしねえか。《(ベル)》はともかく《自治区(ボロー)》まで出張って来られちゃさすがに……」

『ふるる、キミの時とは情勢が違うんだよ。この程度のことも乗り越えられないなら、どの道これから来る時代は生き残れないんだよ』


 口調はやわらかく、声色は繊細。しかし吐き出される言葉は残酷な冷気と圧をまとっている。そのアンバランスさに「おやっさん」の心が軋む。人間を超越したナニカと会話の綱渡りに興じるのはこれで何度目だろうか、と現実逃避の思考が浮かぶ。


「これから来る時代って、ここ数百年何も変わっちゃいねえんだろ?」

『はらら……本当にそう思ってるなら、きみもたまにはこっちに帰ってくるべきなんだよ。数百年ずっとお互いの戦力が拮抗してるのは、相手も成長し続けてる証拠……そのスピードがここ数ヶ月で急に上がってるんだよ』

「ここ数ヶ月だあ?」


 おやっさんは怪訝そうに眉を寄せる。


「ここ数週間ってなら《塔》が弱ってる隙につけ込んでって話だろうが、数ヶ月前……ローレライ騒ぎが始まった頃っつうと……ああ、そういやフィルツホルンの掃討圏に突然大型が出たって話は聞いたな。《八足白虎》だったか……それか?」

『うん、正確には112日前。それが予兆……というか、余震だったんだよ』

「余震?」


 その言い方では、まるでどこかで本震が起きていたかのようだ。

 それを問うまでもなく、「姫さん」は間髪入れずに続けた。


『その日はね、あの子……ナツキちゃんが生まれた日なんだよ。かつてタイショーくんが予見した通り、煌籃(こうらん)の網の小さな小さな綻びをくぐり抜けて、ね』

「こうら……何だって? あのガキの誕生日がなんか関係あんのか?」

『はれれ、煌籃リンカネット、知らないんだよ? これがジェネレーションギャップってやつなんだよ……』

「そりゃまあ大災厄より昔から生きてる姫さんと比べられちゃあな」

『ふるぅ……いい機会だし教えておくんだよ。ボク達が《塔》の庇護を拒絶する本当の理由について――』


 そう語りだそうとしたその時、にわかにアジトの入口のほうが騒がしくなったことにおやっさんは気づく。


「悪ぃ姫さん、その話は気になるが、()()()共が来たみてえだぜ」

『なら、全部終わったあとにするんだよ』


 その一言を最後に、音もなく部屋から冷たい気配が消える。


「さて……本当にご主人サマがいなくても大丈夫なんだろうな? お手並み拝見させてもらうぜ、天使の雫(イオニマーレ)……」


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