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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第二章【星の旅人】Ⅱ 泡沫の幸せをあなたに・上
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人を斬れない剣

 ナツキとハロがベンチでのんびりしていた頃、リリムはハロの打った剣を売り捌いていた。

 売り物の剣は全て、ハロにより刻印(エンチャント)された、人やラクリマを傷つけられない魔剣だ。神獣に対しては攻撃できるが、ごく普通の素材から打ち出されているので、ほとんどの神獣には刃が通らない。つまるところ、敵を傷つける道具としての使い道がない剣である。

 しかしリリムはそれをあえて隠さず、人を傷つけられない剣として売り出した。ターゲット層は《水魚の婚礼(アーパ・ペシュテ)》に所属しているオペレーターとドール達である。

 ドールは皆すでにアイオーンを持っているし、普通のオペレーターは自ら戦うこともない。ましてや剣として使えない剣など誰が買いに来るものか……と、少し前ならば誰もが思ったことだろう。しかしこの日、リリムの広げた店の前には続々とオペレーターとドールがやって来ていた。


「よう、医者の姉ちゃん……と、おやっさん。噂を聞いて来たぜ」

「ん、いらっしゃーい。どれでも一本30万リューズ、二本セットで買ってくれればそれぞれ10万リューズ値引きしちゃうよー」

「今日ここに来る奴で一本買いする奴はいねえだろうがなッ」


 リリムの隣にはおやっさんが腕を組んで立っている。傍から見ると護衛のようだが、彼は全く別の理由でそこにいることを、「噂」を聞いてやって来たそのオペレーターは知っているようだった。ちらりとなんとも言えない視線がおやっさんに向けられる。


「……ああ、二本買うぜ。俺はこれで。おい、お前は自分で選べ」

「はい」


 オペレーターに促されたドールは素直に頷き、じっと剣を眺めた後、そのうちの一つを手に取った。そしてリリムに視線を向け、問う。


「店主様。不躾ながら、ドール行動原則に基づき一点確認させていただきたいのですが」

「それは本当に、人を傷つけない剣だよ」

「これは本当に人を傷つけ――ない、剣……なのです、ね」


 問いを先取りして答えたリリムに、そのドールは無表情ながらに目を白黒させる。

 剣を買うドールは全員、全く同じ質問をする。そしてリリムに肯定され、続けて発する言葉もまた同じだ。


「しかしどう証明すれば――」

「ん」「おうッ」


 言い切る前にリリムが横に腕を伸ばし、隣に立っていたおやっさんが剣を勢いよく振り下ろした。手首を切り落とすコースだ。ドールの体がビクリと震え、リリムを助けるために本能的に手を伸ばそうとし――止まる。


「これで証明できた?」

「……はい」


 リリムの手首に触れるか触れないかのところで、剣はピタリと止まっていた。おやっさんはとっくに柄から手を離しており、剣は空中に浮いている。


「……医者の姉ちゃんもおやっさんも、肝座りすぎじゃねえ?」

「そう?」

「代役はいつでも募集中だぜッ! ……正直心臓に悪ぃ」


 そう、おやっさんはリリムの腕を本気で切り落とそうとする様子をドールに見せるためだけにそこに立っているのである。「この剣であたしの手首を切り落としてほしいんだけど」と持ちかけたときのおやっさんの顔はなかなかに面白かった。


「ちなみに事故も防いでくれる優れものだよー。ほら」


 リリムが腕を剣の刃に向けて動かすと、反発するように剣は空中をすべり、やがて手首を避けてくるりと回りながら地面に落ちた。

 ドールはそれを確認し、主たるオペレーターを見上げた。


「安全基準を満たすことを確認しました。私はこの武装を主様に向けて使用可能です」

「マジか。……なるほどな、こんな抜け道があったのか」


 そう――「絶対に人を傷つけられない剣を、人間に向けて振るう」という行為自体は、ドール行動原則によって制限されないのである。

 普通の人間は、だから何だ、と思うだろう。悪人を鎮圧するのにドールの力を使う需要は無いことはないが、本来のドールの用途からはズレているし、相手を無力化できなければ何の意味もない。

 しかし今、《水魚の婚礼(アーパ・ペシュテ)》ではまさにその無意味な剣の需要が膨れ上がっているのだ。


「んじゃー頑張ってね、おじさん。負けちゃっても逆ギレしちゃだめだよー」

「るっせぇ、分ぁってるよ。……もう人形扱いはしねえよ」

「? いいえ、私はドール――主様の振るう剣であり、命なき人形です」

「それが実は違うってんだからこんなことになってんだろが。はぁ……俺も大概お人好しだな」

 

 一般的なオペレーターにとってドールは消耗品の戦闘人形であり、寿命が尽きたら破棄して新品を契約し直すものだ。色々とラクリマの裏事情を知っていそうなおやっさんの指揮下にある《水魚の婚礼(アーパ・ペシュテ)》でも、その常識は根強く残っていた。

 しかしここ最近、その前提が崩れ始めていた。その原因は明白、ナツキ達がアイシャ、ニーコ、ハロを連れてきたことだ。

 特にアイシャとハロが数々のタスクをこなす中でアジト内を駆け回っていたのが大きかった。彼女達と言葉を交わした構成員はその人間と変わらない受け答えに驚き、他の構成員にも噂となって広まっていき、果てはアジトとは別の場所に拠点を構えている傭兵団にも伝播したのか、昼休みの食堂の混雑度と武装した人間の割合が明らかに上がった。


 そんなある日、リリム達が連れ立って食堂にやって来たとき、ドールを連れた強面の男がナツキに話しかけてきた。その男は《水魚の婚礼(アーパ・ペシュテ)》傘下の傭兵団の団長で、数々の死地を乗り越えてきたBランクオペレーターでもあった。


『お前らのせいでウチの連中が浮ついてんだよ』

『はい?』

『模擬戦を申し込む。オペレーターとドールのあるべき姿ってやつを、あいつらに再確認させてやる』

『えーっと……ボクとアイシャと戦ってみたいってこと? ボクは構わないけど。アイシャは?』

『ふぇ、へんほーふんれんらのれす? ひーのれすよ』

『アイシャ、飲み込んでから喋ろうね』


 おやっさんと最初に会ったときの演武台を使い、突如として始まった模擬戦。傭兵団団長というだけあって、彼はドールだけに戦わせるようなことはせず、ナツキと同じく自らも木剣を手に戦った。彼個人の能力だけ見れば、十分に一線級の戦士だと言えただろう。

 しかし――決着には一分もかからなかった。死角をカバーし合いながら連携して戦うナツキとアイシャに一撃も入れられないまま、ドールに命令を出す隙を突かれ、挑戦者は二人まとめて水に叩き落とされた。

 

『クソ、完敗だぜ。だがよ……お前、どうやって指示を出してたんだ? ドールまでお構いなしに俺を攻撃してくるしよ……訳が分からねえ』

『指示? 特に出してないよ』

『は? ……まさか、感染個体の勝手な自己判断に任せたってのか!?』

『うん。だって自分で考えて動かなきゃ訓練にならないでしょ? せっかく模擬戦なんだからさ』


 それを聞いて傭兵団長は絶句した。リリムはもう慣れっこだが、ナツキの言動は一般的なオペレーターの理解の範疇を超えているのだ。


『なっ……ならそのドールの剣術は何だ? どう調整したらそこまで強くなるんだ!? どうやってお前と息を合わせて動いている!?』

『剣術? アイシャは出会う前から上手かったし、ボク仕込みなのは半分くらいかな。《塔》の調整はあんまり関係なくて、何度も打ち合って体に覚えさせた結果だよ。息を合わせられるのも、何度も二人で練習してるから……ね、アイシャ』

『はいです。なかなかのスパルタだったのです……』

『打ち合った!? 人間を相手にドールに戦闘訓練をさせたのか!?』

『うん、っていうか今もやって……あ、そうか』


 ドールは人間を攻撃できない。たとえ相手が歴戦の英雄であろうと、自らの行動が人間に危害を加え得るものだと分かっていれば、行動原則によって動きを止めてしまう。ゆえに、ドールの戦闘訓練はドール同士や獣相手でのみ行われる。それが常識だった。今回の模擬戦とて、本来ならドール同士と人間同士がそれぞれ戦う想定だったのだ――と、ナツキは今更気づいたようだった。


『ごめん、ルールを取り違えてたかも。人間同士とラクリマ同士でもう一戦する?』

『い……いや、充分だ。お前らの実力、というか規格外っぷりはよく分かった……感染個体にそんな使い方があるとはな。神獣相手じゃ使いにくいだろうが、新種ならむしろ……』


 ざわめく団長と観客たちに、ナツキはここぞとばかりに告げた。ラクリマは本来人間と同等の思考能力、感情を持つ生き物であり、それを兵器として人間に都合よく使いたい《塔》が、行動原則を遵守するように「調整」しているのだと。アイシャのような重感染個体こそが自然な状態であると。

 リリムやヘーゼルがそうであるように、そこそこ経験を積んだオペレーターならそれくらいのことは知っているし、現実問題としてその「自然」さを優先できないことも理解している。対神獣戦と対人戦では勝手が異なるだとか、星全体の未来の話とか、知っておくべき前提が山ほどあるのだ。新人オペレーター達はナツキの言葉に動揺していたが、きっと後で先輩達に色々と教えてもらったことだろう。

 しかしそれでも、これまでアイシャとハロが振りまいてきた笑顔と、ナツキとアイシャが傭兵団団長を打ち負かしたという事実は、確かに彼らの心に最も重要な変化を起こしていた。


 明くる日の昼休み、食堂はいつもとは趣の異なる喧騒に包まれていた。


『なあお前……俺についてなにか思うところとかあるか?』

『? あなたは私の登録オペレーターです』

『いやそうじゃなくて……その、なんだ、お前にも本当は感情があるんだろ? ほら、俺に不満とか……それか何か、やりたいこととかあるんじゃないのか?』

『……すみません、よく分かりません。私の存在理由は、登録オペレーターであるあなたの剣となり、神獣を討ち、人類を護ることです』

『う……うん、そうだよな。それが普通の反応ってことは分かってる……でもそうじゃないんだ……!』


『おいドール、今日はお前もこっちを食え』

『……? ドール行動原則により、わたしはあなたの食事を奪えないです』

『違う、これはお前の分だ。お前、燃料しか食ったことないだろ。人間の食いもんもたまには食ってみろ。命令だ』

『はい。もご……、……? ……おおひくへのみほめまへん』

『丸ごと口に入れる奴があるか馬鹿! ……じゃねえ、そりゃそうなるか……』


『ねー、ちょっと』

『はい。なんでしょう、マスター』

『あんた、確か感染個体だったわよね?』

『はい。しかし重度ではなく、擬似感情を抑制する訓練を終えているため、通常のドールと同様の動作を――』

『ん、それは契約のときに聞いた。じゃあその擬似感情の抑制ってやつ、やめてみてくんない?』

『は……ええと……すみません、そう言われましても、こちらが標準になってしまっているので簡単には……んにゃぅ!?』

『へぇ……フェリス種は耳が敏感ってほんとなんだ』

『んゃ、やめてくださ、んっ、ますたぁ……っ?』


 リリムはハロと一緒に昼食をとりながら、その光景を目にした。何組ものオペレーターとドールが、ぎこちないながらも「交流」を試みていたのだ。

 中にはドールに練習用の木剣を持たせ、自分に打ちかかってくるよう指示している者もいた。ドールは指示に従い、剣を構えるところまではできるのだが、そこでスパイク現象が起きてピタリと止まってしまい、どうしても打ち下ろすことができないようだった。


『む、むむむ無理ですできないです、ごめんなさい……どうしてそのようなことをお命じになるのですか、マスター……うぅっ……』

『あああごめんごめん! やんなくていいから! てかドールって泣く機能付いて……そうだ、人間と同じなんだった……あーもう!』


 感染個体ならあるいは、と同じことを試させられているドールもいた。しかし彼女は木剣を構えたままガタガタと体を震わせ、申し訳なさそうに首を横に振り、しまいには泣きだしてしまい、主人のオペレーターを慌てさせていた。


『一晩でここまで変わるなんて、さすがナツキちゃんとアイシャちゃん……だけど……』


 ある程度の意識改革には成功したとはいえ、このままでは実利に紐着く行動が伴わず、すぐに意識ごと元に戻ってしまうだろう。そう考えたリリムは、傍らに立つハロを見てひとつの打開策を閃いた。――人を傷つけないことが分かっている剣なら、普通のドールでも人間との戦闘訓練に使えるのではないか、と。


『わぁ、すごい……みんなを笑顔にするための剣だ! まかせて、ハロがつくってあげる!』


 アイデアを聞いたハロは目を輝かせ、午後のタスク中に「絶対に人やラクリマを傷つけない剣」を一本打ち上げてきた。それは、これまで彼女が無意識に刻印(エンチャント)していたものとは違い、意図的に具体的な無害化能力を付与したものだった。

 人体を避けてひん曲がったり崩れ落ちたりしていたこれまでの武具とは異なり、元の形を保ったまま、ただ物理法則を無視して「止まる」剣。訓練用の剣としての実用性と耐久性は抜群だ。

 そしてそれを量産してもらい、今に至る、というわけである。


「しかしすまねえな、これ、本当は30万どころじゃねえだろ?」

「まーね。実戦で使えないことを加味しても、希少価値だけで100万は下らないと思うよー。でもね、それで剣を手に入れられないドールが出てきちゃうのはハロちゃんの――ん?」


 ――今、ふと、誰かに見られているような気がした。


「どうした?」

「いや……」

 

 辺りを見回してみるが、怪しい人影はない。気のせいだろうか。ここにナツキかアイシャがいれば、《気配》術とやらで周辺を探ってもらえたのだが。


「視線を感じたんだけど……多分気のせい」

「…………視線か」

「ん、おやっさん?」


 リリムの言葉に、おやっさんはいつになく真剣な表情で眉を寄せた。


「いいかよく聞け。実は俺様が今日お前についてきたのは、これを伝えておきたかったってのもあるんだが――」


 そんな前振りをしてリリムに顔を近づけ、まるで怪談でも聞かせるように声を潜め、囁く。


「――『ローレライ』の噂は、聞いたことあるか?」

「……!」


 それは、《モンキーズ》の面々が携わっているタスクのタイトルであり、リリム達はアクセスを許されていない何かしらの機密情報だ。

 おやっさんが語り始めると同時に、オォン、と一つ風笛が鳴いた。


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