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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第二章【星の旅人】Ⅱ 泡沫の幸せをあなたに・上
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水龍軒 Ⅲ

「……っ」

「言い伝えによると、師はその書を記しながら、眠るように息を引き取ったそうだ」


 文章の最後、「メ」の二画目の途中から横に力なく伸びていく線を見ながら大将はそう言った。


「どうだ、何と書いてあるか分かったか?」

「わくわくするね!」


 大将とハロの期待に満ちた視線を浴びながら、ナツキは混乱の淵にいた。

 タイショー。それはナツキが日本にいた頃のクラスメイトであり、ご近所さんであり、親友と呼んで差し支えない程度のオタク友達である。ネーヴェリーデに来る途中に見た夢にも出演していた。

 ナツキがトラックに轢かれたとき、確かに彼も近くにいたが――まさか彼まで転生していたとは。

 しかし不可解なのは、彼とナツキとで時間経過に差があることだ。ナツキがラグナで二年を過ごす間に、彼はノアで80歳まで生き、それから10回も世代交代が起きていたというのは――まさか転生ついでにタイムスリップでもしたのだろうか。ナツキが未来に、あるいはタイショーが過去に? あるいはラグナが実は強い重力の影響を受けていて、時間の進みが遅くなっていた可能性もあるか。


「お、おい、どうしたんだ」

「ココナお姉ちゃん……?」


 そして、並べられた「代償」の数々。まともに知っているものなど星涙(ラクリマ)時の聖剣(アイオーン)くらいで、他はホロウベクタを名前だけ聞いたことがある程度。

 全ての「代償」を知り、「ある場所」へ行き、メから始まる「彼女」を救い出してほしい。それがタイショーの望みだということは分かったが、それ以外の全てが謎だ。諦める前に記憶を探れと言われても、この世界で暮らしたのはたった数ヶ月だし、日本やラグナの記憶が関係しているとも思えない――


「おい、何か分かったのか!?」

「っえ!?」


 肩を強く揺すられ、我に返る。大将の必死な顔が目の前にあった。


 ――今あれこれ考えても仕方がない。アジトに帰ったらリリムに共有して、詳しいことはそれからだ。


「ごめん、集中しちゃってた。……でも大将、これ、遺書じゃなかったよ? 創業者さんが誰かに宛てたラブレターみたい」

「何だと!? 記録では師は独身だったと……」

「そ、それは……ほら、叶わぬ恋だったんじゃない? だからこうして読めるはずもない文字で書いたとか……」

「うーむ……成程……」

「だからね、詳細はボクからはちょっと……ごめんね」


 本当の内容を説明したところで大将に利益はない。太郎氏から勧められたとおり、恋文だったことにしてしまう。

 しかし大将は納得いかぬという様子で食い下がってきた。


「しかしなぁ、嬢ちゃんの言葉が本当かどうか、ワシらには判断できん。そも、ただの恋文なら代々この書を引き継いできた意味が分からん。師しか知らぬようなことは何も書かれておらんのか?」

「うぇ!? あー……まあそうなるか」


 タイショーめ。全然ダメじゃないか、恋文作戦。


「んーとね、その……想い人に贈った魔法の言葉みたいなのはあったよ」

「ほう!」

「まほうのことば!?」


 身を乗り出してくる大将と目を輝かせるハロに、ナツキは告げる。


「『イクラを七粒、つゆだくで』」


 その瞬間、何故か大将の顔から血の気が引いたのが分かった。



 そして、10分後。


「おなかいっぱーい! ハロ、とーってもしあわせ……」

「そ、そうか……それは良かった。なら今日はこのくらいに」

「んーん、だいじょうぶ! ハロね、イクラっていうのもっと食べたい!」

「ぬうっ……」

「大将、ボクは大トロで。あとウニも欲しいな」

「ぬうっ……」


 高いネタを遠慮なく頼み続けるナツキとハロに、大将が引きつった笑みで唸りながら寿司を握っていく。


「これが……これが人を疑った報いか……! まさか代々伝わる極秘符丁が書かれていたとは……」


 タイショーに教えられ、ナツキが口にした意味不明な一文。それは《水龍軒》に代々継承されてきた、本当に本当のお得意様にしか明かされない秘密の呪文だった。ここ百年ほどその呪文を明かされた人間はおらず、使われたこともないという。

 そしてその効果は――全品無料食べ放題。一年に一度のみ使えるそうだ。



☆  ☆  ☆



「うー……くるしいよ~……」

「よく食べたね、ハロ」

「えへへぇ……こんなにおなかがぎゅうぎゅうづめなの、ハロ初めてかも……」


 《水龍軒》を出て、すぐ近くの水路沿い。花壇と共に並べられたベンチの上で、ハロは膨れたおなかをぽんぽん叩きながら幸せそうに笑っていた。

 花壇を挟んで反対側、水路の水を試験管に採取しながら、ナツキはつい先程のハロの食べっぷりを思い返す。

 初めて食べたイクラの虜になってしまった彼女は、勢いのままに数十貫ものイクラ軍艦をその小さな胃に収め、ナツキと大将を大いに慌てさせた。もうやめとけ、と二人が止めるも「だいじょーぶ!」の一点張りで、最後は目を回してひっくり返ってしまったのを、ナツキが抱えてここまで運んできたのである。


「でも……なんでだろ?」

「んー、何が?」

「アイシャお姉ちゃんはもっといっぱい食べてたでしょ? どうしてハロのおなかは、ちょっとしか入らないのかなぁ」

「そりゃ、ハロはアイシャより体が小さいし、アイシャのあれは練気術も使ってるから……ハロがあんなに食べたらおなか破裂しちゃうよ」

「むー、そっかー……」


 ペフィロやアイシャのとんでもない大食いっぷりを見てきたせいで感覚がおかしくなってしまっているが、あれを基準に考えるのはどう考えても間違いである。


「……っていうか、ハロが食べてた量は全然『ちょっと』じゃなかったと思うけどね。ボクあんなに食べられないよ」

「アイシャお姉ちゃんは……もっといっぱい食べてたもん……」


 不満げなハロに、大きくなったらもっと食べられるようになるよ、と言いかけて思いとどまる。《塔》の調整を受けた彼女の体はアイシャと同じくもう成長しないのだ。


「…………」

「お姉ちゃん……?」

「……なんでもないよ。あ、そうだ、ハロは途中で水をたくさん飲んでたじゃん。きっとそのせいだよ」

「うん……わさび、きらい……」

「ハロ?」


 返答の輪郭がぼやけてきた。花壇の反対側を覗き込むと、ハロはいつの間にかすぅすぅと寝息を立てていた。


「……おなかいっぱいで、電池切れになっちゃったか」


 隣に腰を下ろし、ハロの頭をそっと膝の上に乗せる。ナツキの太ももを枕に、ベンチをベッドにして仰向けになったハロは、ほっとしたように口元を緩めた。

 まだ時刻は昼を過ぎたばかり。少しここで休憩していくかと、ナツキは力を抜いて赤い空を見上げる。


「……タイショー」


 眠るハロのポケットから一枚の紙を取り出し、眺める。「失われた古代暗号の貴重な資料」という名目で大将にお願いして、タイショーの遺書の内容を書き写させてもらったものだ。縦読みでも仕込んでるんじゃないかと疑って改行位置まで正確にコピーしたのだが、今のところ見つかっていない。

 手紙を書いていた彼にとってナツキは半世紀以上前の旧友でも、ナツキにとってはつい数年前に雪合戦に興じた相手だ。浦島太郎になってしまったようで心が落ち着かない。


「これ……もしタイショーが過去に送られたんじゃなければ……秋葉はもう……」


 死んでいる。いくら秋葉が天才博士でも、人の寿命には逆らえないだろう。


 ――そんな雑念が、「でもそれはないな」という強い意識で塗りつぶされる。だって秋葉は()()()()()()()()()。タイショーは数百年前のノアにタイムスリップしたと見て間違いないだろう。


「……? いや……今なんか論理展開が……気のせいか」


 どうも精神が不安定になってしまっているようだ。平常心を取り戻そうと深呼吸をして、紙を折りたたんでハロのポケットに戻す。今は心を乱していい状況ではないのだ、アジトに戻ってからゆっくり考えよう。


「さて、次の目的地は……っと」


 代わりに別のポケットから観光パンフレットを抜き取り、地図を確認する。……ハロを荷物持ちにしてしまっているのが心苦しいが、今ナツキが着ているセーラーワンピースにはポケットの類がほとんどないのだ。

 最後に向かうことになっているのは、三つ目の水質調査ポイントである街の南端の最上層だ。パンフレットによると旅行客の泊まる宿やレジャー施設が集まっている区画のようで、水路を利用した流れるプールが人気らしい。当然水着など持っていないし、追われている身の上で無防備な姿を晒してプールで遊ぶわけにもいかないのだが。


「あと……ここか」


 流れるプールの写真の横、他と比べて控えめに掲載されている写真に目を留める。某ネズミのランドのお城のようなとんがり屋根の建物が写っており、説明文によるとこれは――


「ハンターズギルド……」


 フィルツホルンでダインが経営していた《ユグド精肉店》と同じ、ハンター達が集う共同体。ネーヴェリーデ随一の規模を誇るギルドの本部が、プールのすぐそばにあるという。

 ダイン曰く、表の世界においてハンターズギルドは、裏の世界における「身内の情報屋」と同じ役割を果たす。特に大きなギルドや有名なハンターを抱えているギルドは《塔》から依頼が飛んでくることもあり、街の外はもとより、人類生存圏(グランアーク)の外の情報すら入ってくる可能性があるのだ。

 そうして流入した情報が、噂として酒場を飛び交うことになる。酒場で手に入る情報は量も多く、非公式で危ない話もあるが、信憑性に欠けるのだ。「公的で」「信憑性の高い」情報がいち早く手に入る場所、それがギルド本部である。

 つまり何が言いたいかというと――おやっさんの情報どおり《塔》がナツキ達をこの街で指名手配しているなら、ギルド本部の掲示板に公的な情報が貼りだされているに違いないということだ。《塔》や警察が現時点でどれほどの情報を持っていて、具体的に誰を名指しで犯罪者と見なしていて、どう探そうとしているのか、そういった情報をなるべく集めておきたい。


 そこまで考え、ふと気づく。


「あれ? そういや、手配書の確認くらいラッカさん達に頼めばよかったんじゃ……」


 わざわざ危険を冒してまで、自分で調べに来る必要などなかったのではないか?

 ハロは顔も割れていないのだから、チケットを片方《モンキーズ》の誰かに譲って連れていってもらえばよかったのではないか?


「んー……判断力落ちた気がする。仕事疲れってやつかな、気をつけないと」


 そう、自分は今は幼女。戦闘がないからといって、ゴルグと研究塔で日夜実験に明け暮れていた日々のように体を酷使してはいけないのだ。

 何やら先日も寝ぼけて帰ってきてリリムに抱擁を要求し、そのまま腕の中で寝てしまうという大変な不祥事をやらかしたらしいのだが……まるで覚えていないのである。

 ちなみにリリムはその話をしている間ずっとほくほく顔で大変にご満悦な様子だったが……二度とやるまい、と自戒を胸に刻み込む。労働は定時で終わらせ、ちゃんと休息を取るようにしなければ。


 ただまあ、こうして外に出なければ《水龍軒》には出会えなかったし、タイショーの遺書も読めないままだったし、寿司という最高の体験もできなかったわけで。


「むにゃ……うぅー……ハロ、もう食べられないよー……」

「あはは」


 珍しく正しい文脈で放たれたハロのいつもの寝言に思わず笑ってしまう。

 むにゃむにゃと幸せそうに動くハロの頬をぷにぷにとつつきながら、一日くらいこんな日があってもいいよね、と夕焼け空を見上げ、


「んー、だめぇ……それはハロのだもん!」

「ごふっ!?」


 直後に繰り出されたハロのアッパーカットが綺麗に顎に入った。

 ……どうやら、ベッドの上でなくともハロの寝相は健在らしい。


「ボクもちょっと休憩したいけど……うーん」


 酢飯で乾いた喉を水筒の水で潤しながら、いかにハロに負担をかけずこちらも力を入れずに動きを封じるかを真剣に考え始める。トスカナが詳しそうだな、なんて本人に言ったらすぐさま関節を極められそうな思考が浮かんで消えていく。


 ――ああ、それにしても……()()()()()()()な。

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