表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅱ 陽だまりの看板娘
19/233

Lhagna/τ - 雨

 雨が、降っていた。


 ヴィスタリア帝国学院、東研究塔36階、第一練気術研究室。

 窓から見えるのは、激しい雨ではなかった。天気予報通り風は止み、ただしとしとと、雨が降っていた。

 窓は開いていない。でもなぜか、わたしの足下に、ぽたり、ぽたりと雨粒が落ちた。


「うそ……うそです、だって、せんぱい、昨日も……元気で……」


 ぽたり、ぽたり。

 雨は、いつの間にか、わたしの目からも溢れ出していたみたいだ。


「だって……せんぱい、また明日って……また明日って、言ったじゃ……ないですか」


 ふら、と一歩、部屋の中へ歩を進める。

 奥のベッドに、人の膨らみが見えた。

 なんだ、いるじゃないか。いなくなってなんかない。


「わたし、まだ……伝えてないんです」

「カナ……」


 エクセルが、わたしに向かって手を伸ばしかけ、下ろした。


 よろよろと、歩く。

 見たら全てが壊れてしまうと、分かっていても。

 全てがドッキリなんだ。みんな、わたしを驚かせようとしてるんだ。そうでしょ? そうだって言ってよ。


「せんぱいに……好きだ、って……伝えて……ないんですよ?」


 ベッドの前に、たどり着く。

 わたしの好きな人が、眠っていた。

 随分と静かで、安らかな寝顔だった。


「せんぱい……起きてっ……起きてください……もう……っ、お昼、ですよっ……?」


 せんぱいが起きないときは、鼻をつまむと一発で起きる。みんな、知らないんだろう。

 右手を伸ばす。


「トスカナ、触れちゃ……むぐっ」

「ペフィ」


 ペフィロちゃんが何か言おうとしたけど、エクセルが口を塞いだみたいだ。


 何故か震える親指と人差し指が、せんぱいの顔に触れて。


「あ……あぁ……っ……いや……」


 ――大きくて、優しい手。でも、なんでこんなに冷たいのかな。


 最初にせんぱいに触れたとき、そんなことを思ったっけ。

 どうしてだろう。おかしい、な……

 あんなに……あんなに、温かかったのに……!


「いや……せんぱい、いや、いやぁあっ! 何で、なんでぇ……っ」


 自分の高い体温で温めようと、頬に手を押し当てた。

 そのままベコッと、凹んでしまった。


「や、あぁっ、ああああああああっ、何で、やだっ、《キュア》、《ヒール》、《エルヒール》、《リバイブ》、《リジェネレーション》、《ヴァイタリティ》、《リペア》、《ライフトランジション》、《リカバリーフィ――」

「カナッ! やめろ、マナ中毒になる!」

「ばかっ、きみまで後を追うつもりかい!?」

「やめるんじゃ、阿呆!」


 エクセルとペフィロちゃんとゴルグさんが走ってきて、わたしを羽交い締めにした。

 やめてよ、せんぱいがケガしちゃったの、はやく、治さなきゃ!


「いや、やめて、放して! えくせ、る……ぺ……」


 かくん、と、身体の力が抜ける。

 ああ、マナ中毒だ。

 一度に大量のマナを通しすぎた魔力回路の、決壊。

 溢れたマナが神経系を侵して、首から下への信号を止めてしまった。

 考えうる全ての治癒魔法を一度にかけたんだもの、当然の結果。


「まずい、心肺蘇生だ、ペフィは人工呼吸、ゴル爺は回路調律、早く!」


 でも、そこまでしても、せんぱいは目を覚まさなかった。

 わたしが凹ませてしまった頬も、元に戻らなかった。

 この世界で最高位の治癒魔法の使い手、トスカナ=Q=ユーフォリエが、その身を犠牲にして全ての力を注いでも。


 


 ……死者は、蘇らなかった。




「クソっ、二人も、死なせて、たまる、かっ!」


 エクセルが、倒れたわたしの上で、何度も何度も、わたしのからだのどこかを、強く押している。……胸かな? もう、えっちなんだから。


「いいかい、気を確かに持つんだ! 絶対、絶対たすけるぞ!」


 ペフィロちゃんが、必死な表情で、何度もわたしにキスしてきた。……ああ、ファーストキスが。せんぱいとする予定だったのに。


「調律、開始、ぐ、ぉぉおおおおっ、なんの、これしきぃいっ!」


 ゴルグさんが、わたしのおでこに手を置いて、何か叫んでいる。……せんぱいが練気術でわたしの魔力切れを治療してくれるときも、おでこだったな。


 みんなが何をしているのか、何も分からないけれど。

 死にかけているわたしを助けようとしてくれていることだけは、分かった。

 わたしたちは神様に選ばれた最強の勇者パーティで、ずっと信じ合ってきた仲間だから。

 きっと私は助かるんだろうなって、思った。



 ――でも、なんで。どうして。神様。


 ――どうして、せんぱいは助けてくれなかったんですか。



 いっそわたしも死んじゃえばいいなんて気持ちは、必死な三人のせいで、胸の奥に押し込められてしまって。


 喉にも力が入らず、叫ぶこともできないまま。


 ただ涙だけが、雨と一緒に、溢れ続けて。


 不格好な夕焼け色のマフラーに、吸い込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ