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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第二章【星の旅人】Ⅱ 泡沫の幸せをあなたに・上
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幼女、観光する Ⅳ

 特に神隠しに遭うこともなく迷路を抜け、ナツキとハロは次の目的地へ向かった。

 残りの目的地は三つある。そのうち二つは先程と同じ水質調査ポイントで、それぞれネーヴェリーデの南端と西端に位置している。もう一つの目的地である、特別優待券をもらった《水龍軒》なる料理店は西端の調査ポイントに近い位置にあった。


「わぁ……おっきい……! すーっごくひろーい!」


 この世界で西とは太陽の方角を指す。半島の太陽側がくり抜かれた鉤爪型の港であるネーヴェリーデから見れば海側であり、西端とはつまり海岸線のことだ。今ナツキ達がいるのは船を迎え入れ見送る水のアーチ、そこまで水を運ぶ終端水路脇の石橋の上。見渡す限り一面の大海原に、ハロは大興奮していた。

 風は強めでそこそこ波は高いが、サーファーの姿は見えない。この世界にはサーフィンの文化はないのかもしれない――とぼんやり考えていると、ハロが何かに気づいた。


「ココナお姉ちゃん、見て! あれ!」


 鼻息荒くハロが指し示す先に目をやると、小型のモーターボートのような船が隊列を組んで沖合をぐるぐる回っている。それぞれの船には人影が二人、運転席にいる大人と、後部座席で立ち上がっている子供。……いや、恐らくあれはラクリマだ。ちょうど、手に持っている物体が寒々しい氷色の燐光を放つのが見えた。


「アイオーン……てことはドールとオペレーターだね。何であんな所で……ん?」


 ぐるぐる同じ場所を回っているモーターボートの軌跡の中央に、ぶくぶくと不自然な泡が現れ始める。それを確認したモーターボートは一斉に同心円状に散開し、舳先を中央へ向けた。

 やがてひときわ大きな泡と共に中央がざぶんと波打ち、突然何かが水面に姿を現した。


「なっ……」


 それはとても巨大で、うねうね八本足で、たくさんの吸盤を持つ――タコ。


「クラーケン!? まさかあれも神獣――」

「わー! オクテルパだぁ!」

「……え?」


 神獣が発生してオペレーターが鎮圧に向かったのかと思いきや、特に警報や避難指示のようなものは聞こえなかった。目を輝かせるハロ同様、周囲の観光客達はにわかに湧いたが、その表情は風物詩の見世物を見物するかのようにどこか落ち着いている。


「ハロ、ほんものを見たのははじめて! ずかんで見たのよりずーっと大きい! すごいすごーい! オクテルパ、すっごく大きい!」

「あれが……オクテルパ」


 その名をナツキは知っている。フィルツホルンのスラムでラムダに奢ってもらったタコ焼き、もといオクタボの具として入っていた、不透明なナタデココのような小さな立方体。それがオクテルパだ。


『中のくにくにしたのが不思議な味なのです』

『海産物……だよね?』

『おう、海に住んどるめちゃんこデカい生きもんやで。オクテルパゆーてな、美味いやろ』


 アイシャとラムダと交わした会話を思い出し、なるほどと頷く。確かにこれはめちゃんこデカい生き物だ。そしてつまり、これは討伐ではなく――漁なのだ。

 オクテルパがその触腕を高く振り上げ、周囲のモーターボートに叩きつけようとする。その刹那、全く同じタイミングでモーターボートから寒々しい氷色の光の矢が放たれ、その全てがオクテルパの胴体に突き刺さった。オクテルパはピタリと動きを止めたかと思うと、振り上げていた触腕を力なく下ろし、海面にぷかりと浮いた。


「わぁ、いちげきだ! すごーい……」


 ハロは目を輝かせて感心している。

 確かにその動きは洗練されていて、この世界の観光客が見世物として集まるのも納得の光景ではあったが――ナツキはどうしても、素直に拍手を送る気にはなれなかった。

 今オクテルパを仕留めた矢は、あのラクリマ達の魂を割り砕いて作ったものなのだから。


「綺麗……青い蛍がたくさん飛んでるみたいね」

「あれ、天使様の力が宿った弓なんだってさ」

「え……あ、ふーん、そうなの? じゃあいつもはあれで神獣と戦ってるんだ、オペレーターさん達」

「ああ。それが安全な街の中で見られるなんて、さすが観光に金かけてるだけあるわ……あー、もう消えちまった」

「……ねえ、『君の方が綺麗だよ』くらい言えないわけ?」

「え!? あ……ごめんごめん!」


 近くにいたカップルらしき男女の会話が漏れ聞こえてくる。

 違う、と叫んでやりたい。あの光は天使の力なんかじゃない、あのラクリマ達が生きていられるはずだった時間の欠片だと。いつも神獣と戦っているのはオペレーターではなくドールなのだと。普通の武器でも難なく倒せるはずの獲物を、ショーとして見栄えを良くするためだけに、幼い子供達の魂が割り砕かれている目の前で、お前らはイチャイチャしているのだと。

 ……もちろん、そんなことは言わない。言ったってどうにもならない。変な子供が突然意味不明なことを喚いてデートの雰囲気をぶち壊しにした嫌な体験だけが残り、誰も幸せにならない。


 寒々しい氷色の燐光が消えると、一人のラクリマが何かを持って隣の船へと順番に跳び移っていった。何かを船に括りつけ、次の船へと跳び移り、同じことを繰り返して元の船に戻ってくる。そしてそれぞれの船のラクリマが括りつけた何かの端を持ち、どぽんと海へ飛び込んだ。

 一糸乱れぬ統率の取れた動きで、ラクリマ達はオクテルパの周囲を跳んで潜って動き回る。初めは何の儀式かと訝しんだが、すぐに分かった。あれは獲物を持って帰るためにぐるぐる巻きに縛っているのだ。

 やがてがっしり固定されたオクテルパは、モーターボートに牽引されて海を渡り、ネーヴェリーデの少し離れた場所の水のアーチをくぐって湾内に運ばれた。

 見に行きたいと言うハロに引っ張られ、目的地への道を逸れてオクテルパの行方を追う。オクテルパが運び込まれたのは水面に程近いエリアで、観光客は入れないが、石橋の上から眺めることはできた。

 そこでは早速解体作業が行われていた。巨大な包丁で切り分けられ、その場で競りが始まる。ここまで含めて名物になっているのか、観光客達も盛り上がっていた。


「……あ」


 ふと、気づく。競りが行われているエリアの片隅の暗がりに、先程オクテルパを仕留めていたラクリマ達が二列になって座っている。そこにやって来た人間の男が何かを言うと、無言で一斉に立ち上がり、どこかへと歩きだす。そのうちの一人が足をもつれさせて転び、人間が怒鳴る。転んだラクリマは立ち上がらない。立ち上がろうとしても力が入らない様子だ。人間の男は何かを悟ったように天を仰ぎ、面倒だな、という表情で頭を搔いた。そして――


「ハロ」

「んぅ? なーに?」

「そろそろご飯にしよっか」

「うん! えへへ、見てたらおなかすいちゃった!」


 ハロと共に踵を返し、再び海岸沿いへ向かう。


 背後で小さなざわめきが聞こえ、ナツキはちらりと振り返る。

 光のリボンの欠片がキラキラと空に溶けていくのが、視界の端に映った。


「……っ」


 きっとあのラクリマ達は非感染個体で、感情はない。機械のように統率された動きで淡々とオクテルパを狩る姿は、かつて《迅雷水母(ジュリア)》との戦いで全てが終わった後に突入してきて、攻撃対象がおらず固まってしまったラクリマ達と全く同じだった。

 今寿命が尽きて星に還った彼女を悼んでくれる友達や家族はいないだろう。きっと彼女自身すら何とも思っていない。ラクリマは消耗品として使い捨てられるのが当然で、それがこの世界の常識なのだ。

 だとしてもせめて自分くらいはと、ナツキは黙祷を捧げる。ラクリマの魂が星に還ると言うのなら、どうかゆっくり休んで、来世では優しい人に、仲間に出会って欲しいと。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

「……んーん、なんでもないよ」


 ハロとにー子はドールではないから、《転魂》術に魂を食われたことはない。ラクリマの本来の魂の寿命が人間と同じであれば、ハロとにー子は少なくともナツキと同じくらいは生きていられるはずだ。

 では、アイシャは。これまで六年間ずっとドールとして戦ってきて、《迅雷水母(ジュリア)》との戦いでもナツキを助けるために大量の寿命を消費した彼女は、あとどれほど生きられるのだろうか。


「あっ! お姉ちゃん見て、お店、きっとあれだよ!」


 ハロの楽しげな声。

 今考えることじゃないな、と答えの出ない暗い思考を振り払い、ナツキは前を向いた。


「え、どれどれ? 変わった見た目の建物ってパンフレットに書いてあったけど……」

「ほら、あそこ! へんなたてもの! あれがきっと《水龍軒》だよ!」


 ハロの指し示した先は、海へと突き出した石橋を支える最後の石柱の上だ。柱の外周に沿って様々な料理店が並ぶ中、一つだけ場違いな瓦屋根の小屋がちんまりと建っていて、金メッキで覆われた大きな龍の彫刻が屋根の上に鎮座していた。

 ハロは「きっと」なんて言ったが、それがお目当ての《水龍軒》なのは明白だった。何せ入口にはでかでかと三文字、「水龍軒」と墨で書かれた木製の看板が掲げられていたのだから。

 建物の特徴なんか見なくても分かりやすく書いてあるじゃん、と言いかけ――気づく。


「……ん? え……そんなことって!?」

「わっ!? ま、待ってよー!」


 思わずハロを置き去りに、店の前まで走ってしまう。

 それは、この世界ではあまりに不自然な店だった。


「あはは、へんなカンバン! なんのもようかな?」


 追いついてきたハロは看板を見るなり笑った。店名が読めなかったらしい。……無理もないだろう。なぜならそれは、この世界に存在するはずのない文字なのだから。


「……文字だよ。スイリュウケン、って読むんだ」

「スイ、リュー、ケン……? なにそれ?」


 ハロの口が、sui、ryu、ken、と動く。これまでずっと別の発音で、水のドラゴンの店、のような意味の単語を発していたはずのハロが、日本語らしき音を声に出した。


 ――「水」「龍」「軒」。三つの「漢字」が、二年半前に永遠の別れを告げたはずの地球の文字が、ナツキの目の前にあった。


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