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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第二章【星の旅人】Ⅰ 着払い幼女速達便
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Lhagna/τ - 魔族の少女 Ⅲ

 城下町まで案内する、とフィリアは言った。しかしトスカナもペフィロも道は覚えているのだ。谷の上でまごついていたのは単に、人間が簡単に凍死してしまう寒さの谷底に突入する心の準備をトスカナが終えるのに少し、ほんの少し時間がかかってしまっていただけだ。そう、たった三時間くらいの出来事なのだ。

 だからきっと、フィリアとは単に一緒に城下町まで向かうだけになる。トスカナもペフィロもそう思っていた――フィリアが突然進行ルートを無視して岩壁を逆走し始めるまでは。


「フィリアちゃーん、そっちじゃないですよー?」


 トスカナが慌てて呼びかけると、フードを被ったフィリアは不思議そうな顔で振り向いた。


「何を言ってるのだ? そっちは谷底へ進む道なのだ。谷底は寒すぎて頭がおかしくなるのだ!」


 それには激しく同意するが、だからと言って谷底を通らずに谷を渡る手段はない。谷の上空では重力が狂っていると言ったが、それは谷内部の空中も同じである。地表や壁から数メートルの範囲しか安全な場所はない鬼畜仕様なのだ。

 しかしフィリアは崖のような岩壁を降りることなく真横へと進んでいき、やがて何も無い窪みで足を止めた。よく見ると妙に平坦な気がする壁に手を触れ、


「ここなのだ」


 少しの魔力反応。壁に触れたフィリアの手から微量の闇のマナが残滓として漏れる。と同時に、壁だった場所に音もなく穴が開いた。


「隠し通路ですか……!?」

「ふむ、なるほど」


 ハッと周囲を見て気づく、今立っている場所からはどの方角を向こうが崖上が見えない。幾重にも突き出た岩が視界に蓋をしてしまっている。

 それは逆に言えば、崖の縁から谷を見下ろしてもこの場所を人が出入りする様子は見えないということだ。


「ついてくるのだ」


 フィリアは躊躇なく穴へと入っていく。その先に続く通路は明らかに人工物で整備されていた。

 あちこちに武器やら鎧やらが無造作に置かれている。埃は積もっておらず、放置されて月日が経っているわけではないことが分かる。

 通路の左側には等間隔に青紫色の魔石灯が並んでおり、岩壁の凹凸を薄暗く浮かび上がらせている。誰かが毎日管理しているのだろう、魔石灯の明るさは全てきっちり揃っていた。


「谷のこっち側のいろんな場所に出入り口があるのだ」

「……それは、ぼく達に教えてよかったのかね」

「別にいいのだ。この抜け道は戦時中は封鎖されるし……もう周辺国や帝国との国交も回復しつつあるのだ。隠し通すのは無理があるのだ」

「えっ、フィリアちゃん、難しい話できるんですね……!」

「バカにしてるのだ!?」


 幼く見える体に不釣り合いな言葉が次々と出てくるので面食らってしまったが、相手は魔族。2000歳超えというのはさすがに嘘だろうが、トスカナよりは遥かに年上のはずだ。……いやでもしかし、頬を膨らませてぷんすこ怒る姿は完全に幼女のそれ。まるで成熟した知識や思考に体が追いついていないかのような印象を受ける。


「む、分かれ道だぞ」

「魔石灯が左側に並んでる方に行くのだ」

「左側……あっ、なるほど、外に出たいときは右側になるんですね」

「のだ。わざと逆の壁に魔石灯をつけたら牢屋行きなのだ」


 何度か分かれ道を経由し、徐々に通路は広く太くなっていく。どうやらトスカナ達が入ったのは末端も末端の出入り口で、同じような通路が何本もメインの太い通路に合流していく形の洞窟のようだ。

 道が広くなるにつれ魔石灯の台座も金属製のしっかりしたものになっていき、ちらほらと他にも通行人が現れ始めた。種族は様々で、中にはフィリアと同じような魔族もいる。

 そんな彼らの共通点は、手にしている武器に魔煌国の紋章が刻まれているということだ。魔王軍の兵士か、あるいは魔煌国に住む冒険者か。


 そして、トスカナとペフィロは全く姿を隠しておらず、その顔は魔煌国の人々にもよく知られているので――


「よう兄弟、お疲れさ……ん? は? ……勇者!?」

「やあ兄弟、いかにもぼく達が勇者だ」

「えと……どうも、勇者です……あはは」


 こちらに気づくと皆揃ってぎょっと二度見してくる。ペフィロは面白がっているが、トスカナにはなかなかに居心地が悪かった。


「ちょおい、誰か、やべえって誰か――」

「あっ待ってください、わたし達は戦いにきたわけじゃ――」


 今日トスカナとペフィロが魔煌国に行く、などという情報は魔煌国はおろか帝国にすら伝えていないので、当然ながら彼らは慌てふためく。

 侵略に来たと勘違いされては困るので、トスカナは最初の数人に対しては慌てて訂正しようとしたが、


「うるさいのだ」

「え……、……ぐがーっ」


 毎回フィリアがちらりとフードを上げて手を上げ、無詠唱で氷・闇の複合魔法《ヒュプノ》を放ち、声を上げようとした者を眠らせてくれるので、途中からはペフィロと一緒にニコニコしてフィリアについていくだけになった。

 出会い頭に何の事情の説明もなく眠らせるのはなかなかに横暴だが、何より不思議なのは、それを見た周囲の人々が泡を食ったように畏まり頭を下げ大人しくなったことだ。


「ふん、それでいいのだ。我らが去ったあともいつも通り過ごすのだ。貴様らは何も見なかった、今日は何事もない普通の日なのだ。魔王様にもこのことはナイショなのだ」


 フィリアがそう告げると、人々はハッと何かを察したような顔になり、こくこくと頷く。

 どうやら「結構偉い」というのはハッタリではなかったらしい。魔族も頭を下げていることからして、フィリアは恐らく上級魔族。いや、もしかすると魔王の関係者かもしれない。

 魔王様にもナイショ、ということは、こっそり魔王城を抜け出してきたのだろうか――


「この先に転移陣があるのだ」


 トスカナの思考を遮り、フィリアは道の先を指差してそう言った。


「テンイ……ジン、ですか?」

「ん、あー、貴様らには馴染みがないかもなのだ。要は城下町とここを繋いでいるゲートなのだ。民は皆、ここを通って外に出かけ、帰ってくるのだ」

「ほう」

「そ……それってつまり、一瞬で遠く離れた場所に移動できるってことですか!?」

「なのだ。……何を驚いているのだ? 上級魔族が瞬間移動を扱えることくらい、貴様らは知っているはずなのだ」


 そう言われて思い出す。魔王軍幹部達との戦いでは、彼らの瞬間移動能力にかなり苦労させられたのだ。

 素質の強化によって様々な魔法を使えるようになったトスカナでもそれは同じである。何せ「瞬間移動」は上級魔族の固有能力であり、ラグナの魔法学では未到達のはずの技術なのだから。

 物理法則をねじ曲げる闇属性魔法ですら、人を超光速まで加速することはできない。ましてや障害物を無視した瞬間移動など、ただの夢物語である。闇属性魔法の研究者達が口を揃えて言うことには、闇のマナは法則の基本原理そのものを書き換えることはできないらしい。


「それを固定陣に転写して、皆が使えるようにしているだけなのだ」

「一体どうやって……」「詳しく話してくれたまえ」

「魔族以外に教えるのは禁止なのだ! ふははは、残念だったな勇者共、なのだ!」

「……ですよね」「むぅ……」


 戦争は終わったとはいえさすがに国家機密レベルか、とトスカナは追及を諦めた。

 ペフィロはしばらく難しい顔で考え込んでいたが、やがて無言のまま肩をすくめた。どうにか聞き出す方法を考えていたのかもしれない。


 そのまま歩き続けること数分、


「ほら、ついたのだ」


 フィリアが足を止めたのは、大きな直方体の箱の前だった。かなり高さがあり、大人の人間か余裕で入れそうなサイズだ。全ての面が真っ黒に塗られており、中は見えない。


「これが……転移陣?」

「なのだ」

「ぼく達の知る魔法陣とはずいぶんと趣が違うようだが……」

「この箱はただの箱で、陣は中に書いてあるのだ。……ちなみに、陣を書き写すだけじゃ同じことはできないから、無駄なことはやめるのだ」

「あう」


 転写魔法を使うためにこっそり活性化していた光のマナが、何もできずに散っていく。さすが魔族、魔力感知はお手の物らしい。


「じゃあこの箱は何のために……」


 ぐるりと一周して真っ黒な箱をよく見てみると、側面のひとつにドアノブがあり、すぐ近くに張り紙で「危険! 必ず一人ずつ使うこと!」と警告文が掲示されていた。


「一人ずつ……」

「なるほど、人数制限のための仕切り板というわけか。ときにフィリア、これは二人以上で使うとどうなるのかね」

「死ぬのだ」

「ほう」

「でも、貴様らは勇者だからたぶん大丈夫なのだ。全員で入るのだ!」

「ふむ」


 ペフィロがトスカナを見上げる。トスカナもペフィロを見下ろし、頷く。


「一人ずつ使います」「一人ずつ使わせてもらうぞ」


 当たり前だった。


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