水の都と猿と酒 Ⅴ
「で、本題なんだけど……あらためて、《モンキーズ》にお願いしたい依頼があるんだ」
アイシャ、にー子、ハロを回収し、《モンキーズ》全員の視線を集めてナツキは告げる。
「さっき説明したとおり、ボクらは《塔》に追われることになったんだ。それで、《塔》から独立してる唯一の街だって言うカロノミクノに逃げ込もうと思ってるんだけど」
「カロノミクノ……って~、フリューナ大陸の~?」
「うん。だからどうにかして海を渡る必要がある。でも普通に船に乗っちゃうと《塔》にバレちゃう。そこで……」
「……密航か」
「リンバウさん正解!」
そう、密航だ。リモネちゃん曰く、船などの移動手段は利用した者の情報を《塔》に送信しており、それは単純な変装で突破できる類のものでもない。フィルツホルンの入出管理ゲートを抜けてネーヴェリーデまで来たときと同様、積荷として出荷される必要があるのだ。
人だけ調べて積荷は調べないのかと聞いたら、そもそも利用客の情報送信も防犯のためのものではないらしい。
『よく誤解されるんですがねー、《塔》は《塔》に害のない犯罪については結構無頓着なんですよ。その辺きっちり取り締まるかどうかは領主とか警察次第ですねー。移動手段にセイラが組み込んでるやつはなんか、トーケイ? びっぐでーた? とかいう難しいアレに使ってるそーです』
まるで興味もなさそうにリモネちゃんが教えてくれたのは、現代の地球でも実用化されている類の話だ。ポイントカードを使った店舗が年齢や住所などの個人情報と一緒に記録され、どういう客層がどういう頻度でどの辺りの店舗を使っているか、というような統計データとして蓄積され、マーケティングや研究に使われる。違うのは、個人を識別できる形で情報が保存されるかどうかだろう。
「つってもなぁナツキの嬢ちゃん、俺達はそんな裏稼業やってねえぞ? そういうのはおやっさんとかに聞いてみねぇと……」
「そう、その『おやっさん』に話を通して欲しいんだ」
テーブル代わりの石材の上に小さな布袋を置き、口を開ける。澄んだ金属音と共に白金色の輝きが見え、「ちょぉっあ!?」とレイニーが奇声を上げて身を乗り出した。
「みんなの今の雇い主がかなり大きな悪の秘密結社だってのは、ダイン経由でもう知ってるよ。今受けてる依頼内容については知らないし、組織の名前も知らないけど……ネーヴェリーデの裏側には精通してる人達って聞いてる」
「うんうん~、確かに~お金次第で密航船を手配してくれる人は~いそうだね~。あ、組織の名前は《水魚の婚礼》で~、なんか海の向こうにあるもっと大きな組織の~、一部らしいよ~? それで海運周りも~、いろいろゴニョゴニョやってるはずだから~」
「え、ちょ、ちょっとルンさん、ボクから振っといてなんだけど、そんなペラペラ喋っちゃっていいの? 真っ当な組織じゃないんだよね……?」
ぽわんぽわんとルンの口から危なそうなワードが飛び出してくるのを慌てて止める。しかしルンはきょとんとして首を傾げ、他の《モンキーズ》の面々と顔を見合わせた。
何か変なことを言っただろうか、と不思議に思っていると、ローグが「確認だけど」と手を挙げた。
「要は、組織と付き合いのある僕達に、密航の手配の橋渡しをして欲しいってこと……なんだよね?」
「うん、そういうこと。みんなには仲介役を頼みたいんだ。報酬は、とりあえずここまでの運送料として白金貨1枚は今払うね。交渉の結果船に乗れることになったら追加で白金貨9枚。うち前金で3枚。……どうかな?」
1枚と3枚、白金貨を出してレイニーの前に置く。
仲介役、などと言って柔らかくしてはいるが、知り合いを犯罪に巻き込もうとしているのに変わりはない。心苦しいところだが、今頼れるのは彼らを置いて他にいないのだ。
……というかカロノミクノを目指すと決める前の段階ですでに、ダインが勝手に依頼を出していたのだ。どこに逃げるにしても海の足は必要だろうと、わざわざ高価な遠距離通信機的な聖片まで使ってくれたらしい。
しかし、ダインがどう伝えてくれたのか詳細は分からないが、彼らはナツキ達がコンテナに入っていることすら知らなかった。果たして依頼を続行してくれるかどうか。
緊張の数秒が過ぎ、最初に口を開いたのはレイニーだった。
「……え、ほんとにそれだけ? そんな条件でいいの?」
「へ?」
厳しい言葉が飛んでくるか、報酬が少なすぎると言われるか、回答を先延ばしにされるか、のどれかだと思っていた。何せ雇い主とは言え裏社会の犯罪組織との仲介役だ、危険度は相当なもののはず。だと言うのに、レイニーはきょとんと不思議顔を向けてきた。
「あ、あと、アイシャ達ラクリマも人間と同じように扱ってくれるように交渉も頼みたい……かな。難しければお金は出すから……」
「いやそうじゃなくて、それも交渉の必要もないっていうか……ねえ?」
「おいナツキの嬢ちゃん、何か裏があるなら先に言ってくれよ? こりゃさすがに美味い話過ぎるってもんだ」
「ちょっと~、怪しいよね~」
リンバウが不可解そうに眉を寄せ、ルンもそれに同調する。
「えっと、裏なんてないよ? まあ話そのものが裏の話っていうか……え、みんなすごい自信だね? 組織の人達とそんな仲良くなったの?」
「違うのよ、だってあたし達……ナツキちゃん達の運搬依頼、親方さんから受けたのよ? 親方さんとの仲介役なんて今更必要なの? 道案内くらいしかすることないんじゃ……」
「……えぇ!? ダインが依頼したんじゃ!?」
「ダインさん? いや、ダインさんは関わってねーよな?」
ラッカが聞き、他の《モンキーズ》の面々はうんうんと頷く。
……おかしい。ダインから聞いていた話と違う。
「ダインが『《モンキーズ》に運び屋を依頼した、ついでにあいつらの上の連中に話つけて密航船の手配するとこまでやってもらえ』って言ってたんだけど……言ってたよね?」
「言ってたのです。悪い人の顔してたです」
「言ってた!」
「なぅ!」
「んー、嘘ついてる感じじゃなかったよねぇ」
こちらサイドは満場一致。聞き間違いではない。
「うーん、でもダインさんが白金貨10枚くれるなんて言ったら、さすがにレイニーでも断るんじゃないの?」
「さすがにってどういう意味よ! ……でもまあそうね、あのドケチのダインさんがそんなこと言ったとしたら、まずダインさんが偽物だと疑ったほうがいいわ」
うんうん、と一同が再び頷く。リリムも頷いていた。相当だな、ダイン。
「んー、ってことは、ダインさんがその……親方さん? に頼んだのかもねぇ。あの人、経歴的に無駄に顔広いから」
リリムの説はありそうな話だと思ったが、今度はルンが首を傾げた。
「だとしても~、連絡手段がないよね~? 通信機じゃ~、フィルツホルンからネーヴェリーデまでは届かないし~……」
「あ、それはなんかすごい通信機があるって言ってたよ?」
「ふ~ん……? 聞いた事ないかも~」
「ま、いいだろ!」
パン、とラッカが手を叩いて視線を集める。
「ダインさんに確認取りに戻るわけにもいかねーし、よくわかんねー料込みで白金貨10枚! 俺は文句ねーぜ! それによ……」
ポン、とラッカの手がナツキの肩に乗る。
「俺達が運んできたのは悪い奴らの怪しい荷物なんかじゃなかった! ナツキちゃん達が困ってて、俺達を頼ってくれてんだ。このまま断って放り出すなんて選択肢はねーだろ! な、みんな!」
「ま、そうね」
「しょうがねぇな」
「うん、そうなると思った」
「いいよ~」
ラッカの宣言に、笑顔で即答が返る。
「え……みんな、ありがとう、でも何で……」
自分は一体彼らに何をしただろうか。たった三日間、フライパンとお玉で朝食の時間に叩き起こしてやっただけである。あとはただ撫でられ抱っこされ頬ずりされ、依頼をこなしに出かける彼らを見送り、帰ってきたら出迎えた、ただそれだけの関係。なのになぜ、こんなに親身になってくれるのだろうか。
「ナツキちゃん、自覚が足りないよー」
「へっ、リリムさん……?」
「ねぇみんな、ナツキちゃんってみんなにとって何?」
おもむろに立ち上がったリリムがそう問いかけると、《モンキーズ》の面々は一瞬顔を見合せ、さも当然のことのような真顔で、
「妹だな」「妹~」「妹ね」「娘だ」「娘……かな」
「ちょっ!?」
「あ、私は妹だと思ってるよー」
「リリムさんは知ってる……けど、何で? たった三日しか一緒にいなかったのに……攫われたときもわざわざ戻ってきてくれたりして……」
「何でってそりゃ……なあ?」
リンバウが話を振ると、レイニーとルンが胸に手を当てて目を閉じ、
「いってらっしゃい、って……すごいわよね」
「私は~、おかえり、でもうね~、きゅんって来て~」
「そんなことで!? あ……確かにルンさん、ボクがおかえりって言った瞬間抱きついてきたような……」
どうやら、まだTRPG感覚だった頃のナツキ渾身愛され看板娘幼女ムーブが刺さりに刺さってしまっていたらしい。
「えっと……じゃあ……」
「ん? お、おう……どうした?」
ラッカの目をじっと見上げる。
そして形作る、散々鏡の前で練習した最高級の微笑みと共に、
「ありがと、ラッカお兄ちゃん」
……その後数分間、ラッカは誰が何と話しかけても反応しない石像と化してしまい、息の荒いルンとレイニーに揉みくちゃにされたので、使い所はよく考える必要があるなあと思った。