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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅱ 陽だまりの看板娘
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看板娘の一日 Ⅰ

 『子猫の陽だまり亭』の看板娘の朝は早い。

 耳障りな音を撒き散らす目覚まし時計を叩いて止め、むくりと起き上がる。眠い目を擦ってうーんと伸びをし、ベッドから這い出る。

 カーテンを開けると、明るい橙色の光が部屋に差し込んでくる。まるで夕方のようだが、これがこの地底の街、フィルツホルンにおける朝だ。朝、昼、夕、夜の四段階で街灯の光の強さと色、数、位置が変化することで、人々は時刻の目安を視覚的に読み取り、生活のリズムを保っている。

 全ての街灯が明るい橙色で街中を照らすのが、朝。

 それに加えて、岩壁や天井に埋め込まれた巨大な電灯が白い光を灯すのが、昼。

 岸壁や天井からの光がなくなり、街灯の光も徐々に弱くなってくるのが、夕方。

 足元が見える必要最低限の暗い街灯を残して光が消えてしまうのが、夜。

 まるで普通の星を模したようなその仕組みは、神話に基づくものらしかった。はるか昔はこの星にも昼夜があったのだろうか。


「おいにー子起きろー、朝だぞー」

「にぅ」


 ぐずるでもなく、同じベッドで寝ていたにー子はむくりと起き上がった。起きてはいたようだ。しかし機嫌は悪そうで、目覚まし時計を睨んでいる。大きな音で起こされるのは嫌いらしい。

 フィルツホルンに来てから、もう三回目の朝になる。初めて目覚まし時計に叩き起されたとき、にー子はびっくりして泣き出してしまったのだが、もう慣れたものである。


 窓を開けると涼しげな風が部屋に入ってくる。地底の街という割に空気はあまり澱んでいないのが不思議だ。

 自分の服を着替え、にー子の着替えも手伝ってやる。寝巻きも含め全て、ラズがくれた服だ。何でも、独り立ちして家を出ていった娘さんのお下がりらしい。にー子サイズのものはさすがに残っていなかったらしく、今日もにー子はだぼだぼフード付きセーターだ。


「にーっ!」

「こら、暴れるなって。ちゃんと履かなきゃダメだろ。またラズさんに怒られるぞ」

「にぁう……」


 もふもふのセーターは気に入ったようだったが、下着を履くのは嫌がるにー子。むりやり履かせると、むくー、と膨れてしまった。それでも脱いでしまわないのは、一度ホールでそれをやらかしてラズにしこたま怒られたからだ。

 ちなみにナツキは、黒基調の長袖フリルワンピースを着ている。大きな白いリボンが胸元と背中についている。姿見の前でくるりと回ってみると、腰まである金髪と一緒にスカートとリボンがふわりと揺れた。


「いい感じだ」


 最初こそ女装しているみたいで落ち着かないわ恥ずかしいわで大変だったが、ナツキは切り替えが早い男である。せっかくかわいい幼女に生まれ変わったのだから、それを活かさない手はないのである。


「あー、俺はボク。幼女モード……よしっ」


 思考と口調を切り替える。自分は世界の闇など何も知らない、捨てられて拾われた記憶喪失のボクっ娘幼女だ。

 日本にいた頃、オタク友達とよくTRPGに興じていたのを思い出す。女の子キャラを演じる場合、どうしてもリアルの肉体に没入感を削がれてしまっていたあの頃とは違う。今は声も体も完全に女の子だ。


「にー子、行くよー」

「なうー」


 にー子と共に、客室を出る。

『子猫の陽だまり亭』は、宿屋だ。二階に10ほどある客室のうち、一番遠くの部屋がナツキとにー子に割り当てられている。

 階下に降りて厨房に顔を出すと、ラズがいる。彼女に挨拶することで、看板娘としての一日は始まる。


「おはよう、ラズさん!」

「にぁーう!」

「ああ、おはよう」


 ちなみにダインはいない。昨日から「狩り」とやらに出ている。お前本当に肉屋なんだろうな、と聞いたら、肉屋ってのは肉を捕って売るもんだろ? と真顔で返された。そういうものらしい。


「ニーコは持ち場に行きな。ナツキはほれ、やってきな」

 

 ラズがナツキに渡してきたのは、フライパンとお玉だ。

 料理ではない。古典的なアレである。


「……ラズさん、この仕事、本当にいるのかな? 目覚まし時計あるのに」

「あんたらの部屋以外にゃ置いてないんだよ。あんなバカ猿どもに使わせたらすーぐ叩き壊されちまうからね」

「…………うん」


 フライパンとお玉を受け取り、二階へ戻る。階段側から奥へと歩きながら、フライパンの裏をお玉で打ち鳴らしていく。


 カンカンカンカンカンカンカンカン!


「朝でーす! 起きてー!」


 廊下を往復しながらしばらく続けると、どこかの部屋から「起きた! 起きたよ!」と叫び声が上がる。

 今日の宿泊者は五人だ。五人分の返事が聞こえたところで、すっとフライパン太鼓をやめる。

 ガチャ、と一つの客室の扉が開き、ひょろ長の若い男が眠たげな顔を出した。


「ナツキちゃーん……もうちょっと優しく起こしてくれよ……」

「……うん。ボクも正直、これはどうかと思う」


 ナツキも真顔で頷く。

 すると、バタンと別の扉が乱暴に開き、髭もじゃの職人風の男が飛び出してきた。着替え途中なのか、上裸である。


「おいローグてめえ、んなこと言ってラズさんに戻されたらどうすんだよ!」

「うっ……それは困るけどさぁ」

「……ラズさん、そんなひどい起こし方するの?」

「ナツキちゃんは力も弱いし、返事したらやめてくれるあたり良心的だよ。ラズさんは全員廊下に顔出すまで全力だったから」


 なんとまあ。

 ナツキが呆れていると、ナツキの背後にあった扉が開き、今度は気の強そうな大人の女性があくびをしながら出てきた。


「おはよう、レイニーさん」

「あーおはよ、ナツキちゃん。なーに朝っぱらから話してんのー……ってリンバウあんた、ナツキちゃんに何見せてんのよ! 変態!」

「わっ」


 さっと視界を覆い隠される。


「あぁ? 誰が変態だ」

「服を着なさいつってんのよ!」

「今着替えてんだよ。下は履いてんだし別にいいだろが。なぁ、ナツキの嬢ちゃん?」

「よかないわよ、着替えてから出てきなさい!」

「……あの、ボクもう戻っていい?」


 『子猫の陽だまり亭』は宿屋だが、そもそもこの世界には旅人や旅行客が少ないらしい。そのため泊まっている客のほとんどはここを家替わりに使っている人々、つまりはお互いに顔なじみだ。食堂付きの寮やアパートのようなものである。

 自分の家を持たずに宿暮らしをしている理由は人によって様々だが、経済的理由を差し置いて圧倒的に多いのが「飯が美味い」である。ラズさんに胃袋を掴まれてしまったわけだ。

 軽薄そうなひょろ長男、ローグ。職人風の髭男、リンバウ。気の強そうな大人の女性、レイニー。残りの二人、ラッカとルンもしばらくすれば出てくるだろう。

 ナツキはするりとレイニーの腕から抜け出し、階段を降りていった。


 ホールに戻ると、玄関脇の大きな椅子の上で、にー子が丸まってうとうとしていた。あそこが彼女の定位置であり、持ち場だ。

 とは言っても、一日中そこにいるわけではない。客に迷惑をかけない範囲で、店の中を自由に行動している。


「なぅにー」


 ナツキに気づいたにー子が、椅子の上で立ち上がってナツキを呼んだ。尻尾をぶんぶん振っている。暇だから遊べのポーズだ。

 ナツキ、が名前だと理解したのか、ナツキを呼ぶときは「なぅにー」と鳴くようになった。ダインによればラクリマの声帯は調整の過程で人間と同じに近づいていくらしいので、いずれは言葉も覚えて喋れるようになるのかもしれない。


「なーぅにぁーっ」

「だーめ、ボクは仕事なの。そろそろレイニーさん達降りてくるから、遊んでもらいなよ」

「にぅー……」


 不満げなにー子を残し、ラズにフライパンとお玉を返しにいく。厨房にはパンのいい匂いが漂っていた。今日の朝食はパンらしい。

 にー子のちょっかいをかいくぐりながら玄関周りの掃除をしていると、ポーン、と振り子時計の鐘が鳴った。7時ちょうど、朝食の時間だ。


 この世界の時刻は、地球と同じく1日を24時間で分けている。6時から10時までが朝の刻、10時から14時までが昼の刻、14時から18時までか夕の刻、それ以外が夜の刻。元地球人ナツキとしては、直感に即していて非常にありがたい。


「お、いい匂い。今日はパンかな」

「きゃーっ、ニーたーん、遊ぼー」

「おい待て、朝飯だっつってんだろレイニー」


 わいわいと宿泊客たちが降りてくる。皆、思い思いの防具と武器を身につけていた。

 彼らは皆「ハンター」だ。と言っても、狩猟が生業なわけではない。ファンタジー小説におけるいわゆる「冒険者」的なもので、日雇いで様々な依頼をこなして日々食いつないでいる者たち。長くフィルツホルンを離れることも多く、その点でも宿暮らしは理に適っていると言える。

 ちなみに今日泊まっている彼ら五人は同じパーティに属しており、パーティ名は《モンキーズ》。ラズがやんちゃな宿泊客達を「バカ猿ども」と呼ぶのは彼らが由来である。彼らはもう、『子猫の陽だまり亭』に三年近く滞在しているらしい。


「あんたら、今日は総出なのかい」


 パン籠をホールに運んできたラズが、フル装備の面々を見て驚いたように問いかけた。


「おう、ラズさん! 実はまたしばらく遠征に出るんだ。ひと月くらいになるけどさ、いろいろ預けちゃっていいかな?」


 そう答えたのは、15くらいに見える陽気な少年、ラッカだ。《モンキーズ》のパーティリーダーでもある。


「また急だね。うちは倉庫じゃないんだよ」

「頼むよ、ネーヴェリーデについたらこの店の宣伝すっからさ」

「水の都まで行くのかい! あたしも昔一度行ったきりだよ。羨ましいねえ」


 どうやら、別の街まで行かなければならない仕事を引き受けたらしい。聞いたことの無い地名が話題に上がる。


「ねえ、それってどんなところなの? 遠い?」


 ラズとラッカが話している間に他のメンバーに話を振ってみる。情報収集だ。


「ん~、遠いね~。車で三日くらい~? 水の都、ネーヴェリーデって言ってねぇ、ま~、観光地だね~」


 のんびりボイスで答えてくれたのが、眠たげな目をした少女、ルン。ラッカのお姉ちゃんだ。


「ふーん、水の都……って、え、車があるの!?」

「あはは、私物じゃないよ~。《塔》に借りるんだよ~」

「……えっと、車って、馬とかが引くやつ?」

「ウマ? よく分からないけど~……そっか、ナーちゃんは見たことないもんね~。ん~、車はね~、足でアクセルっていうボタンを踏むと、ぶおおおおん、って勝手に走り出すんだよ~? すごいよねぇ~」

「へ、へぇー」


 なるほど、それは車だ。自動車だ。

 この世界、どうも科学技術の偏りが激しい。電気は通っているようなのに、店内に電化製品はほとんどない。調理で使う火も竈に薪をくべて生み出しているし、冷蔵庫もないから食材は全て常温保存だ。空調もない。部屋を照らす明かりが電球なのと、あとは目覚まし時計とかの小物が少しあるくらいだ。

 なのに、自動車ときた。ガスコンロはないのにガソリンはあるらしい。……まさか、電気自動車なのか? いや、ぶおおおおん、らしいし流石に違うだろう。そもそも未知の技術かもしれない。

 首を捻るナツキを見て、ルンは膝立ちになって「かわいいね~」と抱きしめてきた。……大きな胸に顔が埋まった。


「んーっ!?」

「長旅になるからぁ、ナーちゃん成分、補充~」

「ちょ、ルン! ナツキちゃん死んじゃう!」


 苦しいやらいたたまれないやらで、芽生えた違和感はどこかに吹き飛んでしまった。


モンキーズの面々は賑やかしのモブです。

しばらく出番はなさそうですが、そのうちまた出てくるかも……?

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