Noah/* - リスタート
夕日に照らされた広大な砂漠を、一台の無骨な四輪駆動車が砂埃を上げて走っている。
鉄板を貼り合わせたプレハブ小屋のような外装をしているが、砂だらけの悪路であっても危なげなく走破できているのは、運転手の技量によるものか、車自体の性能によるものか。
「うはーっ、快適快適! やっとこさ慣れてきたぜ、運転!」
「ちょっと、あんま乱暴にやらなでぃっ、……ひ、ひたかんら……っ!」
運転席には陽気な若い少年、助手席には気の強そうな大人の女性。喋っている途中に砂岩の段差に乗り上げたことで舌を噛んだらしき女性が、荒っぽい運転をする少年を涙目で睨みつけた。
「っと悪ぃ悪ぃ、大丈夫か、レイニー?」
「ラッカあんたね、悪いと思ってんならスピード落としなさいよ!?」
「なんだよ、文句あるなら俺じゃなくてルンと来りゃ良かったじゃねーか。別に俺は残ったって良かったんだぜ」
「あの子の運転はもう懲り懲りなのよ! 弟のあんたならって思ったのに、何、遺伝!? 遺伝なの!? 性格真逆のくせに!」
「ひでー言われよう。つったって、リンバウは聖片オンチだし、ローグは体力ねーし、俺とお前しかいねーじゃん。でもって、行きはお前が運転したんだから帰りは俺の番だろ?」
「そうだけど……そうだけど!」
少年――ハンターパーティ《モンキーズ》のリーダー・ラッカが反論し、女性――同じく《モンキーズ》のメンバーのレイニーは頭を抱えた。
「あたし達だけならまだしもっ、今はほら、積み荷があるわけで!」
「おう、積み荷があるからなおさら急がねーとな!」
「違う! 致命的に違うっ!」
パーティの他のメンバーは車内にはいない。彼らを乗せない代わりに後部座席には今、積み荷が詰め込まれているのだ。
「もういいわよ、代わって! 帰りもあたしが運転するから!」
「おいおい、大丈夫かよ? 疲れたまんま運転するのは危険って《塔》の人言ってたぜ」
「あんたの運転する車に乗ってる方が百倍疲れるし危険って言ってんのよ!」
「わ、ちょっ、危ねーって!」
助手席から伸びた足がブレーキを押し込み、盛大に砂を巻き上げながら車が急停止する。その衝撃をいなすようにレイニーは車内で身を翻し、体勢を崩したラッカをするりと押しのけて運転席を奪った。その身のこなしはさすが隠密を生業としているだけあって手馴れたものだ。
「ったくよー……」
真っ当なスピードでスッと車が動き出し、ラッカは退屈そうに後部座席を見る。後部座席と言いつつ座席は外されており、代わりに大きなコンテナが一つ鎮座しているのだが、何故か物言わぬコンテナまで自分を非難しているような気がして、ふいっと目を背けた。
「はーしっかし、久々にフィルツホルンに来れたってのにまたトンボ帰りかぁ。そもそも一ヶ月で終わるって話だったのによー、もう何ヶ月経った? 三ヶ月だぜ、三ヶ月!」
「あーはいはい、その愚痴はもう耳にタコができるくらい聞いたわよ」
「何度だって言いたくなるんだから仕方ねーだろ! あー、ラズさんのグラタンが食いたい……ってかレイニー、お前だってナツキちゃんに会いたかったんじゃねーの?」
「何度聞かれたって答えは同じよ。それはそれ、これはこれ、仕事は仕事、お金は大事! 今回の依頼だって……そりゃ、ナツキちゃんや二ーたんには会いたかったけど……うぅっ、会いたかったけど……!」
「未練たらたらじゃねーか」
ラッカがジト目を向けると、レイニーは「だって千万リューズよ!?」と興奮気味に返した。
「ただ謎の箱をネーヴェリーデまで持って帰るだけで白金貨10枚! そんなのワケありだろうが何だろうが受けるに決まってるじゃないのよ! そう、たとえ、たとえ目と鼻の先にナツキちゃん達がいるのに側洞にちらっと寄って帰るだけだったとしても!」
「分かった、分かったから前見ろって! サボテン!」
「え、うわぁっ!?」
目の前に迫っていた大きなサボテンをすんでの所で躱し、車が大きく揺れた。危機が去ったことにホッと息をつきながら、ラッカはパーティリーダーとして考える。レイニーはこう言っているが、本当にこの依頼は受けて良かったものだろうかと。
《モンキーズ》は決して裕福なハンターパーティではない。無名ではないが中の上の域を出ず、日々しっかり働かなければ生きていけないのだ。そこに舞い込んできた楽そうで割の良すぎる依頼に、自分達が飛びつかないわけがなかった。だが……
「白金貨10枚、着払いの貨物輸送任務、受け取り手は『追って知らせる』……ねぇ。なあレイニー、ほんとにおやっさんからの依頼なんだよな?」
「しっつこいわねー。そんなに疑うなら帰ったら親方さんに聞いてみれば? 本部からあたし達名指しで渡ってきた依頼って言ってたわよ」
「そこだよ。何でその『本部』の連中が俺達のこと知ってんだっての」
「さあ、親方さんが普段のあたし達の勤勉な働きっぷりを報告してくれてるんじゃないの?」
「だったらいいけどな……」
物言わぬコンテナを眺めながら、ラッカはその怪しさに溜息をつく。依頼主が信頼に足る相手でさえなければ秒で断る類の依頼だ。とりあえずネーヴェリーデまで運べとは言われているが、その後にどんな追加指示が来るか分かったものではない。
「なーにが入ってるんだか……」
運び屋系の依頼は何度も受けたことはあるし、運ぶ途中に中を覗き見るほど命知らずではない。しかし気になるものは気になるので、コンテナから特に意味もなく目が離せないラッカだった。
☆ ☆ ☆
「自分……ほんまに良かったんか、ナツキらと一緒に行かんで」
「いいんですよ」
闇市の北端、《東屋》が管理する貴族特区への抜け道を歩きながら、リモネリア=ニル=シトラスは答える。
「結局目的地はほぼ一緒ですし……ついて行ったところで、カロノミクノにあたしやキルネ達天の階は入れませんから。……リリムさんは同行して欲しそうな顔してましたけどね」
そんな資格はないですから、とリモネは笑う。そこに反応して何かを言おうとしたラムダに重ねるように、リモネは逆に問いかけた。
「どっちかと言うとラムダ、あなたこそ一緒に行かなくて良かったんです?」
「ワイか? そら行きたいか行きたないか聞かれたら、行きたいに決まっとる。けどワイは端末や、姐さんに直接場所知られる連中は一箇所にまとまっといた方がええ」
「ま……そうですね。戦略的にもあなたや端末登録済みの天の階はナツキさん達とは別の場所で一緒にいた方がいい、それは同感です」
「あはっ、キルネも見られてるしねー。さっきから何度かちらちら来てるもん」
聖痕が消えてもセイラの端末ネットワークは残っている。そこにはキルネ達天の階も登録されており、その類の小細工が一切通用しないスーニャを除いて、どこにいるのかは常に筒抜けなのだ。
「あのー……ウチは何でこっちなんすかね?」
リモネとラムダ、キルネの後ろから、ネイがおずおずと切り出す。端末でも何でもない彼女がリモネ達と共に行動する必要は、先の論理においては特にない。
「そーですね、遠慮なく言わせてもらえば……ナツキさんのパーティには足手まといが多いんですよ。ニーコちゃんは回復役ですが自分の身を守ることはできませんし、ハロ=クト=ペロワも戦闘においてはただの子供です。聖下の確保目標になるアイシャ=エク=フェリスの周りに、守るべきものは少ない方がいい」
「う……そっすよね、足手まといっすよね……」
「加えて、あなたがこちらにいるとカモフラージュが強固に……おや?」
ふと、抜け道の向こうからやって来る人影に気づく。こちらも向こうもフーデッドローブで身を隠しているので見た目では判断できないが、この通路は《東屋》の抜け道の中で最も特殊な道だ。すなわち――《塔》のセキュリティカードがなければ使えない道。
この非常事態にそのまますれ違うわけもなく、お互いの素性確認が行われる。
「あなた……カイですか?」
「む? おお、リモネか。そっちのはラムダだな。あと知らない顔と……何だ、子供か?」
「あはっ、キルネのこと知らない系の端末ぅ?」
作戦の成功は既に通信で伝えている。いつも通り平民区のギルドへ依頼を受けに行くのかと思いきや、どうも様子がおかしかった。何せ――
「いや、子供か、て自分……」
彼の後ろには、キルネと同じくらい小さな子供たちがぞろぞろと四人もついて来ていたのだから。
☆ ☆ ☆
「行っちまったなぁ……」
「あぁ……寂しくなるな……」
ギルド《ユグド精肉店》、その本部の二階に存在するレンタル武器屋兼鍛治工房は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
「あのねえ! ここは酒場じゃないんだけど!?」
工房の主、ヘーゼリッタ=ユグドが声を荒らげるも、そこに集まった人々の反応は鈍い。
「何だよ、ヘーゼルちゃん……お前は寂しくないのかよ」
「寂しいに決まってるけど、それとこれとは別! あんた達のせいでお客さん寄り付かなくなってるじゃない!」
「しゃーねぇだろ、《陽だまり亭》行ったら修理の邪魔だって追い払われたんだからよぉ」
「当たり前! 数日くらい普通に自分の家で過ごしなさいよ!」
「うぅ、今日くらい許してよ、ヘーゼル……あたし達には傷を舐め合う場所が必要なのよ……」
キール、ドボガス、エレノーラ、その他もろもろ。普段《子猫の陽だまり亭》に入り浸っていた常連客達が、聖騎士エルヴィートに開けられた大穴の修繕のために締め出され、屯する場所を求めてこうしてギルドまでやって来たと言うわけである。
「お前だって小さい頃はよく冒険馬鹿トリオで俺んちで遊んでたじゃねーか……勝手に店の野菜食いやがってよー……」
「う……い、いい大人がそんな昔の話持ち出さないでよ……ああもう、しょうがないわねー……」
諦めたように深く溜息をつき、ヘーゼルは工房の入口ドアの掛札をひっくり返した。今日はもう閉店だ。
「最後に握った手、ちっちゃかったなぁ……あんな手で剣振り回してたんだなって……」
「いつも逃げられるのによぉ……最後だからって抱っこさせてもらったんだ……そしたらよ、あんまりにも小さくて……軽くてよぉ……ちょっと力入れたら折れちまいそうで……クソッ……!」
「うぅ……ナツキちゃん、アイシャちゃん、ニーコちゃん……うわぁぁあん!」
「もうやだこの人達! めんどくさいっ! 助けてラズ姉ぇー!!」
日々この馬鹿猿共の相手をしていたラズ、そして当事者のナツキ達の苦労に思いを馳せながら、ヘーゼルは窓の外、南の方角を見やる。
「ナツキちゃん……リリムをよろしくね」
ぽつりと呟いてから、クスリと笑う。年齢を考えれば普通は立場が逆のはずなのに、何故だか間違っていないような気がした。
診療所はどうするのかと聞いたら、元々お客さん少ないし数ヶ月の休業くらい諸事情でこれまで何度もあったから大丈夫、なんて返されたのだが――まさか数ヶ月で帰って来れるつもりなのだろうか。
「シトラも……ね」
記憶を奪われたままの彼女も、ナツキが何かをしたことで《塔》の呪縛からは逃れられたのだという。結局追われる身にはなってしまったようだが、これまでとは違う人生が、冒険が待っていることだろう。
「……結局、守れなかったか」
また三人で一緒に冒険を。
その約束は、成長してそれぞれが役目としがらみを持ってしまった今、果たすことは叶わなくなってしまった。
――コンコン、感傷の海から引き上げるようにノックの音が響く。
急な店じまいで迷惑をかけてしまった客だろう、と一応扉を開けて顔を出したヘーゼルは、その意外な姿に目を丸くした。
「すまん、休みなのか? 護身用の武器を四本見繕って欲しいんだが……」
「ねえ、やっぱり日を改めた方がいいんじゃ……」
「そうですわよ、いくら貴族だからって失礼だと思いますわ!」
「ふーむ、しかし受付には営業中と書いてあった気もするな」
「わ、わたし、やっぱり自分の剣は自分で作りたくて、その……!」
見知った男が一人と、見知らぬ幼女がわちゃわちゃと四人。
「あーあと、子守……もといパーティメンバーも募集中なんだが、どうだ?」
そう聞く男はどこか気まずそうだったが、その目には確かな決意の光が宿っていた。
第一章【星の涙】、終了です。お付き合いいただきありがとうございました!
第二章タイトルは【星の旅人】。舞台はフィルツホルンから離れ、名前だけ出ていた街ネーヴェリーデへ、海の向こうのフリューナ大陸へと広がっていきます。
プロットはできていて、順次書き進めております。一話分まとまったらまた投稿再開するので、それまでしばしお待ちくださいませm(_ _)m