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Ezl-Xalia/χι - 輪廻の牢獄

 天使は長命だ。……いや、寿命という概念がないと言った方が正しいかもしれない。飽きるまで生き続け、飽きたら記憶を消して魂を解放し「再誕」する。それが一般的な天使の生き方だ。

 そのうち数割は戯れに子を成し育てる。子の生成に下界の生物のような生殖は必要としないが、天使が姿として選んだ「人間」種の様式に則り、番を成し行為を経てから生成するのが慣例となっている。

 この再誕と子の生成は必ずセットになっている。つまり、天界の魂は総人口を常に一定に保ちながら循環しているというわけだ。


 しかしそれは「一般的な」天使の話だ。

 あたし達「皇族」はそう簡単には再誕できないし、子も作れない。魂の形式が他の天使とは異なるのだ。

 皇族から皇族への再誕はできるが、そもそも生に飽きるほど暇な皇族がいない。皇族にしかできない仕事は多く、再誕でその記憶がリセットされるなどもっての外。そんなわけで、皇族の再誕は記録上たったの二回しか行われていない。


 そしてあたしは、その世にも珍しい「再誕した皇族」の一人である。

 再誕前の記憶はないのだが、皇家の記録によれば、あたしは自分の意思で再誕したわけではないらしい。なんでも、先代のあたしは無茶をやらかして《天罰》の檻に囚われてしまったため、緊急脱出装置で魂を初期化することで無理やり再誕させられたのだそうだ。


「やっぱり、記憶が無くなってしまうのってお辛いですか……? ぽっかり心に穴が空いちゃう感じなんでしょうか」


 不安そうにあたしを見上げるのは、職場の別部署にいる新人の一人だ。まだ若い天使だが、両親が再誕してしまって身を寄せる場所もなく、自分も再誕するかどうか悩んでいるらしい。今あたしはその相談に乗ってあげているというわけだ。


「んー、そんなことないよ? 喪失感みたいなのは特にないかな。意識は物理的には連続してるはずだけど、記憶はないから実質他人の話なんだよねー」

「なるほど……。再誕したことで特に不自由はなかったですか?」

「そーねー……あたしの場合、管理局(ここ)で働かされてるのが不自由って言えなくもないか。戦争も知らぬ小娘に皇家の職務なぞ務まるものか! ってジジイがさぁ。ま、こっちの方が気楽でいいけどさ」

「は、はあ。ジジイって……あのぅ、皇帝陛下のことですよね?」

「そ、家系図的にはあたしのお爺ちゃん。まー、あたしの話は特殊だから気にしなくていいよ」


 現皇帝の孫であり、第三皇女イオネコードの娘であり、第二皇女ユーネコードの再誕先。それがあたし、ハーネイオンという天使だ。


「んーで、あたしがあげられるアドバイスとしては……そうね、再誕自体は怖がることはないけど、ちゃんと関係各所に報連相と仕事の引継ぎはしてねってくらいかなー。後任を見つけろとまでは言わないけど」

「うぇ、うちの上司みたいなこと言わないでくださいよぅ」

「いやー、やっぱその辺ちゃんとやってもらわないと、あたしんとこにまで飛び火がねー……ん?」


 ピロン、と思考の端でアラームが鳴った。スケジュールのリマインド通知だ。魂に接続しているスケジュール管理システムにアクセスし、内容を確認し……思わず顔をしかめた。


「うげ、やば……」

「どうかしました?」

「いや、この後会議あったの忘れてた……はぁ」


 リマインドされたのは、延期不能な上に今最も気乗りしない予定だった。行きたくない。行きたくないが、行かない訳にはいかない。


「えぇっ、会議ですか? わ、私も忘れてました……」

「あーいや、ここのじゃなくて。家族会議があってさー」

「へっ? ……え、あれ、ハーネ様のご家族って……ええ!? それって大事なやつなんじゃ!?」


 目を瞠る彼女に対し、あたしは苦笑しながら頷いた。あたしの家族会議、すなわち……皇族会議。皇族だけが集まる定例会議だ。

 仕方がない。続きはまた後でと言い残し、あたしは職場を出た。


「流石にそろそろまずいかなー……」


 会議に出席するというのは、受け持っている仕事について進捗報告をしなければならないということだ。しかしあたしの抱えている問題にはここのところ進展が無く、そろそろのらりくらりと追及をかわすのも限界になってきた。


「はぁ……、ん?」

「ハーネ様!」


 これから我が身に降りかかるであろうストレスを思って溜息をついていると、背後から慌ただしく見知った天使が飛んできた。名はイルザニール、皇族としてのあたしの目付役のような女だ。


「おーイルザ、どしたん?」

「どしたん、じゃありません! ハーネ様、お急ぎくださいませ! もう時間ギリギリですよ! ってか今までどこにいらっしゃったんですか!?」


 職場では一応、あたしの部下にあたる。真面目で優秀だが、融通が利かず口うるさいのが玉に瑕だ。


「観測室にいたよ? 第五宙群のだけど」

「何故ご自分の担当外の観測室に!?」


 どうやら、あたしを会議に連れていこうとあたしの担当部署を探し回っていたらしい。別に別部署にサボりに行っていたわけではないのだが、弁明が面倒臭いので適当に微笑んでおく。


「何ですかその顔は……まあいいです、さっさと行きましょう。ほら急ぎますよ!」

「いやいや、こんなん足取りも重くなるって。行ったって前回と同じ報告しかできないし……そうだ、イルザ代わりに報告しといてよ」

「無茶を仰らないでください! ……というか、本当に何の進展も無いんですか?」

「いやー無いんだこれが。あたしも信じらんないけどさー……正直、万策尽きてんだよね」


 何度目か分からない溜息が幸せと共に逃げていく。

 皇族の矜恃なんか欠片もないあたしとて、自分から言い出した仕事を放り出してサボるほど落ちぶれてはいない。全力で取り組んでいるし、考えうる限りあらゆる手を尽くしてきたのだ。


「旧世界の神子(みこ)は入れてみたし、シルヴァールの因子もラティノーの因子も試したし、何なら猫も入れたし……それにさー、ラグナの激ヤバ因子まで無理言ってねじ込んだんだよ?」

「激ヤバ……って、まさかユーネ様が魂を賭して封印なされたアレを!?」

「そ。あの子なら殻破れるって期待したんだけどねー。ダメだった」


 イルザは絶句して口をパクパクと開閉していた。まあ気持ちは分かる。「封印したのはユーネおばさん、つまり先代あたしなんだから、あたしには使う権利があるよね!」と無理やり押し切って承認させたのだ。……そこまでやっても何の成果も得られなかったのだが。


「シルヴァールの子達は順次投入してるけど効果なし。あとはラグナの猫が一匹と、一応大本命のアースの因子……じゃないけどナツキくん。以上、これまでに送り込んだ全員から未だに連絡ひとつ無し、と」

「それは……連絡したいけれどできないのか、あるいは」

「記憶を消されてるか……だけど、あそこってそんな科学力なかったはずなんだよねー」

「……観測不能になってからもう、かなり時間が経っているのでしょう? それくらいできるようになっていてもおかしくは……」

「ん、イルザにしては不勉強だね」


 イルザの疑問を一蹴する。

 

「無理だよ、たった数百年で、脳の表層記憶ならともかく魂の深層記憶を弄れる域に達するのは……あのラティノーの因子でも二十年、ラグナ換算で二千年、それだけかけてようやく入口に立てた、そういう技術なんだから」


 転生という形で送り込んだ全ての魂には、停滞したこの状況を打破するための使命を与えている。W波の操作で直接魂に刻みつけている記憶なので、自然に忘れることは不可能だ。

 その上でさらに、使い捨ての駒にできる充分な兵力も万単位でつけている。これだけやってまだ何も音沙汰がないというのは……予想外を通り過ぎてもはや怖い。一体あの観測不能領域内で何が起きていると言うのか。


「ならばやはり、魔王の娘が何か干渉しているのでは?」

「まータイミング的にはあり得るけどさ……囚天使の子供だよ? 能力と事態の規模が現実的に釣り合ってないんだよね。キューネならともかく……」

「キューネ様であれば、可能だと?」

「……あはは。度胸あるねー、イルザ」


 その問いを面と向かってあたしに投げかけられるのはイルザくらいだろう。本来ならば無礼も無礼の大失言、皇族侮辱罪で即刻囚天使の仲間入りだ。

 急激に凪いだ心で睨みつけるも、イルザは涼しい顔で肩を竦めた。


「ご存知の通り、私はいかなる時も中立であらねばならないので。謝りませんよ」

「……可能であることと、できることは違う。力がそれを許しても、あの子の心は許さない。何度も言ったよね」


 しかしあたしがその可能性を捨てきれていないことを、イルザは見透かしている。そう、今あたしが必死に救い出そうとしている相手が全ての元凶であるという、救いのない可能性について――


「何度も聞きましたが、それは結論ではないでしょう。観測外の事象は我々の因果を紡がず、全ては確率に支配されるのですから」

「今さら量子論? 何が言いたいの」

「議論の場では感情に流されないことが肝要だ、という話です。ほら、着きましたよ」

「ん? え、うわ!? いつの間に!?」


 気づけばあたしは皇宮の目の前に浮かんでいた。イルザがこっそりW波であたしを牽引していたようだ。じろりと睨むと、目を逸らすこともなく睨み返された。


「はぁ……んじゃ、行きますかー」


 諦めて気を引き締め、皇宮へと足を踏み入れる。


 これは戦いだ。

 戦うのは何のため? 家族のためだ。

 輪廻の牢獄に囚われてしまった家族を救い出すため、あたしは戦う。


 たとえそれが、陛下のご意思に背く行為であったとしても。

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