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ただいま

「えーと、ボク達、今回ちょっとやらかしちゃったけど――」

「ちょっとじゃないのです」

「ちょっとどころじゃないねぇ」

「何がちょっとですか」


 軽めに語りだした瞬間、容赦のない総ツッコミを食らった。

 いや、まあね? 分かってはいるけど、ね?


「……えー、ボク達は今回、ピュピラ島の発電機を全て停止させて聖窩(ヴォイド)に侵入、天の階(イオニア)の一人を盗み出すという前代未聞の大規模テロを敢行したわけですが……お咎めなしというわけには……」

「無理ですねー」


 リモネちゃんに真顔で即答される。……うん、知ってた。


「いいですかナツキさん。まず認識を正しておきます。今回《塔》が被った損害は、人々の畏怖の象徴たる天使の眼(イオニクル)、対神獣戦線の命綱になるはずだった天使の血(イオニエマ)、同じく切札の天使の剣(イオニズマ)、ギフティアの制御統制に必要不可欠な天使の胎(イオニメトラ)、ついでに見つけたのに取り逃した最重要捕獲対象の天使の雫(イオニマーレ)、そして原初の涙(ニルエーラ)の最高戦力ことあたし――この全員が何処のポポムーの骨とも知れない幼女の手に落ちたことです。島の停電なんか些事です些事」

「ポポムーの骨って……ん、いや、ちょっと待って!? にー子とアイシャはともかく、他のみんなを《塔》から奪うつもりはないよ!?」


 倒すしかなかったメルクは例外としても、他の面々との戦いは平和的に終わったはずだ。メルクだって魔法生物なのだから、同じコアを作って起動すればまた動き出す。その功罪はともかく、今《塔》の運営を破綻させる気はない。

 しかしリモネちゃんは呆れたように溜息をついた。


「聖痕まで勝手に消しといて何言ってるんですか。あたし達は《塔》には戻りませんよ」

「え!?」

「あはっ、戻るわけないじゃーん! だって戻ったらおしおきでしょー? ムリムリムリ、キルネは絶対戻らなーい!」

「ん……スーはもともと聖痕はない、けど、ふわぁ……んむ……おしおき、やだから……にげるー……くー……」


 キルネに絡みつかれ、今にも夢の世界に旅立ちそうなスーニャが寄りかかってくる。リモネちゃんはにこにこ笑っている。


「リモネちゃん……本気?」

「言ったじゃないですか、ナツキさんを殺せなければあたしは廃棄されるって。洗脳されてたとは言えあれは事実です。今のあたしの記憶は棄てられて、まだ何も知らない、ナツキさんに出会ったこともないあたしが生まれます」


 視線がリリムに向き、


「……もう、大切な誰かを忘れてしまうのは嫌なんですよ」


 寂しさと、申し訳なさと、諦めと……渇望。失われてしまった記憶に、それでも手を伸ばそうとしている。


「でもって、あたしだけじゃないですよー。あなたという()()()に触れたあたし達みんな、《塔》に戻れば確実に記憶を抹消されます。それを良しとするなんてナツキさんらしくないですねー?」

「っ……はぁ、もう……ずるいよ」


 そんなことを言われてしまっては、無視することなどできない。溜息をつくナツキに、リモネちゃんは得意げな笑みを見せた。

 しかし、問題は山積みだ。


「逃げるにしても……何らかの形で《塔》の機能は維持しなきゃ、神獣に攻め込まれちゃうよね? ボク、できれば世界は滅ぼしたくないんだけど」

「むむ? そんなことはないですよ?」


 思わぬところで否定が返ってきた。

 目を瞬かせるナツキに、リモネちゃんは「いいですか」といつも通りの前置きをし、


「神獣は九割方ホロウベクタが自動で処理してくれます。漏れてきた一割の対処は今まで通り軍やオペレーター、ギフティア部隊がやります。あたしや天の階(イオニア)の仕事じゃないですよ」

「え? でも部隊指揮とか……」

「ギフティア部隊の指揮権は聖騎士やセイラも持ってますよー。属人化の極みだった頃はともかく、今我々がいなくなったって対神獣戦線は問題なしです」


 当事者のみなさんは懸念あります? とリモネちゃんが周囲を見渡すと、キルネとスーニャは首を横に振った。


「キルネのお仕事は人間の処刑だけどー、そんなの別に人間だってできるでしょー? メルクは特殊調整に必要だけど人工ラクリマだしぃ、コアが一つなくなってもまた作るだけだと思うけど?」

「まあ、それは確かに……でもスーニャは? 切札なんでしょ?」


 この間だって、トドナコの森の向こうに出没した新型の神獣を倒しに駆り出されていたはすだ。他のギフティアでは対処が難しい相手に対してそこそこカジュアルに切られる切札、というイメージなのだと思っていた。

 しかしスーニャは眠たげに目を擦りながら、「大丈夫」と返してきた。


「スーがいつもやってるおしごとは……ほんとは聖下ができること。ふわぁ……んと、だから……聖下がさぼるのやめたら、問題ない……むにゃ……すぅ……」

「そうなの!? え、でも天使の計画ってやつにはスーニャの力が必要なんだよね?」

「んー……? それは別の話……だと思う。スーは……よく知らない……」

「えぇ……」


 まるで興味もなさそうである。

 ぽやぽやとあくびを繰り返すスーニャを見ながら、特に問題ないならやっぱりお咎めなしにならないかな……なんて淡い期待を抱いたところで、リモネちゃんの無慈悲な補足が加えられた。


「ただまあ《塔》にも面子ってもんがあるので、指名手配はさぞかし大々的に打たれるでしょうねー。聖窩(ヴォイド)に侵入して機密を盗んだってだけで一族郎党皆殺しレベルの大犯罪ですから」

「うぐ……やっぱり逃げるしかないか。分かってたけど……」

「天使さんも、かくれんぼしようって言ってたです。きっと探しておいかけてくるですよ」

「今この場では見逃すけど、ってことね……」

「にぁ、かくれんぼ! にーこもやる!」


 かくれんぼ、という単語ににー子が反応した。やりたくなくても全員参加だよ、とにー子のほっぺをむにむにとつまみながら、さてどうするかと考えを巡らせる。大々的に指名手配されてしまうとなると、知人の多いフィルツホルンに留まるのはいくら味方が多いとはいえ避けたいが――

 と、ずっとふにゃふにゃしていたスーニャがこてんと首を預けてきた。肩越しにひんやりした体温を感じる。


「スーニャ?」

「ん……なつきー……スー、ねむい……もう、いい……?」

「あはは、うん、寝ていいよ。今日はありがとね」

「んー……」


 スーニャはすぐに寝息を立て始める。

 そして……世界がほどけだした。


「……あっ!? そっか、この空間ってスーニャの異能(ギフト)で成り立ってるから……!」

「ありゃりゃ、こりゃ外に弾き出されますね」


 今更気づいてももう遅い。やがて世界は完全にほどけ、フッと重力が無くなったような感覚の後――


「へぶっ!」


 びたーん、と顔から固い床に激突した。


「に、にぁー!?」

「あわわっ……」


 上からにー子達の声が聞こえ、即座に仰向けに返って受け止める姿勢を取りつつ、さてどこに弾き出されたのかと周囲を確認――


 ――見慣れた天井。


「あ……」


 この街では珍しい、木製の家。

 仄かな木の匂いと共に鼻腔をくすぐるのは、焼けたチーズのいい匂い。


 落ちてきたにー子とアイシャを抱きとめ、次いで眠ったままのラムダが空中に現れたのを確認して退避する。


「んごっ……、なんや!? ワイは何を……」

「ラムダ、動いちゃだめ! ごめん!」

「へ……がっ、ごふっ!?」

「きゃ……わーっ!? ごめんねラムダお兄ちゃん!」


 次々と降ってくる子供たちのクッションにされたラムダに合掌し――背後に感じた気配に振り返る。


「なんだい、やかましいね」


 その姿を見て、ずっと強ばっていた体の力が抜ける。

 厳しいようで愛に溢れたその声に、思わず涙がこみ上げてくる。


 ……帰ってきたんだ。


「ラズさん……ただい」

「あんた達、やーっと帰ってきたね! さっさと手伝いな! あたしとダインじゃ手が回らないんだよ!」

「へっ!?」


 想定していたものとはかなりズレのある返答を受け、ラズの背後に目をやれば――そこは宴会場だった。


「うおおおナツキちゃん! ニーコちゃん! アイシャちゃーん! おかえりいいぃいい!」

「酒だ酒だ、もっと持ってこーい! 今日は全員、俺の奢りだぁ! 金が足りねー分はダインさんが払うッ!」

「うおおおおおおッ!」

「払わねェよ馬鹿野郎!」


 ナツキ達が現れたことで一瞬静まり返っていた場が、ワッと一気に盛り上がる。

 懐かしい喧騒。もう二度と取り戻せないかと思っていた光景。まるで過去に戻ってきたかのようなその空間が紛れもない現在の現実であることは、大穴の開いた壁が証明している。

 この場にいる人間の総数は《子猫の陽だまり亭》のキャパシティを大きく超え、壁の穴から外へと溢れだしている。見れば部屋の端には《マスター》もいて、バチィン、と力強いウィンクを飛ばしてきた。彼が作戦成功の知らせをここまで届けてくれたのだろう。


 それらを背に、ラズは優しく笑った。


「ナツキ、ニーコ、アイシャ。……それにリモネ、あんたもだ。こっちにおいで」

「あ、あたしもですか……? わっ!?」


 ラズの近くに歩み寄った四人は、まとめてガバッと抱きしめられた。


「……よく、帰ってきたね」

「ラズさん……」

「全く、ウチの子達は何でこう、自分から火の海に飛び込んでいくんだろうね。こちとらいくつ心臓があったって足りやしないよ」

「……心配かけてごめん、ラズさん。でも……」

「分かってるさね。あんた達が飛び込むのはいつだって、他の誰かを助けるためだ。それで、何だかんだちゃんと帰ってくる。けどね……今回ばかりはさすがに、もう帰ってこないんじゃないかと思ったよ……」


 ラズの肩は震えていた。それを見て、リモネちゃんが申し訳なさそうに表情を曇らせる。


「ラズさん……あたしは」

「馬鹿なことを言うんじゃないよ。名前が変わろうが記憶が消えようが、あたしにとってあんたはウチの娘だよ!」

「っ……!」

「ふん、忘れられたくらいじゃあたしゃへこたれないよ。ここはあんた達の家だ。だからね……他に帰る場所がないなら、いつでも帰ってきていいんだよ。よく覚えておきな、バカ娘共!」


 その言葉はリモネちゃんだけに向けられたものではなかった。

 すぐにナツキ達はここから旅立つのだと、分かっているのだろう。


「ああ……おかえり、あたしの可愛い子供達」


 けれど、今は。


「ただいま、ラズさん!」

「にぁ! たぁいま!」

「ただいまです」

「……はい。ただいま、帰りました」


 今しばらくは、この陽だまりに留まっていてもいいだろうか。

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