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エンゼルフォール:エンドロール ~転生幼女のサードライフ~  作者: ぱねこっと
第一章【星の涙】Ⅱ 陽だまりの看板娘
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地の底の陽だまり Ⅰ

 金網のゲートの先には、金網と金属板と歯車、チェーンでできた昇降機があった。原始的なエレベーターだが、操作盤にはLEDのような光が点っている。電気はあるらしい。

 ガラガラガラ、とうるさい音を立てながら昇降機がなかなかの勢いで動き出し、胃が浮くような浮遊感に襲われる。びっくりしたのか、にー子が小さく鳴いてナツキにぎゅうとしがみついて来た。

 

『間もなくCブロック上第四層、西第2ストリート前です』


 しばらくしてそんな大音量アナウンスが聞こえてきたかと思うと、昇降機は減速を始める。やがてガコッ、という一際大きな音とともに完全に静止した。固定されたのだろう。

 ダインが歩き出し、覗き穴の小さな視界に街並みの一部が入る。

 地面は全て金網や金属板のようだ。等間隔に並んだオレンジ色の街灯が、暗い周囲を温かく照らしている。

 街という割に、付近にはあまり人がいない。しかしどこからか喧騒が聞こえてくる。耳をすませば方向は分かる――下だ。「上第四層」というアナウンスはそのまま、基準より4つも高いフロアだという意味なのだろう。


「とりあえずウチに行って、おめぇらを下ろす」


 周りに誰もいないのを確認して、ダインが小声で告げた。

 ダインが一歩歩く度、あるいは誰かとすれ違う度、カン、カン、と金属板のぶつかり合う音が何重にも響く。


「ぅなぅー……にぅ……」


 その音が嫌いなのか、にー子は耳をぺたんと伏せて、嫌そうな鳴き声を上げていた。大きな耳だし、聴覚が人間よりいいのだろう。

 しかししばらくすると金属音はぱったりと止み、代わりに硬い岩の地面を踏みしめるようなコツコツとした足音が聞こえるようになった。どこもかしこも金属板というわけではないらしい。ずっと覗き穴から岩肌が見えていることから察するに、地割れの壁面に沿って歩いているのだろう。


 やがて、ダインは一軒の少し大きめな建物の前で立ち止まった。金属だらけの街並みの中では珍しく、木造建築に見える。玄関の上には大きな木のプレートが掲げられており、墨のような黒色で『子猫の陽だまり亭』と書かれている。何の店だ?

 ちょうど玄関が開き、中から中学生くらいの少女が現れた。


「ごちそうさまでーす!」


 店の中に向かってそう声をかける少女。共に中から漂い出てきたのは、芳醇な料理の香り。どうやらレストランらしい。家に帰る前に腹ごしらえでもするつもりなんだろうかと思っていると、出てきた少女がダインに気づいた。


「およ? ダインさん! 帰ってたんですねー」


 明るく元気が取り柄です、みたいな女の子だ。パッと見、怪しいところはない。しかし何故か、ダインの体が少し強ばった。


「……よう、リモネ。あァ、今帰ってきたところだ」

「無事で何よりですー。ラズさん、心配してましたよ。早く顔見せてあげてくださいね! それじゃ!」


 リモネと呼ばれた少女はそれだけ言うと、どこかへと慌ただしく駆けていった。


「…………」

「どうした、ダイン?」


 周囲に人がいないことを《気配》術で確認し、小声でダインに尋ねる。


「……いや、何でもねェ。それより、着いたぞ」

「着いたって……飯でも食うのか?」

「これが俺の家だ」

「は?」


 ダインの家?

 嘘つけ。『子猫の陽だまり亭』だぞ?


「ボス猿のナワバリ亭の間違いだろ?」

「うるせえ、店の名前決めたのは俺じゃねェ、ラズ――俺の嫁だ」

「マジかおい、結婚してたのかよ……。ん、ちょっと待てダイン、お前肉屋じゃなかったのか?」

「俺の店は別にあんだよ。ここはラズの店だ。もともと宿屋だったんだがな、飯がうめぇって評判になったんで昼と夜は飯屋も始めたのさ。肉はウチが卸して……んん?」


 ふと何かに気づいたように、首をひねる。


「そういやおめぇ、よく店の名前分かったな? こっちの文字読めんのか?」

「ああ、転生するときに天使がくれた翻訳システムがあってな」

「はァ? 何だそりゃ……いや、普通に話せてる時点で今更か」

「これについては俺も原理は知らないからな……」


 文字についても天使様謹製翻訳システムは働く。が、聴覚と比べて視覚は認識の上書きが難しいのか、読めはするものの「なぜ読めるのか分からない」違和感がつきまとうのが悩みどころだ。

 

 どうやらこの店がダインの家であるというのは本当らしく、ダインは「帰ったぞ」と叫びながら店へ入って行った。

 途端、料理の芳香と共に、雑然とした喧騒に包まれる。


「お、ダイン! 久しぶりだな」

「どこまで行ってたんだ? ラズさん心配してたぞ」


 店中の客がダインに気づき、そのうち何人かが声をかけてくる。常連客なのだろう。ダインは適当に返しつつ、店の奥へと歩みを進めた。


 ――と。


「んな……なぅ……」

「ん? おい、にー子?」

「にー……なぅぁー……じゅるり」


 にー子の息が荒い。ナツキの肩に、ぽた、と涎が垂れてきた。

 同時に、くきゅぅるるるる……とにー子の腹の虫が鳴いた。

 料理の匂いが、にー子の食欲を刺激してしまったらしい。


「んに……にー……に、にぁー!」

「うわっ、にー子、落ち着け!?」


 我慢しきれなくなったのか、にー子が暴れだした。まずい。


「ん? ダイン、なんか後ろ、動いてんぞ?」


 客の一人がそれに気づき、指摘した。


「あ、あァ。……おいこら、何やってんだ――」

「なぅーっ!」

「おっと!?」


 ダインがにー子の全力蹴りをモロに受けてよろめき、袋を持つ手の力が緩み――子供二人分にかかる重力が、袋と手の間の摩擦力を超えた。


「は、おいちょ、ダイ……ぐふっ!?」

「にぁーーっ!」


 袋が床に落ち、その衝撃で口が開く。頭から落ちたナツキをクッション兼踏み台に、にー子はらんらんと目を輝かせて外へと飛び出した。

 ああ、もう、めちゃくちゃだよ。


「にぅ、なにぁー……んに?」

「…………は?」


 瞬時に静まり返る店内。

 先程までの喧騒が消え去ったことを不思議がり、耳をぴこぴこさせながらきょろきょろ周囲を見回すにー子。

 ナツキは袋の中で動けない。ここで自分まで出ていったら、さらに大変なことになる気しかしない。必殺、気絶したフリを敢行する。


「にー……?」

「だ、ダインさん、それ……もしかして……」

「…………あァー、これはだな……」


 必死に頭を回転させている様子が手に取るように分かる。頑張れ、ダイン。にー子の無事はお前にかかっている。

 いざとなったら飛び出して、にー子を抱えて逃げるしかない。《気配》術で周囲の人間の位置関係を把握、逃走ルートを策定。

 しかしそんなナツキの危機感は、すぐに崩れ去った。


「……未調整のラクリマですか!? すげぇ、初めて見た!」

「触っていいか!? いいよな!?」

「おい待て、抜けがけはなしだ!」

「え、なにあれ……かわいい……耳ぴこぴこしてる……!」

「抱っこさせて!」


 堰を切ったように、人々がにー子の周りに群がった。

 彼らがにー子に対して抱いたのは、忌避でも嫌悪でも敬遠でもなく、純粋な興味。つまり、彼らは知らないのだ。ドールという心を持たぬ戦闘人形が、もともとはどんな姿、どんな生き物なのか。知識として聞いたことはあっても、実際に見たことがない。


「にっ!? ……にぅー?」


 突如として自分に向けられた大量の好奇の視線に、にー子は戸惑っているようだった。

 そして、居心地が悪くなったのか、とてとてとナツキのいる袋まで戻ってきた。


「な……なぁうー」


 しかし袋に入ることはなく、グイグイとナツキの腕を引っ張る。

 こいつ……道連れにする気か!


「おい、もう一匹いるぞ!」


 ああ、気づかれた。

 くそ、おいダイン、どうするつもりだ。そうナツキが視線を向けると、ダインはふいっと視線を逸らし、


「…………売りもんじゃねえ、勝手にしろ」


 そう言い捨てて、近くの椅子に腰を下ろしてしまった。


「は、ダインお前!? ……あっ」

「おい、今喋ったぞ!」


 思わず声に出して突っ込んでしまい、慌てて口を抑えるが、もう遅い。ダインが落とした袋の周りに、人がわらわらと集まってくる。


「に……にー……」

「はは……は……」


 ナツキとにー子はぎゅっと抱き合い、もみくちゃにされる瞬間を今か今かと震えて待つのだった。


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